軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第05話 どちらを伸ばすか

白い部屋のなかで、ぼくは茫然とする。

無我夢中の戦いだった。いままでの二戦とはまったく違う、壮絶な戦いだった。

あれが本当の殺し合いというものなのだと、いまさらのように気づいた。

そのことを知ってしまった。

ふたたび、手足がガクガク震えてきた。

床にうずくまって、しばし、呼吸を整える。

よし。

ぼくは立ち上がる。

この部屋にいる限りは、いくらでも時間を使える。ならばそのメリット、最大限に活用させてもらうとしよう。

そう、考えることはたくさんある。

知らなければならないことも、山ほどある。

まず最初に、わかったことがひとつ。

ぼくには、剣を持っての斬り合いとか、絶対に無理だ。

怖い。

戦っているときは無我夢中だったけれど、いまになってガクガク震えているくらい、ぼくは意気地がない人間だ。

オークのちからはすごかった。相手が素手でこっちが武器を持っているのに、ちっとも有利な気がしなかった。

すさまじくタフだったように思う。

それはきっと、ぼくがオークの厚い脂肪を貫いて致命傷を与えるだけのちからを持っていないからだろう。

それは過去、落とし穴を使っての二戦でもわかっていたことだ。

ぼくが勝てたのは、奇襲をして、相手の武器を奪って、召喚魔法で呼び出したカラスで相手を翻弄して、なおかつ付与魔法で基礎的な身体能力を向上させていたからだ。

それらの要素のひとつでも欠けていたら、きっといまごろ、ぼくは死体となってあそこに転がっていただろう。

ぼくは殴り合いに向いていない。殴り合いが致命的に下手だ。

うすうす、気づいてはいた。

体育の授業で剣道や柔道をやっていても、すぐ相手に気圧されてしまう。

意を決して向かっていっても、今度は動きが直線的になって、簡単にいなされてしまう。

ほかのひとが試合しているところを見る分には、ああすればいいのに、こうすればいいのにと適当なことがいえるのだけど……。

根本的に、そういうことに向いてないのだろう。

まあ、向いていないことがわかったのは、収穫だ。

無駄に武器スキルを取らずにすんだ。

スキルポイントは貴重なのだ。1ポイントたりとも無駄にはできない。

今後のことを考える必要がある。

なんらかの手段で、オークと殴り合いをしなくていい方法を手に入れる必要がある。

いまのところ一番有力な方法は、カラス以外のものを召喚魔法で呼び出すことなのだが……。

ランク1のカラス程度では、牽制程度にはなっても、相手の前に壁となって立ちはだかることはできない。

ぼくはノートPCの前に座って、質問を打ち込んだ。

ランク2の召喚魔法で呼び出せるものについて、訊ねた。

「パペット・ゴーレムです」

おっ、と期待に胸が高鳴る。

それはどんなものかと何度か質問した結果、以下のような情報を得ることができた。

・パペット・ゴーレムは、木製の動く人形のような、棍棒を持った使い魔である。身長は百五十センチほど。強さは、二体いてようやくオーク一体と互角といった程度。

一連の質問でわかったことがひとつある。

召喚魔法で呼び出す相手のことは、使い魔と呼ぶということだ。

もっとはやめに確認しておくべきだった。

さっさと確認しておくべきだったことといえば、ほかにもいくつかある。

・魔法の持続時間は、ランク1の付与魔法の場合、二十五分プラスマイナス五分。

ランダムか。最悪の場合に備えて、魔法は二十分でかけなおすべきか。

いや、まてよ? レベルやランクが上がった場合はどうなのだ?

ぼくは再度、質問を打ちこむ。

以下の事柄が判明した。

・レベルの上昇と魔法の持続時間に相関関係はない。該当する魔法のランクが上昇した場合、持続時間が上昇する。マイティ・アームやフィジカル・アップ、キーン・ウェポンがスキルランク2になったなら、魔法の持続時間は五十分プラスマイナス十分となる。

なるほど、付与魔法のランクをあげた場合、四十分から一時間、持続するということか。これはMP消費を抑える上で極めて重要だ。

ぼくは次に、使い魔について質問する。

・使い魔召喚魔法は、ほかの魔法と違い、消費MPがランクの二乗である。ランク2なら消費MPは4、ランク3なら9、ランク4なら16ということだ。

・使い魔は、基本的に召喚主が送還するか倒されて消えるまで、ずっと持ち主の命令に従う。その間、MPの最大値は減ったままとなる。同時に召喚できる使い魔の数に制限はないが、MPの最大値の減少は累積する。

すごい重要なことだった。カラスを二体とか呼べたのか!

呼ばないけど。

カラスが何羽いても、烏合の衆である。

カラスだけに、烏合。

うまいこといった。いまぼく、うまいこといった。

……こほん。

でも、パペット・ゴーレムを二体というのはいいな。

ランク2の召喚魔法は消費MPがカラスの四倍になるものの、両方にキーン・ウェポン、フィジカル・アップ、マイティ・アームをかけてオークと戦わせれば、一体が相手ならなんとか勝てそうだ。

いや、そんな戦い方じゃ厳しいか……。

レベル1からレベル2に上がるために、ぼくはオークを二体殺した。

これから先も、レベルが上がるごとに、殺さなきゃいけないモンスターの数は増えるのだろう。

なのにスキルポイントは、1レベルにつき2ポイント固定だ。

しかもランクをひとつ上げるためには、次のランクと同じだけのスキルポイントが必要だ。

こちらの戦闘力は、早晩、頭打ちになるということである。

対して、敵はどうなのか。

敵はオークだけなのか。

絶対にそんなことはないだろう。

少なくとも、オークの親玉なんかはいるに違いない。

もっとおそろしいモンスターがいる可能性もある。いや、まず間違いなくいるだろう。

たとえば、ドラゴンとか。

ドラゴンを相手にパペット・ゴーレムを盾に戦うのか?

ドラゴンがどんな存在かわからないけれど、じゃあたとえば、ティラノサウルスとかにしよう。

イメージする。

どこかのカードゲームアニメ並にイメージする。

ティラノサウルスに挑む、木製の人形たち。

無理。絶対に無理。

ぼくの想像のなかで一瞬にして負けた。

たとえ付与魔法があっても、こてんぱんに負ける。

ディスティニードローしてもシャイニングドローしても勝てる気がしない。

ひとつ、確実にいえることがある。

たとえランク3やランク4の召喚魔法があったところで、正面からぶつかった場合、同ランクの剣術や槍術の使い手には、おおきく劣るということだ。

つまり最良の前衛とは、そういった剣術や槍術を持った人間ということ。

そう、人間だ。

「ぼくは、仲間を得るべきなのか」

呟く。

ひとを信用して、仲間を得る?

バカをいうなと、首を振る。

そのあとで、ふと、さきほどの出来事を思い出す。

結果的にぼくが助けることになった、あの中等部の少女のことだ。

彼女は、ぼくがオークを倒そうとしていることに気づいたとき、自分が殴られてでもオークの気を惹き続けてくれた。

おかげでぼくは、最高のかたちで奇襲することができた。

そうじゃなきゃ、戦闘はどんな展開になっていただろう。

ひょっとしたら、負けていたかもしれない。

もし運が悪ければ、逃げ出すことすらできず、ぼくが殺されていたかもしれない。

そう考えると、オークに戦いを挑んだのは時期尚早であったといえるが……。

まあ、それはいい。

いまはあの女の子のことだ。

彼女は、一度とはいえ、ぼくを信じてくれた。

ぼくが彼女を救うことを信じて、彼女なりに必死で戦った。

彼女を仲間とすることはできないだろうか。

「また裏切られるぞ」

ぼくは呟いた。

そうかもしれない。

でも、そうじゃないかもしれない。

まず、この白い部屋で得られるちからのシステムについて考えよう。

この部屋に来るための条件は、レベルアップを果たすことだ。

最初にこの部屋に来るために、ぼくはオークを一体、殺した。

すさまじい幸運が重なっての勝利だった。

というか、ぼくとしては、これまでぼくをいじめ抜いてきた憎いあいつを殺しているつもりだった。

それが青い血を流す豚人間であったときの驚愕ときたら。

……いや、それはいいんだ。いまは置いておいていい。

ここでの問題は、一体のオークを殺すというのが、とてもハードルの高い作業であるということだ。

ぼくほどの幸運に恵まれた人間が、ほかに何人いるというのだろう。

ぼくはこれまで、短時間で三度、オークと出会っている。

ということは、いまこの山には、そうとうな数のオークがいるのではないだろうか。

そいつらのうち、どれだけが校舎の方へ向かったのだろう。

校舎にいた生徒は、教師は、どうしたのだろうか。

「まあ、普通、勝てないよな」

ひょっとしたら、練習中の剣道部員がタコ殴りにして、オークの一体、二体を倒せたかもしれない。

練習中の柔道部員じゃ、ちょっと厳しいだろう。

練習中の野球部員なら、バットで頑張れば……なんとか?

サッカー部員は……ボールを蹴ってなんでも倒せるのは、どっかのカズマとかどっかの翼とか、そんな連中だけだろう。

弓道部なんてマイナーな部活は、うちの学校にはない。

で。うちの学校、中等部と高等部をあわせて、生徒数は二千人前後のはずだ。

ほかに教師とか事務員とか出入りの業者とか、大人が二百人前後。

「うまくいって、そのうち十人から二十人ってところか?」

自力で1レベルにレベルアップできる人間の数は、最大に見積もってもその程度だろう。

だが、とぼくは考える。

いまここで、ぼくがあの少女のアシストをすれば、どうだ。

ぼくには、まだ無事な落とし穴がひとつある。

彼女に竹槍を貸し、付与魔法でブーストして、穴に落ちたオークを突くよう命じる。

彼女が素直に従えば、無事、白い部屋に行くことができるだろう。

そこで彼女が、スキルを得る。

そうだな、竹槍があるんだから、槍術でも取らせるか。

もうひとつのスキルは、治療魔法がいいだろう。ゲームでも回復は大切だ。それが現実なら、なおさら大切だ。

彼女は口の端を切っていた。ヒザ小僧をすりむいてもいたように思う。怪我が治るなら、それはいいことだ。

問題はある。たくさんある。

まず第一に、年下の少女に武器を持たせて、ぼくが後衛になるということ。

そもそも彼女が素直に従ってくれるかということ。

ぼくを信用してくれるかということ。

彼女がスキルを得たとたん、ぼくを殺しにかかる危険性。

そうでなくても、武器を得て強気になり、ぼくに命令してくるのではないか。

あるいは、ぼくのいうことなど聞かず勝手に動くのではないか。

いやそもそも、違うスキルを勝手に得たら、想定が狂って……。

マイナスな考えが、山ほど浮かぶ。

ぼくは、それらの可能性とリスク、リターンをひとつひとつ精査していく。

最初に考慮すべきは、彼女が極めて冷静な性格であるだろうということだ。

どうしてわかるって? どれだけ冷静かって?

レイプされかけているときに、ぼくのことを信じて動いてくれたほどの相手だぞ。

そんな人間が、いまこの状況、よくわからないけれどオークなんていう化け物があちこちを闊歩している現状で、ぼくに対して敵対的な行動に出るだろうか。

いや。

そんな浅慮な相手であれば、あの目が合った瞬間、ぼくは裏切られていただろう。

……浅慮、かなあ。

あの状況では、普通、助けて、とか叫ぶと思う。

ぼくなら後先考えずに叫ぶ。自慢じゃないが、ぼくは意気地のない人間だ。

つまり彼女は、図抜けて機転がきいたということである。

彼女がぼくより頭がよくて、ぼくに指図してくる可能性。

これはまあ、指示が正しいのであれば、よしとしよう。

ぼくは別に、命令されるのが嫌いなわけじゃない。理不尽な命令に従わなければならない状況が嫌なだけだ。

むしろ、こんな緊急時において、相手が年下かどうかなんて関係ないと思う。

彼女の方がぼくより正しい判断ができるなら、ぼくは喜んで彼女の命令に従いたい。

ぼくを信用してくれるかどうか。

さっき、彼女はぼくのために囮となってくれた。それはぼくを信用しているという証左ではないか?

いや、それはさすがに都合のいい考えか。

あのとき、彼女とぼくは、互いを利用して状況を打開できる関係にあった。

今後は違うかもしれない。彼女はぼくの助けなど必要としないかもしれない。

ぼくを一方的に利用するだけ利用するつもりかもしれない。

相手を一方的に利用するだけの人間。

いやな話だけど、そういう人間はいる。

ぼくはこれまで、そんな人間の悪意を浴び続けてきた。

だから知っている。誰だって、自分の身が危なければ、他人のことなど平気で見捨てるのだ。

待てよ。じゃあ、お互いがお互いを利用することで有利になる状況が続けば、どうだ?

ギブ・アンド・テイクの状況がずっと続くようならどうなのだ?

うん、この路線で考えていくべきだろう。

ぼくは彼女に、ぼくとの取引が有利であると示さなきゃいけないということだ。

ほかの可能性。彼女が前衛に立つことを嫌がるとか、そもそもオークとはいえ人間に似た生き物を殺すなんてできないといいだす可能性。

それらについては、いま考えても仕方がない。

その場合は、ぼくひとりで戦うという当初の計画に戻るだけだ。

そう、計画だ。

ぼくにはある程度の長期計画がある。

ただしまずそのためには、現在の状況を把握し、行動の基盤を整える必要がある。

だがまあ、それについては、いまはいい。

いま必要なのは、短期的に生き残るため、最善を尽くすための努力である。

「……まず、彼女と話をしてみよう」

ついさきほどまで化け物に犯されかかっていた少女に対して、ずいぶんひどい取引を持ちかけるものだと自分でも思うが……。

逆だ。

いまこそが、チャンスなのだ。

彼女にとっても、自分にとっても、唯一のチャンスなのだ。

ならばまず、ぼくは、手を差し伸べてみよう。

幸いにして、手を差し伸べることによるデメリットはほとんどないように思える。

ぼくの考えに至らないところがあるかもしれないが、そんなのはいつものことだ。

まず最善を尽くす。

臆病になりすぎては、勝てるものも勝てなくなる。

現にぼくが日々を無為に、無気力に、ただやられるだけで過ごしていたなら。

落とし穴のひとつも掘っていなければ。

たしかにヤケクソの反逆だったかもしれないが、それでも、行動していなければ。

いまこの状況は、なかった。

であればまず、ぼくは行動するべきだ。

そのためには……。

改めて、ぼくはキーボードを叩く。質問をする。

質疑応答の結果、また新しく大切な事実が判明した。

パーティというシステムだ。

「……ますますRPGだなあ」

パーティシステムは、いままで以上にゲーム的だった。

・パーティ・リーダーがパーティを組みたい相手と身体的接触を行ったうえで、パーティを組む、と念じることで、パーティを組める。パーティから外れるときは、単にそう念じればいいらしい。パーティ・リーダーは、好きな相手を追い出すことが可能である。

・パーティの最大人数は六人。世界最初のコンピュータRPGと同じか。

・パーティを組めるのは、レベル1以上の者同士のみ。つまりひとりでオークを最低でも一体は殺さなければ、パーティを組めない。……難易度たけえ。

・パーティを組んだ相手とは、経験値が分割される。厳密に人数割りだそうだ。MMORPGのような経験値ボーナスはないらしい。

・パーティを組んだ相手にしか使えない魔法がある。味方全体に効果のある魔法とかもあるらしい。そのほかスキルごとにパーティを組んだ相手にだけ使えるものがあるとか。よくわからん。あとで個別に確かめるしかないだろう。

・あまり遠くにいる相手とは、経験値の分割が起こらないらしい。その場合、パーティに入っていないものとして処理されるとか。距離については具体的な返答がなかったけれど、百メートル程度なら大丈夫とのこと。

なるほど。このシステムは重要だ。

さっきまでは、あの女の子に盾をさせて、ぼくはパペット・ゴーレムにモンスターを倒させて経験値を得ようと思っていたが……。

そういうことなら、彼女ひとりがひたすらモンスターを倒していってもいいわけである。

もちろんぼくは、魔法でサポートをする。

ぼくの付与魔法によるサポートがあれば、彼女はかなり安全にオークと戦えるだろう。

召喚魔法で牽制もできる。落とし穴なしでオークを相手にするのも、かなり楽になるはずだ。

それらはもちろん、彼女がぼくの提案にイエスといってくれる前提ではあるのだが……。

「もう一度だけ、ひとを信じる?」

ぼくは、彼女の目を思い出す。

一瞬だけ目があったあのときの、黒曜石のような瞳。

吸いこまれるほど澄んだ瞳を、脳裏に描く。

理性的な判断は別として、感情だけでいうなら。

なぜか、不思議と。

彼女がぼくのことを裏切るとは、これっぽっちも思えなかった。

「まずはぼくが、彼女を信じてみよう」

ぼくは、新たに得たスキルポイント2点を使って、既存のスキルのランクを上昇させる。

ランク1からランク2にスキルランクを上げるためには、2ポイントが必要だ。

つまりいま得たすべてのポイントを、そこに注ぎ込む。

和久:レベル2 付与魔法1→2/召喚魔法1 スキルポイント2→0

決定のボタンにカーソルを合わせ、エンターキーを押した。

次の瞬間、ぼくの身体は、森のなか、少女の近くに戻っていた。