軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話 中等部本校舎

正午をまわった。

ぼくたちは休息に入った。

午睡、というと呑気なものだが、みんな疲れ果てていた。

中一のふたりが、育芸館に戻ってすぐ、ロビーで倒れてしまった。

前衛で生き残ったふたりは、着替えのジャージと下着を持って足早にトイレに入っていったという。

誰もが見て見ぬふりをした。

やさしい。

なお嬉々として教えてくれたのはミアである。

こいつはレベルアップでスタミナも向上しているのか、ほかの子よりは元気そうだった。

それでも、歩いていて多少、ふらついているのだけれど。

さんざん連れまわしたからなあ。

「臭った。ふたりとも、おおきい方」

こいつマジ鬼だなと思った。

個人的な感想をいえば、エリート・オークに目前に迫られ、そばで戦っていた仲間は真っ二つになって、そんな状況で正気を失わなかっただけ上等だと思う。

クリア・マインドのおかげなんだろうか。

だとしたら、乏しいMPを使った甲斐があった。

仲間がひとり、死んだ。

でも皆、思ったより平然としていた。

悲しんではいるけれど、仲間の死に囚われすぎているのは、ぼくだけのようだった。

考えてみれば当然か。

女子寮に行った子たちは、友人の無残な死体を見てきている。

そうでなくても、昨日のことがある。

涙は枯れ果てるのだろうか。

単に、ひとの死に慣れてくるだけなのか。

どちらにせよ、感覚がマヒしてきているのは幸いなことだった。

皆が皆、ひとりの死を深刻に受け止めなくなっているのは、いいことだと思った。

そんなことをしていては、すぐに心を病んでしまうだろう。

いまぼくたちのまわりは、死に満ち溢れすぎている。

ぼくも、くたくただった。

本当は偵察とか警戒とかに注意を払うべきなんだろうけど、そんなことを気にする余力もなかった。

「少しの間、わたしたちが見張りをします。ゆっくり休んでください」

ポニーテールの少女、名を 長月桜(ながつき・さくら) という彼女がいった。

「でも、きみたちは疲れているだろう」

「オークたちにのしかかられている間、半分、気絶してましたから」

彼女は、表情を変えずにそういった。

それが本当なのか、冗談なのかわからない。

でもここは、彼女たちの善意に甘えることになった。

というか、大半が初戦闘であったサブパーティの面々は、体力がとうに限界を超えていた。

ロビーで無造作に横になる少女たち。

二階のバルコニーから彼女たちを見下ろして、ぼくは考える。

彼女たちを酷使したのは、ぼくだ。

あげく、死者を出した。

下山田茜さん。

彼女の死は、ぼくの責任だ。

ぼくはそれを、甘んじて受けとめよう。

今後も死者は出る。

それらもすべて、ぼくの責任だ。

ただ、ぼくはひとりじゃない。

アリスが、たまきが、ミアがいる。

志木さんとも、責任を山分けする。

ぼくは寛大にならなきゃいけない。

皆と責務をわけあうことを学ばなきゃいけない。

皆と共に生きることを学ばなきゃいけない。

それが、下山田茜さんの死に報いるということだ。

ぼくは、ぼくができる限りのことをする。

幸いにして、さきほどの戦いで強力な魔法を手に入れた。

付与魔法ランク4、ハード・ウェポンとハード・アーマーだ。

みんなの武器と防具を強化するのだ。

できれば全員のジャージ上下と、あとできれば帽子なんかも強化したい。

と志木さんにいったところ、即答で却下された。

三階の一室に連れ込まれ、ドアに鍵をかけられる。

ふたりきりになる。

志木さんは、ぼくにべッドに座るよう促す。

自分は椅子に座って、脚を組み、傲慢にあごをそらす。

「全部にエンチャントなんて、何時間かかると思っているの。新しくレベル1になった3人を含めて、前衛は七人。このうちアリスちゃんとたまきちゃんだけは、がっちり上下と帽子まで強化してあげなさい。あと手袋もね。ほかの子はジャージの上だけでいいわ。後衛はそれすらいらない。例外はあなたとミアちゃんだけ」

でも、とぼくは抗議した。

だが志木さんは首を振る。

「あのね、カズくん。わたしたちは、平等じゃないの。死んでもいいひとと、死んじゃいけないひとがいるの。精鋭パーティの四人は、絶対に死なせちゃダメ。特にあなたはね。あなたはみんなの希望なの。あなたの替わりはいないの」

「……じゃあ、下山田さんの替わりはいるっていうの」

「ええ、そうよ」

志木さんはそういって、フンと笑う。

まるで自分は悪役ですとでもいうかのように、不器用にラスボスの演技をする。

でもそのかたく握られた拳が、震えている。

目が、哀しそうに、寂しそうに、ぼくを見つめている。

悪役になりきれないひとなんだなあ。

「残念だけど、わたしもあなたも、特別なの。下山田さんと違って、死ぬことが許されないのよ。わたしたちふたりのどちらかが死んだら、みんなはどうしていいかわからなくなる。まわりを囮にして、這いつくばって、泥をすすってでも生き残るのが、指揮官の仕事よ」

彼女はいつも嫌なことをいう。

怖いことをいう。

絶望的なことばかりいって、ぼくを怯えさせる。

だけどそれが、彼女なりの誠意なのだと、いまではぼくにもわかる。

ぼくはひとりじゃない。

志木さんだって同じように仲間の死を背負う覚悟なのだと、そう言外で語っている。

不器用なひとだな、とぼくは思う。

ぼくなんかよりよほど、やせ我慢が好きなんだろう。

「カズくん、あなたにアリスちゃんが必要だというなら、なにがなんでもアリスちゃんを生き残らせるためにリソースを投入しなさい。わたしたちからリソースを削ってね」

「きみは、それでいいのか」

「いいのよ」

志木さんは笑った。

「わたしは、決めたの。もう逃げないって。どんな困難にも立ち向かってみせるわ。たとえ誰に、どれほど恨まれるとしてもね」

「ぼくが嫌だといってもか」

「説得するわ」

「ぼくが志木さんを警戒しているとしても、説得できると?」

「そうね。直接が難しいなら、アリスちゃんに根回しするわ。それも難しいなら、まずたまきちゃんを泣き落とすわ。ミアちゃんは賢いから、きっと話を合わせてくれると思うし……」

ああ、こいつヤバいひとだ、とぼくは直感した。

いやまあ、わかってはいたことだけど。

彼女は、悪い女だ。

きっと、ぼくが彼女から逃れるためには、直接、息の根を止めるしかないんだろう。

そして志木縁子という女の子は、アリスがいる限り、ぼくがそんな暴挙には出ないと知っている。

アリスという安全弁があるからこそ、彼女はこうして胸襟をひらいている。

「ま、そういうわけだから」

といって志木さんは立ち上がり、ぼくを傲岸不遜に見下ろす。

「死なないでね、カズくん。壊れるのもダメ。辛かったらアリスちゃんかわたしを頼りなさい。どんなわがままでもいい、あなたが必要と思うことは、わたしに教えなさい。なんとかしてみせるわ」

必要なもの、ねえ。

ぼくは苦笑いする。

女、とかいったら、きっと彼女は、即座に身体を差し出してくるだろう。

その程度の覚悟がないとでも思ったか、というだろう。

仲間の誰の身体が欲しいといっても、説得しにいくだろう。

ああもう、こいつは本当に……。

クソ喰らえ。

うん、なんというか。

彼女を評するのにぴったりの言葉を見つけてしまった。

「きみは、本当に漢らしいね」

志木さんは、苦虫をかみつぶしたような表情になった。

よし、一本取った。

ぼくはぐっと拳を握る。

ぼくはいま、レベル9だ。

十分ごとにMPが9点回復する。

満タンになるまでには、一時間四十分かかる。

MP回復待ちの間に、カラスによる偵察を行うことにした。

三階の個室のベッドに寝転ぶ。

そばの椅子には志木さんが座り、腕組みしてぼくを見ている。

カラスで1点、リモート・ビューイングで3点、MPを消費する。

そんなのは誤差のうちと割り切って、リモート・ビューイングをかけたカラスを飛ばす。

まずは中等部の本校舎だ。

いまのところ、ここが本命、オークたちの集合場所だと目されていた。

さきほどこの育芸館に進軍してきたオークの大部隊も、この本校舎方面からやってきた。

かなりの戦力を削ったはず、なのだが……。

本校舎前の校庭には、いまだ三十体前後のオークがいた。

校庭の中央で、キャンプ・ファイアが行われている。

燃えているのは、人間だった。

どうやってか、人間を薪のように燃やして、オークたちはそのまわりでお祭りのように浮かれ騒いでいた。

ぼくは唇を噛んで、その光景を見守る。

カラスは、ぼくの感情などに頓着しない。

淡々と校庭の上空を旋回したあと、本校舎内部の偵察にはいった。

本校舎は三階建てだ。

一階は、教室のガラスが片っ端から割られていた。

外側から割られたのだ。

オークたちは、ガラスを割って内部に突入したのだろう。

当時は放課後のはずだったが、校舎に残っていた生徒は結構多かったようだ。

斧で頭をカチ割られた教師の死体がいくつか。

そのそばでオークにのしかかられている裸の女の子たちは、すでに皆、ぐったりとしていて、ほとんど動かない。

カラスは二階、三階と校舎のなかを見てまわる。

雑魚オークに交じって、青銅色の肌を持つオークの姿が時折、見受けられる。

エリート・オークは本校舎全体で、七、八体ほどだろう。

……まだ十体近くもいるのか、あれが。

多すぎる。

ぼくは絶望的な気分になる。

そして、三階。

一番奥の音楽室は、分厚いドアが開け放たれていた。

カラスがひょいとなかを覗きこむ。

なかには、特別大柄な黒い肌のオークがいた。

銀色に光る剣を手に、ピアノの上にどっしりと腰をおろしていた。

金色のマントを羽織り、けだるげに、かしずく部下を見下ろしていた。

ジェネラル・オーク。

ぼくの頭のなかに、そんな単語が浮かび上がる。

いやまあ、当たらずとも遠からずだろう。

そのオークには、まさにそんな、歴戦の将軍の風格があった。

ジェネラル・オークのそばに、なにか毛深い、黒い動物のようなものが腰をおろしている。

なんだろう。

ピアノの陰になっていて、よく見えない。

ぼくの使い魔である灰色狼より、おおきい動物。

その目が赤く光っている。

と。

その動物が、ちらりとこちらを見た。

いや、カラスと視線を合わせた。

ぞっとした。

なにもかも見透かされたかのような感覚を覚える。

次の瞬間。

その動物が首をもたげ、ジェネラル・オークを見る。

ジェネラル・オークの右手が動いた。

投擲だ。

なにか鋭い尖ったものが飛んでくる。

ぼくは思わず目をつぶり……。

リンクが切れる。

カラスは殺された。