軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話 第二次育芸館防衛戦 その1

もとの場所に戻ってすぐ、ぼくは使い魔のカラスをさらに三体召喚し、偵察に出した。

その後、志木さんと共に育芸館へ戻る。

アリスたちが心配そうな顔で出迎えてくれた。

ぼくと志木さんは、なるべく明るい顔で、彼女たちに手を振った。

「みんな、お待たせ。カズくんとの会議は終わったわ。作戦を説明するから、みんなを集めて」

志木縁子がぼくを呼ぶときの名前が変わったことに、全員が気づいたようだった。

アリスが探るような目でぼくを見てくる。

ぼくは安心させるように彼女の肩を叩いたあと、耳もとで「仲直りしてきた」と囁いた。

「それ、どういう意味で、仲直り、ですか」

なぜだかジト目で睨まれた。

ぼくは、あれー? と首をかしげる。

それを見ていた志木さんが、胸の前で腕を組み、あきれ顔になった。

「カズくん、大物ね」

「馬鹿だっていっているように聞こえるぞ」

「いってるのよ。心配しないでいいわ、アリスちゃん。リーダー間のわだかまりを解消しただけよ」

アリスは目をぱちくりしたあと、ようやく納得がいったようで、なるほどとうなずいた。

そういえば、ぼくたちのほかに事情を知るのは、アリスひとりだったか。

「カズさん、がんばったんですね」

「アリスやみんなのおかげだ。あと、一番がんばっていたのは志木さんだから」

「はい。でも、わたし、嬉しいです」

アリスはにっこりする。

ぼくは思わず彼女の髪を撫でた。

アリスは幸せそうに目を細める。

これは天使ですわ。

「はいはい、そこ、いちゃついてないで。説明、始めるわよ」

志木さんが手を叩いて、静聴を促した。

現在、育芸館でレベル1以上になっている生徒は、ぼくを入れて十一人。

システム上、ひとつのパーティは六人までだ。

志木さんと話し合ったすえ、ぼくたちは四人、六人、ひとりの三パーティに分かれることになった。

四人パーティは、もちろんぼく、アリス、たまき、ミアの主力パーティだ。

残りの七人のうち、志木さんを除いた六人でサブパーティをつくる。

志木さんはソロだ。これは彼女の提案だった。

「いざというときのためよ。作戦を練る時間が欲しくなったときね」

ソロなら、自分がレベルアップするタイミングを自分で決められる。

白い部屋をとことんまで使い倒そうという彼女の発想は、頼もしいというべきか、おそろしいというべきか。

いや普通に頼もしい、でいいんだけどさ。

基本戦略は、簡単だった。

「育芸館は、籠城に向かない建物よ。脇の壁を壊されて侵入でもされたら、どうしようもなくなる。さっきのオークたちはそんなことしてこなかったけど、エリート・オークはどうかしらね」

これはぼくと志木さんの議論で、一番問題になった点だった。

ぼくはエリート・オークのおそるべきパワーを、すぐ近くで見て知っている。

斧のひと振りでロビーの階段を破壊してみせた、あの馬鹿力。

それが育芸館の壁面に対して振るわれた場合、はたして持ちこたえられるだろうか。

志木さんは「育芸館の構造はそれほどヤワじゃないわ」といった。

だがぼくは、どんな建物だって、エリート・オークに殴られることを想定していない、といいはった。

結局、ぼくの意見が通った。

志木さんはならばと、その前提での作戦を立案した。

「だからわたしたちは、打って出ましょう。幸いにして育芸館に至る道はひとつだけで、道幅も五メートル程度しかないわ。周囲は木々が密に生い茂っていて、集団戦が難しい。あそこなら、オークが何体いても、せいぜい三体程度しか横に並べない。守るのに最適の地形は外にあるのよ」

主力となるのは、槍を主武器に選んだ少女たちだ。

アリス以外にも、槍術を上げた者が三人、いる。

そのうちのふたりは、さきほど居残って育芸館の防衛に貢献し、レベル2になっていた。

共に槍術スキルをランク2にしている。

彼女たちを横一列に並べて、道に壁をつくるのだ。

「槍の壁の前に、浅い段差を掘るわ。この作業は急いで始めてちょうだい。二、三十センチでいいから、カズくん、お願いね」

ぼくは了解、といった。

説明を最後まで聞かず、シャベルを持って育芸館を出ていく。

「左右の森からまわりこんで来るオークについては……」

志木さんの説明が続いている。

内容については、いまさらぼくが聞く必要もない。

なにせ、ぼくたちふたりで練った作戦なのだから。

ぼくは育芸館手前の広場を抜ける。

この先の道は、トラック一台がなんとか通れる程度だ。

その道を五メートルほど入ったところで穴を掘り始める。

穴といってもちょっとした段差をつくるだけだ。

さくさく掘り進んでいく。

ひとが踏み固めた道にも関わらずここまでさくさくなのは、フィジカル・アップさまさまといったところだ。

途中で何度か、カラスが帰ってきた。

報告によれば、オークたちが本校舎の前に集合しているらしい。

青いオークの姿も見えるという。それも複数。

エリート・オークが複数か……。

厳しい戦いになるな、と思う。

だがこの程度は、志木さんの想定内だ。

いやはや、まったく。最初は、彼女の想定があまりに厳しすぎると思ったものだけれど……。

案外、いいところを突いていたんだなあ。

危なかった。ぼくの楽観的な予測に従って行動していたら、いまごろ泡を食っていたところだ。

カラスを何度も放ち、逐次、敵の位置情報を把握しておく。

そうしながら、もくもくと穴を掘る。

気づくと、道いっぱいの段差が完成していた。

「お疲れさまです」

後ろから声をかけられた。

振り向けば、中等部の女の子がひとり、ぼくのそばに立っていた。

さっき育芸館の留守番をしていた子のひとりだ。

白いお皿を手にしている。

海苔を巻いたおにぎりが四個、乗っていた。

「具がシャケ缶しかなくて、申し訳ないんですけど……」

はにかんでぼくを見上げてくる。

「あ、手が汚れていますよね。いまハンカチを」

「いや、いいよ」

ぼくは土のついた手でおにぎりを握り、むしゃむしゃ食べた。

いまさらこの程度の汚れなんて気にしてられない。

というか、手を拭く時間が惜しい。

カラスからの報告では、まもなくオークたちは動きだすだろう、とのことであった。

ひょっとしたら、いましも行軍を開始しているかもしれない。

塩分のきいたおにぎりは、労働のあとだからか、とてもおいしかった。

というか、めちゃくちゃお腹がすいていて、あっという間に四個全部、ぺろりといけてしまった。

そういえば朝食は日の出前だったんだよなあ。

午前中だけでいろいろありすぎて、お腹がすく、ということすら忘れていた。

「ごちそうさま。すごくおいしかった」

「お粗末さまです。わたしが握ったんですよ」

そういって、少女は笑った。

「さっきは、助けてくれて、ありがとうございました。わたし、もうダメだと思いました」

間に合ったのは運がよかっただけだ。

それに、助けるのは当然のことだ。

なによりあのときぼくが犯したミスは、育芸館の守りから迂闊に五人も引き抜いてしまったことなのだが……。

まあ、そのことについてぼくから語る必要もないか。

素直にお礼を受け取っておくことにする。

「次の戦いでも、わたし、カズ先輩をお守りしますね!」

「ええと……先輩よりは、さん、って呼ばれた方がいいかな」

「はい、カズさん! 大船に乗ったつもりで、後ろにドンと控えていてくださいね!」

そうか、とぼくは少女の手を見る。

朝から穴掘りをして、手の皮がむけていた。

そんな手でおにぎりを握ってくれたんだな、と思うと、なんだか申し訳がなくなる。

いや、ぼくは彼女がおにぎりを握っている間に、ここでこうして穴を掘っていたんだけどさ。

なんかもう、ぼくにとって穴掘りはとても自然なことというか、呼吸するように掘れるというか、掘ってあたりまえなことになってしまった気がするのだ。

それから五分ほどのち。

槍を持つ少女三人が、横幅五メートル、高さ二、三十センチ、奥行き三メートルの浅い溝を挟んで、敵を待ち構えている。

彼女たちの後ろには、ぼくとミアがいる。

ぼくの横には、使い魔の灰色狼が一体。

残りのメンバーは左右の森と樹上に展開していた。

地鳴りがする。

中等部本校舎の方面から、土煙があがっている。

準備万端で待ち構えるぼくたちのもとへ、オークの大軍が進撃してくる。

地面が揺れているのは、彼らの行軍の音だった。

うわあ、ものすごい迫力だ。

オークたちの先頭が、五十メートルほど先のカーブを曲がる。

ぞくぞくと、曲がる。

ぼくたちの姿を見つけて、怒号をあげる。

オークたちは凶暴に猛り狂い、土を踏みならして迫ってくる。

圧倒的な暴力が近づいてくる。

槍を持つ少女たちが怯えるものの……。

なんとか、全員が踏みとどまる。

女子寮の戦いを反省し、今回は彼女たち全員に付与魔法ランク1のクリア・マインドをかけてあるのだ。

意志を強くするというこの魔法のおかげで、彼女たちはオークの大軍を見ても逃げ出さずにいる。

おかげでぼくのMPは、残り30点くらいしかないのだが……。

あとは、彼女たちが作戦通りに落ち着いて行動してくれれば。

しかし、それにしても。

オークの数は、マジで百体以上だな。

ぼくは極力、平静を装った。

もっとも内心では、だいじょうぶだろうかと怯えまくっている。

本当にこんな采配で平気だろうか。

ぼくはアリスたちを守れるだろうか。

いや、できる。

ぼくは拳を握る。

やれるかどうか、ではない。

やるのだ。

先頭のオークが、ぼくの掘った溝のなかに足を踏み入れる。

二番目のオークもそれに続く。

オークたちが一斉に武器を振り上げ……。

「いまだ、ミア!」

「ん。アース・ピット」

ミアの無気力な声で、魔法が発動する。

地魔法ランク3、アース・ピットは、地面に穴を掘る魔法だ。

効果範囲は直径三メートルの円。深さは最大で五メートル。

ただし、一気に深い穴ができるわけではない。じょじょに沈み込む。

とはいえ、これを溝に沿って発動すれば……。

向かって左手にいたオーク、前後あわせて三体の足もとがおおきく揺れる。

ちょうど武器を振りかぶり踏み込んだところだった三体が、思わずバランスを崩した。

そこに、槍を持つ少女たちが次々と刺突を入れている。

後続のオークは踏みとどまろうとするが、勢いがついたさらに後ろのオークたちが背中を押す。

豚人間たちは折り重なって、沈降していく地面に倒れ伏す。

次第に深くなっていく穴に、ぞくぞくと落ちていく。

そして右手のオークたちも、横の相棒たちが消えたことで動揺した。

立ち止まってしまう。

「アース・ピット」

情け容赦なく放たれたふたつ目の穴が、右手のオークたちの足もとにもひらく。

こちらもまた、後続にどんどん押し出され、先頭のオークから順番に落ちていく。

オークの悲鳴。

潰されて呻く声。

断末魔の絶叫が響き渡った。