作品タイトル不明
第26話 女子寮捜索
アリスは、壁際に寝転ぶ、まだ生きている少女たちに治療魔法を使う。
ヒールをしたあと、キュア・マインド。
絶望的な表情を浮かべていた少女たちの目に光が宿る。
MP消費は激しいが、ここはいたしかたなしだろう。
「たまき、ミア!」
声を失って立ち尽くすふたりの肩を叩く。
こういうときは、なんでもいい、仕事を与えるに限る。
「いまのうちにあちこち調べるぞ」
もうさすがに、エリート・オークはいないだろう。
オークも、たぶん、全部倒したはず。
だからといって油断していいはずがない。
ぼくはアリスにこの場を任せ、狼と共にたまきとミアを引き連れ、まず一階の探索に入った。
廊下はしんと静まり返っていた。
ひとつひとつ、部屋を見てまわる。
いくつかの部屋には鍵がかかっていた。
いまさら遠慮する必要はないので、たまきの斧でドアを破壊し、室内を調べる。
「あー、そういや、ふたりの部屋はどこだ」
「あ、あたしとアリスの部屋は、そこ。隣」
「わたしの部屋、三階」
ぼくは少し考えたすえ、たまきには自室へ赴き、着替えるよう指示した。
「ついでにアリスの着替えとかもまとめておいてくれ。あと、適当な部屋を漁って、食堂の女の子たちに着せる服とかを」
「わかったわ。いつまでもアリスをひとりにしておけないしね。こっちは任せて」
「ミア、きみはついてこい。三階にあがろう」
ぼくたちの護衛としては、使い魔の狼がいれば大丈夫だろう。
たとえ生き残りのオークが隠れていたとしても、狼がその鋭い嗅覚で察知してくれるだろうという算段である。
狭い廊下にオークが二体並ぶのは難しい。
少し時間を稼げば、もう一体、狼を呼び出す時間も稼げる。
ミアが魔法で援護してもいい。
なお灰色狼の傷は、召喚魔法のランク3で覚えたキュア・ファミリアによって全回復してあった。
ランク3のサモンは、現在MPと最大MPを9も削る。
再度召喚よりは、傷を癒やして再利用した方が有用である。
ぼくとミアは、たまきと別れ、階段をあがった。
幸いにして、敵はすべて外に飛び出してきていたらしい。
オークの姿はまったく見えなかった。
二階も、三階も、蠅の羽音が耳触りなくらいうるさいくらいだった。
死体を見つけて、集まってきたのだろう。
まず三階のミアの部屋にいき、彼女を着替えさせる。
「着替え、覗く?」
「覗かない」
ぼくは部屋の外で狼と一緒に待つ。
ぼくは床に体育座りで座る。
ぼくの使い魔の灰色狼は、忠犬ハチ公のポーズでぼくの隣にお座りする。
おお、賢そうな子じゃあ。
灰色の毛を撫でると、気持よさそうに目を細めた。
やばい、こいつ可愛い。
「染みつきパンツ、いる?」
また室内から声がかかった。
「いらない。捨てておけ」
「じゃあ、染みつきジャージ」
「かわりのジャージくらい、そこらにいくらでもあるだろ」
少し間があった。
「ん。そだね。ルームメイトのやつ、適当にもらう」
しまった、失言だ。
ぼくは己の迂闊さを呻いた。
これでは、彼女の友達はみんな死んだのだと、そう宣言してしまったも同然である。
ぼくは口もとに手を当てて呻き声を隠した。
「気にしてないよ」
気配かなにかから、ぼくの動揺がバレたのだろうか。
ミアはドアを開け、ひょいと顔を出してきた。
「わかってるよ。わたしの友達も、クラスメイトも、先生も、たぶんみんな死んじゃってる。わたしだけが運よく生き残った」
「まだ、わからないだろ」
「そう覚悟しておいた方がいい。だいじょうぶ。夜のうちに泣いておいた」
ミアはぼくを安心させるように、うずくまるぼくの肩をポンポンと叩いた。
「女子部屋はね。夜にみんなで、一緒に泣いたよ。志木さんが、そうするべきだって」
「志木さんが……」
ミアは「ん」とうなずいた。
「泣くなら、いまのうちだって。だから、カズっちがまだ泣いてないなら、わたしの胸を貸す」
そういってミアは、ぺったんこの胸を張った。
「貸せるほどのおっぱいはないけど、貸す」
「自虐ネタは持ち芸か?」
「新鮮な染みつきパンツ食わせるぞ」
それは特定業界のひとにはご褒美ですが、ぼくにはちっとも嬉しくない。
それに、まあ。
ぼくには、嘆かなきゃいけないような友人なんて、ひとりもいなかった。
全員、まとめてくたばってしまえとすら思っていた。
あー、でも。ここで素直にぼくがぼっちだとバラすのは、マズいな。
適当なことをいっておこう。
そうだな、うん。
「泣くなら、アリスの胸で泣くよ」
「やはりおっぱいがいいのか……」
せめて恋人がいいのか、っていってくれよう。
ミアの着替えと簡単な荷物まとめが終わる前に、ぼくは一度失礼して、屋上を見に行った。
屋上の様子をミアに見せたくなかったのだ。
相変わらず、大量のカラスと蠅が、屋上の六つの死体に群がっていた。
ぼくはオークの姿がないことだけ確認すると、階下に戻る。
屋上へ続くドアは閉めておいた。
ちょうど、ミアが旅行鞄をかかえて部屋から出てくるところだった。
「いこう、カズっち」
ミアの顔はさっぱりしていた。
少し目もとが腫れている気がしたけど、暗がりだからよくわからない。
ひょっとしたら、もう一度泣いていたのかもしれない。
でも彼女がいうように、泣けるときに泣くというのは、いいことなのかもしれなかった。
少なくとも、いま、この状況においては。
三階の部屋を、順番にドアをあけて、なかを調べる。
とある部屋で、ふたつの死体を見つけた。
ミアは死体をじっと見つめたあと「ごめんね。あとでまた、来るね」と呟いた。
「知り合いだったか」
「クラスメイト」
ミアは表情を変えなかったが、しかし鞄の取っ手を握る手が震えることまでは抑えきれなかったようだった。
親しい間柄だったのか、とは聞かなかった。
いや、聞けなかった。
ぼくたちは、義務的に三階のすべての部屋を見てまわった。
ミアによれば、三階に住んでいたのは全員、中等部一年生であるようだ。
同じクラスのひと以外とはあまり交流がなかった、ともいった。
ぼくひとりで見まわった方がよかっただろうか。
いや、この寮に住んでいたミアだからこそわかることもあるだろう。
「次、二階、いこう。二階は二年生の部屋。わたし、知り合いいないよ」
ぼくはそうか、とうなずいた。
ぼくたちは、まったく襲われることなく三階、二階の探索を終え、もとの食堂に戻ってくる。
たまきは先に着替えて、食堂にいた。
死体の山のなかに知人の姿をいくつも見つけたのだろう。
座り込んで、泣いていた。
アリスだけが、ひとり、黙々と生存者の治療を続けている。
「ごめん、ごめんね、アリス。もうちょっと、もうちょっとだけ、泣かせて」
たまきは、せっかく着替えたジャージの腕で、頬にこぼれる涙をぐしぐし拭っていた。
アリスは無言だった。
能面のように表情を消して、ひたすらにヒールとキュア・マインドを使い続けていた。
ぼくはサモン・クロースで呼び出した布で、治療を終えてなおぐったりしている生き残った少女たちの身体を隠す。
先に、これをやっておけばよかったな。
アリスの治療を受けてなんとか生き延びたのは、ちょうど十人。
魔法によって身体の傷が癒え、心に受けた衝撃も魔法のケアで多少は緩和された。
にもかかわらず、すぐ立てる者はひとりもいなかった。
まあこれは、予想されていたことだ。
ぼくはようやく立ち上がってきたたまきと、旅行鞄を両手に握って食堂の入り口に立ち尽くすミアに指示を出す。
「ふたりで急いで育芸館に戻って、五人ほど連れてきてくれ」
「わかったわ。でも、あたしひとりでいく。待ってて、すぐ戻るから。……ミアはここにいて」
ひとりじゃ危ない、とぼくがいう前に、たまきは武器の大斧すら置いて駆け出す。
ああもう、あいつはっ!
ぼくは仕方なく、使い魔の狼にたまきの護衛を命じた。
常に近くにつき従い、オークが来たら迎撃するよう指示を出す。
賢く可愛いわがペットは、了解の印にひとつ吠えると、たまきを追って駆けだした。
「死体を埋めるのは、後日だな。この調子だと、まだほかの建物にも生き残っている人がいるだろうし。なるべく生存者の救出に時間を当てたい」
「はい。……そう、ですね」
アリスは立ち上がったものの、ふらりとその身をよろけさせた。
ぼくは慌てて駆け寄り、彼女の支えとなる。
「すみません」
「きみのおかげで十人も助かった。胸を張れ」
「でも……わたしのお友達が、何人も」
そうか、とぼくはうなずいた。
まあ、そうだよな。
確率的に、そうなるよな。
だったらもっと嘆いてもいい、感情を表に出していい、といいたいところだけど……。
彼女は理解している。
いまそれをしても、死んだ人間は戻ってこない。
いま生きている人間をより多く助ける方がよほど正しい行いなのだと、そう信じているのだろう。
ぼくは、ただ生存者を増やせばいい、とは思っていない。
拠点となる育芸館を守る人員がある程度増えないと、今後の展開が苦しいとは思っているが、あまり人数を抱え過ぎても無駄に派閥やらなんやらでモメるだけではないかとすら思っている。
ただ同時に、オークの拠点をひとつずつ潰し、迅速に敵の間引きを行わなければならないとも考えている。
生き残ったオークがすべて一気に育芸館へと攻め寄せてきたら、とうてい守りきれたものではない。
そうなる前に先手を打つ必要がある。
いやまあ、どのみちいま、ぼくのMPはあまりない。
アリスのMPは、治療でほとんどカラだろう。
アリスの方はともかく、ぼくのMPは直接、ぼくの戦力に関わってくる。
ひとまず彼女たちを連れ帰って、休みたいところだ。
ミアが一階の部屋を巡り、手際よく集めた着替えをいくつかの紙袋に詰め込んできた。
「すまないな」
「ん。働いている方が、気が休まる」
それはそうかもしれない、とぼくはうなずく。
「じゃあ悪いけど、ついでにキッチンから包丁とか、そういうものをかき集めてきてくれ」
「あいあいさー」
ミアは食堂から逃げるように駆けていく。
二十分ほどで、たまきが戻ってきた。
命令通り、育芸館の子を五人、連れてきている。
そのなかには、志木さんもいた。
志木さんを除く中等部の四人が、壮絶な現場を見て息をのみ、次いで泣き出す。
志木さんは、そんな少女たちの頬を叩いた。
「辛いのはわかるけど、生き残った子たちを守るのが、いま一番、大切なことよ。いつ育芸館が襲われるとも限らない。長く留守にするのはまずいわ」
志木さんは、ぐずる彼女たちを叱咤する。
ぼくは彼女たちにマイティ・アームをかけてまわる。
育芸館から応援に来た子たちが、生き残って手当ては受けたもののぐったりしている少女たちを肩にかつぐ。
さすがに重そうだった。
幸いにして、助けた少女のうち、四人は自力で歩くと宣言し、よろめきながら立ちあがった。
互いに肩を貸しあい、歩きだす。
「状況、よくわかりませんけど」
そのうちのひとり、ポニーテールの少女がいう。
オークの体液で濡れた髪を布でぬぐい、不快にべとつく感覚に顔をしかめつつ、ぼくを見る。
「余裕、ないんですよね。だったら、わたしたち、なるべく足手まといにならないようにします」
ぼくは「無理はするな」とだけいって、あとは彼女たちの自主性を尊重した。
本当はサモン・ウォーターをつかってやりたいところなのだが、いまはMPの1点すら惜しい。
女子寮の水道は、予想通り使えなかった。
地震でどこかに不具合が起きているのだろう。
「それじゃ、賀谷くん、いきましょう」
志木さんは両肩にひとりずつ少女を抱えていた。
重そうだったが、ぼくが持つというと「あなたは、ダメよ」と拒否された。
「帰り道に襲撃されたとき、わたしたちを守るのがあなたたちの役目。そうでしょう」
「あ、ああ」
なんだか、あっという間に主導権を取られてしまった。
とはいえ、彼女の指揮は手際よく、文句のつけようもない。
ぼくたちは、女子寮から迅速に撤退し、育芸館に戻る。
もうすぐ育芸館に到着というところで、使い魔の狼が、耳をピンと立てた。
同時に、救出した女子生徒を背負って少し前を歩いていた志木さんが立ち止り、振り返る。
彼女は偵察スキルを取得していたはずだ。
ということは。
「賀谷くん。前方から戦闘音」
志木さんが、緊張した声で告げる。
「育芸館がオークに襲われているわ」