軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話 ぼくはふたつの世界を天秤にかけて

涙を拭きながら、アリスは語る。

魔王は、ぼくとカヤが突入した黒い巨大な球体は。

がらがらと崩壊しながらその身が宙に溶けていったという。

たぶんそれは、ミアが介入したがゆえの現象だろう。

魔王の崩壊に伴うエネルギーやらなんやかやが問題だといってた気がするし。

アリスたちは、それを見て慌てた。

そりゃ慌てるだろう、なかに入ったぼくたちが戻ってこないのだから。

でも、そこで結界が解けた。

クァールがアルガーラフから電波を受信して、ぼくとカヤの無事を伝えてきたという。

おかげで蛮行に走ることもなく、撤収したそうだ。

撤収、といったのにはわけがある。

魔王を倒しても、魔王が生み出したフライング・ジェリーフィッシュはすぐには消えなかったのだ。

それらは長いこと東京湾上空に漂っていたという。

ただ、ワンさんのお仲間の観測によれば。

このまま刺激しなければ、いずれ魔力を使い果たして、あれらも消えていくだろうとのことであった。

もっとも、某国とか某国とか某国が介入して、迂闊な真似をしでかす可能性とかも考えなきゃいけないとのことで……。

「これから、頭が痛いですね」

彼はそういって笑ったという。

「ですが、この先はわれわれの仕事です。みなさんは、完全に裂け目が閉じる前に行動するべきです」

ワンさんは最後に、と志木さんに巻物を手渡したという。

古めかしいつくりの、時代劇とかに出てきそうな巻物である。

そう、忍法とか書いてそうな感じの。

「弟子に、啓子に渡してください。免状です」

「ええと、それって……」

「みなさんのお話を聞き、わかりました。もう、わたしが教えることはなにもないでしょう。……いちおう、秘伝のヒントも記しておきました。彼女が実戦で真の強さを身につけたならば、使いこなせるかもしれません」

その話をしながら、アリスは苦笑いしていた。

うん、聞いてるぼくも苦笑いだ。

なんだよ秘伝って……格闘漫画の主人公かよ……。

志木さんは呆れながら巻物を受け取ったらしい。

いまその巻物は、啓子さんの手にあるとのこと。

泣いて喜んだというから、まあ、きっとよかったんだろう。

で。

クァールに誘導されて、皆で羽田空港のすぐそばの水上に赴いた。

もうフライとかは切れてたけど、ルシアの水魔法でなんとかしたとのことである。

そこに、狙い澄ましたかのように開いた裂け目に飛び込み……。

気づいたら、この学校の山の、中等部本校舎前にいたらしい。

アリス、たまき、ルシア、志木さん、そしてクァールの四人と一体で。

「でもカズさんとカヤちゃんは戻ってこなくて、だいじょうぶってクァールはいうんですけど、でも心配で、とっても心配で……っ」

「いろいろあったんだ。でももう、だいじょうぶ。ぜんぶ終わったから」

そう、すべては終わった。

魔王は消えて、亡霊王もすでになく、アルガーラフは部下を引き連れて遠くへ去るという。

アルガーラフの配下以外のモンスターは野放しだから、この世界の人類はまだまだギリギリの戦いを続けることになるだろうけれど……。

とにかく、いますぐ世界が滅びるかもしれないという状況ではなくなった。

ぼくたちの努力次第で、この先の展望を開くことができるようになるかもしれない。

いや、きっとしてみせる。

なぜなら……。

ぼくは、ぐっと拳を握る。

あいつとの約束を、思い出す。

「ぼくたちは、もっと強くならなきゃいけない。ずっとずっと強くだ」

「えっと、カズさん、どういうことでしょう」

「ミアと約束したんだよ」

ぼくはアリスに、ミアとの会話の内容を語った。

いろいろと複雑な部分は理解できなかったようだけれど……。

ミアはもう帰って来られない、ということだけは理解したようだ。

「そう、ですか。ミアちゃんは……わたしたちのために、すべてを捨てても……」

涙を流していた。

彼女は勘違いしているけど、ミアは完全な自己犠牲だけであんな風になったんじゃない。

たぶん八割くらいは、ミア自身が望んでのことだ。

でもそれを指摘するのは、きっと無意味だろう。

アリスの感受性では、ミアの心理はきっと理解できない。

この少女は、あまりにも……そう、ヒトとヒトとの関わりだけで世界を理解しすぎている。

でも、それでいい。

ぼくはそっと彼女を抱きしめた。

アリス、そんなきみがそばにいたからこそ、ぼくはここまで来ることができたんだよ、と。

アリスがいなければ、きっとぼくは育芸館に行くことなど思いつきもしなかった。

その存在を知ったとしても、見知らぬ者を助けるなんて思いもしなかっただろう。

そして、アリスを助けるためじゃなければ、あのときあそこまでの無茶もしなかっただろうし……。

その場合。

いまここで、こうして無事に世界を救うことができていただろうか。

きっと、無理だっただろう。

アリスの願いのために、彼女のために動いたからこそ。

いまのぼくが、ぼくたちが存在する。

いまの世界が、ここにあるのだ。

「アリス。この世界を救った最大の功労者は、きっときみなんだ」

だからぼくは、そう呟いた。

アリスはきょとんとしてしまったけれど……。

まあ、彼女が理解する必要はないのだとぼくは笑い。

そして、彼女の唇を唇でふさいだ。

たまきとルシア、それに志木さんが転移門でやってきたので、遅い夕食をとりながら、もういちど同じ話をすることになった。

ミアのくだりで、たまきがわんわん泣きだした。

カヤはそんなたまきの頭を「いいこ、いいこです」と撫でていた。

「ママは、さびしくありません。みんなと、ずっと、いっしょです」

「ずっと……いっしょ?」

「はい。いつかまた、あえるから。だからママは、とってもたのしみだって」

たまきは「そっか」と呟いて、しばし夜空を見上げた。

満天の星空だ。

吸い込まれそうなほど見事な天の川だった。

「レベルアップ、すればいいんだよね、カズさん」

「ああ。明日から、また戦うぞ。いいな」

「もっちろん! ミアちゃんよりいっぱい、いっぱいがんばってやるんだから!」

涙を腕でごしごしぬぐい、たまきはちから強くうなずく。

「どのみち、まだモンスターの支配領域の方がはるかに多いのです。むしろ、これからが本番といえるでしょう」

ルシアは平然と、冷静に、泰然自若といった様子で語る。

ケーキをものすごい勢いで頬張りながら。

口もとをクリームで真っ白にしながら。

「がんばるのはいいけど、うちの子たちを押しのけて雑魚狩りとかはナシでお願いね。一部にランク9持ちも出てきたとはいえ、まだまだ平均レベルは二十以下なんだから」

志木さんは育芸館組のことで頭がいっぱいのようだ。

まあ、彼女たちのために、わざわざ地球から戻ってきたんだもんなあ。

そのことを皆に話したら、「わたしたちのために」とみんな泣いて謝ったり感謝したりでたいへんだったらしい。

「これでもう、彼女たちの忠誠心は揺るがないわね」

そんな皮肉めいたことをいっていたけど、きっとそれは志木さんの本心じゃないんだろう。

志木縁子は、とびきりのひねくれものなのだから。

リーンさんの鷹がやってきて、世界樹に来て欲しい、といった。

報告と意見交換、そして今後のことを話し合いたいと。

「お疲れなのは存じております。ですが……」

「わかってるって」

ぼくは鷹から聞こえるリーンさんの声を遮り、笑った。

「ぼくの方も、話さなきゃいけないことがある」

「はい、お待ちしています」

志木さんも、そしてアリスたちもいっしょに行くといってきた。

さすがにクァールだけは残ってもらうことになる。

先日、ドッペルゲンガーなんてものもいたし、さすがにいますぐ彼を世界樹に行かせるのはまずい、という判断だ。

「カヤ、クァールといっしょにお留守番、頼めるか」

「まかせて、ください! いっぱい、あそびます!」

カヤは元気いっぱいでクァールの見張りを了承してくれた。

こんな深夜でもまだ活動的なのは……きっと、彼女の身体がさっき生まれたばかりだからなのだろう。

ひとりと一体を残し、残る皆で転移門をくぐる。

意識が途切れ、漆黒の空間。

そこで、歌を聞いた。

ミアの歌だ。

さっきまでと違い、その歌はなんだかとても嬉しそうだった。

歓喜にあふれ、希望に満ちあふれた響きだった。

「ああ、ミア」

ぼくは呟く。

「きみも嬉しいんだね。喜んでくれるんだね」

どれほど月日がたっても。

どれほど離れてしまっても。

どれほど変わってしまっても。

きみはミアで、ぼくはカズで。

分たれたぼくたちの道は。

いつかまた、ひとつに交わるだろう。

なに。

ここまで来るのに、まだたった六日なのだ。

この先の道のりがどれほど長くたって、きっとそれは遠くない未来に違いない。

だから。

「待っててくれよ。ちょっとだけ、待っててくれ」

ぼくは歌うミアにそう告げる。

歌声が、ひときわおおきくなった気がした。

こうして、生と死を、ふたつの世界を天秤にかけたぼくたちの六日目が終わる。

果てしなく長い六日間で、それをぼくたちは一瞬で走り抜けたのだ。

きっと人生でもっとも濃密な日々は、こうして過ぎ去っていった。

そして。

ここから始まるのは、新たな物語だ。

覚醒のための、再会のための旅が始まる。

ぼくにはもう、天秤など必要がない。

世界も、ミアも、すべてを手に入れるのだ。

ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける