作品タイトル不明
第233話 住宅地の戦い1
「骨の化け物……スケルトン、といえばいいのかな。あれがこちらに向かってきているそうです」
スマートフォンを耳もとにやって電話先の人物と会話しながら、ワンさんがいう。
「きみたちを探しているのではありませんか」
「その可能性はありますけど……」
ぼくたちは顔を見合わせる。
ここまではインヴィジして飛んできたから、モンスター側に動向が伝わるはずもないのだけれど……。
いや、そうか、シー・インヴィジビリティを持ったモンスターがいればいいだけのことだ。
これはさっきも相談したのだけれど、アンデッドが動いているということは、こちらの世界に亡霊王ディアスネグスが来ている可能性はかなり高いとみるべきなのである。
四天王であるディアスネグスがシー・インヴィジビリティ、あるいはその上位互換魔法を持っていないはずがない。
飛行中のぼくたちを見られていたなら……。
「どっちみち、モンスターは倒さなきゃ!」
たまきが立ちあがり、玄関に向かって駆け出す。
あっ、こら、ちょっと!
「待ってください、たまきちゃん! 武器、武器をとりにいかないと!」
「あ、そうだった。ええと、どっちだっけ?」
「右手のほう、公園です!」
たまき、アリスとばたばた廊下を駆けていき、ルシアも立ちあがる。
カヤはぼくの膝からぴょんと跳ね起きて、「いってきます、パパ!」と手を振り走り出した。
いや、きみはぼくといっしょにいこうよ……。
ちなみにカヤの手にはパチンコがある。
さすがにこれは、武器とみなされないだろうと考えたのだ。
どう考えたって子供のおもちゃだよねえ。
「志木さんはここにいて」
「あなたの隣がいちばん安全じゃないかしら」
「ええと……。家族のひとと、少しでも話をする時間があったほうがいいかなって」
志木さんは腰に手を当て、さびしそうに笑った。
「どうせ、母たちを説得する時間なんてないでしょう。このまま、どさくさまぎれに出ていくわよ」
「いや、それはさすがに……」
「いいの。わたしは」
われらがリーダーは、首を振る。
ああ、とぼくは理解した。
理解してしまった。
二日目のあのとき、彼女から本音を聞いたぼくだからこそわかることだ。
志木縁子は、まだ自分を許していない。
友人の死の原因をつくってしまった自分を。
彼女はただ苦しみたいのだ。
それは不毛な想いかもしれないけれど、でも志木さんが皆を指揮し鼓舞したその情熱の源もまた、その後悔から来ている。
だからぼくは、彼女の心を穿つその楔を、呪いにも似た情念を否定しない。
「わかった。じゃあ、いこうか」
「ええ。ワンさんは……」
「足手まといかもしれませんが、ついていって構いませんか」
あ、自分のことを足手まといというか……。
啓子さんの師匠なら足手まといどころか充分な戦力だと思うんだけども。
いやでも、ぼくたちと違ってレベルって概念がないから、一撃でも食らうとまずいわけか。
敵のスケルトンに魔法を使うやつがいたら、ヤバいよな。
とはいえそのへんは、志木さんも同じことだ。
足手まといがひとりでもふたりでも、似たようなものである。
「わかりました、じゃあついてきてください。いこう、志木さん」
「ええ」
うなずきあい、部屋の外に出る。
廊下には彼女の母と祖母がいた。
志木さんはふたりに「ちょっといってくる」と声をかけ、すぐ背を向ける。
その口もとが、家族に見えないところできゅっと引き結ばれる。
そうだ、辛くないわけがない。
せっかく実家に戻ることができて、ほっと安心できるところに腰を下ろすことができて……。
彼女は、それをすぐに捨てる。
永遠の別れも告げられずに。
この場から立ち去ろうとしている。
「縁子」
玄関で靴を履くとき、彼女の母親が声をかけてきた。
志木さんは背中を向けたまま「なに」と訊ねる。
「すぐまた、戻ってくるんでしょう」
「うん、もちろん」
先に靴を履き終えたぼくは、振り返る。
うつむく志木さんは、泣きそうな顔をしていた。
こみあげるものを、必死にこらえている。
あーあ、馬鹿だなあ。
もっと素直になればいいのに。
とはいえここはぼくが口を出すわけにも……。
「いってくる」
靴を履いた志木さんは、ぼくを押しのけるようにして出ていった。
最後まで、母親と視線を合せなかった。
ぼくは玄関前に立ち尽くす志木さんの母親の顔をちらりと見る。
泣きそうな顔をしていた。
志木さんとどっこいの、ひどい表情だ。
ああ、そうか。
そりゃ、志木さんのお母さんだもんな。
彼女の心の機微くらい、とうに悟っているか。
なんて似たもの同士な親子なんだよ……。
ああもう、ちくしょう。
ぼくは無言で彼女に頭を下げたあと、家を出た。
まだスマートフォンで仲間と連絡をとりあっているワンさんと共に、志木さんを追う。
※
ワンさんの仲間の話によれば、こちらに迫ってきているモンスターはローブを着たスケルトンと剣や槍を手にしたスケルトン、あわせて三十体ほど。
それが四つのチームに分かれて行軍してきているらしい。
「思う存分、戦ってください。経路上の避難はすでに完了しています」
「いつの間に」
「わたしが来る前に、仲間に指示を出しておきました」
驚くぼくに、ワンさんは愉快そうな笑みを浮かべている。
彼が志木さんの家に乗り込んできたときには、もう準備が始まっていたという。
このあたり全体を避難対象にしていたとは……よくやるよ、まったく。
「ところで、ワンさんたちはスケルトンを倒せたりしますか」
「数体ばかり、倒した報告があります。ですが、犠牲も出ました」
そうか、やっぱりワンさんのお仲間でも厳しい相手か。
でもって。
彼の口ぶりから、スケルトンを倒したひとが別にレベルアップしたわけではなさそうなことを理解する。
つまり、レベルアップできるのはぼくたちだけの特権なのだ。
たぶんあの日、あのとき、学校の山にいた人々だけの。
「あの、ワンさん。わたしの家族は」
公園に辿りついた志木さんが、ワンさんに訊ねる。
いっけん、完全にもとの彼女に戻っているように見えた。
感情を押し隠しているだけなんだろうけど。
「すでに仲間が退避させているはずです」
「ありがとう、ございます」
「存分に戦ってください」
志木さんはワンさんに頭を下げている。
まあ、彼女は戦わないんだけどね……。
ワンさんと同じおミソ枠なんだけどね……。
※
数分後、路地裏にて。
息をひそめて敵を待ち構えていたぼくたちは、ワンさんの合図で動き出す。
一方通行の道に入ってきた七体のスケルトンたちにルシアが水魔法ランク8のフロスト・ストームを撃ちこみ、氷の嵐で動きを止めたところにアリスとたまきが突撃する。
あえて攻撃魔法をぶっぱなさなかったのは、付近の住宅に被害を与えないためだ。
たぶんワンさんの組織が補償とかしてくれるんだろうけど、なまじこちらの世界だと気遅れしてしまう。
相手がただの雑魚だと確信していたというのもあるけれど……。
実際に、ぼくたちからすればただの雑魚だった。
カヤのパチンコによる援護も加わり、スケルトンたちは反撃もままならずバタバタと倒れていく。
アリスもたまきも慣れたもので、ローブをまとった個体から順に始末している。
「レベルアップだわ」
前衛が五体目を倒したとき、志木さんが告げた。
ぼくたちは白い部屋へ。
※
白い部屋に来た志木さんは、「聞いた話をいろいろまとめましょうか」といきなりいいだした。
早口で。
ルシアが「待ってください」と口を挟む。
「志木、あなたはまず、気持ちの整理をするべきです」
「なんのこと……」
「いまにも泣きそうな顔をしているのですよ、いまのあなたは」
志木さんは唇をきゅっと噛んで、背中を向けた。
やれやれ、ルシアのやつ、やけにおせっかいを焼くな……。
と思ったら、亡国の王女さまはぼくの方を見て、さびしそうな顔で切れ長の耳をぴくぴく動かした。
あれが彼女の国でどういう意味を持つしぐさなのか、わからないけれど……。
彼女がわざわざ口を出してきた理由は、わかる気がした。
ぼくに余計なことをいわせないためだろう。
「あなたのなかでどんな葛藤があるのか、わたくしにはわかりません。なにも聞いていないのですから。カズはある程度察しているようですから、必要でしたら彼を貸しても……」
「いらないわ。ごめん、しばらく時間をちょうだい」
志木さんは隣の部屋を草原にして、ひとりでなかに入っていった。
誰も追ってこないでくれ、とその背中はいっている。
あくまでも、彼女は自分ひとりでこの問題を解決しようというのだろう。
「あのいじっぱりめ」
「ええと……本当にいいんですか、ひとりにしちゃって」
「いいんだ。彼女がぼくたちを必要としないなら」
きっと。
いまぼくたちがおせっかいを焼いても、彼女の心は痛めつけられ続けるだけだろう。
なぜならば、なによりも志木さん自身が自らを許せないのだから。
アリスも、たまきも、ルシアも……そしてミアにとっても。
彼女たちが望んだからこそ、ぼくは彼女たちの王子さまになることができた。
でも志木さんの王子さまは、きっとぼくじゃない。
「ところでカヤ、さっきワンさんから袋をもらってたけど、あれなんだ」
「ぱちんこだま!」
カヤは、えっへんと胸を張り、布袋を掲げてみせた。
なかを覗くと、たしかにパチンコに使う銀の球が山ほど入っている。
これ……いつの間に用意したんだ、ワンさん。
「たまがほしいと、おねがいしました! これなら、いしより、いりょくがあります」
「ちゃっかりしてるなあ」
「ママが、いってました! げんきんに、かんきんも、できます!」
おいミアてめえ、子供になにを教えてやがる。
得意満面のカヤに、それは違うのだと説明するハメになった。
いやまあ、パチンコ屋に行くことなんてないだろうけど。