作品タイトル不明
第232話 世界を移動するもの
お助けキャラのワン老人は、魔王に対して困惑を隠せないという。
なによりも、あの黒い球体は……。
「いささか、強大すぎる」
とのことである。
へー、そうなんだ、強いんだー。
って、そんなことはわかってるんだよ!
あの四天王を従える存在なのだ、弱いわけがない。
ぼくたちは四天王一体を相手にするにも死に物狂いであたる必要があった。
これまでは紙一重で勝ちを拾えてきたが、次も勝てるかどうかはわからない。
それが、四天王という存在だ。
その四天王が仕える相手こそ、あの魔王なのである。
「あなたでは倒せないんですか」
「もとより、わたしたちのできることには限界があるよ。これまでも、あれの同類を倒すことができず、追い払うのがせいぜいということもあった」
おっと、いま「わたしたち」ってワンさんがいった。
つまり彼はひとりじゃなくて、組織がバックにいるってことだ。
それだけなら、心強いことなんだけど……。
その組織が総がかりでもダメってことなのかな。
でも追い払うことができた。
これまでは。
「今回のやつは、追い払えそうなんですか」
「難しいんじゃないかなあ。だから、きみたちに相談しにきたんだ」
わあ、そんなこといわれても。
ぼくと志木さんは顔を見合わせる。
お互いに、困ったなあ、という顔である。
「わたしたちでも、ちょっとどうなるかわからない相手ですよ。倒せるものなら、向こう側の世界でそうしてます」
「だろうねえ。なんとかならないものか……」
「まおー、たおす!」
志木さんとワン老人の会話に、カヤが割り込んだ。
ぼくの膝もとでバウムクーヘンをごっくんと飲み込み、指をぺろぺろ舐めながら元気よく宣言する。
「そのために、カヤがきた!」
「ほう」
ワン老人は目を細めてカヤを見つめた。
カヤはピンと背を伸ばし、老人の視線をまっすぐに受け止める。
「なるほど、なるほど」
やがて老人は、皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。
カヤも、つられてえへらと笑う。
なんだか微笑ましい雰囲気だけど……。
「おまえさんは、それでいいのかね」
「カヤは、そのために、うまれてきた!」
「ならばもう、なにもいうまい」
え、ちょっと待って、なんかそれ不穏な感じなんですけど。
「カヤ、なにかぼくたちに隠してないか」
「んー?」
カヤはきょとんとして小首をかしげる。
天然っぽい仕草で、特に嘘をついているようには見えないけど……。
「さっき、きみはいったよね。魔王を倒すためにちからを使っても、特に悪いことは起きないって。きみは自爆特攻したりするわけじゃない、ってことでいいんだよね」
「じばくは、ロマンですよ?」
「ミアらしい意見だけど、そうじゃなくて!」
「もんだいは、ないです。カヤはだいじょうぶです」
ぼくはちらりとワン老人を見た。
好々爺といった感じで笑っているだけだ。
うーん、本当にだいじょうぶなのかなあ。
「だいじょうぶ、の意味が違う可能性は……あるのかしらね」
志木さんがぽつりといった。
あ、そういう可能性も考慮に入れておくべきだった?
「カヤ、きみの身体は、心は、魔王を倒すためにちからを使ってもなんともないんだね」
「うん!」
「そうか。……まあ、ミアが娘をそんなヤバい自爆特攻なんてさせるはずもないか」
考えすぎだったか。
いやまあ、ならいいんだけども。
じゃあ、いまのワンさんとの会話は、どういう意味なんだろう。
目の前の老人は答えてくれなさそうだしなあ。
うーん、気になるけど……考えても仕方ないのかな。
それよりいまは、彼からもうちょっと情報を引き出さなきゃダメか。
まず必要な情報としては……。
ワンさんと、ワンさんの組織についてだろう。
「てっとり早くお聞きしますけど、あなたがたが提供できる支援について教えてください」
「いまのわたしたちでは、直接的な戦闘における支援は難しいと、そうお考えください」
「じゃあ間接的な支援というと?」
「東京湾全体を包む広域結界を展開する用意がありますな」
ほう、広域の結界とな。
……よくわからんぞ!
ぼくはちらりとルシアを見た。
「結界といっても、いろいろあります。ご老人、それはどういった類のものですか」
ルシアはお菓子をもりもり食べていた手を止めて、ワンさんに訊ねる。
おお、ただの妖怪くいだおれじゃなかった!
これは、できるルシアさんだ!
「境界結界、と呼ばれる類いのものです。外部とのパスを一時的に切断することができます。これにより、世界を渡るもの(プレインズ・ウォーカー)が利用している世界の裂け目からの魔力流入を阻止することが可能となります」
境界結界。
世界を渡るもの(プレインズ・ウォーカー)。
世界の裂け目からの魔力流入。
いろいろ単語が出てきてよくわからないけど、ニュアンスはだいだいわかった気がする。
つまりは、いま魔王は無限の魔力を持っていて……それは楔のちからなわけか。
で、彼らのつくる結界は、その楔との連絡を遮断してしまう。
無限に魔力があったら、どれだけ厄介か。
それは、ほかならぬこのぼくが昨日の夕方、ザガーラズィナーを相手に体現してみせた。
魔力さえシャットアウトできるなら、どれほど強大な相手だとしても、多少は勝ち目は……。
ある、のかなあ。
そのへんはちょっと、よくわからないけど。
カヤもいるし、たぶんだいじょうぶだと思いたい……。
「その結界、いつ発動できますか」
志木さんが訊ねた。
ワンさんは「すでに人員の展開は完了しておりますよ」と返答。
そのへんの手まわしは完璧なわけね。
彼らはずっと、ひと知れず行動してきた。
自分たちに対処できる相手であれば自分たちだけで闇に屠り。
そうでなければ、対処できる者を探し、あるいは待ち……。
そして、いまぼくたちがやってきた。
彼らはそれを預言として知っていたから、ワン老人がこうしてやってきた。
はたして、彼がグレーター・ニンジャの師匠であったことは偶然なのか、それともそれすら彼らの計画のうちなであったのか。
「わかりました。すみませんが、ちょっと直接の関係がない質問をしていいでしょうか」
「どうぞ、お嬢さん」
「向こう側の世界に戻る方法、ご存じですか。それか、向こう側の世界にいる子たちをこちら側の世界に戻す方法は」
「あの世界を渡るものを倒すことができれば、あれが居座る裂け目を利用することができるようになるはずです。具体的な利用方法はわかりませんが……」
「なるほど。いえ、ありがとうございます」
志木さんの考えはわかる。
向こう側の世界に戻る方法は、たぶんミアかカヤあたりが確保していると判断しているのだろう。
そのうえで、ワンさんがどれだけふたつの世界のことを知っているか。
ふたつの世界の移動について、この地球がどれだけの知識を持っているか。
あるいは、彼らが今後、向こう側の世界に対して悪さを行わないかとか、そういうかけひきもあったのか。
どちらにせよ、彼女は意地でも向こう側に戻るつもりだ。
ここには両親と祖父、祖母がいるというのに。
安全な日常があるというのに。
志木さんは、この家ではなく、己の部下である三十人と少しの少女たちを選んだ。
温かい家庭を、肉親たちを、すべてを捨ててあの修羅の世界に戻ろうとしている。
いまは席を外しているけど、この場に彼女の母親がいたら、祖父や祖母がいたら、どう思っただろう。
間違いなく、全力で止めに入っていたはずだ。
幸いなのか不幸なのか、いまここにいるのはぼくたち異世界組と、そしてワンさんだけである。
だからワンさんは、志木さんの言葉を聞いても「そうですか」としかいわなかった。
まあ、ね。
ぼくたちは、向こう側の世界に大切なものを残してきてしまっているから。
「政府の方針とか、どうなってるんですか」
「わたしたちの意向に従っていただいてます。ちょうどいまも、東京湾からいっさいの船舶を退避させてもらいました。湾岸部全体にも避難命令が出ています」
日本政府に命令できるひとたちなのか……。
こんなひとたちが敵にまわらず支援してくれることを幸運と思うべきか。
それほどのちからを持つひとたちなのに結局はぼくたちまかせなことを残念に思うべきか。
なんともいえないところである。
とりあえず、彼らが味方をしてくれることに感謝しておこう。
「そういった避難の手続きが完了したので、わたしがここに来たのですよ」
「手配ばっちりってことですか」
志木さんがため息をつく。
なんかもう、ぼくたちが出るしかないって感じに手まわしされちゃっているよなあ。
別に、それはそれでいいんだけど。
異世界に飛ばされてからの六日間、これまでずっと、ぼくたちはエースであり続けてきた。
いろいろなひとの期待を、はからずも背負うことになってしまった。
幸いにして、これまではその期待に応えることができている。
今度も、同じようなものだ。
ぼくたちが、ぼくたちのちからだけで敵をねじ伏せるしかない。
たとえそれが魔王であろうとも。
「残念ですね。少しは家族と語らいたかったんですけど。まだ父の顔も見ていませんし」
「あ、志木さんはここに残ってよ。戦場にいても邪魔だからさ」
ぼくが口を挟むと、めちゃくちゃ睨まれた。
へ、へん、そんな風に睨んできても怖くなんて……あんまり、ないよ?
眼力勝負に負けて、思わず視線をそらす。
「ですが、志木。あなたが足手まといなのは事実です」
「わかっているけど、でも! それに、あれを倒したあとすぐ向こうに戻ることになったら……カヤちゃん、そのへんはどうなの?」
「んー」
カヤはおとがいに手を当て、天井を見上げた。
「たぶん、あんまし、じかんないよ?」
「ほら、やっぱり」
「でもなあ。あまりにも危険がでかすぎるし……」
と、そのとき。
また外から吠え声が響いた。
間違いなくクァールの声だ。
この吠えかたは……。
ぼくたちは顔を見合せる。
緊張が走る。
「どうやら、ぐだぐだ話している暇はないみたいね。どうしてか、モンスターがこの近くに現れたみたいよ」
志木さんの言葉にかぶさって、携帯の着信音が響いた。
ワンさんが懐からスマートフォンを取り出す。