作品タイトル不明
第231話 魔法使い
志木さんの家に赴く場合のリスクとリターンについては、あらかじめ検討してあった。
志木さんの家族に裏切られ、警察に通報されるかもしれない。
その可能性は、考えていなくもなかった。
なにせルシアやらカヤやら、ぼくたちのグループには怪しい者がいっぱいいる。
ぶっそうな剣とか槍は、近くの公園の草むらに隠しておいたけれども……。
ねえ。
いちおうの対策として、クァールを志木さんの屋敷の外に待機させることにした。
たとえ警察に囲まれたところで、ぼくたちが困るとも思えないけども。
さっさと空を飛んで逃げだすだけだ。
銃で撃たれたところで、志木さん以外はだいじょうぶだろう。
だから、もしそういう事態になったら、志木さんだけは家に残ることになっている。
彼女は被害者で、ぼくたちが彼女を操って無理に家におしかけた、というストーリーにする。
スケルトンたちをすべて倒したとは思えない。
クァールによれば、亡霊王ディアスネグスがこちらの世界に来ている可能性はかなり高いという。
それに、東京湾に浮かぶ魔王のこともある。
いま警察に拘束され、あれこれ聞かれるわけにはいかなかった。
彼らにいいように利用されるのもゴメンである。
なにせぼくたち、歩く兵器だしね。
怪力持ちのたまき、治療魔法なんてものを使えるアリス、攻撃魔法使いのカヤとルシア。
ぼくにいたっては、化け物を呼び出して使役するのだ。
公権力との接触は、現状、リスクしかない。
だから。
「カズくん。いってちょうだい」
志木さんが、座ったまま厳しい声で告げる。
こうなった以上、呑気に情報収集している場合ではないということだ。
一気に魔王を倒しにいくしかない、かな。
「やるべきことをやって」
「わかった。あとのことは頼む。ルシア、いこう」
「ま、待ってくれ」
ルシアと共に立ち上がると、志木さんのおじいさんが慌てて声をかけてきた。
「電話の相手は、警察じゃないんだ。そりゃ、黙っていたことは謝るが……先方からお願いされていてね」
「相手から? ちょっと、おじいちゃん、それってどういう……」
玄関のチャイムが鳴った。
志木さんのおばあちゃんが、「はいはい、いまいきますよー」とぱたぱた駆けていく。
あ、うーん、たしかに彼女の雰囲気、警察って感じじゃない……よなあ。
クァールにしてみれば、警察と一般人の区別なんてつかないよね。
だから、あいつが警告したのは間違いじゃない。
それにそもそも、彼らが隠しごとをしなければよかったわけで、でもこんな風に怪しまれる危険を冒してまで隠すことって……。
玄関のドアが開いて、しわがれた老人のような声がした。
誰かが家にあがってくる。
足音が……あれ、しない?
「ものすごい達人です。気をつけてください、カズ」
「達人? え?」
ルシアが小声でいった。
かなり緊張した面持ちだ。
これでほっぺたに生クリームがべっとりとくっついていなければ、もっと緊張感もあっただろうに。
ぼくと志木さんは、うなずきあった。
ひとまず相手の顔を見てもいいだろう。
どのみち、ぼくたちが本気を出せば、オリンピックの柔道や剣道チャンピオンが相手でも切り抜けられるはずである。
はたして。
居間に入ってきたのは、背広を着た老紳士だった。
背丈はぼくより頭ひとつ低いものの、背筋をぴんと伸ばし、両腕を後ろにまわしている。
頭の毛はすべて剃られているものの、あごひげは豊かに蓄えられている。
精悍な顔立ちで、額に深い傷跡がある。
目が、少し赤みがかっていて、それがぎょろりとぼくたちを睨む。
老人は、そのあとすぐ、ぼくたちの背中に視線を向けた。
振り向けば、アリスとたまき、それからカヤが部屋に戻ってくるところで……。
アリスとたまきは、少し緊張していた。
老人を警戒しているようだ。
そしてカヤは……。
老人に、ビシっと指を突きつけた。
「にんじゃ!」
「ちがうぞ、そりゃちがうぞ」
老人が口をひらき、愉快そうに笑う。
「そりゃあ、わたしの弟子が自称しているだけだ」
「じゃあ、にんじゃますたー!」
「ふうむ、それはいい名だねえ」
なんか、笑うと一気に好々爺って感じになるひとだな……。
というか実はわりと愉快なひとなのか……?
え、っていうか、ちょっと待って、この会話から察するに……。
「え、あの……忍者、って、いま、いいました?」
偶然、なんだろうか。
馬鹿な、そんな偶然があるものか。
じゃあ、でも、いったいどうして、なにがどうなって……。
頭が混乱して、困惑しきりである。
隣では志木さんが、なにがなんだかわからないとばかりに首を振ったあと……。
ばん、とテーブルを叩いて立ち上がる。
「ねえ、ちょっと、おじいちゃん、おばあちゃん、これっていったいどういうことよ!」
強い口調で、老人とカヤのやりとりに呆れている家主のふたりに訊ねる。
「どうしてここに、啓子さんのお師匠さんがいるの? ふたりはこのひとの知り合いなの? なんでこのひと、まるでわたしたちがここに来ることをわかっていたかのように振舞うの!」
それは、まるで悲鳴のようだった。
※
老人は呑気そうに笑い、「まあ、座っていなさい」といって自分もテーブルの反対側に腰を下ろした。
座布団の上で正座し、ピンと背を伸ばしていても志木さんより背が低い。
ニンジャマスター、けっこう小柄なんだな……。
志木さんのおばあちゃんが持ってきたお茶を、ずず、とすする。
ほああ、と顔を輝かせた。
よほどおいしかったらしい。
なんだこのひと……事前の印象となにもかもが違うぞ。
本当に啓子さんの師匠なのか?
めちゃくちゃ日本語が達者だけど、中国人、なのか?
啓子さんの話が確かなら中国人で「合気道」の達人なんだよな。
まさかの別人という可能性……。
だが、志木さんのおじいさんとおばあさんが「それじゃ、あとはよろしくお願いしますよ」と去ったあと。
「啓子は元気かね」
老人が最初に聞いてきたのは、グレーター・ニンジャのことだった。
やっぱりこのひとが、啓子さんのいっていたお師匠さんでいいのか……。
どうしよう、このひとを相手に、どんな話題を振ればいいのか。
カヤが、「パパー」とやってきて、ちゃっかりとぼくの膝もとにすべりこんだ。
アリスとたまきは、ぼくの後ろでじっと老人の様子をうかがっている。
まあ、警戒するよなあ。
ぼくも未だに警戒してるけど……。
さて、どうしようか。
とりあえずジャブを……。
と、なにか口にしようとしたぼくを軽く目線で制して、志木さんが話し出す。
「元気も元気、結城先輩とふたりでモンスターをなぎ倒していますよ。戦闘系のスキルはとっていないのに」
「そうか、そうか。すきる、とかはよくわからんが、よかったよかった。鍛えた甲斐があったというもの」
彼女の意図は明白で、モンスターとスキルについて老人が知っているのか、そのあたりを確かめたのだ。
そして彼は、素直に答えてみせた。
いや、モンスターについてはまだちょっとあやふやなところがあるけれど……。
「もう単刀直入に聞きますけど、おじいさん、あなたはわたしたちの敵ですか、味方ですか」
「味方だよ」
志木さんのストレートな問いに対して、老人はあっさりとそう答えた。
ひとなつっこい笑顔を見せる。
ぼくたちは、ほっと全身のちからを抜いた。
「だからこそ、ここに来た。あなたがたが数日中にここを訪れることはわかっていたからね。ああ、縁子さんとやら、あなたのご家族のことを疑う必要はない」
口ではなんとでもいえるんだけど、でも老人の言葉には不思議な説得力があった。
そのまま信じてもいいんじゃないかなーと思える。
でも志木さんはまだ不満げな様子であった。
「なんで、わたしたちが来るってわかったんですか」
「預言だよ。巫女に聞いたね。そうそう、わたしのことはワンと呼んで欲しい」
ワン、王か。
中国人の名前としては、たぶんありふれたもののひとつだろう。
これ……偽名、っぽいよなあ。
別にいいか。
彼の本名が重要だとは思えない。
いやそれよりも、預言とか巫女ってなんだよ……ぼくたちの世界に関する常識がぼろぼろと崩れていくぞ。
「ではワンさん、わたしたちになにがあったのか、いまこの世界になにが起きているのか、どれだけご存じですか」
「どれだけ、といわれてもひとくちには難しいなあ。かいつまんで話すとすれば、いまこの世界は侵略を受けている。その元凶は東京湾に浮かぶあの黒い球体であること……」
ああ、そのへんはきちんとわかっているわけね。
世界が侵略を受けている、ってのは重要な認識だ。
つまり彼は、異世界、というものについてきっちりその存在を把握しているということなのだから。
「ワールドイーターとなったあの存在は、じきにこの世界を食らいつくすだろう、ということくらいかな」
あ、また新しい単語が出てきた。
ワールドイーター、か。
文字通り、世界を食らうもの……でいいのだろうか。
「あれは、わたしたちがさっきまでいた世界から来た存在だと思います。あちらの世界についてはもう関心がないようでした。どうしてこちらの世界を食べる必要があるのですか」
「そりゃ、こっちには楔がないからね」
楔。
ああ、ここでそれが出てくるのか。
っていうか、じゃあ楔っていったい……なんなんだ。
不意にぼくは気づく。
ぼくたちみんな、盛大な思い違いをしていたんじゃないだろうか。
あちらの世界の神話を、まるまる真実だと思いこんでしまっていたんじゃないだろうか。
「楔とは、なんなのですか」
ぼくと同時にそこに思い至ったのだろう、志木さんが訊ねる。
老人はにやりとした。
「文字通り、繋ぎとめるものだよ。虚ろの海にたゆたう世界を繋ぎとめる拘束具、それが楔だ。その性質ゆえ膨大なエネルギーを持つが、同時にそれを世界を移動するもの(プレインズ・ウォーカー)たちに利用されることもある。彼らは世界の移動にすさまじくおおきなエネルギーを使うからね」
あ、ヤバい。後ろでアリスとたまきが困惑しているのが気配でわかる。
ルシアも、ちょっと困ったような顔になっている。
カヤはぼくの膝の上に座り、呑気にバウムクーヘンを食べていた。
「そもそも、ええと、世界を移動するもの(プレインズ・ウォーカー)ってなんなんですか。あの黒い球体……魔王は、あの種族は、あいつらだけなんですか」
「それはわからないね。ただ、この世界は過去数度、ああいった存在の来訪を受けている。数百年に一度、くらいのペースだから、近代になってからは初めてだけどね。そのたびに、わたしたちのような存在がその侵攻を撥ね退けてきた」
「じゃあ……」
「でも今回のやつは、あまりにも特別だね。いったいどう成長すれば、あんなものができあがるのか。われわれでは手のつけようがない」
ワン老人は、ここではじめて、その口調に困惑の色を乗せた。
えー、ちょっとまって、ここでそうなってしまうの。
あなたって、ぼくたちに用意されたお助けキャラじゃないんですかね。