作品タイトル不明
第227話 カヤ1
しばらく、意識が飛んでいたようだ。
気づくと、志木さんがぼくの肩を揺さぶっていた。
ああ、青い顔して……そんなに焦らなくても、うん、ぼくはだいじょうぶ……たぶん……ははは。
「パパ、どうしたの」
青い髪の少女が緑の瞳で見上げてくる。
ああ……パパ、か……。
パパ……パパってつまりママがいてパパがいて子供ふたりのマイホーム幸せ生活がたのしい夫婦生活……。
いや待てよすべてこの子の勘違いという可能性もなきにしもあらずでああでも娘にエロゲー買いに行かせるようなママって世の中にどれだけ存在するのか。
そもそも彼女、ぼくたちマレビトと同様の魔法を使っていてしかもおそらくあれは風魔法ランク9のホワイトカノンで……。
うん、現実を認めよう。
「初めまして、かな。ぼくは賀谷和久。きみはぼくの子供……でいいのかな。お母さんの名前は」
「ママは、ママだよ」
「えーと、うん、きみのママは、自分の名前をいってなかったかな」
少女は、にぱっと笑った。
花が咲いたような、さわやかな笑顔だ。
「ママはね、わるいことするとき、とくめーでいたほうが、ゆうりなんだって!」
「ゲスい匿名文化で育ったことはわかったよ!」
もうなんだか、ある意味とてもわかりやすく……。
あいつめ、子供にどんな教育してやがる。
「っていうか、ミアの子……だよな」
「うん!」
「ぼくとミアの子……なんだよな」
「うん! カヤ、だよ!」
カヤ、か。
ぼくの苗字が賀谷である。
ミア……なんでそんな名前をつけたんだ、きみは。
これじゃ「かやかや」になってしまうじゃないか。
そもそも、ぼくがミアと子供をつくる作業をしたのって、昨日の夕方……なんだけども。
いや、あの空間って時間の概念とかぐちゃぐちゃだったけど。
「カヤはいま、何歳かな」
「おとな!」
おとうさん、そんなことは聞いてません。
「ええと……算数とかは教わっているのかな」
「びぶん、せきぶんは、とくいです!」
「なにその英才教育」
カヤは、はにかんだ笑みを浮かべた。
「パパにほめられちった」
やばい、かわいい。
この子がぼくの子だと思うと、余計に……。
いやすごく複雑な心境なんですけど。
「どうしよう、志木さん」
「とりあえず、彼女はそういう存在だと納得しましょう」
志木さんはため息をついてそういうと、膝を曲げて少女と目線を合わせた。
「こんにちは。わたしは志木縁子。志木と呼んでね、カヤちゃん」
「わかった、シキおばさん!」
「あのねえ……」
カヤは、はっと口に手を当てる。
「シキおねえちゃん!」
「ぼくの子、ずいぶん如才ないな」
「まったく、もう……。カヤちゃん、さっそくだけど、あなたのレベルはいくつなのかな。わたしたちとパーティを組んでもらえるかしら」
カヤは、満面の笑みを浮かべた。
自信満々で胸を張り、両手をひらいて、ばんと突きだす。
十本の指をピンと伸ばす。
「51!」
なぜその数字で両手を開いた。
ってレベル高いな! アリスたちより上じゃないか。
「どんなスキルを持っているのかしら」
「かぜまほうと、しゃげき!」
へー、そういう組み合わせか。
たしか風魔法と射撃の派生スキルは風射術。
弾丸などを自由自在に曲げて目標に到達させるアビリティとかあったような……。
「ママがね、これが、つよいって!」
「あ、やっぱりミアの教育か……」
「パパのやくに、たってこいって! ママはもう、おてつだい、できないから!」
ぼくと志木さんは、その言葉に喉を鳴らす。
顔を見合わせた。
もうぼくの手伝いはできない。
それはつまり、もう彼女とは会えないということ……なのか。
ミア……きみはいま、どこでなにをしている?
「ええと……あなたのママは、いま、どこにいるのかな」
「えーとねー、とおいとこ、です!」
はぐらかされたかな。
それとも、よくわかっていないのかな。
ミア、きみは……なにを考えて、彼女を送り込んできた。
「と、とりあえず、パーティに入ってもらえるか」
「うん、パパ!」
彼女をパーティに組み込み、これで志木さんを入れて六人になった。
とはいっても、アリスたちとはまだ合流できていない。
っていうか、そういえば渋谷のあちこちで爆発とか起きてるわけで、つまり……。
気づくと、ぼくたちのまわりに群衆が集まっていた。
ざわついているけど、近づいてくる様子はない。
どうやら怯えられているようだ。
あー、そりゃまあ、使い魔たちがそばにいるしなあ。
天亀ナハンは怪獣映画とかに出てきそうだし、ほかの二体も明らかに怪しさ満点だし。
「とりあえず、移動しようか。きみの目的は、ぼくのお手伝い、でいいのかな」
「うん、パパ! わたしを、すきにつかってね!」
「お巡りさんこっちです」
志木さん、いまの状況でそれ洒落になってないからね!
皆で空へ舞い上がる。
ほかに爆発が起きている場所を探して……あー、明治通りを恵比寿の方にいった先に、なにかいるっぽいな。
そっちにいってみるとしよう。
※
カヤは、たぶん十歳くらいだろう。
彼女が普通の環境で育ったとは思えない。
ちょっと話を聞いた限り、これまで母親以外の人間と会ったことはなかったようだ。
もっとも、彼女は「ドールといっしょだったのよ」ともいっているので、人間ではない知的生命体との会話経験は豊富なようだ。
ドール……人形、つまりアンドロイドみたいなものかな。
そもそもミアがあんな妙なことになったのも、ミアそっくりの存在と接触したからだし……あの空間でそういうものを配置できてもおかしくない。
いろいろ聞きたいことだらけだけれど、状況がそれを許してくれないよなあ。
渋谷駅新南口の近くで、スケルトンたちが暴れていた。
警察官が発砲して……あ、剣で銃弾を叩き斬った。
スケルトンの一体は、返す刀で二十メートルほどの距離から斬撃を見舞う。
魔法的な光の刃が飛びだして、警察官数名がまとめてまっぷたつにされる。
逃げ惑う群衆の悲鳴が響く。
まずいな、恐慌状態になった人々が狭い道に集まっていて、ろくに動けなくなっている。
そこにスケルトンが斬り込んで……。
阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる。
「子供の教育によくない光景ね」
「父として遺憾に思うよ」
「ぎゃくさつだーっ」
横を飛ぶカヤをちらりと見ると……目を輝かせて、殺戮の光景を見ていた。
あ、しまった、そういえばこいつミアの娘だ。
「パパ、たすけにいっていい?」
「あ、ああ。でもカヤ、きみは接近戦ができないだろう。あんな乱戦じゃ……」
「だいじょうぶ、まかせてっ」
カヤはひときわ加速した。
魔法で背中に風を当てたのだろう。
ぼくたち全員の前に出て、さらに速度を上げる。
あ、貫頭衣がひらめいて、スカートのなかが見えた。
なんでノーパンなんだよ……。
ミア、下着くらいなんとかしてやれよ!
「お巡りさーん、こっちでーす」
「志木さんうるさい」
あと、そのお巡りさんたちはさっき惨殺されました。
なんかもう、世はバイオレンスでジャックな感じです。
カヤはどこからともなく取り出したパチンコを手に、上空から群衆のなかで暴れるスケルトンに狙いをつける。
でもスケルトンは忙しく動きまわっていて、狙いをつけるのが難しいんじゃ……。
「ストーム・バインド」
あ、空気の渦がスケルトンをからめとった。
直後、彼女はパチンコで銀色に輝く玉を放つ。
銀の玉は拘束されたスケルトンの頭部を正確に撃ち抜き、一撃でモンスターを破壊してのけた。
「ヒット! つぎ、いくよーっ」
小柄な少女は、同じ作戦で二体目のスケルトンも一撃で沈めてみせる。
三体目はカヤに気づき、剣圧ビームのようなもので反撃してくるが……。
それはカヤを包む貫頭衣に当たって四散した。
「いったいなあ、もうっ」
いちおうダメージはあったようだけど、ちょっと痛がっただけだ。
貫頭衣が少し汚れている。
たぶんあれが普通のひとに直撃したら、服が丈夫で無事であっても内臓破裂なんじゃないかな……。
まあ、本当にレベル51なら当然ではあるんだけど。
つまり自己申告通り、ってことだよなあ。
「あ。レベルアップしたわ」
志木さんが呟く。
※
幸いにして、白い部屋には全員が集まっていた。
全員というのはぼく、アリス、たまき、ルシア、志木さん、そしてカヤの六人である。
皆で再会を喜んだ。
「よかったです、カズさんも志木さんもルシアさんも無事だったんですね」
「カズさん! もうわたし、なにがなんだか!」
アリスとたまきが、泣きそうな顔でぼくを見て、抱きついてくる。
ルシアも、ほっとした表情であった。
ぼくとしても深く安堵の息をついている。
よかった……全員、無事だったんだな。
とりあえず、皆の距離が離れすぎていて白い部屋で会えないのではないかという懸念は払拭できたということだ。
この地球に戻ってきてしまったことがアリスやたまきにとっていいことなのかどうかは、まだわからないけど。
ルシアに至っては完全に異郷の地である。
さぞ不安であったことだろう。
「ねえ、ところで」
たまきが、カヤを見てきょとんとしている。
わが愛娘は、にぱっと笑った。
「はじめまして、カヤです! パパのおくさんには、いっぱいこびをうっておけ、っていわれてます!」
「え? 奥さん? こび? ふえ?」
「ええと……アホでぱつきんなママは……たまきママ!」
「わふっ?」
たまきは、なにがなんだかわからず混乱しているようだけど……。
おいミア、てめえ今度会ったら覚えてろ。
「そっちのおっぱいがでっかいママは、アリスママ! みみがながいのが、ルシアママ!」
合ってるけど。
いや合ってるしそういう記号って覚えやすいだろうけど!
ミア……きみやっぱり、次に会ったらお仕置きだわ……。