軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第226話 帰還

ぼくはため息をついて、口をひらく。

「ここって渋谷……だよね」

『それは、いかなる地でござろうか』

「いかなるっていうか、地球、なんだけど。あと正確には渋谷駅から徒歩五分くらいの東急本店前」

ここは偽物の空間なんじゃないだろうか、というのがまず考えたことだった。

昨日の夕方、あの奇妙なドームのなかで見た光景。

あのときのように不思議な超技術でつくられた世界なのではないかと。

でも、あの世界には人間の姿なんてなかった。

ぼくたち以外に存在したのは、巨大な浮かぶクラゲだけだった。

いまぼくたちの周囲にはたくさんの人間がいて、スーツ姿のサラリーマンとか私服の若者とかがいっぱいで……。

クラクションの音、排気ガスの臭い、そういった独特のものが入り混じった、渋谷の空気。

それはあまりにもリアルに、ぼくの目と耳と鼻に押し寄せてくる。

「今度こそ本物の日本、なのか?」

なにが起こったか、考えてみる。

亡霊王ディアスネグスが学校の山の地下に存在した楔に触れて、その直後にルシアが楔の制御を取り戻そうとして……。

ルシアは、制御できない、と叫んでいたように思う。

あの学校の山が出現した地点から、魔王は地球へ旅立ったらしい。

となると、いまぼくがここにいる理由っていうのは……。

「前の座標が残っていた? いや、ディアスネグスがなにかをした? どっちにしても、ルシアはそれを発動させちゃって……」

結果的に、楔が転移装置として機能した、のか?

アルガーラフはそれをさせないために戦っていたはずだ。

となると……向こう側の世界はどうなってしまったのか。

いや、その前に。

ぼくは当惑して首を振る。

「帰ってきちゃったのか、ぼく」

感慨などなかった。

むしろ、どうすればいいんだという思いの方が強い。

なにせ、ぼくのそばに使い魔たちがいるということは、ぼくひとりが戻ってきたというわけでもないってことで……。

天亀ナハンの陰で、呻き声がする。

志木さんが倒れていた。

ああ、そりゃそうだ、あの爆発でナハンは、志木さんを必死で守ってくれてたわけだし……。

「あの、カズくん」

その志木さんが、立ち上がる。

顔をあげて周囲を見渡す。

腰に手を当てて、さっきのぼくみたいなため息をつく。

「これ、どういう状況か説明してもらえるかしら」

「どうもこうも、見ての通りじゃないかな」

「そう……マズいわね」

さすがに志木さん、すぐ問題点に気づいた様子で顔をしかめる。

群衆のことは完全に無視して、「ああもう」と首を振る。

「ナハンの魔法で周囲のサーチ、できるかしら。わたしの予感が確かなら……」

彼女がそういったとたん、少し離れたところで爆発音が響いた。

ぼくたちは顔を見合わせる。

「行ってみるよ。志木さんはここで待機を……」

「冗談じゃないわ。こんなところに置いていかれてたまるもんですか。命の危険の方がまだマシよ!」

志木さんは素早くナハンの甲羅の上によじのぼった。

ああ、そりゃまあ、そうだよな……。

ひとりこんなところで好奇の視線に晒されるなんて、ぼくだってごめんだ。

というか、アリスたちはだいじょうぶだろうか。

みんなに飛行魔法がかかっているから、だいじょうぶだと思いたいところだけど……。

「ナハン。フライを全員に」

『承りました、主』

ウィンド・ウォークだと走るのと同じだから、フライの方が速度が出る。

ディフレクション・スペルからのナハンのフライで、ぼくたちは空に舞い上がった。

群衆が「飛んだぞ!」とか「魔法だ!」とか叫んでいるが、ぜんぶ無視する。

さて、爆発があったのは駅の向こう側、明治通りの方だ。

ひときわ高い建物であるヒカリエのあたりから煙が立ち上っている。

渋谷ヒカリエって、たしか高さ百八十メートルくらいだっけ?

「あまり高度は上げないでくれ。敵に見つかるかもしれない」

ぼくは使い魔たちに命じる。

ちなみに志木さんは、ちゃっかりまだナハンの甲羅の上だ。

いやまあ、そこたぶん一番安全な場所だから、いいんだけどね……。

あ、マークシティの向こう側からも爆発音が聞こえてきた。

ぼくたちがさっきまでいた東急本店の奥からも。

やばいな……これ、拙速に移動するべきじゃなかったかもしれない。

とか考えながら、山手線の線路を超える。

明治通りで、スケルトンが数体、暴れていた。

剣で車を片っ端からなぎ払って……うわ、自動車やトラックをすぱすぱ切断してる。

「あなたたちが戦っていた相手って、あんな強いやつらだったのね」

志木さんが、完全にひとごとのようにそんなことを呟く。

ぼくもびっくりだよ。

そうかー、アリスやたまきって、あんなやつらと刃を交えていたんだな……。

思い返せば、初日はエリート・オークも絶望的なほど強い相手だった。

いま悲鳴をあげている人々は、まだオークを一体も倒してないぼくたちなのだ。

レベルが上がるに従い、ぼくたちは頑丈になっていく。

レベル50近くにもなれば、あんな風に鋼鉄を軽く叩き斬っていくような斬撃を受けてもちょっとした切り傷程度ですむかもしれなくて……。

頭ではそれを理解していたけども、実際にそれを目の当たりにすると、なんともいえないものがある。

「放置していくわけにもいかないか。潰そう」

ぼくは決断し、使い魔たちに命令を下す。

魔法で遠距離から倒してしまいたいところだけど、通行人が逃げ惑っていて混沌とした状況だから、まあそれはやめた方がよさそうだ。

「シュトラス、ペヌーザ、アンデッドだけを倒して」

二体の使い魔に命令を下す。

鎧騎士と有翼の天使は、暴れまわるスケルトンに急降下していく。

「志木さん。パーティに入って」

「ああ、そうね……。相談、しなきゃまずいわね」

わかってくれて、なによりです。

うまくすれば、レベルアップ時の白い部屋でアリスたちと合流できるだろう。

そもそもこの世界でレベルアップしたとして、白い部屋に行けるかどうかって問題もあるんだけどね……。

ぼくと志木さん、それにナハンは十メートルほど上空から高みの見物だ。

線路のこっち側でも群衆の何人かがぼくたちに気づいて指さしてるけど、知ったことじゃない。

シュトラスとペヌーザが、上空から猛禽のごとくモンスターたちに襲いかかる。

ちなみにペヌーザは、手に炎の鞭を召喚していた。

彼女は本来、どちらかというと魔法型の使い魔なのだが、近接戦闘もできる。

シャ・ラウが前衛型ながら魔法でも戦えるタイプなので、あの幻狼王を少し魔法型にシフトしたようなバランスだ。

で、二体の使い魔がスケルトンをいよいよ叩き潰そうというところで……。

白い光線がスケルトンたちの身体を撃ち貫く。

スケルトンがばたばたと倒れていく。

あれは……え?

そんな、まさか。

「ホワイト・カノン……だよな」

風魔法ランク9。

ミアがよく使っていた魔法だ。

見れば、ビックカメラの手前あたりに小柄な人影が浮いていた。

十歳くらいの、蒼い髪の少女で、汚れひとつない白い貫頭衣を身につけている。

いまの……彼女が放った魔法、っていうことか?

使い魔たちは、目前でスケルトンが倒されたことで、所在なげに宙を舞う。

はは、少し間が抜けた話……って、いや、うん、なにがどうなっている?

あ、少女が使い魔たちに気づいた様子で、ちょっと慌てている。

「カズくん、あの子とコンタクトを取りましょう」

「そ、そうだな。敵じゃなさそうだし」

ぼくたちは彼女のもとへ降りていく。

少女はぼくたちに気づき、顔をあげた。

緑色の双眸が、おおきく見開かれる。

満面の笑顔になって、ぶんぶんと手を振った。

ちぎれそうなほど勢いよく手を振っていた。

いちおう普通の人間、っぽいけど……青い髪に緑の瞳って時点で、この地球の人間じゃないっぽい……よねえ。

「パパっ!」

少女が、ぼくを見て叫ぶ。

え……は?

うん、いや、ちょっと待て。

「パパっ! やっとあえた! やっとみつけた!」

「ええと……カズくん、彼女って」

「まあ、ひとつ心当たりはある……あるけどさ」

ぼくたちは彼女のそばに着地した。

駆け寄ってきた少女が、掌サイズの紙を取り出す。

茶色く変色した古ぼけた紙で、たぶん大学ノートの切れ端だ。

「あのね、パパっ! ママが、ちきゅうにいくなら、ぜったいにこれ、かってきてって!」

ノートの切れ端をちらりと見れば、日本語で文字が書いてあった。

たぶんシャープペンで書かれた、きれいな文字。

「ねえパパ、おしえて! カヤ、あきはばらーで、えろげー、かってこなきゃいけないの!」