作品タイトル不明
第225話 六本目の楔3
中等部本校舎の地下に存在していた謎の空間。
ぼくたちはそこに降り立つ。
「ピラミッドのなかみたいですね」
アリスが口をぽかんと開けて呟く。
まさにコンピュータ・ゲームのダンジョンを思わせる石造りの玄室だった。
広さは学校の教室の半分くらいで、天井までの高さは五メートルほど。
前後左右に通路が延びている。
ぼくたち全員に暗視をかけてあるから、真っ暗でも周囲は見渡せるけれど……。
どの通路も、少しいったところでふたつに分岐していた。
「うわー、迷宮だよう」
たまきがげんなりしていた。
「あっちこっちうろうろしなきゃいけないのかな……」
「いや、そんな面倒なことはしないよ。ナハン、この真下でいいんだよな。もう一度、穴を掘ってくれ」
『任されました』
かくしてぼくたちは、ナハンが掘った穴を伝って下へ、下へと移動する。
面倒なダンジョン・アタックとか、いまさらやってられるか!
※
辿り着いたのは、学校のグラウンドがまるまる入ってしまいそうなドーム状の空間だった。
天井の高さは三十メートルくらいあるんじゃないだろうか。
赤土が露出した地面だ。
ここに到達するまで、百メートル以上は降りた気がする。
これ、生真面目に迷宮を歩いていたら、何時間かかったかわかったもんじゃないな……。
つくづくショートカットしてよかった。
で、大広間の中央付近には、全長三メートル近い巨大な正八面体の宝石が赤く輝いている。
「間違いありません、楔です……」
ルシアが呆然とつぶやく。
いつもの抑揚のない口調ではなく、少し熱に浮かされたような感じだ。
珍しく興奮している。
「六本目の楔。本当に存在したのですね」
この大陸を地上に留める楔のうち、これまで存在すら知られていなかった幻の一本。
まあ、そりゃこの世界の住人にして地底樹の管理者であるエルフの王族だったんだから、びっくりしてもおかしくはないか。
「ルシア。いけるか」
「は、はい。やってみます」
ルシアは慌てて楔に手を触れる。
目を閉じて、しばし。
なにも起こらない。
「ダメ……なのか?」
「はい、活性化いたしません。封印が為されているのか、なにか別の問題があるのか……」
リーンさんの使い魔の鷹がやってきて、ルシアの手前の地面に舞い降りた。
宝石の輝きで、鷹の目が妖しく輝く。
いや……魔法を解放したのか?
鷹のすぐそばに、いつもの転移門が出現する。
青白い輝きと共に、転移門から誰かが姿を現す。
誰か……というか、志木さんだった。
「ちょっと、志木さん。こっちに来たら危ないんじゃないの」
「リーンから頼まれたのよ。彼女が世界樹の制御に使う魔導具を預かってきたわ」
志木さんは、そういってルシアに短刀を手渡した。
刃の部分が赤黒く染まっている、なんだかすごく不気味なナイフだ。
「制御って……これをどう使うんだ。ルシア、わかるか」
「そういった儀式は秘中の秘ですので、これまで見せてもらってはおりません」
「だいじょうぶ。そのへんも教えてもらったわ」
志木さんは手振りを交えて手短かに儀式のやりかたを説明する。
そうこうするうち、神翼使徒ペヌーザが頭上を見上げた。
ぼくたちが穴を開けた、ドームの天井を。
「敵が来るのか」
『はい、主さま。かなり強力な者たちが近づいております』
「急ごう。ルシア、頼む」
ルシアは志木さんの指示に従い、赤黒い短刀で左手の中指を軽く切る。
流れ出た血を短刀の先端に塗り、その短刀を巨大なルビーに突きたてる。
短刀の先端が、すっとルビーに埋まった。
ルシアが「あっ」と声をあげる。
それと同時に、紅蓮の正八面体がひときわ輝きを増す。
「いけたかっ。よし、これで……」
『来ます、主さま』
ペヌーザの声で、ぼくは天井を仰ぎ見る。
ちょうど、穴から灰色のなにかと黒いなにかが突入してくるところだった。
あれは……まさか。
灰色のなにかとは、輝くローブを身にまとった半透明の骸骨だった。
手にした大杖が輝くたび、雷撃が黒いなにかを襲う。
そして黒いなにかは……見間違いようもなく、黒翼の狂狼アルガーラフである。
え……ということは、あの半透明の骸骨って……。
まあ、それしか考えられないわけだけども。
「亡霊王ディアスネグスね」
同じく天井を見上げた志木さんが呟く。
そう、いまぼくたちのすぐ近くで、二体の四天王が死闘を演じているのだ。
ちょっ、こんなところで戦うなよっ!
両者の放ったビームが天井近くで衝突し、爆風を巻き起こす。
爆風がぼくたちを襲う。
まずい、志木さんはいま無防備で……。
『お任せあれ』
天亀ナハンが志木さんの前に立ち、バリアを張る。
直後、熱波がぼくたちを襲った。
ものすごい衝撃で、全員が悲鳴をあげて吹き飛ばされる。
「ああ……っ」
「ルシアっ!」
って……まずい、ルシアが楔から手を離してしまった!
数メートル吹き飛ばされて転んだルシアが、呻きながら顔をあげるも……。
彼女は、手から赤黒い短刀を取り落としてしまっている。
「ルシア、急げっ」
「は、はい!」
ルシアが起き上がり、短刀を手に取る。
と……そんな彼女より前に、巨大なルビーの前に立つ者がいる。
灰色のローブを身にまとった半透明の骸骨だ。
全身が霧のようにゆらめいている。
それでいて、近寄るどころか直視するのもためらわれるような圧迫感を覚えた。
髑髏の双眸の奥で、赤い光が妖しく輝く。
「ディアスネグス……っ」
亡霊王のローブから覗く骨の手の指には、それぞれ指輪がはまっている。
合計で十個の指輪には色とりどりの宝石がはまっており、時折、明滅を繰り返す。
これは……魔導具の指輪が、いろいろと効果を発動しているのか?
仰ぎみれば、天井近くのアルガーラフが数体の骨巨人に組みつかれている。
骨巨人たちは、次の瞬間、身ぶるいしたアルガーラフに吹き飛ばされるものの……。
亡霊王にとっては、その一瞬で充分だったのだろう。
「楔は渡しません!」
「させないわっ」
アリスとたまきが果敢にもディアスネグスに打ちかかるも、その刃は骸骨をすっとすりぬけてしまう。
そうか……本当にこいつの身体は、霧で出来ているのか。
ディアスネグスはふたりを見もしない。
骸骨の手が、ルビーの表面に触れる。
っておまえ、霧のくせに相手に触れることはできるのかよ。
なんてインチキな……。
十個の指輪の宝石が、一斉にめまぐるしく明滅する。
ルビーがまばゆい輝きを放ち……。
「ペヌーザ、シュトラス!」
『はい、主さま!』
シュトラスは無言で、ペヌーザはハキハキと答え、ディアスネグスに突っ込んでいった。
ペヌーザの伸ばした細い腕が、亡霊王の身体に突っ込み……。
「バリア・ブレイク」
天使が、己の持つ特殊な魔法を行使する。
亡霊王が呻き声をあげた。
青白く耀くなにかが亡霊王の周囲で四散する。
そう、これが彼女の最大のちから、マナごと結界を打ち破るという特殊能力であった。
対魔法のバリアを張りまくるという亡霊王との戦いにおいて、必ずや役に立つだろう。
そう考え、ぼくは優先的に彼女と契約したのである。
これで、一時的にでもバリアが消えた。
直後、シュトラスが数歩の距離から大剣を振り抜く。
刀身が白い光を放ち、ディアスネグスの霧の身体を激しく打ちすえる。
その一撃は、ディアスネグスをわずかに後退させるにすぎなかった。
だが……それで、いい。
骸骨の手が巨大なルビーから離れる。
「いまだ、ルシア!」
「はい、カズ!」
ルシアが地面を蹴って、身体ごと巨大ルビーにぶつかっていく。
その手に握られた短刀が、ルビーに深く突き刺さり……。
ルビーの輝きはさらに増して、もはや直視できないほどになった。
「あ、あ、ああああっ」
ルシアが悲鳴をあげる。
「だ、ダメです! 制御……できない!」
ドームに白い光が満ちる。
※
歌が聞こえる。
このひどく物悲しい響きの歌を聞くのは、三度目だ。
一度目は、異世界での三日目、グロブスターによってミアとふたりきりでワープさせられたとき。
二度目は、今朝である。
この歌は……いったい、なんなのだろう。
「ミア、だよな」
ぼくは歌声に訊ねる。
返事はなかった。
重ねて訊ねてみても、歌声が響くだけ。
「まあ、いいか」
ぼくは黙って、その歌声に耳を澄ませることにした。
彼女はなにを想って、歌っているのか。
どうして彼女の歌声が聞こえてくるのか。
やがて、歌が終わる。
ぼくの意識が……目覚めようとしている。
※
はっと気づくと、鈍色の空を見上げていた。
馴染みのあるコンクリートの壁面がすぐそばにある。
ああ、でもこれ、学校の建物……じゃないな?
ざわめきが聞こえてくる。
なんだろう、たくさんひとがいる?
身体を起こして、首を振って……。
『主よ』
天亀ナハンの声。
気づくと、彼がぼくのすぐそばにいた。
いや、彼だけじゃなくシュトラスとペヌーザもいっしょだ。
『地下空洞から転移したようだ。ここは、どこであろうか』
「どこって……」
ぼくは改めて、周囲を見渡した。
雑踏のなか、ぼくたちを取り囲む人垣がある。
足下はアスファルトで、看板や電信柱がいっぱいあって……。
車のクラクションが鳴った。
え? これって、まさか。
ぼくはよろめきながら、そしてひどく戸惑いながら立ち上がる。
目の前に、渋谷の東急本店があった。