軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第216話 最後の夜明け

女性が歌っている。

歌詞が日本語ではなくて、意味はわからないのだけれど、ひどく物悲しい歌に思えた。

この歌は……ああ、彼女の声を、ぼくは聞いたことがある。

それは、ぼくたちが異世界に漂流してから三日目のこと。

学校の山の洞窟で、グロブスターによってミアと共に転移したとき。

ぼくは一度だけ、この歌声を聞いた。

きみは、誰だ?

どうしてぼくに、この歌を聴かせる?

と……。

囁くような声。

女性の声が、ぼくの名を呼ぶ。

せつなげに、愛しそうに。

ああ……そうか。

きみは……。

いまなら、わかる。

ぼくは彼女の名を呼ぶ。

「ミア」

歌い手が笑ったような気がした。

目を醒ますと、薄暗い部屋のなかだった。

世界樹にある樹上の家、大樹のうろの、どこかだ。

棚の上に載った頼りない魔法のランタンの橙色が、干し草のベッドを照らしだしている。

ぼくの左右で、アリスとたまきが心地よい寝息を立てていた。

ふと腕時計を見れば、まだ日の出前の時間だった。

ああ、この無骨なミアの腕時計だ。

でもミアはもういなくて……。

唇をきつく噛む。

彼女は、いってしまった。

もうぼくの手の届かないところへ去ってしまった。

ぼくは彼女を守ることができなかった。

ひょっとしたら、ぼくたちはもう二度と会うことができない。

彼女のにやにや笑いを見ることができない。

とぼけた冗談を聞くことができない。

いつもしつこいほどまとわりついてきた彼女は、もういない。

かきむしりたくなるほど、胸が苦しい。

自分の無力に腹が立つ。

ああ、ぼくは……悔しい。

「カズさん」

ふと見れば、アリスとたまきが目を醒まし、心配そうにぼくを見上げていた。

「ごめん、起こしてしまった」

「いいです、そんなこと。それより」

「うん、ああ、いろいろ説明を……」

ぼくの言葉は、アリスのキスで遮られた。

続いてたまきもキスしてきて、そのついでとばかりに押し倒された。

展開についていけず、目を白黒させる。

「どういうこと」

「あ、あの。きっとカズさんは落ち込んでいるから、身体で慰めなさいって」

「誰が……いや、いい、わかった」

志木縁子、彼女以外にあるまい。

まったくもう、真面目なアリスを騙して、そそのかして……。

「たまきまで」

「ふたり一緒に、がんばりなさいってさ。……カズさん、そういうのは、嫌?」

「どちらかというと、嫌じゃないです」

頬を朱に染めて、ぼくを見下ろしてくるアリスとたまき。

いじらしくて、かわいらしい彼女たちを、ぼくはまとめて抱きしめた。

温かいぬくもりと少し甘い体臭に、頭の芯が痺れてくる。

「ごめん。いまだけは、ふたりに溺れさせて」

「はい、カズさん」

「うん、ま、任せてっ」

実際のところ、志木さんのいう通りなのだろう。

いまのぼくに必要なのは、これなのだろう。

アリス、たまき。

彼女たちの献身に、いまは身を任せよう。

ふたりの恋人に導かれて、そのあと……。

「いいんですよ、カズさん」

アリスがいう。

行為のあとに、ぼくを抱きしめる。

「悲しければ、わたしたちの胸で泣いてください。くじけそうになったら、わたしたちを抱いてください。カズさんとわたしたちは、みんなでひとつなんですから」

「そうだよ、カズさん。お願いだから、わたしたちにだけは、遠慮しないで」

ぼくは彼女たちにすがって、嗚咽を漏らす。

そのあと、また彼女たちに包まれた。

心の底に堆積して、よどみとなっていたなにかが、少しずつ洗い流されていくような気がした。

夜明けがきた。

桶に水を召喚して顔と身体を洗い、ふたりの恋人と共に、木のうろの外に出る。

ぼくたちが寝ていた部屋は、ほかの住居から少し離れたところにあった。

「あ、あのね、ここは、恋人の家っていうんだって。その……つまり、そういうこと。リーンさんが、ここならいくらでも騒いでいいって」

たまきが、恥ずかしがりながらいう。

なるほど、リーンさんも共犯者か。

でもそうなると……。

「ルシアは」

「ルシアさんは、お姉さんと水入らずで話がしたいそうです。カズさんのことは、わたしとたまきちゃんに任せるって」

「ああ……そうか、そうだよな」

彼女としても、いろいろ優先するべきものがあるだろう。

きっとルシアは、ぼくたち全員の未来に向かって動いている。

「リーンさんはもう起きてるかな。志木さんも。話さなきゃいけないことが、たくさんある」

「あ、はい。わたしたちからも、お話しなきゃいけないことが結構あるんです」

ありゃ、そうなのか。

そういえば昨日は、ぼくが寝てしまったあと、どうしたんだろう。

「ええと……なにからお話すればいいかわかりませんが、わたし、レベル46になりました」

え? あれ、たしか昨日、宇宙みたいな空間でぼくと別れたとき、アリスはレベル40だったはずだよね。

それから6つも一気に上がったって、どういうことだ。

どこかで雑魚狩りでも……ああ、そうか。

「もしかして、学校の山でオーガを?」

「はい。わたしとたまきちゃんとルシアさんとで組んで。結城先輩や啓子さんも、桜ちゃんたちと組んで、オーガをたくさんやっつけました」

ザガーラズィナーが死んだ以上、あの山で恐れるべきモンスターはいない。

神兵級モンスターであるドワグ・アグナムすらも、もはやアリスたちの敵ではない。

一気に殲滅してぼくたちの拠点を取り戻すのは、いい選択肢だったといえる。

育芸館と高等部本校舎は存在しないにしても、ほかの建物にはまだ、ぼくたちの文明の遺産がたくさん残っているのだし。

それらを回収するだけでも、今後にとっておおきなプラスとなる。

それに……気になるのは、ザガーラズィナーがあそこでなにを捜索していたか、ということ。

杭という言葉。

もしミアが語ったことが真実であるなら、あの地において魔王は……。

「それでね、それでね、カズさん」

たまきがぼくの制服の袖を引っぱる。

なにかいいにくそうにしている。

「どうした」

「あのね……あ、ううん、たぶんそのへんもリーンさんや志木さんから話を聞いた方がいいかな」

「いや、別にたまきが話してもいいんだぞ」

たまきは腕組みして、うーん、とうなったすえ、やっぱり首を振った。

えっへっへ、と笑う。

「うまく説明できそうにないや! よくわかってないし!」

あー、つまりよくわかってない事態があったってことかな……。

おら、なんかすごく不安になってきたぞ。

もはやリーンさんの住居兼執務室と化している木のうろの前では、志木さんが腕組みして待っていた。

ぼくたちを見ると、いやらしく笑う。

「リフレッシュできたかしら」

「ええ、まあ、たっぷりと。ところで豪華な朝ごはんは御所望ですかね」

「きっとそういってくると思ったわ。愛してるわよ」

その愛はぼくじゃなくて、ぼくが召喚するごちそうに向いているんですね。

わかります。

木のうろのなかでは、リーンさんのほかにルシアと結城先輩が待っていた。

そろそろぼくたちが来ると思った、と口をそろえる。

このひとたち、じつは出歯亀してたんじゃないだろうな……。

リーンさんの鷹とかなら充分ありえそうでコワイ。

いや、戦時中にそんなヒマなことしないだろうけどさ。

……しないよね?

「カズ、わたしからいうべきことは、ふたつです」

ルシアがいう。

「次はわたしも」

「あ、はい、もちろん。いちおう聞くけど、もうひとつは」

「甘いお菓子をたくさん出してください」

ルシアさん、ぶれねぇっすね。

いーけどさ、別に。

ああそうだ、しめっぽくなるよりはこっちの方がずっといい。

ちらりと結城先輩を見ると、面頬を取って笑いかけてきた。

これって……やっぱり、気を使われているよなあ。

仕方ないこととはいえ、うん、まあその気持ちは嬉しい。

テーブルごと、豪華フルコースを召喚する。

その横にルシアが喜びそうなケーキとデザートのセットも。

おいしそうな匂いが、とても広い木のうろのなかに充満して……あ、いま壁の奥から、生つばを飲み込む音が聞こえてきたぞ。

ダメじゃないか、衝立の奥の護衛さんたち……。

それだけ、ぼくたちに気を許してるってことかもしれないけどさ。

「ひとまず、ご飯にいたしましょう。この量、わたしたちだけでは食べきれませんし、供の者たちにわけてもよろしいですか」

気をきかせたのか、リーンさんが提案してきた。

もちろん了承する。

なんなら、追加でもっと召喚してもいい。

時間を無駄にしないためにも、ということで朝食をとりながら、昨日の夕方、ぼくとミアの身にあったことを語った。

ぼくにとっては数日からもっと長い期間に渡った出来事なんだけど……。

主観時間と客観時間の差は白い部屋でいまさらだから、基本的には客観時間で語ることにしよう。

ぼくとミアは、なにかアレな存在につくられた学校の山のなかで、ミアに模したアレな存在と遭遇したこと。

ミアとその模造体が融合してしまったこと。

結果として、ミアは彼女いわく「変態しなきゃいけない」という事態に陥ったこと。

そのほかにも、まあ、彼女のなかにぼくの子供がいるはずであるとか、そういうことも語った。

結城先輩は、軽くぼくのお腹にパンチを入れたあと、祝福の言葉をくれた。

ちなみに結構痛かった。

「ミアの小学生のころの夢、聞いたことがあるでござるか」

「ええと、知りませんけど、どうせロクなもんじゃないんですよね」

「『ゲッターと融合して火星に旅立ちたい』でござる」

どんな小学生だよ。

ある意味でこれ以上なく夢を果たした気がするぞ、ミア……。

こらえきれず、結城先輩がげらげら笑い出した。

ほかのひとは、なぜ兄である結城先輩が笑っているのか意味がわからず、きょとんとしていた。

いまさらだけど、異様な話だよなあ。

その異様さを受け入れる結城先輩とミアが、すごいんだろうけど。

なんだか、少しだけ心が軽くなった気がする。

ようやく、彼女の不在を心が受け入れられるような気がする。

きっと、そのために結城先輩は笑ってくれているんだろう。