作品タイトル不明
第215話 さよなら
専従契約した使い魔が殺された場合、召喚者は、二度と同じ使い魔を召喚することができない。
実質的な死別である。
専従契約は強力だが、使い魔を投入する際はそれを覚悟して運用する必要がある。
征龍王カナーグが、死んだ。
ぼくは二度と、この使い魔を召喚できない。
たった一度のつきあいだったが、彼はよき仲間だった。
頭部を潰され、ぐったりして消えていくカナーグをちらりと見て、ぼくは歯を食いしばる。
悲しむのは、あとだ。
いまはカナーグが死と引き換えにつくってくれた、千載一遇のチャンスをものにする。
ここでザガーラズィナーを討つ。
必ず。
『いくぞ、主』
なにも指示していないのに、シャ・ラウが飛びだす。
体勢が崩れ、武器を足もとに落とし、カナーグの死骸に巻きつかれたままのザガーラズィナーに対して突進する。
ぼくとシャ・ラウの想いは、ひとつになっていた。
「アクセル」
思考を加速させる。
周囲の光景が減速し、ザガーラズィナーがこちらに振り向く様子がコマ送りのように見える。
鬼王は、残った左手を突き出し、リフレクションの構えを取るが……。
「リフレクション」
まったく同じタイミングで、双方の反射魔法が発動する。
互いの薄幕がぶつかりあう。
その結果……。
相殺が起こった。
ふたつのリフレクションがかき消える。
ザガーラズィナーが驚愕の表情を浮かべた。
ぼくはこの結果を知っていた。
以前、ミアと共にいろいろとQ&Aしておいたのだ。
リフレクションの相殺をいいだしたのは、彼女で……。
そのひらめきがいま、こうして生きた。
ミア、またきみに命を救われたよ。
泣きたくなるほど、胸が熱い。
もしきみがどこかでこの戦いを見ていたら、「計画通り」と笑うだろうか。
シャ・ラウはそのまま突進し、ザガーラズィナーの喉笛にかじりつく。
ちからをこめて、顎の下の柔らかい皮膚を噛みちぎる。
青い鮮血が派手に舞う。
ザガーラズィナーが身も凍るような咆哮をあげ、左手一本でシャ・ラウを引きはがそうとする。
だがその手には、さきほどカナーグの頭部を潰したほどのちからがない。
そして右手は、だらりとちからなく垂れたまま。
鬼王が地面に転がる。
みっともなく転げまわり、幻狼王を引きはがそうとする。
だがこちらも必死だ、なんとしてもここで決めると覚悟し、食らいついて放さない。
「シャ・ラウ。この状態で攻撃魔法を使えるか」
『自爆を覚悟すれば』
「じゃあ、やれ」
ためらわず命令する。
なんとしてもここで勝たねばならない。
そうしなければ、もはや未来はない。
なによりここで尻ごみしては、己の身を犠牲にしたカナーグに、そしてこのチャレンジの機会をくれたミアに、なんといって謝ればいいのか。
だからぼくは、不退転の覚悟を決めてこの魔法を使う。
「パワー・スペル」
付与魔法ランク8、わずか数秒の間だけ、魔法の性能を大幅に向上させる魔法だ。
さあ、やれ、シャ・ラウ。
たとえここで、きみと別れることになっても……この戦いは、勝ちにいく。
『承知した!』
次の瞬間、シャ・ラウは己の身すら巻き込んで電撃魔法を放った。
ぼくのパワー・スペルによって増幅されたそれは、ザガーラズィナーの喉からその全身に突き刺さる。
同時に、それはシャ・ラウの身体をも責め苛むが……。
幻狼王は、もう一度、電撃を放つ。
さらに、もう一度。
それが、限界だった。
幻狼王は喉笛に食らいついていた牙を抜き、よろめきながらザガーラズィナーから身を放す。
漆黒のオーガは、全身から煙を出し、ぴくぴくと痙攣させ……。
立ち上がろうとしなかった。
その唇が動く。
それはもはや声にならなかったが、なんといっているのかだけは伝わった。
なぜか、わかってしまった。
彼が最後に伝えたかった言葉が。
「よくやった」
この偉大な狂戦士はそう呟き……。
そして、こときれる。
満足そうに目をつぶり、全身がぐったりと弛緩する。
その身がかき消えて、白い宝石となる。
トークン千個分の価値があるという、四天王の証ともいうべき宝石。
そしてぼくは、レベルアップして白い部屋に。
※
戦闘のあとだが……。
とくに白い部屋でやることもないし、たったひとりでこの部屋にいるのも気が滅入る。
そう、ぼくはいつの間にか、ひとりでいることに耐えられなくなってしまったのかもしれない。
さっさとPCの前に座って、もとの場所に戻る。
和久:レベル56 付与魔法9/召喚魔法9 スキルポイント2
強化召喚4(使い魔強化4、使い魔同調3、使い魔維持魔力減少1)
※
壮絶な戦場跡だった。
木々は残らず倒され、地面が抉れて土が露出している。
いくつもの穴ぼこが空いていた。
彼方で、腹に響く音が聞こえてくる。
浮遊要塞が大地に落下したのだろう。
あれの上にいたオーガは全滅したのだろうか。
いや、メイジ・オーガは、飛行魔法やゆっくり落ちる魔法を使えた。
あいつらならうまく逃げだせたかもしれないし、充分に賢ければ部下にもそれを使用したことだろう。
まあ……いまのぼくには、やつらを殲滅する余裕も、時間も、気力もないけれど。
手早く白い宝石を回収したあと、使い魔覚醒が切れる前にシャ・ラウとナハンをディポテーションで送還する。
これで……少しだけ、MPに余裕ができたか。
正直、さっきから頭痛がひどい。
自分の許容量以上のMPを使いまくったせいか。
あるいは、なにかの後遺症なのかもしれないけど……ぼうっとして、よくわからないな。
「ミア。終わったよ」
ぼくは天を仰ぎ、呟く。
彼女はこの光景を見てくれたのだろうか。
いまのぼくの言葉を聞いてくれただろうか。
彼女はこれから、どうなるのだろう。
いつになったら、ふたたび会うことができるのか。
ぼくはそれを、ただ待つだけでいいのだろうか。
周囲が騒がしい。
オーガがぼくを発見したのだろう。
「サモン・パラディン」
残ったMPでパラディンを二体、召喚する。
迎撃に向かわせた。
剣戟の音が響くなか、ぼくは立ち尽くす。
……疲れた。
眠い。
ああ、でも世界樹に帰らなきゃ。
きっと、ぬかりのないリーンさんのことだ、いまもこの山を使い魔で監視しているはずである。
もうしばらくすれば、ぼくを発見してくれることだろう。
当座のオーガを殲滅させたパラディンたちが、トークンを持って戻ってくる。
青い宝石が九個。
この短時間で九体も倒したか。
と……一羽の鷹が舞い降りてくる。
お迎えだ。
ぼくはパラディンを送還して、鷹がつくり出した魔法陣に乗る。
転移に伴ういつものくらりとした感覚を覚える。
一瞬ののち、空気が変化して……。
ぼくは、世界樹に戻っていた。
※
アリスたちは、ぼくより前に世界樹に帰還していた。
なんでも、ぼくとミアが消えた直後にドーム状のあの建物から追い出されたらしい。
そのあと、ドームは虹色の輝きを消した。
近づいても入口が現れることがなくなり、ドームの内部に入る方法がなくなってしまった。
強硬手段も考えたというのだが……。
そのときリーンさんが、浮遊要塞の異変に気づいたのである。
誰かが、浮遊要塞で暴れていた。
ひとまずテパトの寺院前に鷹を置いて世界樹に撤退し、学校の山周辺の動きを見守っていたところ、ひとりで使い魔三体を召喚したぼくとザガーラズィナーの凄まじい戦いを目撃することになる。
なんでぼくが学校の山にいるのか、いきなり使い魔と専従契約しているのか、疑問は山ほどあったとのことだが……。
「結局、なにがあったのでござるか」
結城先輩が訊ねてくる。
ああ、あなたは……まず、ミアはどうしたと聞かないんですね。
ぼくはふらふらの身体を気力だけで支えつつ、頭を下げる。
「ミアは……どこか遠くにいってしまいました」
「むっ、詳しい話を聞かせていただけ……いや、いまはよいでござる。ひとつだけ、教えてくだされ。あやつは……」
「生きています。それだけは、確実です。彼女は、望んで旅立ちました。……すみません、結城先輩。ぼくは、あいつを守ることが……」
結城先輩は、無言で面頬を取った。
素顔の彼は表情を消し、ぼくを抱きしめる。
ちから強い腕だった。
「妹のためにがんばってくれて、ありがとう」
いつもの口調じゃなかった。
でも、そこにはこれっぽっちも嘘がなかった。
彼は心の底から……ぼくがミアのために献身したことを理解してくれた。
ぼくはうなずき、目を閉じる。
限界だった。
意識が、闇に落ちていく。
アリスやたまきが叫んでいた。
だいじょうぶ、ただ眠いだけだ。
あまりにも……そう、あまりにも疲れてしまっただけ……。
※
こうして、ぼくが異世界に来てから五日目が終わる。
得た情報はあまりにも多くて、まだちっとも整理できていない。
次になにをすべきかもわからないけれど……。
それでも明日はやってくる。
ミアのいない明日が。
さよなら、ミア。
愛してる。