作品タイトル不明
第209話 テパトの寺院4
さて、とぼくたちは改めて啓子さんに向きなおる。
啓子さんは、「あらー?」と小首をかしげた。
「ひとつお聞きしていいですか。啓子さんがこの世界に来る前から魔法について知っていたかどうか、知りたいんです。知ってどうこう、って話じゃないんですけど……いろいろなことのサンプルとして、情報として認識しておきたい、というか」
そういって、ぼくはルシアと彼女の姉の言葉を伝えた。
啓子さんは「うーん」とおとがいに手を当て、天井を見上げる。
ちょっと考え込んでいた。
「そうねー、考えられるとしたら、合気道かしらー」
「なんで啓子さんがその武術を合気道っていい張るのかも、聞いていいですか」
「あらあらあらー、あれは合気道なのよー」
啓子さんは、ちょっと困った様子で笑う。
そのあと「仕方ないわねー」と肩をすくめてみせた。
「ある程度のことは、ミアちゃんから聞いていると思うけどー。わたしは、ちょっと特殊な師父に合気道を習ったのー」
「詳しいことは知りませんが、少しは聞きました。でも、わからないことだらけです。というか聞いたせいで余計、わからないことが多くなったというか」
「師父はおっしゃったわー。わたしは魔のものに関わってしまう体質だから、身を守るためのちからが必要だってー」
魔のもの。
やっぱりそれって、ぼくたちがもといた世界でも、魔法のようなものがあったってことなのだろうか。
モンスターに類するものが存在したということなのだろうか。
「魔、っていうのがなにかは、わたしもよくわからないわー。ただ、わたしが学んだ合気道は、それを祓うちからがあるそうよー」
「その師父ってなにものなんですか……」
「さー? 枯れたおじいちゃんだったわー。ちょっと前に、なにかを退治するって、中国に帰っちゃったのよー」
やっぱりその師父のひとが普通じゃないんだなあ。
でも、そのひとのおかげでいまの啓子さんがあって、そのおかげでぼくたちが助かっているのは事実で……。
この裏表のなさそうな彼女が、それ以上の嘘をついているようには思えない。
しかし、退治するってなんだよ……。
その師父ってひと、マジで退魔ラノベのキャラなのかよ……。
「聞きたいのは、それだけかしらー」
「え、ええ。……結局、よくわからなくなったんですけど」
「ん。謎が深まるばかり」
ぼくたちは顔を見合せ、ため息をつく。
※
さて、ひとまず啓子さんのことは棚上げするとして……。
いま重要なのは、現状をどう打開するか、という方策である。
「やっぱり、もう一度思考ブロックを解除してみるべきじゃないだろうか。ぼくが試す分には、すぐにまたアイソレーションをかけられるし」
ぼくの意見に、アリスとたまきが「危険すぎる」と反対した。
啓子さんは、さっきもいっていた通り賛成。
ミアは思案のすえ……。
「カズっち。いっそ、わたしのアイソレーションを解除しよう」
「なにを狙っている?」
「相手がカズっちの思考を読んだ結果は、さっきわかった。今度は別のひとで試すべき。その場合、一番カオスそうなのがわたし」
カオスそうって……自分で自分のことをよくわかっていらっしゃるな!
けどたしかに、こと判断力に関していえば、このなかで一番頼りになるのはミアな気がする。
ぼくは少し考えて、「よし」とうなずいた。
「わかった、やってくれ。ただし、少しでも危険そうだったら……」
「すぐまたアイソレーションをもらう」
ぼくたちはさらに作戦の詳細を詰めた。
何度か息抜きし、宴会もした。
ルシアは相変わらず、呆れるほどよく甘いものを食べた。
そして、アリスが溜まったスキルポイントで治療魔法を8に上げ……。
もとの場所に戻る。
アリス:レベル41 槍術9/治療魔法7→8 スキルポイント9→1
啓子:レベル29 偵察7/付与5/運動2/肉体3 スキルポイント6
※
相変わらず、ぼくたちが浮いているのは漆黒の空間だ。
モンスターの死体が変化した黄色い宝石が宙に浮いている。
アリスが手を伸ばして、その宝石をとった。
「それじゃ、ミア。いくぞ」
「ん。……初めてだから、痛くしないで」
「ちょっとイラっときた」
ミアの額をぺたんと叩き、彼女にかかったアイソレーションを解除する。
「これでミアに接触があれば……」
「あった」
ミアが、呟く。
そっと目を閉じて、うつむく。
って、ええ? 周囲の光景にはなんの変化もないけど……。
「お、おい、ミア」
「ちょっと待ってて」
ぼくは思わず、ミアの肩に触れようとする。
その手が宙を掴んだ。
ミアの身体が透けていく。
「え、ミアちゃん?」
「わわっ、どういうこと!」
「あれー、ミアちゃんの身体が透明になっていくよー」
呑気だな、啓子さん……。
って、そんなこといってる場合じゃない。
どうする、どうすればいい。
「ミア、返事をしろ!」
「ん」
ミアが、億劫そうな態度で顔を上げる。
ぼくを見て、ちいさくうなずく。
任せろと、そういっているかのようだった。
一瞬、ためらう。
ミアが任せろといっているのだ、ぼくは彼女を信頼している。
そうだ、このまま彼女にすべてを放り投げてしまえば……。
「いや、ダメだ!」
ぼくはとっさに決断を下す。
自分にかかったアイソレーションを解除する。
そして、ふたたび消えゆくミアの身体に触れようとする。
触れた。
ミアのやわらかい二の腕を掴むことができた。
「ミアっ!」
「ちょっ、カズっち……っ」
ミアが慌てる。
自分ひとりで危険を背負いこもうとしたのだろう。
ふざけるな、そんなことさせるか。
『主よ!』
「シャ・ラウ!」
シャ・ラウが飛びついてこようとするが、彼の前脚はぼくの身体をすり抜ける。
やはり、アイソレーションがかかっているとダメなのか。
アリスが、たまきが、ルシアが、そして啓子さんが慌てているが……。
「だいじょうぶ」
ぼくはうなずく。
「ミアとふたりで、なんとかしてくる」
そういった、次の瞬間。
意識が暗転する。
※
目が覚めると、ぼくは学校の山、育芸館の前に立っていた。
いや、それは渋谷のときと同様、育芸館を模した構造物にすぎないのだろう。
太陽は少し傾いていて、時刻は三時ごろか。
隣にいるのは、ミアひとりだけだ。
そのミアは、いつもと違い、なんだか見るだに嬉しそうだった。
じっとぼくを見上げている。
「どうした。不安か」
「カズっち、馬鹿だなーと。わたしひとりで実験には充分」
「そうかもしれないけど、なにかあったとき、アイソレーション役がいた方がいいに決まっている」
そう、ぼくがミアについてきたのは、最悪の場合でもふたりにアイソレーションをかければ事態を打開できると考えたからだ。
「べ、別に、ミアがひとりじゃ寂しいだろうと思ったとか、そんなんじゃないんだからねっ」
「ツンデレのマネとかもう流行らない。寒いだけ」
「ぼくが悪かったよ……」
冗談がすべったときほど気まずいものはない。
ぼくはごまかすように首を振り、周囲に目を向ける。
目の前の育芸館だが……。
建物も、その手前の広場も、戦いの跡はなにひとつ存在しなかった。
少なくとも目に見える限りは。
ぼくはミアの手を引き、育芸館の裏にまわる。
ここがぼくたちの知るあの場所なら……ひとりの少女の墓があるはずの場所に辿りつく。
そこには、なにもなかった。
ぼくはおおきく息を吐き出す。
これで、ひとつはっきりした。
ここはやはり、ぼくたちの知る、思い出の場所じゃない。
ぼくかミアの記憶からつくり出された虚構の世界だ。
それも、オークがぼくたちの学校に襲ってくる前を再現したものである。
といっても、ぼくが育芸館に来たのはアリスと一緒のときが初めてだから……この記憶を構成しているのは、ミアなのだろうか。
「ほっとした?」
「どう、かな。ぼくにとって、オークの襲撃がある前の育芸館はまったく未知だから」
「ん。ここがわたしの記憶でつくられた場所なら、それも当然」
まあ、それは……そうなんだけどねえ。
「ひょっとして、学校の山全体が再構築されていたりするのかな」
「かも、しれない。あの渋谷の町も結構おおきかったし」
「ミアは高等部にも何度か来てたんだよな。ってことは、建物の位置はだいたい把握しているわけか。空を飛んでみれば、そのへんも確認できるかな」
ミアはゆっくりと首を振った。
「それもいいけど、たぶん重要じゃない」
「じゃあ、きみはなにを探す? って、そういえばここにワープする前、目を閉じていたのは……」
ミアは無表情でぼくを見上げてきた。
しばし、じーっ、と見つめあう。
「まさか」
「声が聞こえた。たぶん、心を探ってきた存在の、わたしを呼ぶ声」