作品タイトル不明
第206話 テパトの寺院1
それからまた少し飛行し、ぼくたちはついに、テパトの寺院に辿りつく。
それは森のなかに唐突に出現した、野球場くらいのおおきさがある、虹色に輝くドーム状の建造物だった。
天井の部分が不定期なリズムで脈動しているせいで、まるで生き物のようだ。
いや、ひょっとしたら本当に生き物……なのか?
わからない。
とにかく、あまりにも異形すぎる存在だ。
「ルシア、リーンさん、これって……」
いちおうこの世界の住人であるふたりに訊ねてみたけれど、芳しい返事は得られなかった。
シャ・ラウも『このような存在、われの記憶にはない』と首を振る。
「ん。やっぱSAN値直葬系なのでは」
「ミアちゃんにツッコミ入れたいけど、なんだかわたしも……それ系に思えてきたわ」
志木さんの乾いた笑いが響く。
ぼくとしても、なんかこれそんな感じっぽいなーと思い始めていたりする。
つーかこれ、ホントなんなの?
「聖女ポクル・ハララによれば、魔王はこの地に大切なものを保管している、と捕らえたモンスターが話したとのことです」
リーンさんが、鷹の口で語る。
「この地に近づくことは、配下のモンスターであってもまかりならないと」
「そのモンスターさん、なんでそんなことを知っていたのかしらー?」
「以前、この幽雷湿地の近くで警備の任についていたホブゴブリンであったとのことです」
あー、ホブゴブさんかー。
たしかにあいつら、警備員っぽい。
で、そんなやつらだから、モンスター軍の領地についてあちこち詳しくてもおかしくはないのか。
しかし、配下のモンスターも近づけない場所なのにいた、あのクラゲは……。
よほど特殊なガーディアンなのだろうか。
たまたまあそこに住みついただけ、という可能性は……ないよなあ。
「とりあえず、偵察してみるか」
ぼくたちは虹色に輝く東京ドーム風の建物から少し離れ、木陰に隠れる。
結城先輩と啓子さんが周囲を警戒するなか、いつものようにグレイウルフを召喚する。
ぼくだけアイソレーションを解除し、使い魔同調を使用する。
これで、ぼくは狼の五感を完全に感じることができるようになった。
これで、いままでと違い、その場の音や臭いもわかる。
リモート・ビューイングの完全上位版だ。
ドーム内部が暗いかもしれないから、ナイトサイトをかけておいて……。
グレイウルフをドームに近づけさせる。
ここからだと入り口が見当たらないから、まわりをうろつかせてみたのだが……。
グレイウルフがドームから数歩の距離に近づいたとたん、壁面の一角が動いた。
半円の穴が生まれる。
穴の内部は、真っ暗に見えた。
「自動ドアか」
ぼくは状況を実況中継しながら、そう呟く。
まだ使い魔同調の第二段階、意識同調までは到達していないから、相手に随時、指示を与えるということができない。
グレイウルフには、入り口を発見した場合、なかに入っていくように、と命令してある。
ぼくの命令通り、グレイウルフは警戒しながらドームのなかへ入っていって……。
そこで、ぱったりと同調が途切れた。
三十秒ほど待っても同調が回復しない。
「死んだ……? いや、生きているな。召喚者だから、それはわかるんだけど……でも同調が途切れるって、どういうことだ」
「なんらかの結界の内部に入ってしまったのでしょう」
リーンさんの声。
なるほど、そういうこともあるのか……。
まあそうか、偵察魔法系の対策くらい、この世界にも存在するよなあ。
「定番の使い魔偵察ができないとなると、どうするかな」
「どうするもなにも、いくしかない」
ミアがいった。
ない胸を張り、「根性と度胸」と宣言する。
「魔王に関する情報とかいらないっていうなら、その限りじゃないけど」
「それは……まあ、そうだな。ここまで来た以上、逃げ帰るなんてのはナシだ」
でもそうなると、レベルの低い志木さんは連れていけないなあ。
百合子、潮音も厳しい。
ここは六人一パーティに絞るべきだろう。
「ぼくたちのパーティから志木さんが抜けて、かわりに結城先輩か啓子さんが入ってもらうかたちがいいかな」
「そうね。わたしとしても、あんな得体のしれないところにレベル14で突っ込むつもりはないわ」
「わたしがいくわー。たぶん、偵察スキルが高い方がいいでしょうしー」
啓子さんは偵察スキルを中心に上げ、いまランク7であるとのこと。
なんとも頼もしい限りである。
「拙者としては、自分の目であの内部を観察したいところでござるが……」
「だーめ。それに第一、ユウくんはリーダーなんだから」
ま、普通はそうだよな。
リーダーが率先して偵察に出る組織っておかしいよな。
で、いまここに高等部のリーダーと育芸館組のリーダーが揃ってるんですけどね……。
「とりあえず、ちょっとなかを見て、撤退できるようならすぐ撤退、って感じでいこうと思う」
ぼくはいった。
こんな未知の状況で、無理をすることはない。
ここは、多少時間をかけてもいい場面だろう。
覚悟を決め、ひとまず大柄なシャ・ラウは送還。
偵察にいく全員にナイトサイトをかける。
「無理をしてはならぬでござるよ」
「くれぐれも、気をつけてね」
心配そうにそういう結城先輩や志木さんたちに見送られ、ぼく、アリス、たまき、ミア、ルシア、そして啓子さんの六人で、虹色のドームに近づいていく。
※
ぼくたちが用心してドームに近づくと、グレイウルフのときと同じように、すっと半円状の穴が開いた。
内部は真っ暗で、一寸先も見通せない。
ぼくたちには暗視魔法がかかっているんだけどなあ。
「トゥルー・サイト」
付与魔法ランク9、隠蔽系魔法を含むなにもかもを見通す究極の目。
それを用いて穴のなかを覗いてみても、やはり真っ暗であった。
うーん、これは……。
「光を吸い込んで逃さないから真っ暗」
ミアが、ぼそりという。
ああうーん、ブラックホールとかと同じことか。
「つまり、この入り口は一方通行ってことだな……」
「おそらくは」
「ぶっちゃけていうけど、入りたくないなあ」
「じゃ、やめとく?」
ぼくは肩をすくめてみせる。
その選択肢は、ない。
なんのためにここまで来たというのだ。
「最悪、内側からルシアの十倍強化した魔法攻撃でぶち破るとか、そのへんでなんとかしよう」
朗報もある。
なかに入ったグレイウルフは、まだ生きているということだ。
即死トラップ、という可能性だけは否定されている。
念のため全員にフライをかけ、手をつなぐ。
六人で団子になって、せーので穴のなかに足を踏み入れる。
次の瞬間……。
転移に伴う、いつもの酩酊感。
次の瞬間、ぼくたちは明るい空間に立っていた。
太陽の位置は南中、つまりお昼時のようである。
ひとっこひとりいない市街地だった。
それも、ぼくたちがよく知る、コンクリートのビルが立ち並ぶ街。
目の前に、でっかく109の看板がある。
っていうかここ渋谷だわ。
振り返ればセンター街の入り口とスクランブル交差点が見える。
私立高校に入るため、週に四回、渋谷の塾に通っていたのもいまとなってはいい思い出……。
って待って、待って、待って。
これどういうことなの。
お昼どきなのに無人の渋谷っておかしい……。
いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。
根本的な問題として、どうしてぼくたちが渋谷にいるか、って話でさ。
しかもさっきまで夕方に近い時間だったはずなのに、いまお昼の十二時って……。
「わあー、渋谷だわー」
啓子さんののんびりした声が、静寂を破った。
ぼく以外のみんなも呆気にとられていたようなのだけれど、ひとり手を離した啓子さんだけが、興味深げに周囲をうろうろしはじめている。
適当な建物の前に立って、でも自動ドアが開かなくて、あれー、とか首をかしげている。
「普通は、ドアの前に立ったら開くわよねー。電気がきてないのかしらー。おっかしいなー」
「啓子さん、問題はそこじゃないよ!」
「えー?」
やばい、天然だ。
このひと、天然パワーがとどまることを知らない。
こんな状況に慌てるどころか……。
って、うん?
そもそもこれって……。
「ミア」
「ん。たぶん本物の渋谷じゃない」
「え……ミアちゃん、渋谷に来たことあるんですか! いいなあ」
待てアリス、問題はそこじゃない。
というかきみまで天然パワーを発揮しないでくれ。
「カズさんは渋谷、来たことあるの?」
「だからたまき、いまはそういう話をしている場合じゃ……いちおう、中学生のころはしょっちゅう来てた」
「わあ、すごい! おしゃれさんだ!」
やばい、話が進まない。
ミアがジト目でこっちを見てる。
あれは、おまえ余計なこといってんじゃないよーって顔だ。
「カズっち。いまのとこ、りぴーとぷりーず」
「え? いや、だからいまはそんな話をしている場合じゃ……」
「違う、そのあと。カズっちは渋谷、結構詳しい? こんな光景を再現できるほど」
「あ、ああ……そりゃ塾が渋谷にあったし、あっちこっちうろうろしたから……って、そうか、そういうことか」
ぼくはポン、と手を打つ。
「この渋谷は、ぼくの記憶のなかを再現してできたもの、って可能性か」
「あるいは集団幻覚的ななにか。でもカズっち、まだトゥルー・サイトは有効だよね」
「ああ、これレベル分持続だから……幻覚のセンは薄い、か」
ミアは腕組みして「ん」とうなずく。
「でも、そうなると余計、意味がわからないな……。ぼくの記憶から瞬時にこんな世界を再現してみせるって、いったいどんな魔法なんだ」
「あるいは」
ミアがなにかいいかけて、口ごもった。
「どうした。いってみてくれ」
「じゃあ、いうけど。戯言だよ?」
いやに念を押すな。
普段からどうしようもないことばっかり口にするミアにしては、珍しい。
「とりあえず、いうだけならタダだろ」
「ん。……なんかこう、SAN値直葬っぽいちからが働いてそうなカンジでイヤだなーと」
「ほんとにイヤだなそれ!」