軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第203話 沼を抜けて

世界には、隠された顔がある。

ビルの陰に潜む妖怪、夜の闇に溶けて戦う魔法使い、そういった伝奇的な物語が、もしほんの少しでも事実であるとするなら。

いろいろな前提が変わってくるのではないだろうか。

「たとえば、さ。ぼくたちの山がこちらの世界に来たのは、やっぱりぼくたちの世界側でなにかの仕掛けが為されていたから、って可能性。その場合、ぼくたちが生贄として捧げられたのか、あるいはなんらかの手違いがあったのか、ってまた別の要素も出てくるんだけど」

「そうね。正直、あまり考えたくないことだけれど……学校の山そのものをこちらの世界に転移させることが、わたしたちの世界の誰かにとって利益になりうるような、そんな可能性もありえるでしょう」

志木さんがいう。

うーん、単純に視野は広がったけど、でも結局、なにもわからないのと一緒だなあ。

当然のことではあるんだけど。

「啓子さんに詳しいことを聞いてみないと、これ以上のことはいえないわね」

「そうだな……。啓子さんが教えてくれるかどうかはともかく」

「ん。あのひと、そのへんは手ごわい。兄に期待」

結城先輩なら、啓子さんの口を割らせることもできるかも、ってところか……。

「ときに、女忍者の口を割らせるっていうと卑猥」

「わたしが思っていてもいわなかったのに」

「ぼくも、思っていてもいわなかったのに」

さて、ぼくは隣の部屋をプールに変化させ、皆にはくつろいでもらう。

志木さんとふたりきりで、白い部屋に残る。

「悪いわね、ふたりの時間をとってもらっちゃって」

「指揮官同士のすりあわせ、だろ。必要だと思うよ」

このところ、志木さんとあんまり相談できてないからなあ。

ぼくと志木さんで見解の相違があるのは、いろいろよろしくない。

少なくとも、基本的な方針では一致しておかないと。

「でも、具体的にはどんなことを話し合いたいのさ」

「まずは桜ちゃんの扱いね。彼女、あなたたちのチームに入りたい、っていってるんだけど」

「あー、六人目として、か」

ちょっと考えてみる。

いまはぼくとルシアとミアが後衛、アリスとたまきが前衛だ。

そして長月桜は、槍術と運動を上げているバリバリの前衛。

運動スキルと持ち前の身の軽さのおかげで、わりと独特の立ち位置だ。

槍術スキルは9だから、ぼくたちに交じっても、そうそう後れを取ることはないだろう。

彼女がいれば、アリスが少し下がって傷の治療に専念するというパターンも取れるかも。

「ずっとはともかく、オプションとしては嬉しいかな」

「あら、カズくんのハーレムには入れたくない、ってことかしら」

「そういうのじゃなくて」

ぼくは志木さんを睨む。

志木さんは、胸の下で腕組みして笑っていた。

これみよがしに、おっぱいを強調してやがる。

ぼくをからかっているのか、それともからかうフリをして強がっているのか。

さっきぼくの腕のなかで震えていたというのに。

いや、だからこそなのだろうか。

「今回みたいな作戦行動のときはともかく、できれば彼女には二軍チームの方を優先して守って欲しいってこと」

「そうね。わたしの意見も同じよ。武器ランク9の前衛は、いまのところアリスちゃんとたまきちゃんと桜ちゃんだけなんだから」

だったら試すような真似はやめてもらえませんかね。

と思ったけど、まあ志木さんとしては、そのへん忌憚のない意見を聞きたかったのだろう。

「こっちは、いざとなればシャ・ラウを使い魔覚醒してしのぐし、数を召喚して押すことも選択肢に入れられる」

「そのあたりは、本当に切り札だから……なんともいえないところね」

「切り札がある、ってことが重要ってこと。二軍チームにとっては、彼女が切り札になる」

ここを切り返されてもまだやりようがある、と思えば心に余裕ができる。

ことに際して複数の手札を持つことができるというのは、とても大切なことだ。

それは、この五日間で嫌というほど学んだ、ちょっとした戦いのコツのひとつだった。

何度も、敵に裏をかかれた。

こちらの入念な準備が功を奏したこともあったし、無駄になったこともあった。

それでも生き残って来られたのは、ちょっとした幸運と、そしていざというとき、手札にあるカードの切り方を間違えなかったからだ。

長月桜というカードに関していうなら、たしかに彼女は、ぼくたちのパーティにいることでぼくたちの切り札になりうる存在だ。

でもそれ以上に、ぼくたちのバックアップ・チームにいることで、いざというとき背後を任せることができる、という安心感の方がおおきい気がする。

もちろん、アガ・スー戦のように戦力を集中するべきとき、というのはあるし、そういう場合は遠慮なく彼女をこっちに引き抜くけれども。

そういったぼくの考えを、順序立てて話す。

「そうね。あなたの意見を尊重するわ。それじゃ次、すみれちゃんのことなんだけど……」

ぼくと志木さんは、育芸館のひとりひとりについて、情報交換を重ねた。

あたりまえだけど、彼女たちについてはぼくが知らないことの方が多かった。

志木さんは、三十人以上の少女たちを、よく把握していた。

「きみは本当に、ひとの心を悪魔のように操るね」

「嫌ないいかたはやめなさい。この程度、あたりまえのことでしょう」

志木さんは口もとだけで笑って、髪をかき上げる。

ああ、これこそ悪魔の笑みだ。

「それに、身体を使って女の子を操縦しているひとにいわれたくないわ」

「ぼくのはいろいろ結果論だろ! わかっているくせに!」

「あら。じゃああなたは、天然のジゴロなのね」

ダメだ、このひとに口では勝てない。

志木さんとの会議が終わったあとは、楽しい楽しい読書の時間だ。

そう、専従契約の儀式について書かれた本を解読するのだ。

征龍王カナーグと天亀ナハン。

二体がどういう存在かということは、ざっとルシアが教えてくれた。

彼女の話と儀式の難易度を勘案しながら、次に時間がとれたとき、どちらと専従契約を結ぶか考えていく。

志木さんにもアドバイスを求めたが、「そういうことは、現場で判断するものよ」といわれてしまった。

まあ、そうか。

使い魔はぼくの命綱、ぼくたちを守る最後の砦のようなものだもんな。

「そういえば、ねえ、志木さん」

たまきが志木さんに訊ねている。

「偵察スキルと投擲スキル、いまはどっちを伸ばしているの?」

「偵察スキルよ。いまは偵察5、投擲3ね。このまま偵察スキルを伸ばしていって、意地でも生き残るビルドにするつもり」

それは、指揮官として妥当な判断だと皆がうなずいた。

彼女にはなんとしても生き残って、少しでもぼくの負担を軽くして欲しいものである。

そういうわけで、ぼくたちはこの部屋でやるべきことをすべてやり終わり……。

志木さんは今回得たスキルポイントで偵察スキルを6にし。

もとの場所へ戻る。

ルシア:レベル40 火魔法9/水魔法7 スキルポイント7

志木:レベル14 偵察5→6/投擲3 スキルポイント7→1

爆風が収まったあと、岸辺の桟橋は綺麗に消えていた。

やっぱり、あれはモンスターが化けていたものであったようだ。

岸には、青い宝石が六個、転がっていた。

「青い宝石一個でレベル5分くらいと考えると、だいたい三十レベル前後のモンスターだったのかな」

「手ごたえとしては、そんな感じでござろう」

アリスが自分を治療している間に、ぼくたちはそんな会話をして、陸に立つ。

さて、と霧の向こうの陸地を仰ぐ。

そこには、鬱蒼とした緑の葉の森が広がっていた。

森を割るように、石が敷き詰められた幅五メートルほどの道が延びている。

ずっと放置されていたにもかかわらず、その周辺には草木がまばらだ。

これは……ちょっと不自然、かなあ。

「みてみてー。ここに、文字みたいなもの、描かれてるわー」

森のなかの一本道を偵察に出た啓子さんの声に、皆がそちらへ赴く。

道を形成する石のうち、端っこの方の何個かに、なにか紋様のようなものが描かれていた。

いや、それはたしかに文字なのだろう。

重要なのは、ぼくたちがその文字らしきものを見たことがあったということだ。

それはすなわち……。

「これ……石柱にあった文字、だよね」

たまきがいう。

アリスとミアがうなずき、志木さんは懐から写真を取り出して、目の前の紋様と見比べる。

「リード・ランゲージ」

ぼくは文字を読む魔法を使う。

目の前の紋様の意味を掴もうとしたのだが……。

「うーん、よくわからないな」

今回は、読めなかった。

どういうことだろう。

「おそらく、これが魔法の術式だからでしょう」

ルシアがいった。

「この紋様は文字でありながら、同時に魔法の術式でもあるのだと考えます。古代、そういった術式が存在したと聞いたことがあります。それは新しい神々から授かった、特別な文字であると」

「新しい神々……たしか、この大陸をつくった神さまのことだよね」

「はい。われわれ広い意味での人類をつくった古き神々が去ったのち、この世界に降臨した方々です」

そのあたりの伝承がどこまで正しいかはともかく、そういった魔法文字があって、これがそうだと……。

納得できるような、できないような。

まあ、いちいち考えていても仕方がないか。

「マナヴィジョン」

ぼくはマナを見る魔法を行使する。

とたん、周囲が真っ赤になった。

少し慌て、それからじっくりとまわりを観察して……。

「ああ、うん。この石でできた道の左右から、道全体を覆う結界のようなものが発生しているみたいだ」

「だから長年にわたって放置されていても、草木の浸食を受けていないのかしらね」

「わからないけど……そういう可能性もある、かな」

ちなみに、道じたいが罠である可能性も考え、ウルフを召喚して歩かせてみた。

特に異変は起こらない。

うーん、この調子なら、奥までいってもだいじょうぶかなあ。

「いや、やはり正直に道を通るのは危険でござろう」

結城先輩がいった。

「皆で道の脇、森の上空を飛ぶのがよいのではないでござろうか」

「あー、なんかゲームの裏技っぽくていいですね、それ」