作品タイトル不明
第194話 ログニアの聖女ポクル
ログニア教国の第二聖女、ポクル・ハララ。
それが、ぼくたちが助け出した少女の名前だという。
いまはすでに滅びた国の、数少ない生き残りとなった少女だ。
いつものリーンさんの執務室たる木のうろではなく、そこから少し離れた、ひと払いされたちいさな木のうろの部屋にて。
ぼくたちはふたたび、ミアと同じくらいの年齢とおぼしきその少女と再会した。
ポクル・ハララは、部屋の中央に敷かれた、ぼくたちの目からは粗末に見える布団から半身を起こしている。
和服に似た光の民の民族衣装を着せられて、ちょっと窮屈そうにしていた。
ああ、やっぱこの世界のひとにとっても、光の民の衣装って珍しいんだ。
部屋の四隅に、魔法でオレンジ色に輝く燭台がある。
その照明に照らされた彼女の髪は、淡い綺麗なブルーだった。
どうやら最初に会ったときは、よほど薄汚れていたみたいだ。
で、彼女のまわりにいるのは、ぼくとリーンさん、ルシア、それから志木さんと結城先輩。
覆面でものすごく妖しげな忍者装束を見て、小柄な少女の表情にわずかな怯えが走る。
「すまぬでござる。いま素顔を見せるでござるよ」
結城先輩は、ためらわず面頬を取り、素顔を露わにした。
ぼく以外にとっては初めて見る、結城先輩の素顔。
優しげな笑みを浮かべた、精悍な青年の表情がそこにある。
「あら、イケメンじゃない」
志木さんが眉根を釣りあげ、そんなことをいう。
うん、そうなんだよね、いい男なんだ実は彼。
ぼくも当時は、彼のことを学校に営業にきたサラリーマンだと思ってたんだけど……。
男前なうえ、けっこう彫りが深い顔つきなんだよな。
昭和の特撮キャラっぽいバタくささというか。
でも結城先輩の笑顔は、ひとを安心させる。
あのとき極限状態に追い詰められていたぼくも、そうだった。
そしてそれは、十二、三歳に見える幼い聖女さまにとっても同様であったようだ。
「だいじょうぶでござるよ」
結城先輩がにっこりしたとたん、ポクルの表情が、みるみる和らいでいく。
うわー、なんだこのひと、ほんとに諜報関係者とかじゃないのか。
ひとの心を掴むの上手過ぎだろ。
で、普段は面頬でそのメリットを完全に隠してるのか。
意味がわからない……。
「ポクル・ハララです。まずはお礼をいわせてください。助けてくださって、ありがとうございます」
ポクルは、彼女を囲んで座ったぼくたちに、ちいさくうなずいてみせた。
全員を一瞥したあと、ぼくと視線を合わせる。
「カズ、と呼べばよろしいでしょうか」
「あ、それで」
「ではカズ。さっそくですが、あなたがたに向かって欲しい地があります。現在の世界情勢では、敵地となりますが……砦を制圧したみなさまの戦力を考えれば、けして不可能ではないと考えます」
そりゃま、いまのぼくたちなら、リーンさんの使い魔を使ったピンポイント制圧戦術を使えば、たいていの場所を制圧できるだろう。
そこを維持できるかというと、疑問だけど。
あと四天王が出てきたら、わりとお手上げなんだけども。
「魔王に関することですか」
「はい。わたしがモンスターから聞きだした情報ですと、幽雷湿地の奥の奥、かつてテパトの寺院と呼ばれた地に、魔王の秘宝と呼ばれるものが残っているそうです。そのモンスターは、一時期、かの地の守護をしていたと」
「魔王の秘宝……」
この子は、ぼくたちのメニー・タンズと同様、あらゆる言語を話すことができるらしい。
ログニア教国は、それを使って捕らえたモンスターから情報を収集していたのだと。
失踪した彼女があの砦にいたのは、どうやらぼくたちに伝えたい情報があったとのことだが……。
その情報が、これなのか。
魔王の秘宝。
そして、魔王がマレビトであるという、さきの情報。
テパトの寺院、か……。
いったいそこに、なにがあるんだろう。
「物語の定番パターンから考えて、崩れて廃墟になったデパート跡地がある、とかでござろうかな」
「結城先輩、やっぱりミアちゃんのお兄さんですね」
志木さんが笑顔でツッコミを入れる。
この世界のひとたちがきょとんとしているけど、うん、みなさんは知らなくていいことです……。
それにしても、テパトの寺院イコールデパートか……やばい、ありそうで困る。
「この情報を受けて、現在、数体の使い魔を幽雷湿地に飛ばしております。なるべく近くにいた使い魔を動かしたのですが……いましばらく、時間をいただきたく思います」
さすがリーンさん、生体テレポート・ネットワーク管理者、行動が早い。
というか、もう調べること決定っすか。
まー、魔王の情報とかめちゃくちゃ重要そうだもんなあ。
「この情報をマレビトの方々にお伝えすることができて、わたしは心の底から安堵しております。辛い日々も、いまこのときのためにあったのだと」
ポクルは、ちからなく微笑む。
その頬を涙が伝い落ちる。
胸が締めつけられるような、寂しい表情。
「国もなく、供の者もわたしをかばって先に逝き、ただこの身だけが残りました。幸いと申しましょうか、砦を占拠したモンスターの一部がわたしのちからに気づき、詳しいことを聞き出そうとしたため、同郷の者のうちわたしひとりだけ、今日まで殺されずに済みましたが……。申し訳ございません。みなさん。しばらくひとりきりにしていただけませんか」
少女のその願いに、ぼくたちは顔を見合せ、席を立つ。
結城先輩や志木さんは、まだ聞きたいことがありそうだったけど……それはあとにすればいい、と思ったようだ。
ぼくたちが木のうろの外に出ると、なかから嗚咽が漏れ聞こえた。
「彼女たちが命を削って守り通したこの情報、なんとしてでも生かさねばならぬでござるな」
いつの間にか覆面姿に戻っていた結城先輩が、ぽつりとつぶやいた。
って変装早いっすね。
見れば、志木さんやリーンさん、ルシアもびっくりしている。
「さて、拙者たちは、砦を奪い返す作業に戻るでござるよ。カズ殿たちは、しばし休憩するのがよいでござろう」
「いいえ、その前に……」
リーンさんがいった。
「カズ、志木。あなたがたに見ていただきたいものがあります」
「あら。あれに目途がついたのかしら」
「上手くいきました。すでに実用レベルのものが完成しておりますので……」
リーンさんと志木さんが、意味深に語っている。
うん、どういうことだ?
ひょっとして、ぼくの知らないところで妙なプロジェクトが進行していた?
「少々、お時間をいただいてよろしいでしょうか」
「ああ、はい、でもいったいなにを……」
「まあまあ。行けばわかるわ」
志木さんがニマニマしていた。
腹パンしたい、この笑顔。
あとが怖いからしないけど。
*
例によってワープを使いやってきたのは、ほかと区別がつかない森のなかだった。
樹上ではなく木々の下に、小屋が立ち並んでいる。
近くの木製エレベーターで、地上に降りた。
小屋のひとつから、声が聞こえる。
いや、これは……歌だ。
それも、ぼくがよく知る歌だった。
っていうか、うちの学校の校歌だよこれ。
なにしてるんだ、こんなところで……。
「ここです」
リーンさんが、校歌が漏れ聞こえる小屋の戸をひらく。
歌っているのはジャージの女の子だった。
っていうか、育芸館でも見知った顔だ。
名前は忘れたけど、オークたちのもとから助け出した子で、中等部三年生だったはず。
でも戦うのが苦手で……だから基本的には、すみれと共に雑用役として後方で働いていた、おとなしい子だった。
彼女は、ちらりとぼくたちの方を窺い、ぼくの顔を見て喜色を浮かべたけれど、歌は止めなかった。
彼女の目の前の木製テーブルに、五個のお守りが置いてある。
神社とかで買う、交通安全のお守りだ。
お守りは、彼女の歌に反応するように、淡い白銀の輝きを放っていた。
「あれは……」
「音楽スキルよ」
歌を邪魔しないようにか、志木さんが小声でいった。
え、彼女、音楽スキルを取ったのか?
っていうか、音楽スキルって死にスキルじゃなかったのか。
いや、そのへんを実験していたってことか……。
あっけにとられて立ち尽くすぼくを見て、リーンさんが微笑む。
「わたくしたち光の民は、世界樹の歌をもとに魔法をつくりあげました。世界樹の歌は、原初の魔法です。音楽スキルと聞いたとき、わたくしはその原初の魔法を応用できないかと考えたのです」
そういえば、昨日、一昨日と世界樹自体が歌ってたなあ。
あそこで音楽スキルとの関係性に気づくべきだったのか。
……いや、無理だろ。
リーンさんがそこに着目したのは、彼女がぼくたちとは別の視点でものを見ているからだろうか。
あるいは単に、ぼくたちより頭がいいってだけかもしれないけれど……。
「音楽スキルで、なにが起きるの。あれは、光るだけじゃ……ないよね」
「はい。何度か実験した結果、カズの付与魔法に近い結果を得ることができると判明しました」
おー、付与魔法って、マジかー。
それってさりげに、すごいことなんじゃ。
志木さんを見ると、彼女は少しためらいがちにうなずいた。
「まだ、はっきりとこの歌を歌えばこう、って関連が見えないって話で……だから歌音ちゃんの身柄は、引き続きリーンたちに預けていたのだけれど」
ああ、思い出した、いま歌っている子の名前は、 三池歌音(みいけ・かのん) 。
合唱部に入っているとかなんとか、アリスあたりから聞いた気がする。
「さきほど、彼女から報告があったそうです。歌うときに込める気持ちが、そのまま付与される効果に関わってくるとのことです」
「気持ち……ですか」
ちょうど歌音が、校歌を歌い終わった。
こちらを向いて、はにかんだ笑みを見せる。
そういえば、たまきが「彼女は内気な子なんだよ」っていってた気がするなあ。
「カズさんやアリスちゃんが魔法で傷つかないようにって、想いをこめて歌いました」
「何度か試した結果、条件を限定することで、いっそう付与される能力が強化されるということが判明しています」
「なるほど、たとえば火に強くなるように、って考えながら歌えば、炎のなかでも平気とか?」
「はい。ですがカズの場合、そういった限定用途に関しては、状況に応じた付与魔法で充分だと聞きましたので」
たしかに、そうだ。
属性レジスト系は、その攻撃が来ることさえわかっていれば、強力な防御を提供してくれる。
なら、付与魔法でもすべてを防ぎきるのが難しい「対魔法汎用」のアイテムとかで守りを固められるのは嬉しいかもしれない。
っていうかこれ、リーンさんの考え方じゃない気がする。
すごくゲーム的なこういう計算は……。
「志木さんがアドバイスしたんだよね」
「ええ、わかってくれて嬉しいわ」
腰に手を当て、ドヤ顔になる志木さん。
あ、ちょっとかわいいぞ。
それはさておき……。
「少し実験してみましょうか」
志木さんはそういって、交通安全のお守りをぼくの首から下げた。
え、待って、実験ってどういうことかな?
「ご心配なく、カズ。苦痛のある魔法は使いません」
「待って、リーンさん。それぜんぜん安心できない!」
リーンさんが呪文の詠唱を始める。
ぼくは慌て、戸惑い……でも仕方なく、彼女の放った魔法を食らう。
なんだかちょっと、頭がぼうっとして……。
はっとわれに返る。
あ、いま、なにされた?
リーンさんは、ふむふむとなにやらうなずき、にっこりと笑いかける。
「あ、あの」
「では次に、お守りを外してみてください」
「ええと、ちょっと、話し合いましょう」
お守りを外したり、またつけたりと何度か実験した結果。
交通安全のお守り(対魔法防御)は、多少とはいえ魔法攻撃への耐性を付与してくれることが確認できた。
うう、もう人体実験はごめんだよ!