作品タイトル不明
第190話 国境の砦3
ぼくとルシア、二体のパラディンが階段を上まで駆け上がったとき、その先に待機していたはずのエリート・オーク二体は、すでに倒れていた。
首と胴が切り離された豚人間モンスターが、その姿を消していく。
先行したたまきに斬り伏せられたのだ。
いまのたまきに、エリート程度じゃなあ。
周囲には、ほかのモンスターの姿はない。
ここは控えの間と呼ばれる教室の半分くらいのひろさを持つ待機室で、すぐ目の前の大扉を開ければ、そこが目的地の大広間である。
かつてはそれなりに見栄えがよかったのだろう、石造りの頑丈な部屋だった。
リーンさんがいうには、ここと隣の大広間で、他国の大使とかを迎えたのだという。
だからなのか、高そうな赤いカーテンとか絨毯とか絵画とかがいろいろあって……。
でもそれらは、みるも無残に破壊されていた。
絨毯もカーテンも、びりびりに引き裂かれている。
きっと壮麗だったのだろう絵画は斧で真っ二つに叩き割られ、床に打ち捨てられていた。
「そこのドアを開けるわ、カズさん!」
「いや、開けるのはパラディンに任せろ」
万が一、罠がかかっていたりしたら、たまきの身が危うい。
それだけじゃなく、最強戦力の彼女が無力化されでもしたら非常に困る。
こういうのは、使い捨ての駒の役割だ。
パラディンふたりが、大扉をこじあける。
待機室の三倍くらい広い大部屋が見えた。
周囲の石壁には豪奢なカーテンがかかっていて、明かり窓から陽が差し込んでいる。
カーテンや壁面は少し薄汚れているけれど、ぼくたちがいる部屋と違い、損傷は激しくない。
その広い部屋の中央に、頑丈そうな石造りのテーブルがある。
テーブルのそばに立つ女五人が振り返った。
全員が幅広のローブをまとい、杖を手にしている。
フードを深くかぶっていて、その表情はようとして知れない。
女たちを守るように、少し遅れて黒いオークが二体、両脇から現れた。
黒いオークは、もちろんジェネラルだ。
そして女たちは……。
トゥルー・サイトがかかったぼくの目には、その欺瞞がまるわかりだった。
女たちは、もちろん見た目の通りの姿ではない。
それどころか、おおきさやローブ、手にした杖すら幻影だ。
なぜなら女たちの身体は皆、大蛇なのだから。
手も足もないのだから。
顔だけが人間に似ていて、その眼は真紅に輝き、おおきく裂けた口には鋭い歯が生えている。
しとやかに立つ女。
直立する大蛇。
ぼくの目には、幻影と二重写しになった、そんな光景が見えているのだ。
顔が人間、身体が大蛇の女たちは、かん高い声をあげてぼくたちを睨む。
その口が、なにか言葉にならない言葉を紡いで……。
なにも、起こらない。
あ、これは……ぼくたちの精神にかかる魔法をなにかかけたのか?
だとしたら、ラッキーだ。
じつのところ、アイソレーションをかけるか情報共有を優先してテレパシー魔法のシェア・フィールドをかけるか迷ったのだけれど……。
アイソレーションにして、大正解だったらしい。
というか、こんなやつらがいっぱいいるんじゃ、怖くてアイソレーションを外せない。
「カズさん、あの女のひとたち、やっちゃっていい?」
「あ、そうか。たまき、あいつらの正体は大蛇だ。いや……ナーガ、か」
そう、ナーガ。
インド神話に出てくる、大蛇の神様だ。
どうやら幻影の魔法と精神攻撃系の魔法を使ってくるのは間違いないみたいだけど、もちろん、それ以外の攻撃方法だってあるに違いない。
ちなみに中央のナーガだけ、頭にサークレットをつけている。
あいつがボス……なのかな?
「お蛇さん? とにかくやっちゃえばいいのね!」
「ああ。中央のやつがボスみたいだ」
「わかったわ!」
ぼくはヘイストを皆にかける。
ほぼ同時に、たまきが部屋のなかに踏み出す。
ナーガたちをかばうように、ジェネラル・オーク二体が進み出るが……。
サークレットのナーガが、なにかを呟く。
その瞬間、ジェネラル・オークの片方の全身が赤い輝きに包まれる。
あれは……ヘイストかっ!
「パラディン!」
ぼくの合図で、二体のパラディンがジェネラル・オークに踏み込む。
激しく刃を交え始めた。
すぐにもう一体のジェネラルも、赤く輝く。
お互いにヘイストがかかっているから、条件は互角。
二対二で、推定される互いの武器ランクも同等。
しかし、パラディンには、ぼくのほかの付与魔法もかかっている。
戦いは、少しだけパラディンの方が有利だ。
とはいえジェネラルも、油断すれば指弾があり、その身のこなしもたいしたものである。
油断できる相手では、まったくない。
だけど、ぼくたちの前衛はパラディンだけではない。
「たまき、いけっ」
「わんっ」
犬のように叫んだたまきが、飛ぶように駆け出す。
ジェネラル・オークのそばをすり抜けて、ナーガたちに迫った。
「援護します。ファイア・ボール」
ルシアが、ナーガたちに攻撃魔法を放つ。
といってもたまきが巻き添えになることを考慮し、ランク5の火の球だ。
いちおうレジストをかけているとはいえ、フレンドリィ・ファイアだからなあ。
この場にアリスがいるなら、わたしもろとも焼いてしまえーっ、ってたまきも威勢よくいうんだろうけど。
いまアリスは別行動で、こちらの回復魔法はルシアのフレイム・ヒールのみ。
こんな状況では、強引な手段に出るわけにはいかない。
はたしてルシアの放ったファイア・ボールはナーガたちに直撃……。
する寸前、ナーガのボスの手前に虹色のスクリーンが展開される。
「しまった、リフレクションだ!」
ぼくの叫び声と、炎の球が反射されたのは、ほぼ同時だった。
ルシアがぼくの前に立ちはだかる。
「アイス・シールド」
ぼくたちの全身を包み隠すほどの氷の壁が展開され、ファイア・ボールの爆発を防ぐ。
爆風が脇を通って、壁を黒焦げにする。
くそ……っ、リフレクションを持っているんじゃ、迂闊に手が出せないか……っ。
氷の壁が消え、前方の様子が判明する。
たまきの攻撃をリフレクションでもって対処しようとしたナーガ二体が、ちょっとした時間差攻撃によってまたたく間に斬り捨てられるところだった。
銀の剣を振るう少女は、反射の盾などものともせず、ただ一瞬だけタイミングを外すことで対処してみせたのである。
「こんなの、何度もひっかかるわけないじゃないっ!」
たまきは、青い返り血を浴びながら、そう叫ぶ。
残りは、ナーガ二体と中央のえらそうな、サークレットをしたボス・ナーガ。
「カズ。ナーガには、群れを統率する貴種、ロイヤル・ナーガと呼ばれる者が存在するようです」
「あいつが、それか」
たまきがナーガ二体を切り捨てている間に、ロイヤル・ナーガがなにやら呟き、たまきの方を見る。
とたん、たまきを包むヘイストの赤い輝きが消えた。
「え……え、うそっ」
「ディスペルか! たまき、ほかの魔法は……っ」
「マズいよカズさん、ちょっとちからも落ちてるカンジっぽい!」
ちからが落ちているってことは、マイティ・アームがきれたのか?
ってことはこいつ、一度に複数の魔法をディスペルするのか!
最悪のタイプのデバッファーだ。
で、この場合、一番マズいのが、アイソレーションを消された可能性で……。
「たまき、強引でもいい、さっさとロイヤルを倒せ!」
「わかってる、けどっ」
残るナーガ二体が前衛に立ち、幻影を解除して、上体をそらす。
上からたまきに噛みつこうする。
鋭い牙が、きらりと光る。
普段のたまきなら、なんてことのない相手なのだが……いまは、急に身体能力が低下した影響か、少し動きが鈍い。
相手のリフレクションをくらって、よろめいたりしている。
あげく、ロイヤル・ナーガがまた魔法を使った。
たまきの身体が、電撃に打ちすえられる。
その動きが一瞬、とまって……その隙に噛みついてきたナーガ二体が、ジャージの上からたまきの肩を、脇腹を噛みちぎる。
たまきの悲鳴と共に、鮮血が派手に舞う。
もっとも、たまきは微妙に身体をひねり、すんでのところで急所を外したようだ。
噛みちぎられたのは、薄皮一枚、その動きに支障はない。
「こんにゃろーっ」
アツくなって、たまきが突進する。
あ、これ一番アカんやつや。
いまの彼女には、フォローが必要だ。
「ルシア……っ」
と横を向いたとき、彼女の姿はすでにそこになかった。
いつの間にか駆け出していた亡国のお姫さまは、ボーン・ウィップを手に、たまきのすぐ横にいる。
杖が鞭のように変形し、しなり、たまきに斬りかかるナーガの一体を打ちすえる。
さらにルシアは、もう一体に対して……。
「ウォーター・バインド」
ひとかかえほどもある粘質の水球が、ナーガの下半身に衝突した。
水球が弾け、粘液が飛び散り、下半身を床面とくっつけてしまう。
もがくナーガだが、いくら必死になっても足もとを接着する粘液が邪魔をする。
水魔法ランク6のこの魔法、実戦での使用は初めてだけど……結構いい、かもしれない。
対象をくっつかせるには、壁によりかかっているか床の上に立っているか、とにかくなんでもいいけど対象がどこかと密着している必要がある。
接地面積が重要で、二本脚の人型生物にはいまいち有効じゃないんだけど……。
幸いというかなんというか、目の前のナーガは下半身が蛇である。
たいへんに接地面積がおおきい。
この魔法が有効なタイプのモンスターの一種だろう。
「ありがと、ルシアっ」
「たまき、あなたは目の前の敵を……」
「うんっ!」
たまきは体勢を立て直し、一歩、踏み込む。
二体のナーガの間を駆け抜ける。
彼女の閃光のような斬撃が、それぞれの個体に叩きこまれ……。
ナーガの首が、二個、刎ね跳ばされる。
その直後には、鋭く踏み込んだたまきの姿が、ロイヤル・ナーガのすぐ目の前にある。
すごい、強化魔法もなしで、あの動きって……。
いや、たまきはきっと、最初からこれを狙っていたのだ。
ルシアのサポートを信じて、ほんの一瞬の隙ができることを確信し、ちからを溜めていた。
そして、この決定的な瞬間に、すべてのちからを解放した。
だからこその、この動き。
信頼の上に立つ、完璧な連係プレイ。
ロイヤル・ナーガがなにか呟き、目の前に虹のバリアが形成されるも……。
「そんなの、来るってわかってればっ」
たまきの斬撃は、リフレクションの効果時間切れギリギリを狙い、繰り出される。
一刀のもと、その身を真っ二つに叩き斬る。
これまでになく素晴らしい一撃に、ぼくは思わず、感嘆の声を出す。
直後、ぼくたちは白い部屋に。
どうやら、ルシアがレベルアップしたようだ。