作品タイトル不明
第186話 4日目の終わり
ぼくたちは四天王の一体、アガ・スーを倒したが、それは別の四天王アルガーラフの裏切りによる弱体化があってのものだった。
アルガーラフの目的は、不明。
だがどうやら、彼は魔王に使役される契約から解き放たれ、反旗を翻しているようだ。
ミアがアルガーラフから引き出した言葉は、おおきなヒントになる。
彼は、いまぼくたちを殺すべきではないと判断した。
敵の敵として、利用できると。
魔王は、楔を抜いて大陸を沈めようとしている。
アルガーラフは、魔王にそれをさせたくないようだ。
そして、彼は……ぼくたちに、四本目の楔を守れ、といった。
昼に別動隊が吹き飛ばしたはずの聖都アカシャやハルーランの尖塔にあった楔ではない。
ロウンの地底神殿、ガル・ヤースの嵐の寺院、そしてこの地の世界樹。
それとは別に、もう一本、これまでぼくたちが知らなかった楔が存在するのだと。
そして、それは……。
マレビトの山を捜せ、と彼はいった。
ぼくたちマレビトの山、といえば、もちろん、あの学校の山のことだ。
「もしかして、ザガーラズィナーがぼくたちの山を襲ったのって、いやそれ以前にオークたちが学校を襲ったのって……そこにある楔を手に入れるためだった?」
「そうかもしれないでござるな。とはいえ、推論を立てるにしても材料が少なすぎるでござる」
忍者が腕組みして、唸る。
「とはいえ、その話はあとにするでござるよ。皆のもとへ戻るでござる」
※
疲れ果てた身体で拠点に戻り、リーンさんと志木さん、結城先輩、ルシアと軽く会議を行なった。
議題の中心は、黒翼の狂狼アルガーラフの行動と彼の発言だ。
彼との接触はごく短時間だったが、その口から洩れた言葉はぼくたちを驚愕させるに充分だった。
「アルガーラフの件については、緘口令を敷きます」
リーンさんの言葉に、皆がうなずいた。
いま、この情報はあまりにも危険だ。
まかり間違って、モンスターと共存できるなどという思想が支持を広げる恐れすらある。
和平派、と呼ばれるものたちの正体はドッペルゲンガーだった。
彼らの行動には、なんの希望もなかった。
ただの破壊工作にすぎなかった。
だがアルガーラフの存在は、それらとはまったく次元が異なる。
人類の敵として破壊をまき散らす災厄、四天王の一体が魔王に反旗を翻したのだ。
これであらぬ希望を持つなという方がおかしい。
でもそれは、きっと……危険な思想だ。
実際に対峙したぼくたちだから、理解できる。
アルガーラフは、けしてぼくたちの味方ではない。
中立ですらない。
ただ、敵の敵が生まれた、いやその存在が露になったというだけの話だ。
今回は、お互いに利用できるから、利用した、それだけのこと。
たしかに、敵の敵は利用できることもある。
ぼくは異世界二日目の夜、ギリギリまでそのことで迷った。
シバを殺すべきか、それとも適当なところで見逃し、モンスターの数を削るための防壁として利用するべきかと。
結果的に、それでもぼくはシバを殺した。
彼の思想は、育芸館にとって危険になりうると判断したからだ。
今回も、そのパターンになる可能性は充分にあるというか……十中八九、そうなるんじゃないだろうか。
だから大衆や考えなしの者たちにそこを勘違いされるのは……とても、困る。
敵を、アルガーラフを侮るような、軽く見るような考えが出てこられては、致命的なところで足を引っ張られかねない。
リーンさんの言葉は、全面的に正しい。
「六本目の楔……学校の山の件が、目下の問題でござるな」
「それって、つまり。わたしたちがこの世界に召喚されたのって、ただの巻き添えってことなのかしらね。召喚者がこっちの世界に持ってきたかったのは、ただあの山だけで、わたしたちはそれにくっついてきた虫ってこと?」
「待って、志木さん。でもそれじゃ、ぼくたちに与えられたこのスキルとか、用意周到な白い部屋とか、そのへんの意味がわからなくなる」
ぼくたちの話を聞いていたルシアが首を振って、「この話は、また後日とした方がよろしいでしょう」といった。
「皆、疲れきっています。いまは身体を休めることが肝要かと」
懐から取り出した腕時計をちらりと見れば、すでに時刻は夜十時をまわっていた。
たしかに……ぼくもいい加減、身体を休めたい。
アリスたちは、もう床に就いてるかなあ。
「そうですね。わたくしも、残務は代理の者に任せるとしましょう。怪我をした兵士の治療については……志木、田上宮、引き続きあなたがたの部下を借りてよろしいですね」
「ええ、こっちとしても、なるべく自分たちを高く売りつけたいもの」
「MP回復の時間もあるゆえ、交代で休ませてやって欲しいでござるよ」
治療魔法の使い手は、いまや引っ張りだこだった。
身内の治療だけでなく、いまも各国連合軍の重傷者たちを癒してまわっている。
モンスター軍が次にどう出てくるかわからない以上、戦力の回復は急務であった。
「モンスター軍も、遠征軍の三分の二以上を失いました。ガル・ヤースとロウンへすぐに新たな軍が派遣される恐れはないと、われわれは判断しています」
リーンさんはそういうが、しかし世界樹を囲むモンスターの軍勢は、未だその主力の大部分を残している。
そもそも遠征軍の失われた三分の二というのは、二か所の楔を自爆させることで得た戦果だ。
ぼくたち以外の人類軍は、まともにモンスター軍の精鋭、ことに神兵級と戦う術がない。
こんな状況で、これから先、どこまで戦えるのか。
いやそもそも、モンスターたちのボスである魔王とやらは、いったいなにを考えて軍を動かしているのか。
そして魔王から離反したアルガーラフの狙いとは……。
ああ、もう。
考えなきゃいけないことばかりで、頭痛すら覚える。
「ひとまず、みなさん。今日はゆっくりお休みください。……それと、カズ。以後、住居を増やす場合、ひとこと断ってからお願いいたします」
あ、はい。
昼に召喚魔法でコテージを出したこと、釘を刺されてしまった。
ルシアがくすりとする。
いまの彼女は、出会ったころと違い、だいぶ自然な笑顔を見せている。
そんなルシアを見て、リーンさんが少し嬉しそうにしていた。
「カズ。これからも、ルシアを頼みます」
「えーと、はい。男として責任は、ええ」
「もう少し、しっかりと断言していただけると、ルシアの友人として安心できるのですが」
「自信なさげで申し訳ないです……」
志木さんが、くすくす笑う。
結城先輩は面頬で表情がわからないけど、肩を震わせているから、きっと笑いをこらえているんだろう。
ああもう、ぼくは情けないなあ。
※
会議のあと、中等部の拠点にいって、集めてあった武器防具をハード・ウェポンとハード・アーマーで強化した。
MPが枯渇するまで、それを続ける。
付与魔法がランク9になったいま、これで多少は皆の生存能力が向上すれば嬉しいのだけれど……。
なお、今日の戦いで中等部の死者はゼロだった。
でもそれは、ただ運がよかっただけにすぎない。
隣で戦っていた高等部では、最後の戦いでさらにひとり、死者を出したという。
「合計で、高等部の死者は四人か」
「もともとの数がわたしたちより多いし、ほとんどの人員が戦闘に参加しているとはいえ……彼らの士気も心配ね」
「どうだろう。二日目まででさんざん、知り合いの死ぬ様子を見てきたんじゃないか」
志木さんは少し考えたあと、首を振って「そうね」といった。
ぼくを見つめてくる。
「な、なんだよ」
「ううん、カズくんは強くなったな、って」
「……なんのつもりだよ」
志木さんは、にやりとする。
「お御輿さんのリーダーは、いい気にさせておくに限るわ」
「本音が出過ぎだろ!」
ルシアがくすくす笑った。
ああもう、ぼくはどうせ、道化ですよ!
※
その後、暗い森のなかを、ルシアとふたりで、昼に召喚したコテージに戻る。
その途中で、少しいちゃいちゃした。
誰も見ていないのをいいことに、互いの手をからめ、時折キスしながらゆっくりと歩く。
「女としての喜び。自分にこんな日が来るとは思いませんでした」
「戦って、死んでいくと思っていた?」
「はい。それに、まさか姉たちを助けることができるとは」
ルシアは立ち止まり、ぼくの顔を覗きこむ。
頼りない双月の明かりのもと、微笑む。
「カズ。あなたのおかげです」
「ぼくはただ、がむしゃらだっただけだ。任務だった。今日を生き延びて、明日の朝日を見たかった。大切なひとたちを守りたかった」
「それでも、感謝の言葉をいわせてください。わが国の民を代表して。いいえ、わたし個人として」
ルシアは、なにごとか呪文のような言葉を紡いだ。
「それは……?」
「もう捨てた名です。……かつてわたくしの名であったものです」
それは、どこまでもぼくについてくる、といった彼女の決意なのだろう。
だからぼくは、ただ「そうか」といった。
もう一度、唇を重ねる。
※
コテージの居間のソファで、アリスとたまきとミアが眠っていた。
どうやらぼくたちを待つつもりが、待ちくたびれて寝てしまったようだ。
申し訳ないことをした。
風邪を引くといけないので、白い布を召喚して、肩にかけておく。
お風呂にも入りたかったが、本当に眠かったので、さっさと上の階にあがった。
ルシアはお風呂に入るとのことだ。
「風呂というのは、いいものですね」
どうやら彼女の国には、お風呂の文化がなかったようである。
まー、あのあたり、乾燥してたからなあ。
ベッドに転んで目を閉じると、またたく間に眠気が襲ってきた。
考えなきゃいけないことはいっぱいあるはずなのだけれど……。
どうやら、意識が飛ぶ方が早そうだ。
※
こうして、終末を予言された四日目が終わりを告げる。
ぼくたちは予言を覆した。
世界は、明日も続く。
そして……。
未知の五日目が来る。
すべての常識が覆る、驚天動地の世界が、始まろうとしていた。