軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第185話 黒翼の狂狼

四天王の一体、黒翼の狂狼アルガーラフ。

ルシアが叫んだその名は、いちおう、リーンさんから聞いていた。

もっとも、詳しい容姿や能力は知らなかったし、てっきり楔の爆発に巻き込まれて死んだものと思っていた。

それが、生きている。

しかも遠く離れたこの世界樹にいる。

挙句……シャ・ラウとこいつの言葉がたしかなら、同じ四天王のアガ・スーが暴走したのはこいつの仕業で……。

「アガ・スーに、なにをした」

ぼくが問うと、黒い大狼は笑ったような気がした。

こいつは……いまのが、答えなのか?

『それより、手当てをせずともよいのか? この女、死ぬぞ?』

はっとしたアリスが、黒い大狼のそばで倒れる啓子さんに駆け寄り、治療魔法をかける。

彼女なら手足をくっつけることも容易だ。

啓子さんの心臓も再生させることができるだろう。

アリスが処置をする間、この狼型モンスターは微動だにしなかった。

まるで、それをもって交戦の意志はない、といってるかのようだ。

実際のところ、こいつが先に飛び出してきて、あっという間に啓子さんを倒してしまったのだけれど……。

「真実、あなたがアルガーラフであるというなら、なぜアガ・スーを後ろから斬るような真似をしたのです」

リーンさんの使い魔の鷹がルシアの伸ばした手に留まり、口をひらいた。

大狼は首をもたげて鷹を見る。

赤い瞳が、禍々しく輝いたような気がした。

『われが楔の喪失を望まぬからだ、世界樹の守り人よ』

「あなたは、魔王の配下として、魔王の意思のもと働いていたのではないのですか」

『その専従契約を破棄するために、少々、策を弄した』

ぼくはシャ・ラウと顔を見合わせた。

専従契約を……破棄できるのか?

だがシャ・ラウは、わからないというように首を振る。

嘘ではないだろう。

彼も知らない抜け道が、専従契約にはあるというのか。

リーンさんは、それを知っているのだろうか。

鷹がしばし、沈黙する。

その間に、ミアが地上に降りてきた。

恐れ知らずにもアルガーラフのもとへテコテコ赴き、鼻息がかかるほどの至近距離からその巨体を見上げる。

「ちょ、ちょっと、ミア! 危ないよ!」

たまきが慌てて駆け寄ろうとするが、ミアは手でそれを制した。

まあ、そもそもアルガーラフの足もとには、倒れた啓子さんと彼女を治療するアリスがいるわけだけども。

「おっす。わたし、田上宮観阿。よろしく」

『わが名は黒翼の狂狼アルガーラフである。なんのつもりだ』

「近くても遠くても、あなたがその気になればわたしたちは全滅。なら離れてる意味はない」

アルガーラフは、哄笑した。

止めに入ろうとした結城先輩が、面頬をぽりぽり掻いた。

あー、ひょっとしてあれ、先を越されて悔しい、ってことか?

ほんと、似た者兄妹だ……。

今回、結城先輩が出遅れたのは、啓子さんが殺されかけて頭に血が昇ったせいかなあ。

それは、まあ、無理もない。

『変わったマレビトだ』

「よくいわれる。腹を割って話そう。あなたとわたしたちは共闘できる?」

『われにそのつもりはない。おまえたちは所詮、われの贄である』

ミアの単刀直入な言葉に対して、アルガーラフはにべもなくその事実を突きつけてきた。

「でも、いま殺さない、それどころかこうして言葉をかけにきたってことは、わたしたちに利用価値があるってこと。なにをして欲しいの」

『傲慢であるな、マレビトよ。われは不快だ』

「そこをちょっと我慢して口で説明してくれれば、お互いに労力を省ける」

唸り威嚇する大狼に対して、ミアはいっさい動じず彼を見上げてみせる。

アルガーラフは、ふたたび哄笑した。

『三つの楔を守り、可能ならば四つ目の楔を奪還せよ。それでよい』

「ん。つまりアルガーラフはこの大陸が沈んじゃ困ると。魔王とは目的を別にしている。……魔王の目的は、あってる?」

『その通りである。しかし、おまえはいささか不遜だ』

アルガーラフの双翼が動いた。

と気づいた次の瞬間、ミアの両脚が膝から斬り飛ばされていた。

足を失ったミアは、無残にも地面に転がる。

「ミアっ」

「ん、兄は邪魔、黙る。ライトニング・アロー」

叫び、駆け寄ろうとした結城先輩の足もとに、うつぶせのミアの放った雷の矢が連続して突き刺さる。

結城先輩が、たたらを踏む。

ミアは苦痛に呻き、しかしそれでも両腕で仰向けに転がって、アルガーラフを見上げた。

『なおもわれと交渉するか』

「情報の対価としては安い」

『さすがに、いささか呆れるぞ。マレビトとは皆、こうなのか』

「どうせ治療魔法がある。……話をさっさと終わらせる。四つ目の楔って?」

『その度胸に免じて、教えてやろう。……マレビトの山を探せ』

ミアが微笑んだ。

全身を弛緩させ、目を閉じる。

アリスが「ミアちゃん!」と叫んで彼女に駆け寄り、アルガーラフに背を向けて治療魔法を使う。

一方、ぼくたちは愕然としていた。

アルガーラフの伝えたその単語で、いろいろなことを理解したのだ。

喉がカラカラに乾く。

「学校の山、でござるか」

結城先輩が、声を絞り出す。

「では、ザガーラズィナーが山にやってきたのは、そのため……。いや、では我々がこの地にやってきた理由とは、そもそも……」

『情報を与えすぎたようだ。二度と会うこともなかろう』

黒翼を持つ大狼の身が、一瞬、ブレた。

次の瞬間、巨体がかき消える。

いや、どこかに駆けていったのだろうが……見えなかった、なにも。

おおきく息を吐き出す。

知らず、地面に膝をついていた。

荒い息をつく。

頭が重い。

額に手をつき、何度も首を振った。

「もう、なにがなんだか、さっぱりだ……っ」

アガ・スーのいた場所には、宝石が一個、落ちていた。

傷ひとつない、白い宝石。

さすが四天王といったところか。

ルシアに訊ねたところ、トークンとしての価値は千個分のようだ。

もっとも、白いマナ・ストーンなど伝説上の存在、お伽話に出てくるようなシロモノにすぎないとか。

それがいま、ぼくの掌のなかに存在する。

「神兵級より格上のモンスターとて、伝説のような存在ではありますが……」

「弱体化していて、この強さだもんなあ。しかもアガ・スーってどっちかっていうと面制圧型っぽいし」

明らかに、ザガーラズィナーとはタイプが違った。

ザガーラズィナーがスパロボでいうマジンガーなら、アガ・スーはZZだ。

多数の殲滅を得意とする相手に、少数精鋭で懐に飛び込み……かろうじて拾えた勝ち。

だがそれすら、ほかの四天王によって弱体化した状態であったという。

実際、黒翼の狂狼アルガーラフを前に、ぼくたちは手も足も出なかった。

おそらく、あいつは持てるちからの数分の一くらいしか出していないだろう。

アガ・スーには切り札ともいうべき魔法の同時詠唱と植物操作があった。

ザガーラズィナーにも、そういったものがあるのだろうか。

あったけれども、ぼくたち相手には使う必要もない、と必殺技は温存していたのだろうか。

だとしたら、四天王とぼくたちとの差は想像以上にひらいているということだ。

アガ・スーを倒したとはいえ、まったく安心できない。

あまつさえ、アルガーラフの存在は……。

ああ、もう、眩暈を覚える。

あまりにもおおくの出来事が同時に起きたせいで、頭が混乱している。

「よかったわ! ミアも啓子さんもちゃんと治ったわね!」

たまきの声で、われに返る。

見れば、啓子さんの両腕とミアの両脚は、あっさりとくっついた。

アリスがほっと肩のちからを抜く。

すぐ治療したからか、後遺症もないようだ。

とはいえ、さすがに今日一晩は安静にさせるとのことであった。

「なにはともあれ、我々の勝利でござるよ! 皆、喜ぶでござる!」

結城先輩が快活に笑う。

たしかに、彼のいう通りだ。

でも……この虚脱感は、なんなのだろう。

戦いは世界樹を防衛するぼくたちの勝利に終わった。

結界の内側に侵入した魔物はすべて駆逐された。

人類側は世界樹を守りきり、二か所の楔を奪還し、二か所の楔に攻め寄せていた敵軍を楔もろとも爆破した。

五つの楔を巡る戦いは、膨大な犠牲を出したものの、かろうじて人類の勝利に終わった。

だがぼくたちには、宴をひらくような余裕すらない。

足をひきずり、まだ破壊の跡も生々しい戦場を後にする。