作品タイトル不明
第184話 狂乱の樹海5
ぼくは、付与魔法ランク9、シェイプ・チェンジを使用した。
ぼくの全身を、まばゆいばかりの黄金の輝きが包む。
骨格が変化し、全身から剛毛が生え、巨大化する。
身に着けた衣服が体表に溶け込む。
手は前足となり、尻尾が生える。
口から凶暴な牙が生まれたのがわかる。
鏡があれば、ぼくの身体がいま、幻狼王シャ・ラウとうりふたつになっているさまが見えただろう。
シェイプ・チェンジは、自分自身にのみ使用できる魔法である。
そう、術者自身が、己のよく知るモンスターに変化するのだ。
ぼくが詳しいモンスターといえば、やはり使い魔たちである。
そのなかでもっともちからある存在といえば、間違いなくシャ・ラウであった。
シェイプ・チェンジにはひとつ制限がある。
モンスターの能力は種族固有のものに変化し、特殊能力の類は使用できるが、魔法に関しては本来の術者が使用可能なものしか使えないのだ。
たとえば本来のシャ・ラウは多数の魔法を持っているものの、ぼくが変身したシャ・ラウのクローンは、ぼくの保持している付与魔法と召喚魔法しか使用できない。
その制限があるとはいえ、シャ・ラウとなったこの身は非常に強力だ。
ただの人間とはタフネスもパワーも、スピードも桁違いである。
ぼくは自身にヘイストをかけ、ルシアたちのもとから飛び出す。
赤い光をまとい、四本の脚で空中を蹴り、ぐんぐん加速する。
一直線にアガ・スーのもとへ。
アガ・スーはぼくの接近に気づき、触手のような枝を伸ばしてくるも……。
「アクセル」
思考が加速する。
アガ・スーの枝を紙一重でかわし、足もとに来た枝を蹴ってさらに加速する。
地上のメンバーが援護してくれた。
アリスとたまきが、結城先輩と啓子さんが、四方から攻撃を加える。
四体のファイア・エレメンタルが、アガ・スーの枝葉を焼き払う。
本物のシャ・ラウが、迅雷のごとく走り敵の狙いを分散させる。
その甲斐あって、ぼくへの攻撃は最小限となった。
ディスペル・マジックの射程である10メートルまで、あと二十歩。
矢のように、アガ・スーへ接近し……。
「アクセル」
二度目の意識加速で、槍のように伸びてきたアガ・スーの枝葉、その間を縫うように疾走する。
アクセルが切れる直前、手を、いや前脚を伸ばす。
アガ・スーの本体を射程に入れる。
「ディスペル・マジック」
ぼくの右手が銀色に輝き、アガ・スーにかかっていた魔法をすべて解除する。
大樹の全身がまばゆく輝いた。
よし……魔法は、きいた!
同時に、激しい衝撃波が全周囲に巻き散らされる。
銀狼の姿になっていたぼくは激しく吹き飛ばされた。
木の葉のように宙を舞いながら、シェイプ・チェンジを解除。
もとの人間の姿に戻ることで、襲いくる枝の照準をかろうじてずらす。
無防備なぼくのすぐそばを、鋭い木の枝が通り過ぎていく。
コマのように回転しながら、眼下に視線をやる。
バリアが消えた一瞬を見逃さず、アリスたち四人がアガ・スーに捨て身の突撃を開始していた。
そのなかで巨大トレントの至近距離までたどり着けたのは、啓子さんただひとり。
「もーらいっ」
啓子さんの刺突が、アガ・スーの目のひとつを貫く。
ほぼ同時に、少し離れたところからアリスの伸ばした槍が別の目を貫通する。
耳を弄する絶叫が響く。
アガ・スーは巨体を振り乱して、暴れ出した。
まだ無数の目は残っているものの、さきほどまでのような正確な迎撃はいっさいない。
だが、これほどに大暴れされては、啓子さんですら迂闊に近づけなかった。
でも、それならそれで、やりようはある。
ぼくは頭上を仰いだ。
「アガ・スーに攻撃を集中だ!」
さきほどまでと違い、やみくもに枝葉を振り乱す超巨大トレントに、火魔法の雨が降り注ぐ。
ミアの打ち出した光のビームも、幹に吸い込まれる。
連続して爆発が起こる。
周囲を見渡し、奇妙なことに気づいた。
さきほどまで、あれほど旺盛に蠢いていた蔓状植物がその動きを止めている。
ひょっとして……アガ・スーに余裕がなくなったから、なのか?
なら、いまこそがチャンスだ。
ぼくは地上に降り立ち、ファイア・エレメンタル四体をすべてディポテーションで送還する。
そうして得たMPは、おおよそランク9の使い魔を三回呼び出せる程度。
「シャ・ラウ!」
ぼくは叫び、使い魔覚醒を使用する。
通常の召喚に使用するMPの三倍を、すべて彼に注ぎ込む。
シャ・ラウの全身が赤黒く輝き、幻狼王は咆哮と同時に飛び出す。
迅雷と共に、疾風が吹き抜けた。
轟音が響き渡り、地面がおおきく揺れる。
幻狼王がアガ・スーと衝突したのだ。
空気がビリビリと震えた。
アガ・スーの絶叫が響き渡る。
『いまこそ、見せよう。わが真のちからを』
シャ・ラウの声が脳裏に響く。
その身がひとまわりおおきくなったような錯覚を覚えた。
いや、白銀のオーラのようなものが、幻狼王を取り巻いているのだ。
紫電がきらめく。
次の瞬間、幻狼王を中心として、巨大な爆発が起こった。
砂煙が視界を覆い尽くす。
煙から、シャ・ラウが飛び出てきて、ぼくの前に着地した。
何度も何度も地面が揺れる。
思わず体勢が崩れたぼくの背中を、なにかが支えた。
あれ、と思って振り向いても、なにもない。
もう一度、シャ・ラウに振り向く。
『不可視の腕をつくり出す魔法だ、主よ』
「すまない、ありがとう。……で、倒したのか」
『うむ。しかし、ひとつ懸念があるのだが……』
シャ・ラウはなにかいいかけて、それを中断した。
耳をぴくりと動かす。
え、なんだ、まだアガ・スーが生きている?
と……ぼくの視界が切り替わる。
白い部屋に。
※
レベルアップしたのは、たまきとミアだ。
アガ・スーの経験値が入ったことで、皆が安堵する。
「倒せたんですね、四天王……」
アリスが感慨深げに呟く。
うん、倒せた。
ギリギリのところだったけど、うまくハメ殺すことができた。
今回、十二人がかりで、切り札をすべて投入しての勝利である。
もう一度戦っても、勝てるかどうかはわからない。
でもとにかく、勝った。
「そういえば、シャ・ラウがなにかに気づいたみたいなんだけど……」
「なにかって、なに?」
「それを聞く前に、この部屋に来たからな……」
ま、ともあれ。
警戒しつつも、この部屋を出るしかないだろう。
たまきは肉体スキルを、ミアは地魔法をそれぞれランク7に上昇させる。
たまき:レベル37 剣術9/肉体6→7 スキルポイント8→1
ミア:レベル37 地魔法6→7/風魔法9 スキルポイント8→1
※
もとの場所に戻って、すぐ。
シャ・ラウが警告の声をあげる。
『わが主、気をつけるのだ。まだなにか、いる』
「え、それってアガ・スーじゃなくて……」
『おそらくは、あのトレントを弱体化させ、暴走させた元凶であろう』
は?
え、ちょっと待って、いまなにをいった。
弱体化? 暴走?
「待て、シャ・ラウ。いまの言葉の意味、どういう……っ」
『来るぞ』
シャ・ラウが鋭くそう告げた、次の瞬間。
土煙を割って、馬ほどのサイズの黒い影が飛び出てくる。
シャ・ラウの全身が紫電を帯び、雷撃を放つ。
だが黒い影は、あっさりと雷撃をかわし、肉薄してくる。
狙いは……ぼくかっ!
「させないわーっ」
ぼくと黒い影の間に、啓子さんが割り込んだ。
白い剣を振り下ろす。
黒い影から、鋭い刃のようなものが三本、伸び……。
一本が、啓子さんの胸に突き刺さった。
残る二本が、彼女の両腕を斬り飛ばした。
彼女の身体が、スローモーションのように倒れていく。
あ……うあ?
なにが、起こった。
いま、こいつは、なにを……っ。
黒い影は、ぼくとシャ・ラウの前に降り立つ。
獣型モンスターだった。
四本の脚で地面を踏みしめ、顔をあげる。
ぼくは目の前の黒い影を、茫然と見る。
シャ・ラウよりはひとまわりちいさい、狼のような姿をしていた。
漆黒の体毛、背中から翼のようなものが生えている。
その両翼の先端は、鋭いカッターのようになっていて、しかもいま、それを長くのばしていた。
啓子さんの両腕を切断したのが、この翼のカッターだ。
そして頭部、赤い獰猛な双眸の上、額の真ん中に、これまた伸縮する白い角が生えていた。
啓子さんの心臓を突き刺したのが、この角である。
いまは彼女の血で、てらてら輝いていた。
鋭き刃の翼もつ一本角の大狼。
こんなやつ……ぼくの神話知識、ゲーム知識にはない。
こいつは……ぼくの目の前でじっとぼくを見つめるこいつは、いったい。
と、その大狼が、ぼくを見て、にやりとした。
背筋がぞくりとする。
震えが、止まらない。
『力量の差を理解したか。ならば攻撃は止めておくがよい』
からかうような声が、脳裏に響いた。
テレパシー、なのか。
これは、目の前の狼型モンスターから響く声なのか。
いや、ぼくにもタンズがかかっている以上、モンスターの声が聞こえてもおかしくはない。
これまでも、モンスターがしゃべっているところを見たことはある。
同じ狼タイプなら、シャ・ラウだってテレパシーを使う。
それにしても、目の前のこいつは……。
やみくもに、ただがむしゃらに、凶暴に襲いかかってくるだけのほかのモンスターとは、なにかが決定的に違う、気がする。
というか、さっきのシャ・ラウの言葉から判断すると、こいつが……。
そのとき、上空で、ルシアが叫ぶ。
鋭く、そして喘ぐような声で、ぼくたちに警告を発する。
「黒翼の狂狼アルガーラフ! 四天王の一角が、なぜここに!」
その言葉をもって、ぼくたち全員が理解する。
目の前の存在がなんであるか。
どれほどの脅威であるかを、その瞬間に察する。