作品タイトル不明
第180話 狂乱の樹海1
ぼくは、ウィンド・エレメンタルの視界で、茫然として木々がうねる様子を観察する。
自然と、拳をかたく握っていた。
きつく唇を噛む。
アガ・スー。
こいつを侮っていたわけじゃない。
でも、現実のこんな光景を目の当たりにすると、ぼくの想像力がいかにちっぽけなものだったか痛感する。
さながら、森すべてが敵にまわっているかのようだった。
これまでのモンスターとは、存在のスケールが違う。
いや、モンスターという枠組みすら超えたなにかであるような錯覚すら覚える。
うねり、悶える木々。
まるで、どろりとした緑の川が渦を巻いているようだった。
ひどく奇妙で、不気味で、おそろしい。
こんな相手に……どう立ち向かえばいい?
と……無数の枝が、上空のウィンド・エレメンタルめがけて伸長する。
やばい、逃げろ!
とぼくが叫ぶまでもなく、ウィンド・エレメンタルは逃走を開始した。
ものの……。
わずか数秒後、その動きがぴたりと静止する。
振り向けば、ものすごいスピードで伸びてきた蔦が、エレメンタルの足をからめとっていた。
引きずられる。
エレメンタルの身体は、またたく間に蠢く樹海へと飲みこまれた。
※
ウィンド・エレメンタルは、蠢く樹海の下に引きずられ、地面に叩きつけられる。
かなりの衝撃で視界がバウンドする。
うう、ちょっと3D酔いしそう。
幸いなのか、不幸なのか、グレーター・ウィンド・エレメンタルはタフだった。
激しく地面に激突し、なおも蔓状植物に引きずられながらも、顔を左右に動かして、懸命に任務を果たそうとする。
おかげでぼくは、不気味に蠢く樹海のなかを存分に観察することができた。
左手、十メートルほど先にて、一体のオークが口をおおきく開け、必死の形相であがいていた。
豚人間の四肢を拘束した蔓状植物が、その手足をねじ切る。
青い鮮血が噴き出て、オークは悶絶した。
音は聞こえないけれど、きっと絶叫をあげてるのだろう。
オークの青い血が蠢く樹木に垂れ落ちて、まだら模様をつくる。
そこかしこで、似たような光景が展開されていた。
いまのところ、人間や亜人の姿はないことが救いだろうか。
ウィンド・エレメンタルはもがきながら、樹海の深部に運ばれていく。
しかしこれ、まるで植物が生き物を踊り食いしているかのようだ。
食虫植物型モンスター……なのか?
それにしたって、どんどん周囲に広がっているっていうのは……もうこれ、病原菌みたいな感じだ。
正直、世界樹近傍で戦うには最悪の相手である。
ひょっとしたら、世界樹にこいつがとりついた場合、世界樹すら操られて……。
ヤバいな、そんなの考えたくもない。
いや、現実逃避はダメだ。
それだけは絶対に阻止しなきゃいけない。
たとえ相手が、ザガーラズィナーと同格の敵であっても、である。
そのためには情報が必要だ。
少しでも、相手のことを知らなくては。
かわいそうだけど、このウィンド・エレメンタルには勝利の礎となってもらわなきゃいけない。
そのグレーター・ウィンド・エレメンタルだが、暴走する森の奥に連れていかれるに従い、巻きつく蔓の数もおおきくなっていく。
締めつけも強くなっているようだ。
ランク8の使い魔ですら、無数の蔓を相手に逆らうことができないでいる。
唐突に、樹海が開けた。
木の枝が延びて頭上を覆い、ドーム状の天蓋となった空間に出た。
その中心に、森の王者ともいうべき巨木が存在した。
巨木といっても、高さはさほどない。
せいぜい十メートル程度だろうか。
ただし、幹の太さもまた十メートルほどある。
木の枝の葉はすべてたち枯れ、閑散としている。
太い無数の根が、まるでタコの脚のように地面でうねっていた。
そして、地上から六、七メートルの地点に巨大な赤い目が、無数に存在した。
そう、無数だ。
たくさんの目が、大樹の周囲を取り囲んでいる。
そのたくさんの目が、一斉にグレーター・ウィンド・エレメンタルを睨んだ。
ぼくの背筋に、冷たいものが走る。
本能に従い、リモート・ビューイングを切ろうとして……。
わずかに、処理が遅れた。
その一瞬で、巨大トレントの無数の目が黄金に輝いた。
ガツン、とものすごい衝撃が来る。
頭のなかを無数の針で刺されたかのような、鋭い痛みが走り抜ける。
ぼくは悲鳴をあげて、シャ・ラウの背中で転げまわった。
慌てた誰かが左右から支え、抱きかかえてくれるが……ぼくはちからまかせに四肢を振るい、悲鳴をあげ続ける。
まわりを見るどころじゃなかった。
誰かを気遣うどころじゃなかった。
なんだこれ。
なんなんだよこれ。
あいつは、ぼくになにをした。
「カズさん、カズさん!」
「ねえ、どうしたの、カズさん!」
アリスとたまきの声が、遠くで聞こえる。
でも、答えることができない。
ぼくの口は、悲鳴を上げ続けることしかできない。
「く……そっ」
いまのは精神攻撃の類いだ。
精神攻撃を食らった原因は、リモート・ビューイングを使うため、アイソレーションをかけていなかったからである。
「アイソレーション」
とりあえず、いまさらのように保護をかける。
だがぼくの苦痛は終わらない。
やっぱり、一度受けたダメージを回復してくれるわけじゃないのか。
しかし、クリア・マインドがかかっていて、これか。
あいつめ、遠隔視ごしにこっちを攻撃するなんて、なんてやつだ……。
「カズさん、しっかりしてください! キュア・マインド」
アリスが心を癒す魔法をかけてくれる。
ぼくの脳を蝕む苦痛が、次第に消えていく。
ようやくひと息ついて、ぼくは脂汗をぬぐいながら身を起こす。
皆がぼくを心配そうに覗き込んでいた。
心配をかけさせたか。
いまさらのように気づいたけど……偵察に出したグレーター・ウィンド・エレメンタルとのリンクが切れていた。
どうやら、死んだようだ。
「とりあえず、なにが起こったか説明するよ……」
ちからなくうなだれ、ぼくは話し出す。
※
エレメンタルの偵察中に起こった出来事を語るうちに、増援がやってきた。
まず、結城先輩、啓子さんの忍者コンビ。
ふたりは朱里さんと現場指揮を交代し、決戦要員として働いてくれるらしい。
ほかにふたり、高等部の火魔法の使い手がついてきている。
どちらも男子生徒で、二年生と一年生だ。
ぼくの顔を見て、目をそらす。
火魔法は蜂によく効くということで、三日目から鍛える者が増えた。
今回、連れてきたふたりは、共にランク6であるということだ。
まあ……数合わせにはなるだろう。
育芸館組からは、合計で三人。
槍術がついにランク9になったというレベル24の長月桜のほか、高橋百合子と最上潮音の火魔法ランク8コンビが参戦する。
最上潮音は中等部二年生で、縁なしの眼鏡をかけた、元気な少女だ。
肩まである髪は、茶色に染めあげられている。
ちょっと背伸びなオシャレしてみました、って感じで微笑ましい。
現在レベル20で、スキルは火魔法8と槍術2。
高橋百合子は中等部三年生だが、いつも弱々しい笑みを張りつけている、おさげの子だ。
おっぱいがおおきい。
前にちょっと話したとき、自分の使う炎魔法すら怖い、といっていたほど気が弱い。
でも同時に、「潮音ちゃんがいつも、手を引っ張ってくれるから」ともいっていた。
年下に引っ張られる巨乳のお姉さん。
アリだと思います。
現在のレベルは最上潮音と同じく20で、スキルは火魔法8と水魔法1。
全員、リーンさんの誘導を受けてここまでたどり着いたという。
ぼくたちを入れて、決戦班は合計で十二人。
ふたつのパーティに分かれることになるだろう。
ぼくたちのパーティに長月桜を入れて、第一パーティ。
忍者夫妻プラス火魔法使い四名が第二パーティ、といったわけかたが妥当だろうか。
合流したひとたちに、改めて、なにが起きたか説明する。
説明の間にころころとパーティを組み換え、全員にぼくの付与魔法をかけておく。
特に、こうなってくるとアイソレーションは重要だ。
本当は、付与魔法ランク9のシェア・フィールドを使いたいところなんだけど。
これは簡単にいうと、テレパシー・リンクで情報を共有する魔法である。
かなり距離が離れてもテレパシーで会話できるから、大人数になるほど効果がおおきい。
でもなあ、アイソレーションを使うと、シェア・フィールドは使用できない。
どちらが重要かって、絶対に精神攻撃耐性の方が重要だもんなあ。
ものすごく強いと思える魔法でも、かみ合わせを考えるとイマイチ実用性がない、ってゲームならよくできた設定だ、と思える。
でもこれはゲームじゃないわけで、だからもうちょっとこのへんなんとかなりませんかね……。
なりませんね、はい。
精神系を全部シャットアウトしてくれるアイソレーションがなきゃ、間違いなくゾラウスにやられてたからなあ。
今日の午後は、この魔法に頼りきりだ。
で、さて。
ひととおり説明が終わり、新たにパーティを組み直す。
第一パーティは、ぼく、アリス、たまき、ミア、ルシア、桜。
第二パーティは忍者夫妻と潮音&百合子の火魔法コンビ、高等部の男子、残りふたり。
作戦については、情報共有後、結城先輩が提案したものに乗ることとなった。
「拙者、まともに正面から戦うのは愚の骨頂、と考えたでござるよ」
面頬の奥で、結城先輩は不敵に笑ってみせる。
たぶんパフォーマンスなんだろうけど、ふてぶてしい様子がよく似合っていると思う。
ミアはしぶい顔をしてるけど。
「といっても、奇抜な策はないでござる。我々がするべきことは、しかるべき場所にしかるべき火力を、あらん限り叩きこむことでござろう。それでダメなら、諦めて一時後退でござるよ。光の民を肉の壁として、次善の策を練るでござる」
うわあ、鬼畜だけど正しいわー。
MPが回復すればまた戦えるけど、ぼくたちが死んだらこの戦い、ほぼそこで終わりだもんな。
いまこの戦場には、使い捨てできる戦力と、そうでない戦力がある。
「さて、その作戦でござるが……。空に飛び、エレの偵察で判明したアガ・スー本体めがけて、MPが尽きるまで火属性攻撃魔法を連打、これだけでござる」
あ、ほんとに単純な作戦だった。
でもそれしかないかな。