作品タイトル不明
第177話 世界樹防衛戦1
「ちょっと、ちょっと。なにコントをやってるわけ」
唐突に、木々のなかから声がした。
いや、樹上だ。
気づくと、五メートルくらい上の木の枝に、高等部のジャージを着た少女が立っていた。
ジャージのラインの色は、緑。
三年生ということだ。
手には弓を持っていて、腰のベルトに矢筒を差している。
ベルトは、ジャージをわざわざ改造して取りつけたもののようだ。
なるほど、ああすれば簡単に矢を取り出せるか……。
育芸館組には本格的な弓使いがいなかったから、いろいろ新鮮だなあ。
後ろ髪をポニーテールにした、結構、気の強そうなひとだ。
いまも結城先輩をジト目で睨んでいる。
って、あ、さっき結城先輩の耳を引っ張って叱ってたひとだ。
「はーい、 朱里(じゅり) ちゃーん」
啓子さんが呑気に手を振った。
彼女の名前、朱里っていうのか。
朱里さんは、啓子さんを見て、眉をひそめる。
「決戦を前に、ずいぶんと余裕なんですね」
「ずっと気を張ってても、疲れちゃうわよー」
「啓子さんは、だらけすぎです。田上宮くん、あなたもそのノリを他人に押しつけるの、やめなさい」
朱里さんは木の枝を身軽に飛び降り、地面に降りてくる。
すたすたこちらに歩いてきて、結城先輩の頭をパン、とはたいた。
あ、結城先輩が嬉しそう。
「拙者の業界ではご褒……」
「ご褒美、っていったらもう一発、いくわよ」
結城先輩は黙った。
周囲に気まずい雰囲気が流れる。
どーすんだコレ。
朱里さんが、こちらを向いた。
ぼくを見る。
「うちのバカリーダーがごめんなさいね。いままで自己紹介の機会がなかったけど、わたしは 成宮朱里(なるみや・じゅり) 。高等部でサブリーダーをやらせてもらっているわ」
彼女が高等部組のサブリーダーなのか。
初耳だ……。
でもなんとなく、結城先輩が彼女を抜擢した理由、わかる気がする。
結城先輩のノリを拒絶して、きちんと軌道修正できる真面目さだ。
啓子さんは、結城先輩と一緒になって、ノリノリで忍者ごっこを始めるしなあ。
どうやら、朱里さんはなかなかに現実主義者のご様子である。
「なにかモメてたみたいだけど、ちょっとそういうの、後にしてもらっていいかしら。光の民の隊長さんと話し合ったんだけど、前面に出てくるオークの対処はわたしたちマレビトと、ア・ウル・ナアヴのえーと、『素子』チーム、だったかな。そこが担当することになったわ。一番の激戦区だけど、経験値の入りがいいから」
朱里さんは、そういって背後で文句をいいたげな男子に振りかえった。
「中等部の子たちにナメられたくないなら、いっぱい経験値を稼いでレベルアップしなさい。だからといって突っ込んで死ぬのはNGだけど」
「おい、死んだ奴を馬鹿にするのかよ!」
「報告は聞いたわ。アヤミはチームプレイを忘れたから、死んだ。彼女は馬鹿だったの。そこは認めなさい。認められないなら、次はあなたが死ぬわよ」
うわあ、ズバリといいきった。
これが彼女の役割なんだろう。
結城先輩や啓子さんじゃ、ここまではっきりといえないだろうからなあ。
彼女は、飴と鞭の鞭役か。
さぞや気苦労が多いだろう。
志木さんと気が合いそうだ。
朱里さんが、高等部の人々を見渡して、「さあ、もうすぐ敵が来るわよ」と宣言する。
「これから配置について、教えるわ。あ、志木さん。あなたたちは、こっちのメモを参考にして」
志木さんは、朱里さんからメモ帳の切れ端を受け取った。
一読し、うなずく。
メモの情報をもとに、手際よく班分けを開始する。
「カズくん。あなたたちは、ひとまずここで待機ね」
「予備兵力か」
「ええ。あまりMPを消耗させたくないし、なによりオークごときの経験値をあなたがたに奪って欲しくないもの。座って休んでいなさい」
それは、ありがたいことだ。
ぼくたちは安心して、その場に腰を下ろす。
あ、なんかどっと疲れが押し寄せてきた。
「寝るなら、そこの木陰でね」
「あー、悪い。本気でそうする」
かくして、皆が忙しく動きだすのを尻目に、ぼくたちはそばの大樹に身を預け……目を閉じる。
あっという間に睡魔が押し寄せてくる。
十五分でも休めれば、それでいいんだけど……。
※
肩を揺すられて、目を覚ました。
顔をあげると、高等部のサブリーダー、朱里さんがぼくの顔を覗き込んでいた。
彼女の左右には、興味深げなアリス、たまき、ミア、ルシアの姿もある。
「ひょっとして、みんなでぼくの寝顔を見てたの?」
「わたしは起こして、っていったんだけど、この子たち、いつまでもコントをやってるから」
ぶすっとした顔で、朱里さんがいう。
あ、うん、なんか光景が思い浮かぶようです。
「ご迷惑をおかけしました……」
慌てて立ち上がり、頭を下げる。
このひと、生真面目っぽいから、きちんとしておこう。
「敬語とか、いいから。……いまはあなたが育芸館組のリーダーで、最強のチーム。でしょう?」
「いちおう、うん、そうではあるけど」
「ジャイアントが右翼に侵攻中。ほかのパーティには任せられないわ。迎撃してちょうだい」
あ、それはもちろん。
ぼくは手早く、アリスたちに指示を出す。
といっても、彼女たちはもうリュックサックを背負って、準備万端だ。
「わたしも同行するわ。雑魚散らしくらいするから、パーティに入れてくれる?」
「構いません……ああ、構わないけど」
ぼくは後ろ頭を掻いて、一応、訊ねる。
「痛みとか、強い方? ぼくたちと一緒に範囲魔法を食らったりすると、結構ヤバいよ」
「雪野のことね。彼女が迷惑をかけて、ごめんなさい。わたしは……だいじょうぶよ。レベルも、そこそこあがってるし」
聞けば、朱里さんはレベル18であるとのこと。
射撃ランク7の運動ランク3であるらしい。
変わったビルドだな……。
あ、でもこの樹林においては、木の枝から枝に飛び移って狙撃しまくればいいのか。
学校の森でも、結構有利なビルドか。
割り切って、局地戦特化してる。
「そういうことなら、よろしく頼む。弓を使うひとと組むのは初めてだから、いろいろ教えてくれ」
かくしてぼくたちは、朱里さんをパーティに加え、六人で戦線の右手に移動した。
いつものようにフライを使い、樹上を飛ぶ。
前線に近づくにつれ、戦闘音が聞こえてきた。
前の方で、連続して爆発があがる。
火魔法の範囲攻撃でオークたちをまとめて焼いているのだろうか。
まあ、オーク程度なら他のひとたちに任せておいても問題ないだろう。
「あのあたりね」
朱里さんが示した場所に降りる。
その場にいた光の民の兵士たちが、驚いてぼくたちに弓を向ける。
でも、すぐに弓を下ろしてくれた。
「失礼しました。マレビトの方々ですね」
「ええ。みなさんはこの場を放棄、百歩後退してください。もうすぐ、ここにジャイアントが攻めてきます」
朱里さんのてきぱきとした指示で、十名ほどの光の民は「かしこまりました」とうなずき、背を向けて走り出す。
彼女、手際がいいなあ。
「それじゃ、なるべく消耗を抑えつつ戦ってちょうだい」
「了解。朱里さんも、無理せずに」
朱里さんは、ひとつうなずいて手近な木に登り始めた。
するすると五メートルくらい登って、太い枝に腰を下ろす。
リーンさんの使い魔の鷹が、彼女のそばにとまった。
「来ます。接触まで三十秒」
鷹がそう告げてから、しばしののち。
地響きが聞こえてくる。
地面が揺れだす。
おそらくこれは、巨人たちが足を踏み鳴らし迫ってくる振動だ。
うわー、普通のひとじゃ、これだけでビビるよなあ。
「敵は緑肌のジャイアント。七体……いえ、八体。弓と斧を持ってる。加えて白い肌のジャイアントが後方に……杖を構えているわ」
「緑肌は、フォレスト・ジャイアントでしょう。白いのは……アルビノ・ジャイアントだと思われます。変異種で、魔術師です」
朱里さんの言葉を聞いて、ルシアが告げる。
魔術師か、それは……危険だな。
「戦力的には、どれくらい?」
「アルビノ・ジャイアントは報告例があまりに少ないため、詳細は不明です。フォレスト・ジャイアントは剛弓の使い手で、弓魔法と呼ばれる独特の魔法の使い手です」
弓魔法ってなんだよ。
いやまあ、いいたいことはだいたいわかるけど。
それにしても、巨人なのに、遠距離型か。
ぼくたちが草原の町で戦ったジャイアントとは、だいぶ違うんだな。
あいつらはちから押ししかできない単細胞だったけど……。
同じと考えると痛い目を見そうだ。
はたして、少しののち。
巨人たちが、木々の陰から姿を現す。
百メートル以上の距離をあけて、緑の肌の巨人たちが一斉に弓に矢をつがえ、放つ。
目立つところに立っていたシャ・ラウに矢が集中し……。
「テンペスト」
ミアが、シャ・ラウの前方に竜巻を生み出す。
すべての矢が竜巻に吸い込まれ、狙いを大きくそらして、あらぬ方向へ飛ぶ。
二本ばかりが、シャ・ラウの周囲の地面に突き刺さる。
さて、これで敵も、ぼくたちには弓矢が無意味とわかっただろう。
次はどう出てくるか……。