軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 夜明け

夢を見た。

夢のなかで、あいつが、地面にへたりこむぼくを見下ろして、あざ笑っていた。

「馬鹿なやつ」

あいつがいう。

「愛する女も守れないなんて」

あいつが、ぼくの横を見る。

つられて、ぼくもそちらに視線を移す。

少女が倒れていた。

太い槍が胴を貫通して、彼女を地面に串刺しにしていた。

その少女は、アリスだった。

血まみれとなってその場に転がるアリスの光を失った瞳を、ぼくは正面から覗き込んでいた。

「失敗でした」

土気色の顔で、アリスが唇を動かす。

「カズさんについていったのは、失敗でした。あなたの決断のせいで、わたしは」

ああ、そうか。

ぼくは不意に納得する。

ぼくをあざ笑うあいつを、茫然と見上げる。

ぼくは、あいつに、また負けたのか。

「どこまでいっても、おまえは屑なんだ。おまえのせいで、彼女は死ぬ」

そう、ぼくのせいで、アリスは死ぬ。

ぼくがひとつ間違えたせいで、すべてはぶちこわしになる。

それでも。ぼくは拳を握る。歯ぎしりして、あごを持ち上げる。

「それでも、ぼくは。もう、決めた。逃げない。今度こそ、ぼくは」

高笑いするあいつを睨んで……。

電気がなかったむかしむかしは、日が沈むと共に寝て、朝日と共に起きる生活であったという。

とてつもなくはやく寝てしまったからか、起きたのは夜明け前だった。

ぼくは荒い息をついてベッドから起き上がった。

寝汗がひどい。

なにか夢を見ていた気がする。悪夢だったようにも思う。

「悪い夢くらい、見るよな」

呟く。

なにせ昨日は、ひどかった。

日常はあっさりと終わりを告げた。

たった一日で、なにもかもが変わってしまった。

そしてそれは、今日も続く。

悪夢は終わらない。

ぼくはベッドから出た。

筋肉痛で、身体中がギシギシいっている。

それでもぼくは、このところ穴掘りで鍛えていたからマシかもしれない。

アリスはたいへんだろう。

階下では、すでに女性陣が起きだしていた。

かつおぶしの、いい匂いが立ち込めている。

聞けば、臭いでオークたちに気づかれるリスクを負ってでも、朝食で体力をつけるべきだと志木さんが提案したらしい。

調理室のコンロはガスが出なくなっていたそうだが、携帯用の詰め替え式ガスコンロがあったそうなので、それを使って調理しているのだろう。

こんな状況でも、料理部の部員がいるのは、とても素晴らしいことだと思う。

出てきたのは、お味噌汁とレトルトご飯、それにレトルトのカレー。

それだけの簡単な朝食だった。

でもいいのだ。カレーは日本人のごちそうなのだ。

空腹も手伝い、ぼくたちは猛烈に朝食を胃に詰め込んだ。

ぼくだけじゃなく、アリスをはじめ、全員がおかわりした。

「今日が勝負だわ。スタミナつけておかないと!」

たまきがいった。

なるほど、彼女たちは皆、わかっている。

いまがどんな状況か、そしてこれから自分たちが否応なく立ち向かっていかなければならない現実とはなんなのか。

温かいご飯をお腹いっぱい詰め込んだおかげで、元気が出てきた。

朝食後、夜明けまでの間に、まずは情報の統合と活動方針を巡る会議をひらいた。

場所は三階の会議室だ。

一階と二階はオークに荒らされてしまって、掃除してからでなければ使う気になれないので、必然、ぼくたちは三階に集まってしまう。

会議室のテーブルを囲んで席に着き、一同を見渡す。

アリスと視線が合った。

ぼくはにっこり笑うと、アリスはなぜだか少し戸惑ったあと、ぎこちない微笑みを返した。

あれー? なんだろう、なんかふたりの距離が、少し遠くなった気がする……。

いや、気のせいだろう。

そうだ、みんながいるから、あえて距離を置いているのだ。

当然だ。状況は常に変化する。

もう、ぼくとアリスがふたりきりで戦う段階は終わりを告げた。

今日を生き残るためには、それではダメなのだ。それはあの白い部屋で確認し合ったことだった。

いや、ぼくとアリス、ふたりきりで行動を続けるなら、あるいは生き延びることも可能かもしれない。

でもそれでは、アリスの親友であるたまきは守れない。

たまきが昨日、守った命、ふたりの中等部一年生は守れない。

ぼくは気を取り直し、もう一度、一同を見渡したあと口をひらく。

「まず確認なんだけど。山の外の光景について、アリスから聞いたかな」

「この目で見たわ」

たまきがいった。

ぼくは、どういうことか、と訊ねる。

「屋上からね、見えるのよ」

「なにがだ」

「草原」

あ、そうか、とぼくは間抜けな声を出した。

この建物の屋上は、木々より背が高い。

山の向こう側も、さぞやよく見えるに違いなかった。

「避難していたとき、ヒマだったの。屋上にいって、まわりを見てみた。びっくりしたわ。いつもと全然違う景色なんだもの」

「どう思った」

「あー、ゲームの世界に来ちゃったのかなーって」

たまきのいいようは、ぼくよりよほど、率直だった。

ゲームの世界。

うん、オークがいて、あんなだだっ広い草原で、巨大な鳥が象をさらうような光景があって。

それをゲームの世界、といってしまっていいのかはともかく。

彼女たちはすでに、いまぼくたちが置かれている状況の本質を認識している。

ここは地球じゃない。

異世界なのだと。

「それに、ほら、さ。夜中に窓から見上げたら、月がふたつあったし」

「ああ、あったな」

「星座もぜんぜん違うし」

「星座とか、詳しいのか」

「アリスが」

ぼくはアリスを見た。

アリスは、少し恥ずかしそうにうなずいた。

「神話とか、好きなんです」

「中二病っぽい感じで?」

「ちゅーにびょー、ですか?」

アリスはきょとんと小首をかしげた。

しまった、またオタクっぽいことをいってしまった、と周囲を見れば、女子の数名がにやにやしていた。

たまきもにやにやしていた。ブロンドのツインテールが、ふるふる揺れていた。

あーこんちくしょう。

ええい、もういい。

話を戻す。

「ええと、じゃあみんな、ここが地球じゃないってことは共通認識を持っているんだな」

少女たちは、うなずいた。

泣きそうな顔になっている子もいた。

無理もない。ぼくだって泣いてなんとかなるものなら、泣きたい。

正直、なんでぼくが会議を仕切っているんだって感じだし。

いや、仕方がないんだけど。

いまこの場には、高等部の人間がふたりしかいない。

ぼくと志木さんだ。

そして志木さんは、ぼくに遠慮して、会議の主導権をぼくに譲った。

ぼくとしても、まだなんとなく、志木さんに対してわだかまりがある。

彼女に仕切られるのは面白くない、ということだ。

タマのちっちゃいことである。

いやほんと、自分でいうのもなんだけど、ぼくってしょっぱい人間だなあ。

いや、まあいい。

ぼくの狭量さはともかく、いまは会議だ。

認識の共有を図るのだ。

「ここは異世界。あの地震のあと、ぼくたちの学校は、山ひとつまるごと、異世界に来てしまった。ぼくたちは異世界の漂流者だ」

ぼくはいう。

「そしてオークたちが、この山に侵入してきた。時間的に考えて、地震のあと山を登ってきたとは考えられない。しかもやつらは、山の上手からやってきた。きっと、そこになにか、ワープゲートとか旅の扉みたいなものがあるんだろう」

本当にそうなのかはわからないけれど、なんらかの手段で特殊な移動をしてきたのは間違いないと思う。

この世界には魔法なんてものがあるのだ。

ワープがあったっておかしくはないだろう。

いちおう、飛空挺みたいなものでやってきたとか、そういう可能性もあるけれど。

「オークたちの目的は不明。でも、ぼくたちの敵であることだけは間違いない。この山の建物は、そのほとんどがオークに占拠されていると考えるべきだ。味方は……いない、と考えた方がいい。逃げ隠れしている大人や生徒はいるかもしれないけれど」

生き残っている大人がいるなら、どこかに立てこもっているか、あるいは森に逃げているだろう。

合流するならば、ひとつひとつ建物を解放していくしかない。

だが、オークが十体程度の育芸館ですら、昨日はあんな惨状だった。

あれが主力だとは、とうてい思えない。

さらに、あとからやってきた、青銅色の肌のオーク。

ぼくが勝手に名づけたところだと、エリート・オーク。

あれが最後の一体なら、どれほど気が楽なことか。

そんな楽観的な仮定はやめた方がいい。

敵は強いと考えるべきだ。エリート・オークは複数いる前提で行動しなければならない。

そして雑魚オークも、少なくとも百や、それ以上は存在するだろう。

もっと強いやつすら存在するかもしれない。

……やっぱり、敵の全容がわからないのは怖いな。

まず偵察をするべきか。

だけど、その前に。

「ぼくは、できればこの場の全員がレベル1にあがるべきだと思う」

生唾を飲み込む音が聞こえてきた。

「全員が順番にオークを殺すってことだ。ぼくとアリスでなんとかオークを身動きできないようにするから、きみたちは槍で突くだけでいい。とにかくレベル1になってスキルを得れば、万一、オークに襲われたときでも、最低限の対処はできる。強制はしない。そのあと無理に戦えともいわない。だけど、いまの状況でレベル0とレベル1では、安全性に雲泥の差が出てしまう」

もちろん、その後も積極的に戦ってくれるならフォローはする。

いつまでもぼくとアリスのふたりだけでは、早晩、限界が来る。

それは昨日の戦いでも明らかだった。

少人数行動は、たしかに経験値の効率はよくなる。

だけど、なにかトラブルがあったとき、リカバリーが極めて困難になるのだ。

昨日の場合、それはアリスの命令無視だった。

理詰めで考えるなら、ぼくはあのとき、アリスを見捨てるべきだった。

幸いにして、なんとか勝てた。

でも、あんなギリギリの綱渡りは、二度としたくない。

そのためには、保険が必要だった。

別に心から信用できるパートナーでなくてもいい。

必要に応じてぼくやアリスのサポートができる人員が欲しい。

喉から手が出るほど欲しい。

それに、この育芸館を拠点とするなら、拠点を守るための人員も必要となる。

改めて考えても、昨夜、ベッドで寝られたのは幸いだった。

これが野宿だったら、はたして満足に睡眠が取れたかどうか。

そもそも安全に休めたかどうかすらわからない。

「わたしは、やるわ」

はたして、最初に手を挙げたのは、予想通りというかなんというか、アリスの親友であるたまきだった。

「もう、逃げるだけは嫌。それに、アリスに守られるだけってのもシャクだしね」

冗談めかしてそういって、アリスに笑いかける。

アリスは苦笑いで「守られてくれても、いいのに」と答えた。

「わたしがアリスを守るの! 逆じゃダメなの!」

そういってたまきは、ぼくの方に向き直る。

「ってことで、あなたのパーティにわたしも入れてね、カズさん」

「あー、ぼくのパーティはどのみち主力になるから、特に危険性が……まあ、いいか」

彼女なら、アリスを守るためにも死に物狂いになってくれるだろう。

ぼくを守るためには手を抜く可能性があるけれど、でもまあ、アリスがぼくを好きである限り、裏切られることはないと思う。

いや、待てよ? もしたまきが、アリスのことを愛しているとしたら?

もちろん性的な意味で。

じつはぼくに対して激しく嫉妬していて……。

たまきの顔を見る。

うん? とたまきは無邪気に小首をかしげた。

「なによ。ひょっとして、わたしに惚れちゃった?」

「うひゃい?」

アリスが、しゃっくりするような顔になって、ぼくとたまきを交互に見る。

アリスの親友を自認する少女は、にひひ、と笑った。

「あー、たまき。無駄にひっかきまわすのは……」

「え、つまりわたしとアリス、両方欲しいってこと?」

「おいこら」

アリスは顔を赤くしたり青くしたり、忙しそうだった。

たまきがなおもからかってくるが、適度に無視。

うん、放っておこう。

たまきって子がレズなんていう可能性は、ひとまず置いておいてよさそうかな。

たぶん彼女は、そういうタイプの人間じゃない。

というか、そこまで深くものごとを考えていない気がする。

「ほかのひとは?」

「わたしも、やるわ」

志木さんがいった。

「二度と、あんな目にあうのはごめんよ。……といっても、賀谷くんのパーティに加わるとかまでは勘弁ね。正直、なるべくオークと顔を合わせたくない。でも、無力なのも嫌。だから賀谷くん。悪いけど、わたし用のオークを一体だけ用意して」

ぼくはもちろん了解した。

次に手をあげたのは、たまきが昨日、助けたというふたりの中等部一年生のうちのひとりだった。

「わたし、やる」

「きみは……」

「 田上宮観阿(たがみや・みあ) 。わたしも、カズ先輩のパーティに入れて欲しい」

田上宮観阿は、アリスよりさらに線の細い少女だった。

小柄で、身長は百五十センチもない。

特徴は、肩まである艶のある黒髪、どこかとろんとした目、そして童顔。

というかほとんど小学生だ。いや、中等部一年生の彼女は半年前まで小学生だったのだから、当然かもしれないけれど。

「魔法、使いたい」

「あー、そうだな。魔法で戦うなら、体格とかは関係ないけど。でも、ミア……と呼んでいいかな。ミア、危険なことには変わりないぞ」

「がってん承知」

ふざけているのだろうか、とミアの目を見た。

とろんとした眼がぼくを見返してくる。

うーん、よくわからない。

「兄が、高等部にいる」

「お兄さんが?」

「三年生、二組」

「そもそも、田上宮って名字のひとをぼくは知らない」

「……そう」

「会いに行きたいってことか。そのためにちからが欲しいと」

ミアはこくんとうなずいた。

なるほど、お兄ちゃんっ子ってことかな。

「あんなダメな兄でも、兄は兄。守ってあげないと」

……少し違うらしい。

正直、高等部の人間なんてみんな滅んでしまえばいいとぼくは思っている。

彼女の兄も、ぼくのことを知っているかもしれない。

その人物を通じて、ぼくがどんな情けない人間だったかここのひとたちに伝わるかもしれない。

とはいえ、いまの段階でそこまで考えても仕方がないだろう。

昨日のあんな惨劇を見て、なお彼女には戦う気概があるようだ。

少なくとも今日一日くらいは、様子を見てもいいだろう。

なに。いざというときでも、アリスとたまきはぼくの味方になってくれるに違いない。

そういう風に考えれば、アリスとたまき以外のパーティメンバーは、ミアひとりでいい。

ミアが翻意を抱いたとしても、三対一で戦えば負けることはない。

「少なくとも、いますぐは高等部の調査なんて許可できない。とはいえいずれ、ぼくたちは高等部の方へも足を延ばす必要が出てくると思う。そのときに調べてみよう」

「それでいい。黙って待っているのは、嫌」

ミアの言葉に、ぼくは期待している、といった。

どのみちまずは、彼女がオークを一体、殺せるかだ。

その通過儀礼を経たあとで、もう一度、パーティメンバーになるかどうか訊ねてみるとしよう。

ぼくは先ほどああいったが、この場の全員にオークを殺す度胸があるとは思っていない。

せいぜい半分がいいところだろうと思っている。

いや、思っていた。

ミアを皮切りとして、次々に手があがった。結局、全員がオークを殺すことを誓った。

どうやら、昨日の惨劇は、ぼくの想像以上に、彼女たちに覚悟を決めさせたようである。

「わかった。じゃあ、まずは」

ぼくはみんなに宣言する。

「落とし穴を掘ろう!」

高らかに、そう宣言する。

アリスを除く全員が、きょとんとした顔になる。