作品タイトル不明
第163話 悪夢のスライム3
白い部屋からもとの場所に戻って、すぐ。
ぼくは頭のなかをぐちゃぐちゃに塗りつぶす闇に襲われ、転んだまま悲鳴をあげる。
魔法を使う余裕すらない。
ルシアが駆け寄ってきて、ぼくの唇を自らの唇で塞ぐ。
それだけで、だいぶ楽になった。
ああ……うん、もうだいじょうぶ。
「アイソレーション」
魔法を行使したとたん、頭のなかの闇が消え去った。
思考がクリアになる。
「だいじょうぶですか」
「ああ、うん。まだ少し、記憶のフラッシュバックが……キツいけど」
アイソレーションは、あくまで精神への魔法的な影響を排除するものだ。
それによって想起されたトラウマまでは、押さえきれない。
とはいえ、これでもう精神攻撃は怖くない。
ぼくは立ち上がる。
ルシアといちゃつきたい気持ちはあるけど、正直、時間制限がキツい。
あと三十分足らずで、しびれを切らした連合軍が攻撃を開始してしまうだろう。
「先へ進もう」
使い魔はどうするか。
やはり近接戦力の充実が望ましいだろう。
ぼくは風エレと地エレを送還し、もう一体、パラディンを召喚した。
しかるのち、ディフレクション・スペルからのアイソレーションをかける。
これでパラディン二体とルシア、戦闘に参加しなかったインヴィジブル・スカウトも、あのスライム野郎の攻撃から安全になった。
なおゾラウスは、一体につき青い宝石を三つ、落していた。
合計で九個、きっちり回収する。
「だいたいレベル5のモンスターで青い宝石を1個落とすから、ゾラウスのレベルは15前後かな」
「モンスターとマナ・ストーンの法則については、まだあまり研究が進んでいません。なにせ、高位のモンスターを倒せる機会が少ないので……」
デスヨネー。
ゾラウスのやつ、手ごたえ的にはレベル20以上って感じだけど……。
こいつの精神攻撃、パラディンは完全に操れなかったし、ぼくも精神がもろくなければブロックできた気がする。
実際、ルシアはゾラウスの攻撃を受けたが、あまり苦しまずにそれを撥ね退けたとのことだった。
やっぱり彼女、意志が強い。
現状において、それはとても頼もしい要素だ。
そしていまでは、アイソレーションがある。
精神防御さえしてしまえば、もう操られる心配はしないですむ。
脅威度は大幅に下がるだろう。
ルシアの導きに従い、通路を進む。
さっきの戦いはかなりうるさかった気がするけど、敵がわらわら湧いてくる様子はない。
なんでも、ここの壁は音を吸収するんだそうだ。
未知の魔法的な技術っぽいかな。
まー、そうじゃないとこんな閉鎖空間で暮らすの、たいへんそうだもんなあ。
「それにしても、魅了とかできるなら、わざわざ拷問で情報を引き出すとか必要なさそうだけど。趣味なのかな」
「わたくしたちエルフ族は、特に精神に対する攻撃に強いのです」
「あ、そうなのか」
ぼくが全然耐えられなかった精神攻撃を受けても、平然としていたかもしれないのか。
ゾラウスはあくまで研究者で、こいつらがいまここにいるのは、捕虜からの情報収集とは関係ない仕事のため。
はなっから、精神攻撃などアテにしてなかったってことか……。
「エルフって、本来はわりとゾラウスの天敵か」
「そうですね。特にわれわれ王族は、配合の結果、特に堅牢な精神を誇っていると聞きます。これまで精神系の攻撃を受けたことがなかったので、実感できなかったのですが」
そんなこと実感したくはないよなあ。
ルシアの血統が、いまこうして戦いの役に立った、ということだけ喜ぼう。
さて、先行偵察していたインヴィジブル・スカウトが戻ってきて、この先にゾラウスがいると告げる。
数は二体。
ぼくとルシアは、手早く襲撃計画を固めたあと、突撃する。
ゾラウスたちは、完全に油断していたようだった。
一応、迎撃してくるが、アイソレーションで精神攻撃をブロックしたぼくたちにとっては、ただの雑魚も同然。
二体とも、あっという間に倒してしまう。
ちなみにこの部屋には、なんかよくわからない、机サイズの蠢く肉の塊がいくつも置かれていた。
うわあ、不気味だなこれ。
「一応聞いておくけど、ルシア、これってもともとこの部屋に……」
「ありません。モンスターたちがつくったものでしょう」
ですよね。
「おそらく、材料は……」
なにかいいかけて、黙る。
あ、なんかわかっちゃった。
黙っておこう。
ルシアだって、そりゃ、いいたくないよな。
この肉塊たちが、もともとは自分の国の国民だったのだろう、なんて。
人体実験もここに極まれり、か。
「焼き尽くしたいだろうけど、あとにしよう」
「はい。いまはまず、目的を果たさねば」
うなずきあい、通路の一本に入る。
ルシアの指示を受け、インヴィジブル・スカウトを偵察に送り出しつつ先を急ぐ。
※
それからさらに、ゾラウスを5体、コボルドを16体倒した。
一度、ぼくがレベルアップし、レベル39になった。
和久:レベル39 付与魔法7/召喚魔法9 スキルポイント5
ぼくたちが目指した部屋は、牢屋だった。
なんでも、兵舎のすぐ近くのここが一番、牢として便利だからだという。
まー、ここは後宮だったわけだから、犯罪者を一時的に隔離する程度の利用法だったんだろうけど。
この牢の一番奥、普段は使われないその場所の床面に、隠し通路の鍵となる石が埋め込まれているという。
その隠し場所は、さすがにわかりませんわ……。
ちなみに、ほかにも隠し場所があるそうだけど、そっちは最深部に近いから取りに行くのが困難だとのこと。
で、ゾラウスとコボルドは、ここが牢であることを最大限に利用していた。
捕虜の一部をここに収容していたのだ。
もっとも、当然のことながら無事な者などひとりもいなくて……。
ルシアが、淡々と彼女たちにトドメを刺している。
泣いているのかどうか、背中だけではわからない。
さっきから、ぼくに顔を見せようとしないから。
彼女たち、いや彼女たちだったモノは、もはやただの肉の塊としか形容しようがなかった。
グロブスターとかである程度、慣れていなきゃ、吐いていたかもしれない。
ただ、苦痛の声を漏らす顔だけは残っていて……それがいっそう、異形さを際立たせていた。
正直、なんでゾラウスたちがこんなR-18Gなことをするのか、わからない。
わかりたくもない。
ただ怒りだけが増す。
ルシアを見た人々は、口々に殺してくれ、と涙を流した。
彼女はそれに応えてやっている。
さっきまで、あれほど時間がもったいない、といっていたルシアだけれど、ぼくは彼女の行為を止められなかった。
「お待たせしました」
やがて、ルシアが振り向く。
ちょっとトイレにいってきたんだよ、とばかりの口調で、動きを止めた肉塊の山を無視して一番奥の牢に向かう。
ぼくは慌ててうなずき、彼女の後を追った。
「わたしは、いささか壊れているのかもしれません」
鍵で牢を開けながら、ルシアはぽつりと呟いた。
「もしわたしが狂ってしまったら、そのときは……」
ぼくは、思わずルシアを後ろから抱擁する。
ぎゅっと、ぎゅっと、その身を強く抱きしめた。
「そうはならない。ぼくが、そうはさせないから」
「カズ」
「きみは、仲間だ。ぼくたちみんな、狂うときは一緒だ。だから、お願いだよ。ひとりで心のなかに貯め込むのは、やめてくれ」
ルシアはしばし沈黙したあと……。
「はい」
とうなずいた。
その声が、いささか弾んでいるようだったのは……。
気のせい、だったのだろうか。
※
隠し通路を開くための鍵は、一見、本当になんでもない黒い小石であった。
魔導具であるらしい。
ルシアがそれを持って壁面の一部に触れると、一瞬で壁が消え、回廊が現れた。
「ぼくたちが入ってきた隠し通路もそうだけど、ここのシステムってだいぶオーパーツじゃない?」
「もともと、エルフの始祖がつくった場所ですので……。失伝した魔法技術も多々あると聞きます」
もうあまり時間の余裕がない。
ぼくとルシアは、天井が薄明かりで輝く隠し通路を、使い魔と共に早足で進む。
通路には埃が積もっていたから、安全だろうと判断し、インヴィジブル・スカウトの先行偵察すらナシだ。
螺旋階段を下り、何度か分かれ道を選ぶ。
ルシアは迷いなく進んでいた。
あの短時間で、お姉さんから聞いた道順を完璧に覚えたのか。
「カズ。この先、戦闘の作戦立案については、すべてあなたにお任せします」
「ルシアはこの神殿に詳しいし、なによりこういうの得意っぽいから、そっちの意見を優先したいんだけど」
「申し訳ありませんが」
ルシアは首を振った。
「いまのわたしは、いささか冷静さを欠いていると自己認識しています」
「それって」
「端的に申しまして、はらわたが煮えくりかえっています」
ルシアは拳をぎゅっと握っていた。
爪で掌の皮が破れ、血がにじむ。
彼女自身がそれに気づいているのか、いないのか。
そうか、とぼくはうなずく。
冷静沈着を絵に描いたような彼女でも、激昂するのか。
いや、激昂してなお、ここまで静かでいられるのがすごいというべきか。
「わかったよ。ぼくが作戦を決める」
ぼくは、押し殺した声でそういった。