作品タイトル不明
第162話 悪夢のスライム2
白い部屋にて。
ぼくは激しい眩暈を覚えて、床に転がる。
脂汗が噴き出て、全身の震えが止まらない。
「カズ! カズ、どうしましたか!」
両手で頭を抱えて丸まったぼくの背中に、少女の温かい手が触れる。
ぼくは、びくっ、と震えた。
彼女の気遣いと戸惑いの声にすら、ひどい恐怖を覚える。
くそっ、これは……。
あのゾラウスの攻撃が、トラウマ発動、どころじゃない、なんかひどい副作用を起こしてしまっているのか。
恐怖と動揺に支配された頭の片隅で、かろうじてそんな思考をする。
それにしたって、これは……。
気が狂いそうだ。
ぼくは苦悶の声をあげ、激しく身をよじった。
「わかりました」
ルシアが、決意を込めた声でそういった。
衣ずれの音が響く。
彼女の革鎧が床に転がる、乾いた音がした。
それをぼくは、どこか他人事のように聞いていた。
いや、それ以前に自分のことで精いっぱいだったのだけれど……。
たまたま上を向いた、そのとき。
ぼくはルシアに前から抱擁された。
白い下着ごしの豊満な双丘が、ぼくの胸で潰される。
「な……んっ」
驚いて、一瞬動きを止めたぼくの唇を、ルシアの唇が塞いだ。
頭のなかでめちゃくちゃになった思考が、ほんの少しだけほぐれた気がした。
重石のような圧力が、減る。
ぼくは苦痛から逃れるように、無我夢中でルシアの唇を啜った。
脳みその奥に、痺れたような感覚が広がる。
長いキスのあと、荒い息をついて、ぼくたちは顔を離す。
「なん……でっ」
「じっとしていてください。すべて、わたくしがやりますから」
今度は、ぼくの服が剥かれていく。
ジャージの上、そして下の順で脱がされる。
ぼくは茫然としたまま、動けなかった。
頭のなかで暴れていたどす黒いものが、少しおとなしくなっていく。
でもかわりに、脱力感がひどい。
ふと、ルシアの手が震えていることに気づいた。
「ルシ……ア」
彼女はぼくに怯えを気づかれたとみると、すぐまた、キスしてきた。
ぼくは動けなかった。
身体中が、麻痺してしまったかのように、腕一本動かない。
「だいじょうぶ、です。だいじょうぶですから……」
何度も、何度も、彼女はそう繰り返し呟いた。
まるで、自分にいい聞かせているようにも思えた。
それから。
ルシアは、己のなかにぼくを導いた。
苦痛に涙をにじませながら、一所懸命に動く。
彼女は初めてだった。
そんなルシアと肌を重ねると、なぜかぼくの頭のなかの苦痛が薄くなっていった。
行為は何度も続いた。
一度、果てるたびに、心のなかの闇が晴れていった。
途中から、手足が動かせるようになって……そのあとは、ぼくの方が積極的に動いた。
※
ふたりとも生まれたままの姿で、床に転がり、抱き合って眠った。
ほぼ同時に目を醒ます。
ルシアは、まるで母親のように、ぼくの頭をやさしく撫でた。
「楽になりましたか」
「あの悪夢が、なんだか遠い出来事みたいに思えてくる。……不思議だ」
「よかったです。わたくしも、知識として知っていただけの魔法ですので……」
あ、魔法だったんだ?
まあ……そりゃ、そうか。
そもそも、ゾラウスの精神攻撃だったんだもんな。
ルシアの顔を見る。
頬が朱に染まり、少しやわらかい表情になっていた。
いつもと違う、不思議な感情の発露に見える。
「昔語りにある、心を襲う化け物に犯された男を、その妻が救う方法です」
「それって、ひょっとして魔法でもなんでもないんじゃ」
「本来、精霊魔法以外の魔法とは、こういうものなのです。わたくしやカズが使う、この白い部屋で手に入れる魔法という概念が、あまりにも異質であるのです」
ぼくは少し考えたすえ、そうか、とうなずいた。
うん、少しわかった気がする。
同時に、己の身を呈してぼくを救ってくれた彼女に、深い感謝の念を覚えた。
それにしても、昔語り……おとぎ話にしては、ずいぶんとアレな方法だな……。
いや、もともとグリム童話とかも、結構性的な話が多いんだっけ?
どうでもいい話だけど。
「カズ、気に病むことがないよう申し上げておきます。わたくしが肌を許したのは、ただあなたが苦しんでいたから、というだけではありませんよ。あなたがカズであるからです」
「そこは、うん、伝わった」
ルシアは、こてんと首を傾けた。
「すでに申し上げていましたか?」
「ううん、そこはルシアの態度と……積極性とか、そういうもので、はい」
ルシアは、びくんっ、と身を震えさせると、目線を宙に泳がせ、口もとをわななかせた。
頬が朱に染まっている。
表情が変わらない彼女にしては、なんともわかりやすい動揺。
「えーと、ルシア、恥ずかしい?」
「はい、たいへんに……」
縮こまる彼女がものすごい可愛らしくて、思わず抱きしめた。
や、これ反則でしょう。
こんなの絶対、高ぶるに決まってるじゃないですか。
「ルシア、お願いがある」
「は、はい」
「今度は、魔法とか関係なしに、いいですか」
ルシアはうつむいて、「はい」とうなずいた。
ぼくたちは、ふたたびキスをして……。
行為に夢中になった。
※
しばしののち。
召喚した布を互いに身に着けたあと。
ぼくは床にぺたんと座るルシアに対して、土下座していた。
「それは、カズたちの世界における謝罪のかたちと聞きました。カズは、わたくしとの関係をやましく思うのですか?」
「すでにふたり、恋人がいる状態で、たいへんに不誠実であると認識いたします。ハイ。それはそれとして、アリスとたまきにはきちんと報告いたします」
「でしたら、謝罪には及びません。そもそも彼女たちからは、もしこういったことがあった場合、よろしく頼むといわれていますので」
あ、そうなんですか。
そういえば、女性陣だけでなんか話し合ってたとか、前にいってたなあ。
「カズの弱さを、みんなで支えて欲しい、とアリスは申しておりました。たまきも、ミアも、同意見です」
「あー、うん。……そうだね、ちょっとした心へのダメージでこんな風になっちゃうのは、ぼくの弱点だ」
「誰しも、傷を負っています。傷が癒えるまでの間、それを支えることができる者が仲間なのだと……」
そういって、ルシアは微笑む。
これまでで一番、自然な笑みだった。
心から美しいと思える、惚れこめる笑顔。
「そう、ミアがいってました」
「それたぶん、漫画かなんかのウケウリだわ」
「あなたの世界の物語ですね。たいそう多彩な物語が存在するとか。ミアは、さぞ多く、ひとの心に訴える物語を見てきたのでしょう」
あー、肯定的に見るなら、そうなるかなあ。
実際、ミアの思慮にはすごく助けられているし。
彼女の判断力がゲームとか漫画から来ている、ってのは確かだし。
ルシアはぼくに手を差し出してくる。
「わたくしは、誰かを支えるために生み出され、訓練されてきました。いまなら、わかります。わたくしの半生は、あなたと出会うためにありました」
「それで……ルシアは、いいの?」
「よい、とは?」
きょとんとするルシア。
うーん、彼女がそこまで想定していないはずはないんだけど……。
「ぼくたちが、もとの世界に戻るとしたら」
「そのときは、お供させていただければと」
「この国を……捨てて? せっかく、モンスターから国を取り戻せるかもしれないのに」
「多くの王族を救助できる目途がたった以上、わたくしの居場所は、ここにはございません」
ルシアは少しさびしそうに、そういった。
ああ、とぼくは理解する。
彼女の心が抱える闇を、その深淵を、少しだけ覗けた気がした。
※
ところで、ぼくたちはもうひとつ、問題を解決しなきゃいけない。
この白い部屋から出たら、ぼくはまた、あのスライムどもがかけた精神攻撃の影響を受けるということだ。
もちろん、対策はある。
「付与魔法のランク7、アイソレーションを使う」
「精神系魔法や占術、探知系魔法すべてから身を守る魔法、でしたか」
白い部屋で、ある程度学習したルシアはよどみなく答える。
さすがに優秀だ。
ちなみにアイソレーションの効果時間は、ランクにつき十分から十五分である。
「問題は、ぼくにこれを唱える余裕ができるかどうか」
「わたくしが、なんとかいたしましょう。この身を賭けて」
うん、それって、つまりさっきみたいなことをするってことかな。
あまり時間的な余裕もないし……。
ほかに方法、ないか。
さっきスキルポイントをつぎ込んじゃったばっかりだから、当然、今回は温存だ。
和久:レベル38 付与魔法7/召喚魔法9 スキルポイント3