作品タイトル不明
第142話 二体の神兵級2
ひときわ強烈な爆風が、ぼくたちを襲う。
一番手前にいたルシアが、吹き飛ばされ、宙を舞う。
だが彼女は、木の葉のようにその身を翻弄されながら、空中で器用に体勢を整えてみせた。
彼女の周囲に、なにか巨大なちからが渦巻く。
やる気だ、とぼくは理解する。
そう、二発目の魔力解放攻撃を……。
数瞬置いて、爆風がぼくたちのもとに届く。
こうなることを予期していたぼくは、あらかじめ地面に降り立っている。
とはいえ、衝撃波は圧倒的で、吹き飛ばされないようにするのが精いっぱいだから……。
「ミア、ここにグラビティだ」
「ん。グラビティ」
ぼくのまわりに、高重力空間が出現する。
四人の体重が増す。
背中から圧し掛かってくるミアが、ひどく重くなる。
ぼくは、カエルが潰されるような声をあげ、呻いた。
やばい、骨、マジやばい……。
ミアが「わっ、しまった」と呟いているけど……。
彼女が能動的に解除したのか。
すぐにグラビティは切れる。
そのころには、爆発の衝撃波は通り抜けていた。
顔をあげる。
爆風が晴れて、メキシュ・グラウ二体は未だ健在。
ただし一体は、ひどく傷ついていた。
さすがに、火の矢よりルシアの十倍魔法の方が強力だったのだろう。
馬部の横っ腹に喰らったのか、前脚を膝立ちにして、苦しそうに呻いている。
とはいえ上半身は無事だ、そいつは弓に矢をつがえ……。
その前に、空中のルシアが、二発目の魔法が発動させる。
ルシアは一発目でケリがつくなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。
最初から、この二発目を狙っていた。
「フレイム・カッター」
ふたたび、巨大な炎の刃が放たれる。
その一撃は、負傷したメキシュ・グラウの首を切断し、彼方へと消えていく。
遠く遠く、地平線の向こう側で、爆発。
派手にきのこ雲があがる。
同時に、ぼくはレベルアップの音を聞いた。
※
白い部屋。
今回レベルアップしたのは、さっきレベルアップしたばかりであるアリス以外の全員だ。
メキシュ・グラウはレベル40以上だから、当然だろう。
で、そのメキシュ・グラウをほぼひとりで倒した当人だが……。
ルシアは、床にばたりと倒れ、滝のように汗をかいていた。
苦しそうに喘ぎ、胸を上下させている。
魔力解放は、身体に強い負荷をかける。
それを二連発など、どんな副作用があってもおかしくなかった。
自分が命じておいてなんだけど……いや、ぼくは相打ち覚悟でぶっぱなせ、とまではいってないぞ!
で、アリスたちだが、なぜかぼうっとしている。
あ、そうか、まだグレーター・インヴィジビリティの効果時間が切れていないから……。
「アリス、ちょっとこっちに」
「は、はい、カズさん」
アリスの手を引き、倒れているルシアに触れさせ、治療魔法のランク3、ディスペルを使わせる。
持続型の魔法を解除させる魔法だ。
本来は対象を指定する必要があるのだが、今回は対象が見えないため、わざわざ触ってもらった。
この魔法によって、苦悶するルシアがその姿を現す。
「ルシアさん!」
アリスは慌てて、いろいろ魔法をかけてやっている。
介抱の甲斐あって、ルシアの息は少し楽になったように思う。
でも、まだしゃべれるような状態ではなさそうだ。
ルシアは激しく咳をした。
ぼくは水筒の水をコップに移し、飲ませてやろうとする。
でも彼女は、少し飲んで、吐き出してしまった。
「ん。これはもう、口移ししかない」
「おまえはほんと、ブレないよな」
「自分が同じ目になっても、同じこという自信アリ」
なぜか胸を張るミア。
どうやらグレーター・インヴィジビリティが切れたようで、横のたまきが呆れている。
いや、こんな状態じゃしゃべれないだろう。
それはさておき……。
「ええと、カズさん、お願いが」
「なんだ、アリス」
「服を脱がせて楽にしますので、その、後ろを向いていてください」
あ、はい。
ぼくはおとなしく背中を向けた。
衣ずれの音が妄想をかきたてる。
「ん。ほうほう、これは、なかなかのおっぱい……っ」
ミアが余計なことをぶつぶついっていたので、こっちにこい、と手を引っ張り、あぐらをかいたぼくの膝に座らせた。
「おとなしくしてろ」
「おお、これはVIP席。カズっちに、わたしをイタズラする権利をやろう」
じゃあ遠慮なく、とぼくは両手でミアの頬を引っ張った。
びよーん。
ぐにぐに、と揉みしだく。
「いひゃい、いひゃい」
「いいかー、ミア。これが普段、きみが光の民にしてることだぞー。リーンさんの好意に甘えるなよー」
適当にいじめ倒したところで、ぱっと手を離す。
ミアは涙目でぼくを見上げ……。
「これはこれで、プレイとして、なかなか」
「しまった、こいつ真性のMだった」
ぼくは敗北感でいっぱいになる。
「あのさー、カズさん。ちょっと静かにしよーよ!」
しかも、たまきに叱られた。
彼女はアリスと一緒にルシアの介抱をしているみたいだ。
猛省……。
※
さて、小一時間ほどたち。
ようやく落ち着いたルシアが、着衣を正したところで、振り向く。
まだ少し上気した顔が、なんだか色っぽい。
と思ったら、ミアが「ふむふむ」と膝の間からぼくを見上げてきた。
き、きさま、いつまでそこに居座るつもりだ。
「ルシアって、ちょっとしたしぐさがエロいよね」
「余計なことはいわないでいい」
ミアの頭をぽかりとする。
顔をあげれば、アリスとたまきがジト目になっていた。
ルシアは、くすりとしている。
なんだか少し肩のちからが抜けて、心の底から笑っているようだった。
いまはとりつくろう余裕もないということか。
普段はぼくたちの前ですら、仮面をかぶったように表情の変化が少ないというのに。
つまりそれは、彼女がまだ、ぼくたちに完全には心を許してくれていないということなんだろう。
少しだけ、寂しい。
まあ、それはそれとして。
ぼくはミアを両脇から抱えあげ、横に放り出したあと、あぐらをかいたまま、ずいと前進する。
お嬢さま座りするルシアに近づく。
ルシアが、少し驚いて身を仰け反らせた。
おかげで胸もとのラインが強調されて……いや、それはいいんだ。
汗をかいた彼女から漂ってくる甘い匂いが……いや、それもいいんだ。
「ルシア。きみに聞きたいことがある。どうして強引に仕留めにいった」
「それが最善と判断しました。わたしの二発目で確実に倒さなければ、苦戦は免れなかったでしょう」
ルシアはまっすぐ行動した。
たしかに的確な判断だと思う。
肉を斬らせて骨を絶つ、勇敢な一手だったと思う。
でも。
「ぼくは、そんなことを命じていない。ぼくのオーダーは、危険そうだったら作戦変更、だったはずだ」
「可能であると判断しました。失敗の危険は少ないと」
彼女は、ぼくの指示を誤解しているのか?
いや、違う。
彼女は聡明だ。
彼女は、ぼくの命令をわざと曲解したのである。
そうまでしてでも、意地を貫きたかった。
ようやく気づく。
普段、感情表現の少ないこの少女は、たいへんな頑固者なのだ。
ぼくは、膝と膝を突き合わせるくらい近くまでルシアに寄り添った。
鼻と鼻がくっつくほど近くで、彼女の真紅の双眸を覗き込む。
「ぼくのオーダーは、『ルシアの身が危険に晒されたら作戦変更』だ。まさか、誤解したとはいわせないよ」
「わたしは……」
「ぼくの信頼が、きみにわからないはず、ないよね」
透き通ったルビーのような瞳が、身じろぎするように揺れた。
感情を押し隠すことが得意な彼女が示した、わずかな動揺。
ぼくはそれが、少しだけ嬉しかった。
いまの言葉にダメージを受けたということは、それだけ彼女が、ぼくたちに想いを寄せているということだから。
そう、多少なりとも、彼女はぼくたちを仲間だと思ってくれている。
なら、間違いは正さなきゃいけない。
かつてぼくが、ちょっとした隠しごとをしたせいで、ほんの少しためらったせいで、アリスの身を危うくしたように。
彼女の猪突猛進は、いつかぼくたちを危機に陥れる。
それはきっと、奥底からわきあがる感情から来るものだ。
ぼくにとって、それはアリスに対する見栄と、志木さんに対する怒りだった。
ルシアのそれは、おそらく……。
「きみは、あまりにもモンスターを憎悪している。刺し違えてでも倒したいと思うほどに」
「はい」
少女はためらいなく、うなずく。
いや、違った。
ルシアは目線を切って、下を向く。
「申し訳ありません。わたしは、わたしの感情というものを思いのほか、軽んじていたようです」
「それは……どういうこと」
「これほど憎悪に身を焦がし、われを忘れてしまうなど……恥ずべきことです。罰は、いかようにも」
なるほど、理解した。
彼女の高い知性が、感情に流されたことにひどい羞恥を覚えている。
どうして暴走したのか、そのことについてごまかそうとしたのも、そういうことなのだろう。
人々を率いる者として育てられた彼女にとって、理に合わぬ行動を取ったという自覚は、その迂闊は、きっとぼくが想像する以上に恥ずべきことなのだろう。
彼女は自分のミスに気づいている。
反省している。
なら、ぼくがするべきことは……。
「ん。罰として、ルシアちんはカズっちの前でストリップ」
「たまき、アリス。ミアにお仕置き」
「はい!」
「任せて、カズさん!」
余計なことをいったミアを、アリスが素早く拘束する。
はがいじめにして、「さあ、たまきちゃん」とアグレッシブにけしかける。
たまきが正面から近づき、脇をくすぐる。
ミアは、笑いながら泣いた。
あっちはしばらく放置しよう。
さて、ミソがついたけど……。
改めてルシアに向き直る。
ルシアは胸もとに手を当て、おそるおそるという様子でぼくを見上げた。
「あの、その。わたくしの身体などで罰になるのでしたら……」
「そういうのは、いらないから。ああ、でも」
ぼくはルシアの首後ろに両手をまわし、軽く抱きしめた。
彼女が驚きで呼吸を止めたのがわかる。
抱擁は一瞬、ぼくの心が欲望に支配されないうちに身を離す。
ああ、っていうか危なかった……。
だってルシアってば、甘い匂いがして、それでもって彼女の胸って、予想よりずっと……。
いや、だからそれはいいんだ。
「あ、あの」
「きみは、ぼくの仲間だ。ぼくたちの仲間だ」
頬を染めるルシアに、そういってのける。
少し気恥ずかしいけど、でも彼女には、言葉で伝えなきゃいけない。
何度も何度も、伝えていかなきゃいけない。
「だから、ルシア。きみが失敗しても、ミスしても、ぼくたちに隠さないでくれ。それはぼくたちみんなで取り返す失点なんだから。ぼくたちは、いま負けてもいいし、逃げてもいい。最後に勝っていればいい」
ルシアは息を呑んで、ぼくをじっと見つめる。
それから……泣きそうな顔になって。
「はい」
ちいさく、そううなずく。