作品タイトル不明
第140話 雷鳴轟く荒野
すみれたちからリュックサックを受け取り、背負う。
なかには双眼鏡やカメラ、ナイフといった一般的な装備に加え、非常食なども入っているとのことだった。
特にチョコレート系のお菓子は、残り数少ないながらも、惜しみなく他人に分け与えていい、とのことである。
「現地の兵隊さんや指揮官さんとの、ちょっとしたコミュニケーションよ。うまく使いなさい」
志木さんがいった。
聞けば、昨夜もそうして末端の兵士たちを懐柔していたらしい。
うーん、ぼくたちも経験したことだけど、甘味の賄賂は強いな。
※
いつもの眩暈と共にテレポートした先は、湿った不快な風が吹きすさぶ荒野だった。
少し、肌寒い。
風に乗って、かすかな腐臭が漂ってくる。
暗雲のもと、北の彼方を見渡せば、小高い丘の上に、高い壁に囲まれた建物がある。
ガル・ヤースの嵐の寺院。
実際に見ると、なにか得体のしれない威圧感がある。
寺院の頭上には、ひときわ黒い雲が立ちこめている。
絶え間なく落雷を続けるその雲は、一年を通してずっと、あの場所に留まり続けているのだという。
それは嵐の寺院が強大なマナ・スポットであるからだ。
それはこの大陸に穿たれた、五つの楔のひとつである証。
かつて海底にあったというこの大陸を地上に繋ぎ止める、楔の神殿。
世界樹と同様の価値があるかの地は、五年前、モンスターたちの手に落ちた。
その後、モンスターたちは、この地の守りを固めたという。
彼らにとっても、楔の神殿は重要施設であるらしい。
そのかわり、モンスターはこの地を異形のかたちに変化させなかった。
汚染できなかったのかもしれない、とリーンさんはいう。
楔の神殿としてのちからが、異界化を防ぎ止めているのではないかと。
ぼくたちは異界化した地を見ていないから、なんともいえない。
そのうち、嫌でも見ることになる気がしてならないんだけど……。
そういったことは、あとで考えればいいか。
「ここから北西二キロの地点に育芸館組がいるわ。まずはそこを目指しましょう」
志木さんがいう。
いまぼくたちは、志木さんを含めた六人パーティだ。
最低限の付与魔法は、全員にかけてある。
「育芸館組と合流したら、わたしが桜ちゃんと交代するわね」
「つまり、長月さんをこっちのパーティに入れろってこと?」
「相手は神兵級が二体なんでしょう。桜ちゃんなら、弾よけくらい務めてくれるわ」
冷たい声で、そんなことをいう。
ぼくはそれに返答せず、ミアにディフレクション・スペルを使った。
ミアがフライを使用し、全員が空に舞い上がる。
「ちょっと、なにかいいなさいよ」
「彼女を捨て駒に使う気はないよ」
「捨て駒になるほど、いまの彼女は弱くないわ。槍術はランク7になっているし」
え、マジで。
どんだけモンスターを倒したんだ……?
「昨日の深夜にね。森の外縁に入り込んだモンスターを駆除する作戦があったの。彼女はそこに志願で参加して、すごい戦果を挙げたのよ」
「志願、か……」
相変わらず、無茶をする。
彼女らしいといえば、彼女らしいけど。
モンスター憎しのあまり、先走りまくっているのか。
しかし、槍術がランク7か……。
どうなんだ、ランク7で神兵級を相手にするのって。
一応、メキシュ・グラウと戦ったときのアリスが、ランク7だったんだよなあ。
でも、戦闘センスが抜群の彼女ですら、いささか足手まとい気味だったように思う。
神兵級との戦いは、おそらく志木さんの想像以上に厳しい。
それに育芸館組にだって、前線のエースが必要だろう。
「いや、それでもやっぱり、ぼくたち五人だけで行くよ。だいじょうぶ、厳しいと思ったら撤退するから」
「わかったわ。育芸館組は、精鋭部隊が寺院に突入したあと、本隊を支援することになるから……。メキシュ・グラウを始末したら、一度、こっちに合流してちょうだい」
志木さんはそういって、首から下げた護符をちょっと持ち上げる。
「精鋭部隊が寺院内部で苦戦しているようなら、そっちに行ってもらいたいわね。そうじゃなきゃ、外の強敵を削る役目よ」
「人使いの荒いことで……」
「最大最強の戦力だもの。使い潰させてもらうわ。本当は、あなたたちのいまの能力を全部、聞きだしておきたかったんだけど」
「いまはそんな時間もないな。白い部屋で話ができればいいと思ったけど、雑魚狩りをする余裕もないなんて」
互いに顔を見合わせ、肩をすくめる。
「あとにしましょう。できれば、余裕を持たせてメキシュ・グラウを始末してね」
「無茶ぶりだなあ」
倒すことすら困難なあいつを、それも二体も同時だというのに。
その上、MPは温存か……。
ううん、神兵級がメキシュ・グラウだけとは限らないんだから、指揮官としては当然の判断かもしれないけど……ねえ。
「過酷なことをいってるのはわかっているわ。あくまで理想ということよ。危険だと思ったら、容赦なく全力で」
「うん、まあ、それはわかってる。切り札はいくつかあるわけだけど……全部を切るのはヤバいってことだね」
どのみち、ぼくたちと異世界の人類軍は一蓮托生だ。
この大陸が沈めば、皆、死ぬ。
ならどれほど無茶でも、やるべきことをやるしかない、か……。
アリスやたまきには苦労をさせることになるな。
なんてことを考えていると、志木さんがぼくの肩をぽん、と叩く。
ちょっと前まではぼくに近づくことですら震えていたというのい、たいした回復度合いだ、と思っていると……。
「この作戦がうまくいったら、ご褒美をあげてもいいわよ」
志木さんは、にんまりとしてそういった。
「ご褒美って、なんだよ」
「じつは、カズくんのハーレムに加えて欲しいって、各国の美姫が……」
「そういうのはノーサンキューで。っていうか、わかっていていってるよね」
ぼくはこんちくしょうめと彼女を睨む。
※
志木さんに案内された場所には、育芸館組の少女が三人、いるだけだった。
残りは、北北西から流れてきたモンスターの迎撃に向かったという。
メキシュ・グラウが暴れているせいで、そちら側のモンスターを押さえる部隊が壊滅状態に陥ったからだ。
「むう。うらやましい」
ミアが呟く。
「わたしたちも、経験値稼ぎしたいにゃあ」
「いいたいことはよくわかるけど、育芸館組の子たちを底上げするのも必要なことだろ」
「経験値ドロボーしたい」
ええい、やめろ!
ミアはあと少しで風魔法がランク9になるから、わりと切実なんだろうけど。
同じように、ルシアもあと少しで火魔法がランク9になる。
ゲームじゃないんだから、時間もモンスターも有限なのだ。
とはいえ、さすがになあ……。
「みんなの底上げができれば、それだけぼくたちが楽になるんだ」
「ん。たしかに桜ちんがランク8になってくれると、かなりおおきい」
「さすがにランク8まではまだだいぶ、だろうけどな」
ともあれ、ぼくたちは、ぼくたちにしかできないことをやろう。
それが全体の勝利につながる。
結果的に、ぼくたちの生存にもつながる。
「それじゃ、気をつけてね、みんな」
志木さんがパーティを外れた。
ぼくたちは彼女にうなずき、育芸館組に手を振って、ふたたび空に舞い上がる。
なるべく高度は低く取り、敵に発見されないよう注意しながら北西を目指す。
「ねえ、カズさん。それで、どう戦うの?」
たまきがぼくのそばに飛んできて、訊ねる。
「あのね、わたしにいい考えがあるわ。わたしが一体、相手にしている間に、残りのみんなでもう一体を相手にするの」
「戦力的には、それが妥当、かな」
唐突に「わたしにいい考えがある」とかいうから、どんな突飛なことかと身構えてしまったが……。
剣術ランク9のたまきは、このなかで唯一、神兵級とタイマンできる可能性を持つ。
ザガーラズィナーには瞬殺されたが、あれは不意打ちだったし……敵があまりに強すぎた、ノーカウントとしたい。
「だって、使い魔覚醒はなるべく温存よね」
使い魔覚醒を使用すればメキシュ・グラウを使い魔一体で相手にできるかもしれない。
だが志木さんのいう通り、戦力は温存させることが望ましい。
使い魔覚醒は、いまのところぼくたちの切り札だ。
とはいえ、ぼくたちには現在、切り札がふたつある。
使い魔覚醒と、もうひとつはルシアの魔力解放だ。
「使い魔覚醒と魔力解放のどちらかは、ここで切るよ」
「え、でも」
「切り札を切らなくてもメキシュ・グラウを倒せるかもしれないけど、危険度は上がるし、なにより時間がかかる。できれば、ここの攻略は早急に終わらせたい」
そう、戦場がここだけとは限らない。
もしかしたら、高等部組が応援に行っているロウンの地底神殿にも援軍が必要となるかもしれない。
となれば、いまここで迅速な対応を取ることは、全作戦を成功に導くためにも貢献する可能性が高い。
「でも、高等部にはニンジャがいるよ?」
「ニンジャは万能じゃないよ。それに、啓子さんはボス戦で頼れない」
「あ、そっか……」
それにしても、たまきがここまできちんとした作戦を立ててくれるなんて……。
おじさんは、きみの成長が嬉しいよ。
ぼくは、たまきの頭を撫でた。
「どのみち、きみがいちばん強いやつと当たることになる。頼りにしているぞ」
「うん、がんばるわ!」
たまきは、えへらと笑った。
なんともしまりのない笑顔だが、しかし彼女は、これで最高に頼れる仲間なのだ。
「じゃあ、カズっち、どっちの札を切る?」
「確実に敵を倒すなら、やっぱり使い魔覚醒だろうな」
一体のメキシュ・グラウを幻狼王シャ・ラウの使い魔覚醒で押さえている間に、残る全員でもって、もう一体を潰す。
たまきとアリスが共闘し、ミアとルシアが押し込めば、いくらあの化け物だって、そう長くは保たないだろう。
一体目を倒したあとは、残る一体をじっくりと潰すだけだ。
おそらく、これが一番、確実性の高い作戦である。
ルシアの魔力解放は、彼女の身体に強い負荷をかけるみたいだし……。
でも、それは後々の戦術の幅を狭める選択だ。
ぼくのMPとルシアのMP、どちらを残すことが今後の選択肢の数に繋がるか。
そんなもの、考えずとも明らかだった。
「ルシア。最大で魔力解放を撃ってもらえるか」
「はい、わかりました」
ルシアは間髪いれず、うなずいた。
いつもと同じ無表情だけど、なんか少し、やる気に満ちているように思える。
実際、彼女はそうとうな覚悟をもって、この戦いに臨んでいるんだとは思うけど。
「カズさん、それでいいんですか」
アリスが心配そうにいう。
「遠距離からの砲撃で、敵を確実に傷つける。倒すことはできないかもしれないけど、でかいダメージを与えることはできるだろう。叶うなら、二発目も頼む。それできみのMPは尽きるかもしれないけど……」
「それが一番素早く、メキシュ・グラウを片づける方法ということですね」
ルシアのその言葉が、すべてだった。
メキシュ・グラウは遠距離攻撃型かつ範囲攻撃型のモンスターだ。
そんな相手の懐にいきなり飛び込むのは、高リスクかつ、場合によっては長期戦にもつれこむ恐れすらある。
それよりは、遠距離で相手を崩し、否応なく相手が近接戦闘に持ち込ませるようしむける方が、ずっと楽に戦えるだろう。
前回のメキシュ・グラウ戦では、初めてのモンスターということもあり、相手の土俵に持ち込まれないことを注意して戦った。
今回は逆に、相手の得意な手を潰して、不得手な戦いを強いる。
それはぼくたちが大幅に強くなったから、強者となったから可能となった戦法だ。
自分の土俵で相撲を取る。
それができるのが、強者の強みだ。
「幸い、メキシュ・グラウはいま残兵の掃討に気を取られているそうだ。ぼくたちはこのまま低空飛行し、ルシアの攻撃魔法の間合いまで隠密裡に接近する」
ぼくは告げる。
皆が、強くうなずく。