軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第134話 触手の壁を越えろ

さてドワグ・アグナムの触手だが……。

実質的に、数十かそれ以上の敵と同時に戦っているようなものだ。

まともに戦えば、数に呑みこまれる。

だからまともに戦わない。

そのためには、まず前線を縮小する必要があった。

アリスに退いてもらったのは、そのためだ。

「あとは、ミア。きみが頼りだぞ」

「ん。やってみる」

打ち合わせを終え、ぼくたちはもとの場所に戻る。

いまさらルシアが火魔法以外のスキルをかじっても仕方がないので、スキルポイントは温存だ。

ルシア:レベル22 火魔法8 スキルポイント8

戦場に戻ったぼくたちは、即座に動き出す。

ストーム・バインドで拘束されたまま触手を伸ばすドワグ・アグナムに対して、ルシアがファイア・ストームを連射する。

地獄のような炎の嵐が、触手たちの伸長を押しとどめる。

「たまき、いまだ、きみも一度下がれ」

「うん、わかった!」

この隙にたまきが、身をひるがえす。

空を飛び、ぼくたちのもとまで戻ってくる。

シャ・ラウは、足止めとしてなおも電撃を放ち続けていた。

幸いにして、巨体のわりに俊敏な幻狼王は、未だ触手に捕まることもなく、これを引きずりまわすことができている。

ぼくは、戻ってきたたまきに念のためとヘイストをかけなおす。

続いてルシアが、火魔法ランク8のハイレジスト・ファイアをかける。

ミアも、風魔法ランク8のハイレジスト・ウィンドをかける。

レジスト系の最上位は、該当属性の魔法攻撃に対する抵抗を大幅に増幅させる。

これで、たまきが接近戦をしている間も、遠慮なく火魔法や風魔法を放てるというものだった。

「じゃあ、いってくるわ」

「待て、待て、まだだ」

血気にはやるたまきの手をつかむ。

ルシアが彼女に、火魔法ランク6のシマーをかける。

対象の周囲に陽炎のような虚像を生み出す魔法だ。

高速で動くほど、多くの虚像が生み出される。

簡単にいえば、分身の術である。

もっとも、分身体に直接的な攻撃力はないのだが……。

敵は神兵級といっても、本来のフィールドではないであろう宙に浮いての戦いである。

多少の牽制にはなるだろう。

続いて、ミアが風魔法ランク6のブラーをかける。

これもシマーと似たようなものだが、全身がぶれて見える魔法だ。

少しでもたまきの本体を狙われにくくさせるための方策である。

あえて、グレーター・インヴィジビリティはかけない。

どのみち本体のすぐ近くまでいってしまえば、全周囲知覚系の特殊能力で探知されてしまうだろうからである。

だがシャ・ラウによれば、それによって居場所の探知はされても、シマーやブラーによる微妙なブレは、瞬時の対応が難しいとのことであった。

幻狼王シャ・ラウから全周囲知覚系の情報をいろいろ聞き出した結果、グレーター・インヴィジビリティに対してのシマーやブラーの優位が理解できた。

そういう意味でも、彼との専従契約はおおきかったといえる。

まさしく、情報はちからだった。

最後に、ミアがウィンド・ウォークをかける。

たまきのように剛剣の使い手の場合、たとえ空中であってもしっかりと踏ん張れる足場があった方がいいだろう、という判断だ。

「いけっ!」

「うん、いってきます!」

ぼくに背中を押され、 赤い光輝とシマー残像を残して、たまきが宙を駆ける。

斜め上から、ドワグ・アグナムに対して空中を駆け下りていく。

標的たる巨獣は、未だシャ・ラウの牽制と炎に渦巻かれ、たまきの突進に気づいていない。

って、え?

気づいてない?

「そうか、あいつの探知方法は熱探知か!」

いまさらながらに、気づく。

爬虫類の変種のようなあいつのことだ、おそらくは、赤外線視覚のようなものを持っているのだろう。

ところがいま、ドワグ・アグナムの周囲は、ルシアの放った炎の壁で囲まれている。

ああもう、ぼくの馬鹿、気づくのが遅いよ!

結果的に、チャンスではあった。

たまきは炎の壁にためらうことなく飛び込み、触手群の妨害を抜けて本体の外皮に斬撃を見舞う。

白刃がきらめき、分厚い表皮がおおきく切り裂かれる。

青い体液が宙を舞う。

ドワグ・アグナムは、悲鳴のような叫びをあげ、悶え苦しむ。

よし、効いている!

さすが、たまき。

ランク9のアタッカーは伊達じゃない。

そう。

メキシュ・グラウ戦やレジェンド・アラクネ戦と違って、ぼくたちにはいま、ランク9の剣士がいるのだ。

少なくとも純粋な技量面では、神兵級と互角に戦える駒がある。

ぼくたち支援役がやるべきことは、その駒を相手のすぐ横まで運んでやることだ。

それが、できた。

ならばあとは……。

「一気に突き崩せ。ルシア、攻撃魔法だ。ミアは……」

「ん。エレクトリック・スタン」

ぼくが命じる前に、ミアはランク7のエレクトリック・スタンでドワグ・アグナムの身体を一瞬だけ硬直させる。

わずかな隙が生まれた。

たまきが、そこを突く。

裂帛の気合のもと、痛烈な一撃を見舞う。

ダメ押しとばかりにルシアの火魔法ランク8、インシネレートが発動する。

彼女の掌からほとばしった業火が、たまきごと巨獣の全身を包み込み、全身を焼き焦がす。

「ちょっ、熱いわっ!」

たまきが悲鳴をあげる。

ありゃ、ハイレジストがかかってても、ランク8攻撃魔法は厳しいか。

まあ、でも……。

「この怒りは、全部っ! こいつにぶつけるーっ!」

インシネレートによって、触手の群れが溶けかける。

触手たちが、ちからなく垂れさがる。

その一瞬の隙をつき、たまきの振るった刃が巨獣の長い首に傷をつける。

真っ二つ、というほどではないが、動脈をおおきくえぐったのだろう。

シャワーのように青い血がほとばしる。

ドワグ・アグナムは、その巨体を激しく悶えさせ、めちゃくちゃに暴れる。

ここでようやく、巨獣の拘束が解けた。

ドワグ・アグナムは、炎から逃げるように下向し、アスファルトの上に着地する。

「いまだ、ミア!」

「ほい、ストーン・バインド」

魔法によって粘着質になったアスファルトが、ぴたりと巨獣の足の裏に張りつく。

四本の脚のうち、二本までもがアスファルトから剥がれなくなる。

ドワグ・アグナムはすぐ異常に気づき、身をゆすってアスファルトごと身体を持ち上げようとするも……。

それもまた、おおきな隙となる。

「いくわっ! カズさん、見ててね!」

たまきがドワグ・アグナムに襲いかかる。

キリンのように長い首の上にある頭部に、斬撃を見舞う。

鼻の頭あたりを削り取ったようで、巨獣は頭を左右に振ってたまきの身を振り飛ばす。

「こんにゃろーっ」

吹っ飛んだたまきは、しかしすぐ空中を足場にして制動する。

宙を蹴って、突進。

今度は長い首筋に一撃を入れる。

一対一なら、互角か、あるいはドワグ・アグナムがその巨体によって優位をとっていただろう。

だがぼくたちの援護が、そして地の利が、神兵級との戦闘経験が、立場を逆転させていた。

そう、今日のぼくたちは、昨日よりずっと強くなっている。

一方、オーガ十体とメイジ一体の群れに突っ込んだアリスだが……。

果敢に切り込んだ序盤とはうってかわり、いささか苦戦を強いられていた。

おおかたは、メイジのせいだ。

メイジの指示で生き残りたちが包囲網を敷き、連携して斬りかかってきている。

長い槍を持つアリスといえど、リーチは剣を手にしたオーガの方が長い。

その巨躯を生かし、さらに互いをカバーして切り込まれると、いかなアリスであってもいささか辛いものがある。

もっとも、たったのひとりで、残り八体ものオーガを相手に孤軍奮闘しているのだから、たいしたものなのだが……。

「ルシア、アリスの援護だ」

「はい。……ドレッド・フレア」

ルシアの放った恐怖を呼び起こす炎によって、戦況が一変する。

いかにメイジが統率をとろうと、しょせん、雑魚は雑魚だ。

魔法に対する抵抗は、心もとない限りなのである。

怯え、腰が引けたオーガに、アリスが次々と刺突を入れていく。

倒すのではなく、相手の動きを止めるための攻撃だ。

うん、アリスはやるべきことをよくわきまえている。

本当は、ここでルシアに、アリスごとインシネレートをぶっぱなしてもらえば、一発なんだけど……。

アリスには、ハイレジストが入っていない。

たまきの様子を見るに、どれだけ被害を受けるかわからない以上、早計な手段は自重するべきだ。

ちなみにハイレジスト系は、下位のレジストに比べ、効果時間が著しく短い。

ランク1につきたったの十秒である。

たまきにかけたハイレジスト・ファイアも、八十秒しか保たないということだ。

いやもちろん、その分、効果は抜群なんだけど……。

あらかじめ、敵がなにを仕掛けてくるかわかっていないと、なかなか使い辛い。

ゲームだったら、いいバランスだと褒めるところである。

だがこれは、現実だ。

命のやりとりをするんだから、ヌルゲーでいいのに……こんちくしょうめ。

愚痴っていても仕方がない。

アリスが敵を抑えてくれているのだから、こちらはこちらでやるべきことをやらねば。

ドワグ・アグナムを倒すのだ。

「ルシア、炎の壁で援護。シャ・ラウ、一気に攻め込め。たまきが注意を惹いてくれている!」

「了解した、主よ」

ルシアの炎壁が、恐竜型モンスターの周囲を取り囲み、その赤外線探知能力を大幅に削ぐ。

ドワグ・アグナムは戸惑ったように首をきょろきょろさせた。

チャンスだ。

巨狼が、たまきとは反対方向から突撃する。

触手群が迎撃に蠢くも、ミアが援護としてエレクトリック・スタンを入れ、恐竜型モンスターを一瞬だけ固める。

幻狼王は、その一瞬で距離を詰めていた。

爪が、牙が、たまきの切り裂いた外皮の内側にある肉を鋭くえぐる。

ドワグ・アグナムが絶叫する。

身を振って、シャ・ラウを引き剥がそうとするも……幻狼王もしつこく前脚の爪でくらいつき、離れない。

触手が豊かな毛並みを叩く。

人間なら一撃で骨折ものの攻撃だが、しかしシャ・ラウの巨体にとっては、さしたる打撃ではないようだ。

巨大な狼は、歯を食いしばりつつ、狙った獲物を逃さない。

そのおかげで、敵のたまきへの注意が大幅にそれた。

彼女は、そのチャンスを逃さない。

「一気に潰すわ!」

少女は、白い剣をちからいっぱい振るう。

その刃が、伸長する。

一撃は、見事、無防備な目を貫き、その奥にある脳髄をえぐる。

致命傷だった。

ドワグ・アグナムの怪物が、ゆっくりとその身を横たえる。

派手な地響き。

炎の壁の向こう側から、土煙があがる。

その巨体が半透明になり、そして消えて……黄色い宝石に変化する。

なんとか、終わった。

ぼくがほっと気を抜いた、まさにそのとき。

「待て、なにかいるぞ、主!」

シャ・ラウが叫ぶ。

直後。

たまきが、地面に叩きつけられた。

少女の身体が、ぐちゃりと潰れる。

彼女は殴られ、粉砕されたのだ。

でも、誰に?

その答えは、すぐに出た。

ドワグ・アグナムを包む紅蓮の炎のなかから、漆黒の巨躯がその姿を現わす。

「ザガーラズィナー!」

黒い肌のオーガが、宙に浮いていた。

素手だ。

やつはその拳でもって、たまきを一瞬で叩き潰した。

嗤う。

禍々しい真紅の双眸が、ぼくを射すくめる。

背筋に震えが走る。

そのとき、離れたところで戦うアリスがオーガを倒し、それで彼女がレベルアップした。

ぼくたちは白い部屋へ。