軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第13話 生存者

共にレベル4となったぼくとアリスは、まずアリスの怪我を魔法で治癒した。

肩の怪我は、魔法三回で完全に消えた。

あらためて周囲を警戒しながら、二階の部屋を調べる。

開け放たれた部屋のひとつから、独特の臭気が漂っている。

オークの体臭と精液の入り混じった臭い。

ためらうアリスに、ここで待てといって、ぼくは部屋のなかを覗きこむ。

裸で、白濁液にまみれて倒れている女性が、三人。

そのうちのひとりの手が、ぴくりと動く。乱れた前髪の奥で、億劫そうにまぶたを持ち上げる。

「生きてる! ひとりまだ生きてるぞ!」

ぼくの声に、アリスが慌てて部屋に入ってくる。

まだ生きている少女に駆け寄り、抱き起こし、反応があることに心から安堵して……。

アリスが彼女の髪をかきあげたことで、気づく。

「志木さん……なのか」

「賀谷……くん?」

志木縁子(しき・ゆかりこ) 。

同じクラスの女子で、副級長だ。

ぼくが高等部の大半の人間に抱いている感情は、死ねばいいのにクソ野郎ども、である。

彼女に対する感情も、そうだった。さっきまでは。

彼女はぼくのいじめに参加していなかった。

でも、傍観していたことには変わりない。

もっとも、あいつに逆らったら、相手が誰であれ、ぼく同様に破滅していたに違いない。

そういう意味で、彼女は理性的だった。

ただ冷静に、冷めた目線で地雷に近寄らなかっただけだ。

だからといって、それはぼくが彼女を憎まない理由にはならないだろう。

「そう。わたし、賀谷くんに助けられたのね」

「礼はアリスにいってくれ。ここを解放しようっていったのは、彼女だ。それに……」

「ちょっと、カズさん!」

アリスが、ぼくをキッと睨む。

「でっ、出ていってください!」

「あ、そうか」

凄惨な光景に感情が麻痺していたかもしれない。

ぼくはいまさらのように、クラスメイトの少女の裸体から目をそらした。

ああ、彼女、おっぱいおおきかったんだなあ、着やせするんだなあと、そんな益体もないことを考える。

「ほかの部屋を見てくる」

背中を向け、そういい残して、そそくさと退散する。

そのときに部屋の表札を見れば、茶道部控室、とあった。

なるほど、彼女は茶道部だったのか。

たしかアリスが、今日は自分たちのほかに茶道部の活動もあった、といっていたように思う。

高等部には茶道部が使えるような畳の部屋がないから、毎回、中等部まで来て活動していたのだろう。

では残りの動かなかったふたりは、茶道部の部員か。

いまさら知っても、どうしようもないことではあるが……。

さきほどの教訓を生かし、護衛のパペット・ゴーレムを先行させながら探索する。

ほかの部屋で、中等部の男子の死体をふたつ見つけた。

頭を剣でかち割られていた。

どうやら外からこの育芸館に逃げ込んだようで、靴に泥がついている。

行き止まりの場所に逃げ込むほど切羽詰まっていたのだろう。

ひとりは、窓を開けようとしたのか、窓の鍵に手をかけていた。

ぼくは彼の無念を晴らすかのように窓をひらく。

新鮮な、少し冷たい空気が入ってきた。

もうすぐ夜が来る。

急ごう。完全に日が暮れる前に、やるべきことを終わらせないと。

ぼくはバルコニーを渡って、アリスたちがいる部屋の反対側にまわった。

かたく閉じられたドアがある。三階へ続く階段が、この先にあるのだろう。

ためしにドアノブをまわしてみたところ、鍵がかかっているようだった。

「情報通りか」

ひとりごとを呟くと、ドアの向こう側で物音がした。

「おい、誰かいるのか?」

ぼくは緊張し、素早く考えを巡らせる。

オークだろうか。

いや、それはないはずだ。オークであれば、一度あけたドアをふたたび閉じるような面倒なことはしないだろう。

だとすれば。

「生存者ですか? ここのオークたちは残らず始末しました。ここはもう、安全です」

「本当……ですか」

怯えた女性の声が返ってくる。

ぼくは途中経過をまとめて省いて、「いろいろあって、下園亜理栖という子と一緒に助けにきた」とだけ説明した。

「アリス!」

ドアの向こうの声が、上ずった。

「アリスは無事なの?」

「あ、ああ。いま向こう側で負傷者の手当てを……って」

そういえばアリスは、友人を探すためにここに戻りたい、といっていたか。

アリスを守るために囮となった彼女が、どうしてこのドアの向こうにいるのかはわからないが……。

「たまき……さん?」

「ええ、そうよ! よかった、アリスは無事だったのね!」

ドアノブがガチャガチャまわされるが、なかなかひらかない。

ぼくはいまのうちに、とパペット・ゴーレムを見えないところまで下がらせた。説明が面倒だし、怯えられても困る。

「あーもー、えいっ、えいっ」

そんなちから任せにやったところで、ドアは開かないと思う。

ドアの向こうの女性は、なおも焦った様子でドアノブをいじったあと、ようやく鍵を外すことに成功した。

ドアが勢いよくひらく。

金髪でツインテールの少女が突進してきた。

ぼくの腹に頭から追突する。

ぼくは、カエルが潰れるような声をあげて、悶絶した。

「あ、ご、ごめんなさい!」

少女が顔をあげ、慌てた様子でうずくまったぼくを見下ろした。

背丈はアリスと同じくらいだが、胸もとの膨らみは、いくぶん彼女より小ぶりに見える。

海の底のように蒼い目をしていた。

つんと尖った鼻に、白磁の肌。

西洋人のように見える。

えーと、金髪碧眼? というか日本人に見えない。

ぼくは戸惑った。

「きみが……たまきさん?」

「うん、そうよ。あ、この顔、気になる? 見とれちゃった? わたし養子なの」

養子。彼女にもいろいろあるのだろう。ぼくが立ち入ってはいけないことのような気がした。

「あと、呼び捨てでいいわ! アリスの友達なら、わたしの友達よ!」

アリスと友達になったつもりはないのだが、といいかけて、まあいいかと肩をすくめた。

どのみちアリスとは、目的を同じくする仲間だ。

いや、仲間だった、といった方がいいかもしれないが……。

この親友を解放した以上、アリスにはもう、戦う目的がないのである。

ぼくは自己紹介し、自分のことも「カズ」と呼んでいい、といった。

「アリスもそう呼んでいるからね」

「わかったわ、カズさん!」

たまきは「よろしくね」と明るく笑った。

ツインテールが、秋の稲穂のように揺れる。太陽のような子だな、と思った。

まぶしくて思わず目をそらしたくなる、という意味で。

「あ、それで、アリスは?」

「彼女は、あっちに……」

と反対側を指差す。

「でも、いまはちょっと待ってくれないか」

「どうしてなの?」

「その……負傷者の手当を」

負傷者、と聞いて、たまきはすぐ、そこに含まれた意味に気づいたようだ。顔色を曇らせた。

当然か。彼女はずっと、このドアの向こう側にいた。

二階でなにが起きていたかも、知っていたのだろう。

それでもずっと、息を殺して隠れていた。

それは極めて賢明な行動だった。だけど、賢明なことが精神の安寧に繋がるとは限らない。

きっと、身を削り取られるような時間だったことだろう。

「あ、そうだ。ほかのひとにも知らせないと」

「ほかのひと? 上にまだ、生存者がいるのか」

「うん。みんなでじっと隠れていたのよ」

なるほど、では……。

とたまきが皆を呼びに行くためぼくに背中を向けた、そのとき。

咆哮が、育芸館の建物全体を揺らした。

ロビーの方から響いてきたそれに、たまきは思わず足をもつれさせ、派手に転倒する。

あ、ぱんつ見えた。黒だ。校則違反。

いや、それはいい。

ぼくは気づいてしまう。

咆哮。敵の挑戦状だ。本能的にそう理解する。

「たまき。もう一度ドアを閉めて、隠れていろ」

あえて、強い口調で命令した。

「え、ええ。でも」

「ぼくとアリスで、なんとかする。いいというまで、絶対にドアを開けるな」

「わ、わかったわ!」

ぼくはたまきに背を向ける。

彼女が慌ててドアを閉める音がする。

ぼくは、生存者を怯えさせないよう後方に待機させていたパペット・ゴーレムを連れ、バルコニーに出る。

バルコニーの反対側で、アリスが部屋から飛び出てくるのが見えた。

彼女と視線を合わせる。互いにうなずく。

ぼくはバルコニーから顔を出して階下を覗いた。

こちらを見上げるオークと、目が合った。

禍々しい紅の双眸がぼくを刺すように射貫く。

青銅色の肌をしたオークだった。

身の丈より巨大な斧を持ち、周囲に立つほかのオークよりひとまわり身体がおおきい。

さながら、エリート・オークといったところだろうか。

ぼくは、ぼんやりとそんなことを考えた。

勝てない。即座にそう判断する。

あれは規格外の個体だ。

おそらくは群れのリーダーである。

しかもそいつの周囲には、六体もの雑魚オークがいた。

あれだけの戦力を相手に、いまのぼくとアリスだけでは……。

エリート・オークの指示で、雑魚オークが階段を登ってくる。

ひとつの階段につき、二体ずつ。合計、四体。

ぼくは慌てて、二体のパペット・ゴーレムにこちら側の階段の上で待ち構えるよう指示を出した。

反対側では、アリスが同じく槍を手に、階段の上で待ち構えている。

ふたつの階段の頂上で、ほぼ同時に戦闘が始まった。

階段が狭いから、パペット・ゴーレムは二対一でオークを相手にできる。

パペット・ゴーレム単体の性能では、付与魔法をかけた状態でもオーク一体に劣る。

しかしこうして二対一なら、ずいぶん優勢に戦うことができていた。

先頭のオークはみるみる傷ついていく。

後ろのオークは前に出ることができず、完全に無力化されている。

アリスの方は、槍で上から突くという位置取りの有利さもあり、またたく間にオーク二体を始末していた。

彼女はそのまま、階段を駆け降りる。

……って、待て!

「ダメだ、アリス! いま降りちゃ……っ」

遅かった。アリスが階段を途中まで降りたところで、青銅色のオークが階段の支柱に斧を振りおろす。

すさまじい馬鹿力だった。建物全体に激震が走り、ぼくも思わずバルコニーの手すりに寄りかかる。

アリスが降りかけていた階段が、崩壊した。

アリスは悲鳴をあげる。体勢を崩して階下に転がり落ちる。

幸いなことは、アリスに向かって走っていた二体のオークも崩落に巻き込まれて、床に転がったところだろうか。

一階に背中から落ちたアリスだが、打ちどころはよかったようで、すぐ身を起こす。

だがそのときすでに、彼女の側の階段は完全に崩れ去っていた。

彼女の前に、おそるべき破壊を行った青銅色のエリート・オークが立ちはだかる。

「あ、あ、ああ……っ」

アリスは怯え、槍を構えたままあとずさる。

そんな彼女に、エリート・オークが斧を振りおろす。

アリスは、付与魔法で身軽になった身体で慌てて後退し、その一撃を避けるも……。

少女の華奢な身体が、風圧だけで吹き飛ぶ。

アリスは壁に強く叩きつけられた。

エリート・オークが追い打ちをかけようとする。

アリスは床に転がって呻いている。

動けないようだった。

「アリス、転がれっ」

ぼくの指示に従い、アリスはごろごろ転がって、斧の一撃をかわした。

斧が床を砕き、コンクリートが派手に飛び散る。

やばい、やばい、やばい。

なんだあいつ。

いままでのオークとは桁違いだ。

敵のレベルがいきなり上がりすぎだろう。

クソゲーだこんなの。

こちらにとって有利なことが、ひとつだけある。

起き上がったアリスが、ちょうどロビーの正面、つまり出入り口を背にしていることだ。

いまなら彼女は逃げられる。

ぼくは、ちらりと横の部屋を見た。

さっき換気のために開け放ったばかりの窓は、ぼくひとりがくぐるくらいなら、なんとかなりそうだった。

「アリス! パペット・ゴーレムをそっちにやるから、その隙に逃げろ!」

「え、でもっ」

「ぼくは窓から飛び降りる! 生きていれば、また助けに来られる!」

志木縁子は、まだあの部屋にいるだろう。

やっと助かったと思っただろう彼女を見捨てることになる。

だが、知ったことか。

それよりまず、ぼくとアリスが生き延びることだ。

幸いにして、たまきはドアに鍵をかけて三階に立てこもっている。

うまくすれば、気づかれずにすむだろう。

アリスも、たまきのことには気づいていない。

気づいていれば説得が難しかったかもしれないが、気づいていないいまなら……。

ぼくは、まだやっと一体のオークを倒したばかりのパペット・ゴーレム二体のうち、傷の浅い一体を手もとに呼び戻し、階下に飛び降りさせた。

パペット・ゴーレムは、完全に油断していたオークの一体を踏みつぶし、エリート・オークに対して無謀な突撃を行う。

時間稼ぎだ。

だが、これでいい。

重要なのは、ぼくとアリスが逃げる時間を稼ぐことだけなのだから。

「いまだ、逃げろ! 合流は、例の場所だ!」

ぼくはバルコニーの下に向かってそう叫ぶと、自らも隣の部屋に駆けていく。

ひらいた窓に無理矢理、身体を押しこむ。

ダイブ。

二階から地面に飛び降りる。

着地の衝撃で、足がひどくしびれる。

苦痛にうめく。

足をくじいたかもしれない。

だが、まごまごしていては追っ手がかかる。

ぼくは顔をしかめ、足を引きずりながら、森に向かって走り出し――。

ファンファーレが、耳のなかで鳴り響いた。

「あなたはレベルアップしました!」

中性的な声が聞こえてきた。

ぼくは白い部屋にワープする。

「は……え?」

一瞬、事態がわからず、ぼくは立ち尽くす。

レベルアップまでは、たしか……。

そうだ、あそこにいたボス以外のオークをすべて倒せば、ちょうどレベルアップだったか。

でも、アリスは逃げたはずだ。オークを倒すヒマなどなかったはずだ。

目の前にアリスがいた。

ぼろぼろの姿だった。

手足を擦りむいたのか、あちこち出血している。

わき腹を押さえる手。

その周囲のシャツがみるみる赤く染まっていく。

アリスはぼくを見上げ、ひきつった笑顔を浮かべた。

「逃げそこなっちゃいました。約束をやぶって、ごめんなさい」

アリスは、ちからなく笑った。