作品タイトル不明
第122話 学校からの撤収
白い部屋にて。
「やっと……終わったか」
ぼくは著しい疲労を覚えて、その場にへたりこむ。
うあー、なんかいつも以上に疲れてるっぽい。
「んー、カズくんの仲間は、いつも優秀で、細かいことに気を使わなくてよかったのねー」
啓子さんが、いささか苦笑いしていた。
それって、いったいどういう……。
あー、そういうことか。
「たまきもミアも、最初は結構、心が折れかけてましたよ。特にエリートの戦いなんかじゃ」
それに、おもらししてました。
とは口に出さない。
本人たちがいたなら、ぺらぺらしゃべったかもしれないけど。
いまはたまきもミアもいない。
これでは陰口になってしまう。
それはよろしくないだろう。
「でも、すぐ立ち直ったんでしょう?」
まあ、それはたしかに。
ふたりとも、なんとか立ち直ってくれた。
たまきに関しては、ちょっとだけ苦労したけど。
「雪野ちゃんは、ひょっとしたら、もう無理かなー」
あー、どうだろうか。
一応、クリアマインドはかかってたんだけど、それでもダメだったからなあ。
特に今回みたいな、敵の魔術師がバンバン攻撃魔法を使いながら襲ってくるような戦いは……いろいろすり減るか。
「その……勝ったから、いいじゃないですか」
アリスが遠慮がちにいった。
なんか、言葉だけならたまきみたいな台詞だ。
彼女が、あんまり雪野さんを悪くいって欲しくない一心でいってるのはわかるけど。
「ちがうのよー、アリスちゃん。こういうのは、原因を確かめて、次に活かすための反省会よー」
「実際のところ、高等部のひとたちが考える問題、ですけどね」
「そうなのよねー。ユウくん、甘いから……」
困っちゃうわねー、と頬に手を当てて首をかしげる啓子さん。
まーこのひと、なんか地獄のような修行とかやってそうだから、なんともいいがたい。
痛くなければ覚えませぬ、とか心のなかで思ってそう。
「ところで、気づいてたかしらー? オーガの別部隊が、高等部の北東に降りてたみたいよー」
気づきませんでした。
戦場の方に集中してたからなあ。
詳しく聞いてみたところ、十体ほどのオーガ部隊が、たまきとミアが向かった方に降りていったそうだ。
浮遊要塞からは、ほかにも複数の部隊が山のあちこちに送り出されているとか。
戦いながら、よく見てるなあ。
「はい、確認しています」
ルシアがうなずく。
戦闘中はぼくの集中を乱さないようにってことで、黙っていたという。
「戦力的に考えて、ミアとたまきなら、大丈夫でしょう。火魔法に偏っていたわたくしたちより有利に戦えるかもしれません」
ルシアのいう通りかもしれない。
改めて、ミアのスキル選択の絶妙さを理解した。
今回、雑魚はレベル6程度、メイジはどうかわからないが、キャプテンはレベル20以下のはずである。
戦力的には、そこまで無茶に苦戦するほどではなかった。
なのにミアがいないだけで、こんなに手こずるとは……。
「敵全体にレジストがかかっている場合、別の属性で攻撃できるかどうかは、とても重要ですね」
今回、直接攻撃魔法があまり通用しなかったルシアが、首を振る。
「それでも、わたしは今回、火魔法を上げるべきだと思います」
ルシアはレベルが上がり、スキルポイントが8になった。
ようやく火魔法をランク8にできる。
ちなみにぼくも、スキルポイントが9になる。
ついに召喚魔法をカンストのランク9にできるということだ。
なおアリスはスキルポイント7になったが、治療魔法より槍術を優先したいようである。
治療魔法のランク6は、それなりに有効なものが多いのだが……。
「このままだと、またカズさんの使い魔と互角のちからしか……」
どうやら、ぼくの使い魔にスペック上の戦闘力で並ばれてしまうことを気に病んでいる様子だ。
やー、アリスの卓越した戦闘センスとかは、使い魔では得難い部分だけどなあ。
お役に立てない、とシュンとなってしまうアリスもかわいい。
「いじめちゃダメよー」
啓子さんが笑う。
はいはい、わかってますよ。
話し合ったすえ、アリスは、ひとまずスキルポイントを温存するということになった。
当面、槍術ランク8を目指すということだ。
啓子さんは臨時参戦だし、もともとのパーティだと、後衛が三人、前衛はふたりだけだしね。
戦いのなかで、もし治療魔法のランクアップが必要ということになったら、躊躇せずとってもらう。
このあたりは臨機応変だ。
和久:レベル30 付与魔法5/召喚魔法8→9 スキルポイント9→0
アリス:レベル25 槍術7/治療魔法5 スキルポイント7
ルシア:レベル18 火魔法7→8 スキルポイント8→0
さて、そういうことでぼくたちは、白い部屋を出る。
こちらの戦いは終わった。
もとの場所に戻る。
※
ぼくは使い魔たちをディポテーションで送還した。
戦っている間は忘れていた痛みが、どっと押し寄せてきた。
ぼくとルシアは共に呻き……顔を見合わせて、苦笑いする。
「たしかに、痛いですね。雪野が音を上げたのも無理はありません」
「ぼくたちの方がずっと頑丈なのに、これだけ痛いんですからね」
ルシアがいまレベル18、ぼくに至ってはレベル30だ。
レベル10そこそこの雪野さんが、どれほどの苦痛を味わっていたのか、想像することは難しい。
彼女の心が折れてしまっても、仕方のないことかもしれない。
ヒットポイントなんて概念が具体的にどうなっているのか、よくわからないけど。
痛みがレベルと反比例する、つまり雪野さんはぼくの三倍の痛みを味わって……いや、そこまではないか、うん。
アリスがぼくたちのもとへ駆け寄り、ヒールをかけてくれた。
痛みがスッと消えていく。
いつものことながら……これがあるから、ぼくたちは平然と敵の攻撃魔法に身をさらすことができる。
「おふたりとも、平気そうですねー」
啓子さんが呑気にいう。
まー、いろいろ修羅場をくぐってるからなあ。
「多少、痛くても、腕がちぎれたときのミアほどじゃないよなーと思うと」
「そうですねー、ちぎれると痛いですよねー」
ちぎれたことあるんかい。
このひとの場合、絶対にない、とは断言できないのが、なんともだけど。
「あ、カズさん、見てください。たまきちゃんたちが戻ってきます」
アリスが東の空を指さす。
見れば、たまきとミアが六人の高等部男子とともに飛んでくるところだった。
直接、本校舎に向かっている。
ぼくたちも、傷を治したあとで本校舎に向かうことにした。
幸いにして、浮遊要塞はまだ、こちらに対して追加戦力を投入してきていない。
あちこちにオーガ部隊を投下している様子ではあるけど……。
こっちに向けた戦力が壊滅したことには気づいていないのだろうか。
気づいていたとしても、第二派が出てくるまでに、多少の猶予はあるということか。
まー向こうだって、いろいろ計画立てて動いてるだろうしなあ。
怖いのは例の要塞砲だけど、ルシアがいうには、あれが短期間で連続発射されたことはないらしい。
絶対に連射できない、と確定させるのは危険だけど……。
一応、啓子さんがちらちらと要塞砲を観察しているから、異変があれば彼女が教えてくれるだろう。
ぼくらとたまきたちは、本校舎の手前で合流した。
たまきはさっそく、ツインテールをぱたぱたさせながら駆けよってくる。
「あのね、あのね、カズさん! いろいろわかったことが……」
「あとにしよう、たまき。いまはまず、撤退だ」
「あ、うん……」
しょぼんとするたまきの頭を撫でて、彼女とミアをふたたびパーティに迎え入れる。
本校舎に入ってすぐの教室、直径三メートルの青白い光の円が展開されるそこでは、結城先輩だけが待っていた。
残りのメンバーは、もう全員、向こう側に移動したという。
リーンさんの使い魔の鷹が、転移門の中心に直立している。
どやどやと教室に入ってきたたまきとミア、彼女たちが連れてきた高等部の生徒、それにぼくたちを見上げて、鷹がうなずく。
「こ、ここに入ればいいのか?」
男子生徒が、困惑した様子で結城先輩に訊ねる。
「なにがなんだか、わからないんだが……」
「急ぐでござるよ。説明はのちほどでござる。……怖いのであれば、拙者が先に」
男子生徒がためらうのを見て、結城先輩が先に転移門に足を踏み入れる。
彼の足が魔法陣に触れたとたん、その姿がふっと消える。
たまきたちが連れてきた高等部の面々が、おお、と驚く。
「よ、よし」
ためらいながらも、男子生徒のひとりが転移門に足を踏み入れ……。
また、その姿が消える。
残りの五人が、意を決したようにうなずく。
ひとり、またひとりと転移門に入っては姿を消していく。
「と、ところで、その鷹が……魔法を使っているのか」
「ええ、向こう側の術者が中継点としている使い魔です」
三年生の男子、大柄な青年が「そうか」とうなずき……。
なぜか、その瞬間。
ぼくの背筋を、冷たいものが駆け抜ける。
その理由について考えを巡らせる暇はなかった。
青年が剣を振り上げる。
その切っ先は、使い魔の鷹。
皆が、一瞬、動きを止めてしまった。
そんななか、素早く動いたのは啓子さんだ。
剣を握る青年に突進する。
啓子さんに、残るふたりの生徒が立ちふさがった。
ふたりはともに槍を構え、啓子さんに向かって突き出す。
え、ちょっと待って。
なにが起こっている。
こいつら、なにをしている。
「リフレクション」
啓子さんが、ひとりの槍を半透明の盾で跳ね返す。
もうひとりの刺突は紙一重でかわし、銀の剣を一閃する。
その男子生徒の両腕が、槍とともに宙を舞う。
青い血が、シャワーのように吹き出る。
え? 青い……血?
待て、こいつらは、つまり……。
「モンスター! ドッペルゲンガー!」
ミアが叫ぶ。
ぼくのなかで、いままで意味不明だったことがすべて、カチっとハマった。
和平派という不可解な存在。
妙に浸透してきたモンスターたち。
そして……今日、シバが生きているという噂が広まった経緯。
理解した。
その生徒たちが見たシバとは、まさにこいつら、ドッペルゲンガーだったのだ。
やつらは、虎視眈眈と機会を窺っていた。
そしていまこそが、そのときだった。
ぼくは、ようやくにしてすべてのからくりに気づく。
だが、ときすでに……。
遅かった。
最初に剣を振り上げた生徒が、いや生徒に化けたドッペルゲンガーが、リーンさんの鷹に向かって斬撃を見舞う。
転移門を展開したままの使い魔は、一歩も動けない。
ぼくたちは、転移門から数歩、離れていた。
いまから駆け寄っても、間に合わない。
なんとか転移門に飛び込めるのは、啓子さんだけだ。
振り向いた啓子さんと、目が合う。
ぼくは、うなずく。
行ってくれ、啓子さん。
そう、願う。
たまきとミアが連れてきた男子生徒は、すでに三人、転移門をくぐった。
彼らもきっと、ドッペルゲンガーだ。
誰かがそれを伝えなきゃいけない。
だから、啓子さん、あなたは行ってくれと、そう願って、ぼくはうなずく。
もしこれが結城先輩だったら、ためらっただろう。
そのわずかなためらいが、致命傷となっただろう。
だけど啓子さんは、違った。
彼女は優先順位というものをわきまえていた。
だから啓子さんは、正面を向く。
彼女は選んだのだ。
ぼくたちとともに残るより、転移門の先で為すべきことを為すと、そう決断を下した。
さすが、グレーターニンジャだ。
ぼくは笑う。
啓子さんが青白い円に足を踏み入れるのとほぼ同時に、鷹が真っ二つになる。
啓子さんの姿が消える。
直後、転移門が消える。
「たまき、アリス。一体は捕まえ……」
ぼくの命令で、ふたりの少女が動く。
だが、そのときすでに、ドッペルゲンガーたちは……。
ぼくたちに対して醜悪に笑う、
一体が、アリスの槍の前に身をさらす。
一体が、たまきの剣に向かって突進する。
二体とも、自ら死を選び、息絶えた。
あとには、青い宝石がふたつずつ、合計で六個、転がるだけだった。