作品タイトル不明
第120話 オーガ・ファランクス3
キャプテン・オーガは、ほかの個体よりひとまわりおおきい。
夕日を浴びて黄金に輝く金属の胴鎧をまとい、巨大な銀のハンマーを両手で持っていた。
あんなの、かすっただけでミンチにされそうである。
さらに、上空へ飛び立つ者たちがいる。
いずれも手に杖を持つオーガたち。
四体のメイジ・オーガだ。
メイジたちは、キャプテンの背後から、一斉に杖を振り下ろす。
四筋の白い輝きが、後衛のぼくたちを襲う。
肌が凍りつくような冷気と共に、米粒ほどの氷弾が雨あられと降り注いだ。
もっとも、敵が水魔法による攻撃をしてくることはわかっている。
ぼくたち全員に、水レジがかかっていた。
リフレクションはタイミングを合わせられる気がしなかったから、とっさに腕で目だけをかばう。
氷の飛礫が、ぼくの全身を襲う。
鈍い痛みと、冷気で皮膚が切り裂かれる感覚。
耐えられないほどの苦痛じゃない。
正直、ヘルハウンドの炎の方がずっとヤバかった。
それでも……。
「いやあっ。痛いっ、助けてっ」
雪野さんが、悲鳴をあげる。
地面に倒れ、のたうちまわった。
全身、傷だらけだ。
しまった、彼女のレベルは、たったの10。
レベル28であるぼくの三分の一程度しかない。
レベルアップによりヒットポイントが増えていくというなら、ぼくが感じる衝撃は、彼女のそれの三分の一程度なのだろう。
ぼくにとっての「ちょっと痛い」は、彼女にとってひどい苦痛でも不思議はない。
とはいえ、これほどまでに悲鳴をあげるのは、ちょっと予想外だった。
ぼくは、唇をきつく噛む。
もっとほかの方法があっただろうか。
「キャプテンがきます!」
ルシアが叫ぶ。
そうだ、いまは後悔している場合じゃない。
「エレ、二体がかりでキャプテンを迎撃だ!」
ぼくは、後衛の守りとして置いておいたグレーター・ウィンド・エレメンタル二体を、飛来するキャプテン・オーガに当てる。
半透明の身体でできた女性型の使い魔たちは、弧を描いて上昇し、凶暴なオーガのリーダーを迎撃した。
激しくぶつかりあう。
実質、ランク6の戦士であるウィンド・エレメンタルは、二体がかりでも、キャプテンを相手に苦戦を強いられているようだった。
さすがに……一筋縄じゃいかないか。
キャプテンのランクは、この様子だとランク7で、さらに肉体スキルとか、もろもろの修正も入っているのだろう。
それでも、時間は稼げる。
時間さえ稼げば、アリスたちが雑魚を掃討してくれるだろう。
そのためにも……。
「ルシア、足止めを」
「はい。フレイム・バインド」
キャプテン・オーガの全身を、炎の縄で縛り上げる。
だが、直後。
キャプテンの背後にいるメイジたちが、一斉に魔法を放った。
キャプテンめがけ、四筋の青白い光が飛ぶ。
青白い光が当たった瞬間、蒼い肌のオーガを拘束していた炎の縄は、あとかたもなくかき消された。
「ディスペル……それも合体魔法みたいな感じか!」
ディスペルまでは予想していたが、重ね合わせてパワーアップなんてものまであるのか。
ランク5の拘束魔法だから、そこそこ苦戦してくれると思ったのに……。
こりゃ、やばいか?
上空には、キャプテン・オーガと、四体のメイジ・オーガ。
対するはグレーター・ウィンド・エレメンタルが二体と、ぼく、ルシア、雪野さん。
アリスと啓子さんは、まだ十五体前後はいるオーガのファランクス部隊と乱戦状態だ。
こちらの護衛にまわることは、不可能だろう。
そもそも、ふたりがオーガの群れを引きつけてくれているから、まだなんとかなっているといえる。
雪野さんは、まだ地面に転がっていた。
ひどい苦痛に、若干、心が折れ気味のようだ。
あんまり修羅場、潜ってなかったっぽいしなー。
「自己治癒で、頼みます」
「は、はい……っ」
雪野さんには、自分に火魔法ランク5のフレイム・ヒールをかけてもらう。
悪いけど、ルシアの手数は奪えない。
そのルシアには、こまめに上空のメイジを攻撃してもらっている。
さて、とぼくは、ウィンド・エレメンタル二体と切り結ぶキャプテン・オーガを見上げる。
対策はいくつか考えられた。
まあ……とりあえず、一番無難な方法で行くか。
「サモン・グレーター・エレメンツ:ウィンド」
もう一体のグレーター・ウィンド・エレメンタルを召喚し、テンプレの付与魔法を手早くかける。
その間に、メイジが何度か氷の魔法を放ってくるが……。
これは、ルシアが魔力解放つきのファイア・ストームで迎撃する。
氷と炎がぶつかりあい、連続して爆発が起こる。
それを抜けた氷の飛礫がぼくたちの肌を傷つけるが、歯を食いしばって堪えた。
雪野さんがまた悲鳴を上げているが、心を鬼にして無視。
「キャプテンを迂回して、後方のメイジに攻撃しろ」
風エレに命令を下す。
半透明の少女は、つむじ風のように舞い上がり、敵の後衛、メイジ・オーガたちのもとへ向かう。
メイジたちは接近するウィンド・エレメンタルを氷の飛礫で迎撃した。
しかし、水レジが入っているウィンド・エレメンタルにとって、その程度の衝撃は、なんの障害にもならない。
逆に彼女から放たれた雷撃が、メイジたちを傷つける。
ウィンド・エレメンタル一体に、メイジたちが翻弄されていた。
これは相性の問題だ。
メイジたちは、ぼくらが地上戦を仕掛け、空を苦手とすると判断して、上空から強襲してきた。
でもぼくの呼び出した使い魔、グレーター・ウィンド・エレメンタルは、空のエキスパートなのだ。
ただフライが使えるだけのメイジに、ドッグファイトで負けるはずもない。
とはいえ、これは時間稼ぎにすぎない。
ぼくの最大MPは280で、一体あたりMPの最大値が64も削れるランク8の使い魔を三体も呼んでしまっている。
すでに付与魔法で結構、MPを消費しているから、もう一体、呼び出すことはできない。
だから、次に切り札を切るのは、ルシアだ。
「フレイム・バインド」
ふたたび、炎の縄がキャプテン・オーガを襲う。
全身に絡みつく。
キャプテンは激しく暴れ、さらに耳を聾する咆哮を放つ。
解呪の咆哮によって、炎の縄の半分ほどが消滅する。
だが、それでもまだ、半分の炎がキャプテンを拘束しているのだ。
しかもいま、メイジたちは自分たちのことに手いっぱいで、キャプテンの援護ができない。
そこに、二体のウィンド・エレメンタルが打ちかかる。
キャプテン・オーガは、電撃をその身に受け、風の刃に切り裂かれ、傷ついていく。
呻き声をあげ、さらに咆哮する。
ようやく、炎の拘束から完全に抜け出すも……。
「フレイム・バインド」
ルシアが冷静に、次の魔法を放つ。
キャプテンが、ふたたび炎の縄でがんじがらめにされる。
わー、マジこの子、サドいですわー。
いや、ぼくが命じたことだけどさ。
んじゃま、このまま順調に削っていけば……。
と考えたところで、頭のなかにレベルアップの音が鳴り響く。
おっと、アリスたちがオーガを倒したのか。
※
白い部屋にて。
アリスが、ぼろぼろの雪野さんに駆け寄り、ヒールを何度か使う。
雪野さんは、恥も外聞もなく泣きじゃくっていた。
「もう嫌ぁっ。嫌だよぉ、助けてよぉ」
その場にへたりこみ、泣き続ける。
両手でぬぐってもぬぐっても、涙が溢れてくる。
完全に心が折れていた。
「いや、正直、ぼくが甘く見てた。レベル9のひとと一緒に戦うってことがどういうことか、深く考えてなかった」
ルシアのときは、ある程度、レベルアップするまで無傷だったからなあ。
いや、彼女の場合、苦痛を浴びても平気で耐える気がするけど。
ちらりとルシアを見る。
亡国のエルフの王女は、ぼくの視線に気づき、ゆっくりと首を振った。
「なんの覚悟も決められぬまま、唐突にこの戦いに巻き込まれたかたに対して、わたくしは語る言葉を持ちません」
なるほど、彼女の場合、最初から覚悟完了してたわけだしなあ。
啓子さんが、うつむいて嗚咽を漏らす雪野さんを抱きしめる。
背中をやさしく叩いて、慰める。
「ごめんね、雪野さん。無茶な作戦につきあわせてしまって、ごめんね」
子供のように泣く雪野さんと、それを抱きしめる啓子さん。
「先輩、ごめんなさい。わたし、期待に応えられなくて、わたし……っ」
「ううん、あなたはよくやったわ。もう充分よ」
ぼくとアリスは、彼女たちを挟んで向かい合い、所在なげに顔を見合わせる。
「考えるに」
とルシアが呟く。
「あなたがたが戸惑うということは、こういった状況に向き合うのが初めて、ということですね。……志木は、それほどに優秀な指揮官なのですね」
ああ、とぼくはうなずいた。
ルシアの言葉で、納得がいったのだ。
そう、育芸館の少女たちは、皆、心強くあった。
だからぼくは、こうして戦いのなかで折れてしまう子がいるなんて、想定していなかった。
でもそれが、志木さんによる巧妙な誘導の結果であったということなら……。
納得もいくし、感嘆せざるを得ない。
昨夜まではバラバラだった高等部の面々を、結城先輩が育芸館組ほどまとめられていないのも、仕方がないことだろう。
ぼくは、その違いを理解していなかった。
「もっとも、さきほど少し観察した限りでは……カズさん、あなたを心のよりどころとすることで、心強くあろうとする者も多いようですが」
「それも志木さんの策略です」
ルシアは「なるほど」と首肯する。
考えてみれば、たしかに育芸館組は、三日前からこっち、ずっとぼくと志木さんというリーダーのもと、トップダウンで指示が下され、迷いなく行動してこられた。
対して高等部は、ずっと混乱の極みにあったのだ。
雪野さんには、頼るべきものも、心の支えになるような柱もなかったのかもしれない。
かろうじて今朝から結城先輩が上に立つことで、最低限の組織ができてきたばかりで……。
それも、育芸館組ほど強固な絆では結ばれていないのだろう。
いたしかたがないこととはいえ、今後、共闘することを考えると、ちょっとばかり頼りない組織だ。
やーまー、それだけ志木さんがアレってことではあるけど。
この場に志木さんがいたら、雪野さんも上手く丸め込めるのかなあ。
ぼくなんて、こうして泣いてる女の子を相手に、どうすればいいかもわからないのに。
そんなことを考えて、ぼくはため息をつく。