軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第12話 育芸館掃討戦

どれくらいの時間が経過したのだろう。

足が痺れて困ったなぁと思いながらも、気持ちよさそうな寝息を立てているアリスを起こすような無粋な真似も、寝ている彼女にイタズラする勇気もなく、ただひたすら寝顔を眺めていた。

ぼくは彼女を、戦いに駆り立てている。

年下であり、華奢な女性である彼女を盾として、安全圏で戦っている。

ぼくだって男の子だ。そのことに、多少の後ろめたさを感じている。

この程度の足のしびれで、多少なりとも借りを返せるのなら……。

そんなせこいなことを考えているぼくは、きっと心底、卑怯者なのだろう。

うん、ぼくは卑怯でいい。

ずる賢く生き残ってやる。

あの、崖の上から見た光景を思い出す。

見たこともない草原。巨大な鳥。

そしてぼくたちを襲ってきた、オーク。

「異世界」

その単語を、ぼくは舌の上で転がす。

オークから逃げ出したとして、学校のあるこの山を降りたとして、ぼくたちが帰る家はきっと、そこにはない。

だからこその、この部屋なのだろう。

だからこその、このスキルなのだろう。

嘘みたいな、ファンタジー・ゲームのような、しかし現実そのもののこの世界で、ぼくたちは生きていかなきゃいけない。

「ぼくは、死にたくない」

二、三時間前まであいつを殺して、あとのことはどうとなれと思っていたのに。

いまぼくは、生きることを考えている。

たぶん、実際の戦いに身を置いてしまったせいだろう。

死というものについて、実感がわいてしまったからだろう。

思った以上に、死というのは恐ろしいものなのだ。そう知ってしまった。

だから卑怯者になろう。

このスキルのちからで、生き残ってやろう。

そのためにアリスを利用する。

だったら、こんな足のしびれくらい、なんてことないではないか。

そう考えるうち、だいぶ時間が経過していたようだ。

アリスがみじろぎする。

まぶたを持ち上げ、寝ぼけた様子で目をこする。

あ、よだれを手でぬぐった。

ふあ、とかわいらしくあくびをして……。

彼女をじっと見下ろすぼくと、視線が交わる。

「ふぁっ!」

「おはよう」

ぼくはにやりと、悪戯っぽく笑った。

アリスは悲鳴をあげると、ごろごろ転がってぼくの膝から退く。

そのあと、ごめんなさい、ごめんなさいと土下座して謝る。

「どうせこの部屋のなかじゃ、時間の経過がないんだから、いいんじゃないかな」

「で、でもっ!」

「寝顔、可愛かったし」

「みっ、見たんですかっ!」

「堪能した」

アリスは頬を朱に染めて「忘れてください!」と叫びながら、座ったままのぼくの頭をぽかぽか叩いた。

なお、ぼくが座ったままなのは、足がしびれて立てないからだ。

……これ、もとの場所に戻ったら、足のしびれとかって治るのかなあ。

治るだろうな。

この世界で疲労をとっても、もとの場所に戻ったらぐったりしてるもんな。

ってことは、この世界で怪我をしても、もとの場所に戻ったら怪我が治ってる?

じゃあ、この世界で魔法を使ったら?

いろいろ検証したいけれど、いまはそのへんすべて、あとまわしだ。

これからぼくたちは、オークとの殺し合いに戻らなきゃいけない。

時間の止まった穏やかなこの部屋から、殺伐とした世界に帰らなきゃいけない。

「カズさん。治癒のランクを上げるべきですか」

いま、アリスはレベル3になったところで、槍術スキルが2、治癒スキルが1。

新たに得た2ポイントで、槍術スキルの上昇はできないが、治癒スキルならばランク2にできる。

とはいえ……。

「いや、ポイントは取っておいた方がいいと思う」

ぼくはいった。

「槍術スキルを1から2に上げるだけで、オークを倒すのがこれだけ楽になったんだ。もう1レベル上げて、槍術スキルをランク3にすれば、オークに囲まれても戦えるようになるんじゃないか」

「カズさんの付与魔法があるおかげです」

たしかに付与魔法の効果は大きい。

身体性能の向上によって、アリスは常にオークから先手を取ることができている。

だからこそ、いっそう先手を取り続けるために、彼女は槍術スキルを優先するべきだと思うのだ。

ぼくはその考えを彼女に伝えた。

「では、そうします」

アリスは同意を示し……いや、ぼくの考えに従うことを承諾し、PCの前に座る。

おおきく深呼吸する。

「戻りましょう」

「ああ」

これから、ぼくたちはまた、修羅場に戻る。

殺し合いを再開する。

アリスがエンターキーを叩く。

次の瞬間、ぼくたちは、育芸館のロビーに戻っていた。

不快な臭気が、育芸館のロビーに充満している。

アリスは、オークたちによって凌辱され殺された裸の女子生徒を、もう一度だけ見下ろした。

それから首を振って、ぼくを仰ぎ見る。

ぼくはロビーの内部に数歩、入って、二階のバルコニーを見渡す。

騒々しい足音が、二階から聞こえてきている。

二階にいたオークたちが、侵入者に気づいたのだろう。

ロビーから二階に上がる階段は、ロビーの左右にひとつずつ、合計ふたつ。

「アリス、左から来るオークがいたら、叩いて。ぼくはパペット・ゴーレムで右側を抑える」

「はいっ!」

敵に挟まれるのが、最悪だ。

ぼくとアリスはいったん分かれて、左右の階段の下に辿り着いた。

見上げれば、二体のオークが、太った身体を揺らしながら降りてくる。

とはいえ階段が狭いため、ひとりずつの縦列だ。

チャンス。

ぼくはパペット・ゴーレムにオークの相手をするよう命じつつ、アリスの方に走った。

アリスは、左手の階段の前に立ち、下りてくるオーク二体を待ち構えている。

「右からも二! 先にこっちを叩く!」

そういってぼくは、サモン・パペット・ゴーレムを唱えた。

二体目のパペット・ゴーレムがアリスの後ろに出現する。

「キーン・ウェポン、フィジカル・アップ、マイティ・アーム」

ぼくはパペット・ゴーレムを魔法で強化し、アリスに合図を送る。

現在MP/最大MP=7/21

ぼくのMPはもうギリギリだ。

残りのMPは付与魔法にとっておきたい。これから先は、現有戦力で戦い抜くしかない。

「アリス!」

「はい、やります!」

アリスは一度、後退し、新たに呼び出したパペット・ゴーレムの横に並ぶ。

オークの一体が、ここぞとばかりに階段から飛び降り、アリスめがけて剣を振りおろすも……。

一歩踏み込んだパペット・ゴーレムの盾が、その攻撃を受け流す。

それでも木製の人形は、体勢を崩されかけた。

が、なんとか持ちこたえてみせる。

よし、いいぞ、ぼくの人形。がんばれ。

ぼくは手に汗握って応援する。応援しかすることがないのだけれど。

一方、攻撃を受け流された飛び降りてきたオークは、パペット・ゴーレム以上におおきく体勢を崩していた。

そこにアリスの刺突が入る。オークの腹に、鉄槍の先端が突き刺さる。

オークはよろめき、後退し……。

パペット・ゴーレムの棍棒が、オークの頭部に命中する。

オークはその場に倒れ、動かなくなる。

もう一体のオークは、それを見て、怒り狂った。

階段を降りて剣を振りかぶり、駆け寄ってくる。

アリスはそのオークから素早く距離を取り、パペット・ゴーレムの背後に隠れる。

また、パペット・ゴーレムの盾がオークの剣を防ぐ。

アリスは腰を落とし、パペット・ゴーレムの身体を軸として反時計回りに一回転する。

オークが、一瞬、彼女の姿を見失う。

さきほど、ロビーのオークを倒したときと同じ戦法だった。

あのときは倒したオークの身体を利用していたが、今度は自身の身体をかがめることで、小柄なパペット・ゴーレムを利用してみせたのである。

オークがアリスの姿をふたたび発見したときには、彼女の刺突が、無防備になった豚人間の喉を貫いていた。

相変わらず、ほれぼれするような手際だ。

けしてスキルに溺れず、最適の行動で敵を仕留めるため、頭を使って戦っている。

ひょっとして彼女、かなり戦闘のセンスがあるのではないだろうか?

と、アリスはぼんやりするぼくに目もくれず、一体目のパペット・ゴーレムが抑えている右手の階段側へ走って行った。

ぼくは慌てて、アリスを追いかける。

二体目のパペット・ゴーレムも、ぼくについてくる。

右手の二体のオークも、アリスの獅子奮迅の働きにより、たやすく屠ることができた。

ぼくがレベルアップする。

ぼくたちは、白い部屋にワープする。

そうか、これでちょうど、レベル4の経験値が溜まったか。

とはいえ、今回、やることは特にない。スキルを伸ばすこともできないし、いまさら作戦を立て直す必要もない。

白い部屋で、ぼくとアリスは、簡単に行動の再確認を行う。

「まずはパペット・ゴーレムを使って一階の部屋を調べる。そのあと二階にあがって、残りのオークを探す」

敵がいつ、不意打ちしてくるかわからない。

だから囮役は、パペット・ゴーレムがやる。

アリスは主戦力だ。敵の姿を確認したあと、「どうぞ、先生、お願いします」「どーれ」とおもむろに戦場へ投入したいところである。

いや、「どーれ」とかいうアリスはなんか嫌だけど。

「生き残りの生徒がいたとしても、まずはオークの殲滅が優先だ」

「はい」

「もし手に負えない状況になったら、ためらいなく逃げること。いいね」

「生き残りの生徒がいても、ですか」

「生きていれば、また来られる。ぼくたちが死んだら、誰も助けられない」

「……わかり、ました」

しぶしぶといった様子で、アリスはうなずく。

「よし、じゃあ、戻るぞ」

ぼくはエンターキーを打つ。

ふたりの身体が、育芸館のロビーに戻る。

それからぼくたちは、まず一階の各部屋を漁った。

オークの姿はどこにもなかった。

そうこうするうち、二階に残っていたらしきオークが、散発的に階段を降りてくる。

いずれもアリスが、さっくりと仕留めた。

二階から降りてきたオークの数は、ぜんぶで三体だった。

「もう、だいじょうぶかな。階段を登ろう」

パペット・ゴーレムを先頭に立たせ、慎重に二階へあがる。

二階のバルコニー付近では、物音ひとつしなかった。

「……オークはいないな」

ぼくはすっかり気を抜いて、数歩、廊下を歩み……。

横道を通り過ぎかけたときだった。一度だけ横道を見て、なにもないと油断していた。

「危ないっ、カズさん!」

アリスの鋭い声に、もう一度だけ横を向く。

ちょうど通路の奥から顔を見せたオークが、ぼくに向かって手斧を投げてきた。

やばい。

ぼくはとっさのことに、身動きが取れなくなった。

交差点を渡っているとき、急に飛び出てきた車に、思わず立ちすくんでしまうというアレだ。

それは人間の反射行動であるという。

軍隊では、そういった生存には不利な反射行動を取らなくなるよう、反復練習で徹底的にクセをつけるらしいが……。

もちろんぼくは、軍人ではない。

どちらかというと運動が苦手な高校生にすぎない。

オークの投げた手斧が、ぼくの脳天に迫る。

ぼくは、まるでそれをスローモーションのように見ていた。

そのぼくの身体が、傾く。

アリスがとっさに体当たりしてきたのだと気づいたときには、ぼくは床に転がっていた。

少女の押し殺した呻き声。

顔をあげれば、アリスが血まみれの肩を押さえていた。斧がかすったのだろう。

オークが迫ってくる。ぼくは慌てて、パペット・ゴーレム二体に迎撃を命じる。

アリスもすぐ槍を構え、援護に入った。

オークは、あっけなくトドメを刺された。

アリスがレベルアップした。

白い部屋にて。

「どうしてぼくを助けたんだ、アリス」

「どうしてって……」

アリスは困惑して、ぼくを見る。

そりゃ、そうか。助けた相手に詰問されたら、なんだこいつと思うよな。

「とっさに、身体が動いたんです。助けなきゃ、って」

「そのせいで、きみは死ぬところだった。……いや、すまない。助けてもらって、それはないよな。ひどいことをいった。忘れてくれ」

「は、はい」

ぼくは深呼吸した。

なにを焦っている。なんでアリスに腹を立てている。

たぶん、アリスが無私の心でぼくを助けたからだ。

もう育芸館の戦いは掃討戦に入っていて、いまのオークでラストだろう。

彼女はもう、ぼくがいなくても、ひとりでなんとかできてしまうだろう。

なのに己の身を挺してまで、ぼくを助けた。

損得勘定でいえば、それは損だ。

なのになぜ、あんな自己犠牲的な行動が可能だったのか?

答えはわかっている。

彼女がぼくを助ける行動は、損得勘定や論理的思考の結果ではないからだ。

彼女を疑っていたこともある。

その天然さすら演技で、ぼくを騙しているのではないかと思ったこともある。

打算で共に行動しているのだと、そう思っていたこともある。

だけど彼女は、最初からぼくを助けるつもりだった。

根っから、そういう人間なのだ。

なんだかぼくは、自分が汚らしい人間に思えてきた。

いや実際、汚らしい人間で、いやしい人間で、卑怯者だ。

なんとしても生き残ってやろうと、さっき決意したばかりだ。

それでも、アリスを見ていると、ぼくは……。

「どうしました?」

きょとんとした顔の少女と、目が合ってしまった。

胸の奥に、ちくりと痛みを感じた。

なぜだかぼくは、そっと視線をそらしてしまった。

不審な顔になるアリスに、慌てていいわけする。

「だいじょうぶでしたら、いいですけど」

「……うん、問題ないよ」

アリスの肩の怪我は、ヒールで問題なく治癒できる範囲だった。

あえてここで治療魔法のランクをあげる必要はなさそうだ。

だから、アリスは槍術スキルをランク3に伸ばした。

これでいっそう、彼女はぼくを必要としなくなるだろう。

そのはずだ。

アリス:レベル4 槍術2→3/治療魔法1 スキルポイント4→1