作品タイトル不明
第119話 オーガ・ファランクス2
しばらくして。
立ち直った啓子さんが、「ところで」と首をかしげる。
「さっきの話にあったシバって子、わたしとは入れ違いだから知らないのだけれど……理事の息子、なのよね?」
「ええ、 佐宗芝(さそう・しば) 、ぼくと同学年、一年生でした」
だがそのシバは、もういない。
ぼくが、殺した。
「やっぱり、へんねぇ」
だが啓子さんは、そういって首をかしげる。
「なにがです」
「それがね。シバって子が生きているって噂があるのよ。一部の子が、シバに会ったって」
まさか、そんなことはありえない。
ぼくは激しく首を振る。
だって、あいつは、ぼくの使い魔がきちんと。
あいつの銃を奪うときに、死体も確認した。
顔は潰れていたけど、身体はあいつのものだった。
ものだった、はず……だぞ?
「ちょっと待ってくれ。不安になって……いやでも、馬鹿な、そんなこと……」
「んー、わたしもシバって子は死んでいると思うよー」
啓子さんが、呑気にいう。
「でもー、それでもシバは生きている、って噂がたったのよー。おかげで、旧シバ派の子たちったら、思ったより勢いがあって……結局、中等部の方までいって、あなたたちに迷惑をかけちゃったみたい。ごめんなさいねー」
いや、うん、それはいまさらいいんだけど。
つまり彼女がいいたいのは、誰かが「シバが生きている」という噂話を広めたということか?
でも、それでその誰かには、どんなメリットが?
混乱する。
相手の意図が読めない。
こんなとき、志木さんがいてくれればと思う。
「ルシア、きみからなにか、意見はあるか」
「状況を完全に飲み込めているわけではありませんが、流言飛語の類いにいちいち気を取られているのは、どうかと」
あー、まあ、そうか。
こんなくだらない噂、信じるに値しないし、無意味だと断じていい。
育芸館の前に集まったやつらも、要塞砲の一撃でばらばらになった。
生き残りも、ほどなくオーガに殺されるだろう。
光の民のもとに避難するのは、育芸館組と結城先輩のもとに集まったひとたちだけだ。
彼らには逃げ場も、生き残る道もない。
流言飛語にどんな意図があったとしても、関係はない。
それよりも、いまのこの戦いだ。
ぼくたちは、全員で改めて作戦を確認する。
「雪野さんがいるおかげで、断続的にレベルアップが可能だ。それを利用した作戦がある」
入念に打ち合わせを行う。
しかるのち、ぼくたちは白い部屋から出て、戦場に戻る。
雪野:レベル9 火魔法5/水魔法1 スキルポイント2
※
白い部屋からグラウンドに戻る。
戦いが再開される。
といっても、オーガ側にとっては連続した時間だ。
モンスターたちは、まだドレッド・フレアにより混乱している。
ルシアと雪野さんの火魔法を浴び、前列がひどく傷ついている。
そこに楔を打ち込むべく、左手からアリスが、右手からは啓子さんが突撃した。
アリスの持つ槍より、巨体で腕の長いオーガの剣の方がリーチは上である。
もっとも、いまアリスの持つ銀の槍は、レジェンド・アラクネが使っていた魔剣……いや魔槍だ。
如意棒のように……正確には、柄かあるいは赤黒く脈動する穂先のどちらかを伸長させることができる。
白い部屋で、少し実験を行った。
結果、このリーチ変更にはMPを消費することが判明している。
銀の柄でも赤黒い穂先でも、一度の伸長でMP5を消費するのだ。
いまのアリスはレベル23だから、MPは230だ。
治療魔法を使うといっても、多少なら連打可能であった。
アリスが裂帛の気合と共に槍を突く。
その槍の穂先が、禍々しく赤く輝いた。
グンと伸長する。
その刺突は、オーガの盾の隙間から、この巨人の喉を一撃で貫いてみせる。
伸長は一瞬、穂先は、すぐもとの長さに戻った。
だがその間に、アリスは素早く次のオーガに肉薄している。
前列のオーガが倒れたことに気づき、二番手のオーガが慌てて盾を構えるも……。
遅い。
アリスはすでに、巨人のリーチの内側に踏み込んでいるのだ。
続く彼女の攻撃は、掲げた盾が届かない足もとへ。
身の丈三メートルの巨人にとって、それは完全に見えないところからの、不意打ちに近い一撃だ。
オーガは素足である。
けむくじゃらのその足の甲を、魔槍がひどく傷つける。
青い血が舞う。
オーガが押し殺した声をあげて、下がろうとする。
そのせいで、隊列がいっそう乱れる。
アリスはすかさず、隣のオーガに次の一撃を見舞い、こちらもよろめかせた。
混乱に拍車がかかる。
その機に乗じて、アリスは踊るように立ち位置を変え、攻撃を繰り返す。
そう、それでいい、無理をする必要はない。
一方、右手から突貫した啓子さんは……。
「なんなんだ、あれ」
「ええと、その……。いつも、あんな感じです」
呆れたぼくの声。
雪野さんが、なぜだか申し訳なさそうにうつむく。
啓子さんの戦い方は、ちから任せのたまき風でも、小技と技巧に満ちたアリス風でもなかった。
自分でヘイストをかけ、素手のまま距離を詰める彼女に対し、二体のオーガが剣を構え、一斉に斬りかかる。
「リフレクション」
ヘイストにより全身を赤く輝かせた啓子さんは、わずかに身体を横にずらして、オーガの斬撃を避ける。
もう一体の剣撃は、おなじみのリフレクションで弾き返す。
避けられたオーガは前のめりになり、弾き返されたオーガは後ろにのけぞって態勢を崩した。
隊列が乱れる。
そこに、すっと飛びこむ。
全身をばねにして、地面を蹴り、のけぞったオーガの盾を持つ腕を、白い剣で切り裂く。
青い血しぶきが舞い、左腕ごと丸盾が宙を舞う。
啓子さんは、流れるような動作で、前のめりになった方のオーガの首筋に白い剣を叩きこむ。
二体目のオーガの首が、胴体から切り離され、宙を舞う。
啓子さんは、さらに敵陣深くに切り込んだ。
敵より小柄であることを生かし、懐深く潜り込むことで、オーガの陣を破砕していく。
オーガたちは、もはや統制をとることもできない。
個々に啓子さんに打ちかかるも……それは同士打ちを引き起こすだけだった。
傷ついたオーガに、啓子さんが白い剣でトドメを刺す。
白い剣が振るわれ、青い血しぶきが舞い、断末魔の悲鳴があがる。
「レベルアップです」
アリスとあわせて四体目のオーガが倒されたとき、ルシアがそういった。
直後、ぼくたちは白い部屋に。
※
「啓子さんって、習ってたのは合気と空手だけなんですよね。剣の使い方、上手かったですけど」
「我流よー」
啓子さんは、にへらと笑う。
や、スキルもなしであれだけできて、我流って……。
「嘘ですよね」
「じつは、香港に帰っちゃった師匠に、刀剣の基礎だけ、ね」
ぺろりと、悪戯っぽく舌を出す。
おい、その師匠、日本でナニ教えてるんですかね。
中国人で合気道の師匠って時点でだいぶ怪しいけど、それ以上にもう、なんというか……。
いやまあ、おかげでぼくたちは助かってるけどさ。
「でも、こんなに剣が軽いのは、きっと肉体スキルがランク3のおかげねー。おかげで首をサクサク刈れて、はかどるわー」
怖いことしかいわないな、このひと!
アリスと雪野さんが、ひきつった顔で笑っている。
ルシアはいつも通り、あまり表情を変化させないけど……あ、普通に感心してるっぽい。
「とはいえ、啓子、ご注意ください。オーガたちは、いま、ただ混乱しているだけです。それに敵の後方には、まだ無傷のメイジとキャプテンがいるはずです」
ルシアは、浮ついたぼくたちの気分を引き締める。
もっともだ。
まだここまでは、前哨戦にすぎないのだから。
ルシア:レベル16 火魔法7 スキルポイント4
※
もとの場所に戻って、ぼくたちは戦いを継続する。
そして、この白い部屋から出た直後のみ可能なことがあった。
ルシアと雪野さんが、連続して攻撃魔法を放つ。
それに呼応するように、前線のアリスと啓子さんがオーガの陰に隠れる。
立て続けに爆発が起こった。
アリスたちは、オーガのおおきな身体を盾に、攻撃魔法から身を守っている。
わずかな爆風も、火レジがかかっているから、たいしたことはないだろう。
対して、ただでさえ隊列が崩れていたオーガたちは、連続攻撃でばたばたと倒れる。
そう、白い部屋から出た直後こそが、敵に知られるような合図もなく攻撃ができる、絶好のタイミングなのだ。
倒れたオーガの数は、三体……いや、四体目が崩れ落ちる。
直後、ぼくたちはまた白い部屋へ。
「わたしのレベルアップです」
雪野さんがいった。
「オーガは、レベル6扱いみたいですね」
低レベルの雪野さんだと、そのへんの計算がやりやすいな。
この戦いで、もうレベルがふたつも上がっているから、この計算に間違いはないだろう。
簡単な打ち合わせだけして、すぐ白い部屋を出る。
雪野:レベル10 火魔法5/水魔法1 スキルポイント4
※
ふたたび、白い部屋から戻ったタイミングでの、火魔法の一斉攻撃。
啓子さんとアリスが、要領よく敵を盾にする。
メイジによるレジストがあってなお、激しい砲火を前にオーガたちがばたばたと倒れる。
さらに二体倒したところで、啓子さんがレベルアップした。
啓子さんは、次は付与魔法を上げたいとのことで、4点あるスキルポイントは、まだ温存だ。
またタイミングだけ打ち合わせし、白い部屋を出る。
啓子:レベル19 偵察5/付与4/運動2/肉体3 スキルポイント4
※
ここまでは順調といえた。
だがそれは、敵の上位種がほとんど仕事をしてこなかったからにすぎない。
ぼくは油断なく、攻撃魔法を叩き込むルシアと雪野さんに合図を送りつつ……。
「きます、上空!」
ルシアの鋭い声。
ぼくは空へと舞う、蒼い肌のオーガを見上げる。
きたか、キャプテン。