軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第115話 鬼の軍団

ほんの少し前まで、育芸館という三階建ての建造物があった。

いまはその土地は、無残な瓦礫となっている。

もうもうと土煙があがっている。

広場は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

ある者は倒れて苦悶の呻き声をあげ、ある者は悲鳴をあげて逃げまどっている。

ぼくたちは、林のなかから、その光景を唖然として眺めた。

と、ルシアがぼくの手を強く引く。

「急ぎましょう」

しまった、彼女のいう通りだ。

なにをぼうっとしている。

いまは一分、一秒を惜しむというのに。

みんな、まだ透明のままだ。

彼女たちの姿を見ることができるのは、シー・インヴィジビリティをかけているぼくひとり。

この魔法、仲間にもかけられたら、どんなにいいことか……。

とりあえず、両手を前に突き出し、まるでゾンビのように「うー、あー、カズさんどこですかー」とふらふらしているアリスの手をとる。

治療魔法をかけてもらう。

肩の痛みが消えていく。

「みんな、じっとして。ぼくが手をとって隊列を組み直すから」

「ん。どさくさにまぎれて、えっちなイタズラをする?」

「風評被害はやめろ!」

セクハラは、堂々とアリスやたまきにするから。

というか、同意の上だとハラスメントじゃないから。

ひとまずミアの頭をぽこんと叩いたあと、全員の手を繋がせる。

改めて、ディフレクション・スペルからのグレーター・インヴィジビリティとフライを全員にかけてもらう。

空に舞い上がる。

ちらりと育芸館の瓦礫跡を見下ろす。

裏手の墓が、ちらりと見えた。

ぼくたちがつくった墓だ。

ぼくの指揮した作戦で、ぼくのちから不足とミスで死んだ、 下山田茜(しもやまだ・あかね) の墓。

心のなかで、さよなら、と呟く。

高等部のある東に飛びながら、山の北側に視線をやる。

空飛ぶ島は、その全体が山の頂上を越えようとしていた。

なおもばらばらと、モンスターを落とし続けている。

「あれ、落下したモンスター、死ぬんじゃないのか」

「よく見て、カズさん。なんだか下の方にいくと、葉っぱみたいにふんわりしてるわ」

なるほど、そういうことか。

魔法がかかっているんだな。

っていうか、あれって……。

「ソフト・ランディングか?」

「ん。そうっぽい」

ソフト・ランディングは、風魔法のランク1だ。

その名の通り、高いところからゆっくり、安全に着地することができる。

ただそれだけの魔法だが、なるほど、やりようによっては、ああやって空挺部隊をつくることもできるってわけか。

あの浮遊要塞島は、つまり空飛ぶ揚陸艦なのだ。

しかもハイメガ粒子砲つき。

機動力と打撃力を兼ね備えた、完璧な強襲揚陸艦である。

「しっかし、あれだけの敵にソフト・ランディングをかけるってことは、魔法使いがいるってことか」

「メイジ・オーガの仕業でしょう」

ルシアがいった。

「メイジ・オーガは、眠りの魔法や冷気の魔法を用いてきます。フライも使えます。ほかにも、さまざまな姿に変身するという噂があります」

うわー、アラクネの魔法使いよりずっと厄介そうだな。

というか、そもそも。

「オーガって、どんなやつなんだ」

「額に一本角を持つ、醜く野蛮な巨人です。巨人といっても、身長はオークをひとまわりおおきくした程度ですが」

ぼくとミアが昼間に戦ったジャイアントは、身長が四メートルくらいだった。

それよりはふたまわりほどちいさい、か。

そのかわり、数が圧倒的に多いけど。

「しかし、その膂力はオーク三体分とも四体分ともいわれています。皮鎧を装着しており、せむし気味ですが、その手は長く、剣と盾で武装しています。リーチはかなりのものと思ってください」

なるほど、文字通り、鬼だなあ。

単語の翻訳がスムーズにいくわけだ。

感覚的には、ホブゴブリンより粗野で、そのかわりパワーがある感じかな。

「頭の程度は、どうなの?」

「オーガはオークほど本能だけで動いているわけではありませんが、ホブゴブリンのように集団として規律正しく動く、というほど統制がとれているわけではありません。ただし、メイジという指令塔がいる場合、組織的な作戦行動を行うことが可能です」

なるほど、メイジ・オーガは頭がいいのか。

オークも、メイジは頭がよかったしなあ。

この世界、魔法を使うやつは頭がいいってテンプレがあるのかもしれない。

ところで、ぼくらのなかで魔法が使えないやつは……。

ぼくはちらりとたまきを見た。

「なんか、カズさんがわたしのことじっと見つめている気がする」

鋭いなコイツ。

「やだなあ、カズさん。照れちゃうよ」

「えーと、たまきちゃん。たぶんカズさんは……ううん、なんでもない」

アリスはなにか感づいたようだ。

でも苦笑いして首を振っている。

友達思いだ。

「ルシア。きみが知っている浮遊要塞の戦力がほかにあれば、いまのうちに教えてくれ」

「残念ですが、わたくしが存じているのは、これですべてです。王都に侵攻されたことが判明した瞬間、わたくしは転移門で逃がされてしまいましたので」

なるほど、まあそうか。

王都なんだ、転移門をつくる魔術師くらい、いるよなあ。

でもほかの王族は逃げなかったのか。

国と運命を共にした?

「本来、転移門の魔法は、たいへんにマナを消耗するのです。ひとりでは行使できず、複数人の高位魔術師が儀式を併用して用いる魔法です。リーンは、世界樹の加護があるとはいえ、図抜けた能力の持ち主なのですよ」

ぼくの沈黙をどう解釈したか、ルシアが先まわりして解説してくれた。

ルシアひとりを逃がす程度の余裕しかなかったってことだ。

滅びた王国は、王よりも誰よりも、ルシアという未来の戦力を生き残らせることに賭けた。

転移門とは、本来、そんな魔法なのだ。

にもかかわらず、リーンさんは、それをああも容易く操ってみせる。

ある意味で、彼女、ぼくらよりずっとチートな存在なんだろうか。

ぼくたちが最初に知り合った魔術師が、ほかならぬリーンさんだから……。

比較対象がいないんだよなあ。

高等部に辿り着く。

校舎のまわりで、十数人が忙しく駆けまわっていた。

志木さんが送った手紙の通り、人を集めているのだろう。

本校舎の上空で、ちょうどグレーター・インヴィジビリティがきれた。

ぼくたちは、校舎の屋上に舞い降りる。

見張りをしていたらしいジャージ姿の男子生徒が、ふたり、屋上に立っていた。

高等部のジャージは、ラインの色で学年がわかる。

一年が青、二年が赤、三年は緑だ。

彼らは赤いジャージだった。

二年生か。

ひとりは弓を持っている。

アーチャー・オークからぶんどったのか。

ってことは、今日になってレベル1になったひとなのかな。

彼らはぼくを見て、少し気まずそうな顔になった。

高等部のひとたちは、当然、いじめられていたぼくを知っていて、でも数日前まで、シバのいいなりだったからだろう。

あー、でもいまさら、そういう風に意識されてもなあ。

「避難の状況はどうなっていますか」

ぼくは、極めて事務的に訊ねた。

見張りのひとり、弓使いの先輩が、慌てて「いま、あちこちに散ったひとたちを集めてる」と語った。

なんでも、高等部の隅々を探索してオークを狩りだすチームが、かなり奥の方まで行ってしまっているのだという。

いまから連絡を入れて、間に合うだろうか。

ぼくはルシアを見る。

「オーガ部隊の展開にかかる時間とか、どう?」

「敵の索敵能力次第です。ここにひとが集まっていることを知れば、メイジの飛行魔法で、すぐにでも一部隊を送り込んでくるはずです」

「その『一部隊』の戦力って、どれくらいだと思う」

「これまでの報告から推測して、二十体から三十体程度でしょう。オーガ十に対してメイジ一の比率だと考えてください。この集団をキャプテンが統率します。総合すれば、五倍から十倍の兵士を相手にできる戦力です。この先遣隊がこちらを足止めするうちに、十倍の数の本隊が到着します」

キャプテン・オーガというのもいるのか。

名前の通り、部隊長。

オークで考えれば、エリートか。

ノーマルのオーガがエリート・オークくらいの強さだと考えると、戦闘力的にはジェネラルに匹敵しそうだ。

一対一ならたまきが負けることはないと思うけど……。

なんせ、数が多いからなあ。

「ルシア。ぼくたちで足止めができると思うか」

「先制攻撃とともに、全力を出して構わないのでしたら、問題なく」

「その場合、なんの不利益がある」

「こちらの戦力を推測される可能性があります。……ザガーラズィナーに」

ああ、なるほど。

あの浮遊島には、魔王軍の幹部がいるんだっけか。

神兵級を超える、おそらくはぼくたちにとって手に余るほどの相手に、こちらの手のうちを晒すのは……たしかに悪手だ。

ぼくは考える。

高等部の生徒、ぼくたちに協力的ではあるけれど現在は非力な数名を見殺しにすることで、ザガーラズィナーにぼくたちの戦力を悟らせないことのメリットと、デメリット。

いや……そうじゃない、か。

ぼくは首を振る。

これは、ひとりで考えるべきことじゃない。

高等部の先輩たちに向き直った。

「結城先輩は、どこですか」

「一階の校長室だ。ずっと閉め切られていたから、オークにも荒らされていなかったんで、拠点として利用している」

「ありがとうございます。……いこう、みんな」

ぼくは彼らに頭を下げて、皆と共にフライで一階まで舞い降りた。

割れた窓から廊下に入る。

校長室のドアは開け放たれていた。

ジャージ姿の男女が、忙しく出入りしている。

ぼくたちの姿を見ると、三年生の証である緑のラインの入ったジャージを着た女性が「あっ、ミアちゃん!」と叫んだ。

「あ、やほー、ケイっち」

「ユウくーん、ミアちゃんですよー、妹さんですよーっ」

「ま、待つでござる! 大声でそういうこと叫ばないで欲しいでござるよっ」

ガタガタと騒がしい音がしたあと、慌てた様子の結城先輩が飛びだしてくる。

相変わらずの、忍者装束だった。

ぼくは、結城先輩の無事な姿を確認したあと、ちらりとミアに「ケイっち」と呼ばれた女性に視線を移す。

腰まである髪を後ろで束ねた、母性的な雰囲気の、ちょっと大人びたひとだった。

えへらと笑う目もとが、やさしく垂れている。

穏やかな雰囲気のひとだな、と思った。

でも、三年生だとしても、ちょっと大人びた感じだ。

「ん。ケイっち、なんでいるの?」

「ちょうど、書類が必要で、来てたのよー。もう、こんなことになって、困っちゃうわよねー」

「ええと……ミア、どちらさま?」

「カズっち、このひと、 磯垣啓子(いそがき・けいこ) さん」

ミアが、そのひとをぼくに紹介する。

「大学生で、忍者部のOG」

おい待て。

忍者部って結城先輩がひとりでつくったんじゃないのかよ。

「でもって、兄の婚約者」

え、マジで。