軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第114話 浮遊要塞

鬼将ザガーラズィナー。

初めて出た、モンスターの固有名詞だ。

というか、固有名詞のあるモンスターってどういうことだ?

「魔王軍の幹部といわれる、四体のモンスターがいます。魔王が専従契約で召喚したといわれる者たちです」

あ、そうか。

そこで専従契約が出てくるってことね。

それって……つまり、強いんだよなあ。

「神兵級、なのか」

「神兵級よりさらに強い、といわれております。もっとも、わが国との戦では、ザガーラズィナー本人の姿を確認できませんでしたので……」

「そりゃ、ま、一軍の将軍だもんな」

将軍が前線に出てくるなんて、物語のなかだけだろう。

いや、この世界の場合、個人の戦闘力が戦局をおおきく左右することもあるだろうから、一概にはいえないのか。

ましてや、その実力が神兵級モンスターであるメキシュ・グラウやレジェンド・アラクネ以上であるなら……。

っていうか、メキシュ・グラウ以上ってなんだよ。

モンスターにはランク9より上があるってことか?

そんなやつに勝てるのかよ……。

「あの浮遊要塞には、およそ二千体のオーガが配備されているといわれています。彼らは泥沼化した前線を一気に飛び越え、王都を襲撃しました。王都の民が浮遊要塞を見上げたその日に、わが国は滅んだのです」

なるほど、機動力は最大の武器か。

容易には手を出せない空を自由に動き、どこにでも現れる脅威。

めちゃくちゃ厄介だ。

二千体のモンスターと、神兵級を超えるボス。

そんなものが、この山にやってきた。

敵は、魔王軍は、ぼくたちのことをどこまで知っているのか。

中等部と高等部の生徒、全員が隠れていれば、やり過ごせるだろうか。

少し考えて、無理だろうと首を振る。

たとえ、彼らの目的がこの山ではなかったとしても……。

コンクリートの校舎、激しい戦いの跡。

ひどく怪しい。

この世界の住人にとって、これほど奇妙な光景はないだろう。

だいいち、いま広場に集まっている高等部のやつらが、おとなしくこちらのいうことを聞くとも思えない。

ああもう、笑えてくるね。

敵は一国の王都を楽に滅ぼすほどの戦力をぶつけてきているってのに、こっちは仲間割れしてるのか。

いや、愚痴っていても仕方がない。

浮遊要塞に対してどういう態度に出るか、まずはそれを考えよう。

とりあえず、もうこうなったら広場のやつらはガン無視するとして……。

「ルシア。転移の魔法は、まだリーンさんの鷹を起点に使えるんだよね」

「はい。この鷹を通じてリーンに頼めば、可能です」

いつの間にか給水塔の上に停まっていた鷹が、ルシアの掲げた手の上に着地した。

リーンさんの使い魔は、首を上下させてうなずく。

「みなさん全員を、われら光の民の地に避難させる用意がございます」

鷹が、しゃべった。

志木さんたちが、きょとんとしている。

あ、そうか、また言語の問題か。

ぼくは鷹にメニー・タンズをかけた。

リーンさんはそれを理解したか、もう一度、同じことをいう。

志木さんはぼくと視線を交えた。

「避難するなら、この育芸館にいるひとたちだけになる」

ぼくはいった。

「もちろん、外にいるやつらは連れていかない」

彼らが光の民と揉め事を起こさない未来が、想像できない。

それなら、ここでモンスターたちの餌になってもらった方がいい。

志木さんも異論はないだろう。

一般人にとって、自分の手でひとの首を絞めて殺すのは、とても抵抗のある行為だ。

でも、見えないところで人々が飢えて死んでいく分には、たいして心も痛まない。

ましてやそれが、野蛮で残酷な行為に手を染めていた、モラルの欠片もない男たちであるなら、なおさらだろう。

問題は、そこじゃなくて……。

ぼくはミアを見る。

ミアはいつも通り、表情に乏しいが……。

そう、その場合、結城先輩たちは見捨てることになる。

高等部の人々まで助けることはできない。

ミアのお兄さんたちは、見殺しだ。

ミアは相変わらず、表情の変化が少ない。

なのに、いまのぼくには、彼女が泣きそうな顔をしているようにしか見えなかった。

だからといって、ここでぼくと志木さんが決断を下さないわけにはいかない。

敵はすぐ近くまで迫ってきている。

こうしている一分、一秒が惜しい。

ぼくはぐっと拳を握り、志木さんに向き直り……。

「カズくん、あなたたち五人で高等部まで飛んでいくとして、どれくらいの時間がかかるかしら」

志木さんがいった。

え?

……いや、そうか。

「五分はかからない……と思う。あと、グレーター・インヴィジビリティで透明になって飛べば、注意を惹かないですむかもしれないね」

「わかったわ、じゃあ、それでいいわね」

是非もない。

志木さんは近くの少女たちに指示を出し、育芸館組の少女たちを大至急、ホールに集めるよう告げる。

そのあと、ぼくたちに向き直る。

「転移門というのは、その鷹の使い魔がいれば、どこにでもひらけるのでしょう。あの空飛ぶ島が育芸館の真上まで来るまでには、もうしばらく時間がかかるわ。育芸館組は、さっさと転移門で脱出させる。あなたたちは、そのあと、鷹を連れて高等部まで飛んでいきなさい」

それと、と補足する。

「いまメモを書くわ。カズくん、カラスを呼び出して、中等部本校舎の屋上まで飛ばしなさい。そこに高等部の中継スタッフが待機しているの。高等部組を一か所に集めてもらいましょう」

志木さんはペンと手帳をとりだして、さっと手紙をしたためた。

ぼくが慌てて召喚したカラスの脚に、折りたたんだ紙を手早く結いつける。

ぼくの指示で、カラスが空に舞い上がる。

志木さんたちが階下に降りていく。

ぼくはディポテーションで二体の使い魔を送還すると、最後にもう一度、空を振り仰ぐ。

巨大な島が、ゆっくりと迫ってきていた。

その途上で、ぽろぽろとなにかを落としていく。

距離が遠すぎてわからないが、モンスターだろう。

うわあ、いま育芸館が偵察隊とか出してなくてよかった。

「カズっち、ありがと」

ミアが、ぼくの服の裾を引っ張って、ちいさな声でいう。

ぼくは笑った。

「思いついたのは、志木さんだ」

「でも、カズっちもすぐ、おっけーした」

「勝ち目があるなら、そりゃね」

ミアは「ん」とうなずく。

「それでも、嬉しかった」

「きみのモチベーションもあがるなら、なおさらいい」

さて、とぼくたちはきびすを返し、屋上から立ち去る。

広場では、まだ高等部のやつらが大騒ぎしていた。

うーん、こりゃ、速攻で敵の目標はここになりそうだなあ。

本当は、なるべくいろいろなものを転移門で運び出したかったけど……。

そんな暇、なさそうだ。

急いだ方がいい。

五分ほどのち。

一階の薄暗いエントランス・ルームに、直径三メートルほどの、青白い円盤状の光が現れる。

転移門だ。

外の高等部男子連中は、相変わらずやかましく騒いでいる様子であった。

かといって、逃げるでもなく、組織だって迎撃の用意を整えるでもない。

完全に烏合の衆だ。

光の上に乗った少女たちが、次々と消えていく。

彼女たちは、全員、重いリュックサックを背負っていた。

「いつ育芸館を放棄してもいいように、準備をしていたのよ」

志木さんがいう。

サバイバルに必要な装備は、うまく数名のリュックサックに配分してあるらしい。

数日はなんとかなるはずだと。

頼もしいことだった。

ぼくは志木さんほか数名にメニー・タンズをかけておく。

向こうで会話ができないと困ることを、直前になって思い出したのだ。

最後に青白い光に乗って消えた志木さんを見届けたあと、使い魔の鷹は転移門を閉じる。

鷹は、ルシアの頭に飛び乗った。

「そこ、定位置になったんですか」

「ルシアは、使い魔をいじめたりしませんから」

鷹が、ジロリとミアを睨んだ。

あ、根に持ってる。

ミアはそしらぬふりで、そっぽを向いて口笛を吹く。

グレーター・インヴィジビリティとフライのかかったぼくたち五人が、育芸館の二階の窓から飛び立つ。

ぼくだけは、シー・インヴィジビリティで皆の姿が見えているけど、ほかのひとは仲間すら見えていない。

だから互いに手を繋いだ。

ルシアは、リーンさんの使い魔の鷹を、片手で胸に抱えていた。

それだけだと鷹だけ姿が見えてしまうので、こちらにもグレーター・インヴィジビリティをかけてある。

広場でまだ右往左往している男たちの頭上を飛び越える。

ふと、彼らの声が聞こえてきた。

「シバさんが……いって……」

「おい、だからシバさんを……」

うん?

こいつら、まだシバが死んだことを受け止めきれていないのか。

だから、こんな馬鹿げたことができたのか?

そんなことを考えながら、ぼくらが広場を抜け、林のなかに入った直後。

浮遊要塞の上で、ぴかっとなにかが輝いた。

背筋を冷たいものが走り抜ける感覚。

「森のなかに!」

ぼくは叫び、高度を下げて木々に突っ込む。

数瞬後、浮遊要塞から放たれた一筋の光線が、育芸館を刺し貫いた。

耳をつんざく爆発音が響く。

衝撃波が、ぼくたちの身体を吹き飛ばす。

とっさに、互いが互いの手を強く握った。

ぼくたちは五人で肩を寄せ合って、くるくる宙を舞い……。

林のなか、落ち葉の絨毯の上に落ちる。

ぼくは、背中から地面に叩きつけられた。

肺の中の空気が吐き出される。

皆の、苦痛に呻く声。

「だ、だいじょうぶ? カズさん、へいき?」

「あ……ああ、なんとか」

立ち上がろうとすると、肩に鋭い痛みを覚えた。

低く呻く。

アリスが、魔法で治療しようとして……。

「え、えっと、カズさん、このへん……ですか」

「ひゃあっ、アリスさん、それ、わたしです」

ルシアの、裏返った声。

ぼくには見えていた。

アリスがルシアのお尻を撫ですさっている。

思わずにやりとした。

ミアがぼくの頬をうにーっと引っ張った。

お、おい、きみ、見えてるのかよ!

「なんか、カズっちにおしおきしなきゃいけない気がした」

「カンでなにしやがる!」

「そういう抗議の仕方ってことは、やっぱなんか見えてたってこと」

ジト目のミア。

くそーっ。

さらに抗議しようとして、肩の痛みに顔をしかめる。

ええい、そもそも、呑気にしゃべっている場合じゃない。

顔をあげて育芸館の方を見れば……。

あの立派な建物が、存在しなかった。

土煙があがるなか。

さっきまでぼくたちが拠点にしていた場所は、たったの一撃で瓦礫となっていた。