作品タイトル不明
第113話 役に立たない駒
たまきにはああいったけど。
実のところ、育芸館の前にたむろしている五十人を殺すことなど、たやすいことだ。
アリスやたまきのちからを借りる必要もない。
ぼくの召喚魔法で、適当な使い魔を呼び出して、虐殺を命じればいい。
あるいは、ルシアの火魔法で焼きつくす手もある。
多少は討ち漏らしが出るかもしれないが、許容範囲だろう。
どうせ、彼らだけでは生きていけない。
女性を欲望のはけ口にし、弱いものを虐げて、シバの手先となっていた男たち。
彼らの行いは、ぼくたち育芸館組にとって、充分、憎悪するに値する。
育芸館組の大半は、ぼくたちの行動を容認すると、それどころか喝采すると確信している。
だが全員ではないだろう。
たとえば、アリスとたまきの友人である 杉之宮(すぎのみや) すみれ。
さきほども遠慮したものいいだった、心やさしい彼女の場合、どうだろうか。
きちんと説得すれば、やむをえぬ処置であると、承知してくれるかもしれない。
それでも、わずかなしこりが残る可能性はある。
ぼくたちとしては、育芸館組の結束をこそ、大切にしたい。
ひるがえって、甘い処置をすればどうか。
そちらこそ、育芸館組の結束を危うくするだろう。
嫌悪すべき男たちを野に放つような指揮官は、糾弾するに値するのではないか。
そのあたりを天秤にかけているからこそ、志木さんはまだ、迷っているのだろう。
加えて、高等部のもうひとつの派閥、結城先輩を中心とする者たちのこともある。
彼らは、ぼくたちの処置をどう考えるだろうか。
ぼくと志木さんとルシア、三人で個室にこもり、鍵をかける。
最初に口をひらいたのは、ルシアだった。
「すみやかな攻撃を行なわないのは、あなたがたの世界における常識的な感覚によるものですか」
「甘い、といいたいのね」
志木さんは、腕組みして、苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「それは否定しないわ。わたしたちは、三日前まで、戦争どころか暴力すらほとんどない世界で育った。同胞を殺すという行為に強いためらいを覚えているわ。……わたしだって、口ではなんだかんだいっても、カズくんに甘えていたわ」
別に、ぼくを頼ってくれるのはいいのだけれど……。
志木さんと視線を交わす。
その双眸が、みじろぎするように動いた。
「なんか、それ以外にも理由がありそうだね」
「実は、さっきね。高等部に使い魔のカラスを送ったの。育芸館で起こっていることを教えるためにね」
育芸館では、ぼく以外にも召喚魔法を選んだ者がいる。
サモン・ウォーターやサモン・ブレッドだけでも有用だからだ。
いまみたいに、メッセンジャーとしても便利だし。
「カラスには、結城先輩が追放した彼らをどうして欲しいか、と……そう訊ねる手紙をつけたわ」
「どういう答えが返ってくると思う」
「結城先輩自身が来るんじゃないかしら」
だろうな、とぼくもうなずく。
あのひとは、そのあたり義理がたいし、責任感も強い。
けど、それって余計、面倒になるんじゃ……。
「集まった人たちが結城先輩を襲いでもしたら、皆殺しにするいい口実ができるわ」
志木さんが、にやりとした。
ああ、うん、ソウデスネ。
こいつは悪党のツラですわ。
志木さんは、きっかけが欲しいんだ。
誰の目にも明らかに、彼らを討伐しなきゃいけないっていう大義名分が。
皆がまだ無意識に持っている、人を殺しちゃいけないというストッパーを破壊するためのなにかを求めている。
「あなたがたが人殺しを忌避するのでしたら、わたくしがやっても構いません」
「これはわたしたちの問題なの。わたしたちが自らの殻を破るためにも、必要なこと。少し面倒かもしれないけど、ここは黙って見ていて欲しいわ」
ルシアは志木さんと見つめ合う。
というか、睨みあっているのかもしれない。
怪獣同士が互いの力量を観察しているような感じだ。
お互い、表情は笑っている。
でも目がちっとも笑っていない。
怖い。
アリス助けて!
「カズくん、ひとごとみたいに目をそらさないで」
「あー、志木さんのおっぱいがおおきいから、恥ずかしくて。ぼくもほら、健全な思春期の少年だから」
「はいはい、アリスちゃんにいいつけるわよ。で、あなたの意見を聞きたいのだけれど」
ぼくは少し迷ったすえ、「さっきもちょっとたまきがお漏らししたけど」と例の話をすることにした。
「この世界の住人と会ったよ。光の民と自称する集団のトップに座るひとが……リーンさんっていう予言者みたいな人なんだけど、そのひとがいうには、明日、この大陸は滅ぶらしい」
志木さんは、ルシアを見た。
エルフの亡国王女は、はっきりとうなずいてみせる。
志木さんは、腕組みして、ぼくに視線を戻す。
「本当なのね」
「突飛もない話に聞こえるかもしれないけど、本当だよ。で、それを防ぐためにも、ぼくたちは明日、光の民に協力することになると思う」
「それで?」
「総力戦になる。場合によっては、ぼくたちトップチームだけじゃなくて、この育芸館のセカンドチームや結城先輩のところのひとたちも参戦してもらう。そうなると……」
なるほど、と志木さんはうなずく。
「この育芸館の守りも薄くなる、というわけね」
「根こそぎ戦力を持っていったら、そうなる。外にいるやつらがつけいる隙になるだろう」
「だから、いまのうちに始末するべき、と? 卑怯でもってまわった作戦や段取りなんて無視して?」
「問答無用でね。ルシアがやるべきじゃないのは、同意。ぼくたちにとって新参である彼女の立場が悪くなる。でも、ぼくが勝手にやる分には、だいたいの子は認めてくれると思う」
「全員は、認めないかもしれない」
ぼくは肩をすくめた。
「それはそれで、いいよ。優先順位を考えよう。明日も明後日もぼくたちが生き残ることが、一番大切なことだよね」
志木さんは少し考えたすえ、「そうね」とため息をついた。
「そういうことなら……こうして議論している時間すらも、勿体ないわね」
といって、ぼくを睨む。
両手を腰に当てて、胸を張る。
「ただし、カズくん。あなたが勝手に、というのはダメよ。あなたは、わたしの命令で、ひとを殺すの。いいわね」
まあ、そういうと思った。
それでこそ志木さんだと思う。
このいじっぱりめ。
※
屋上から攻撃しよう、ということになった。
ぼくたちは、部屋を出て階段に向かう。
アリスやたまきも、黙ってついてきた。
階段の前には、数人の少女がいた。
皆、魔法の使い手だ。
「わたしたちも、戦わせてください」
そのなかのひとり、肩まである髪を茶色に染めて、縁なしの眼鏡をかけた少女がいった。
さっき名前が出た、 最上潮音(もがみ・しお) 。
中等部の二年生で、火魔法の使い手だ。
「カズ先輩がいないうちに、火魔法はランク5になりました。お役にたてると思います」
ぼくは志木さんを見た。
志木さんは肩をすくめて「慕われているじゃない」と皮肉に笑う。
こんちくしょう。
「いいわよ。屋上から攻撃できるなら、身の危険もあまりないと思うわ。念のため、何人か一階のエントランスで待機して……アリスちゃんとたまきちゃん、エントランス組の指揮をお願い。いざというときは……わかるわね」
屋上から襲われたやつらが、やぶれかぶれで育芸館に押し入ってくる可能性。
あるかもしれない。
その場合、アリスやたまきが、そいつらの始末をつけることになる。
できれば彼女たちには手を汚して欲しくない、けど。
しのごのいっている余裕なんて、ないかもしれない。
世界樹付近で襲ってきた、和平派の件もある。
モンスターの側につく人間、あるいは亜人の存在。
これから先、そういった者たちを相手にする可能性もあるなら……これは、その予行演習としてちょうどいいのかもしれない、か。
やるせない気分になるけど、でも、過保護はダメなんだろう。
明日、すべてが終わるかもしれないっていうときなんだから。
優先順位を間違えちゃいけない。
育芸館の子たちを保護したのは、慈善事業じゃない。
ぼくたちが明日を、明後日を生き延びるために、戦力を増やすことが有用だと判断したからこそ、彼女たちを助けたのである。
アリスとたまきは、元気よく返答して、下階に走っていく。
ぼくたちは、四人の少女を加えて屋上にあがった。
ドアをひらくと、夕方の強い風が吹き抜けた。
まだ姿は見えないけど、高等部の男たちの罵声が届く。
ひょっとしたら、ぼくの姿を見て、彼らがなにかいうかもしれない。
いじめられていたぼくのことを、嘲笑し、揶揄するかもしれない。
そう思うと、少し腰が引けてくる。
でも……そうだな。
せめて、殺す相手の顔くらいはきちんと見ておきたいかも。
ぼくは手すりの近くに歩きかけて……。
志木さんが、「待って」という。
「カズくんは、使い魔さえ出してくれればいいわ」
「でも……」
「あなたは切り札で、わたしたちの英雄なの」
志木さんはそういって、戸惑っている女子たちをちらりと見る。
あー、そうか、余計なことは聞かれたくないもんな。
これはぼくの気持ちどうこうじゃなく、ぼくをカリスマ化しておくための方策だ。
「サモン・グレーター・エレメンツ:ウィンド、サモン・グレーター・エレメンツ:ファイア」
ぼくは二体の上位精霊を呼び出す。
いらないかもしれないけど、いつものように付与魔法をかけていく。
キーン・ウェポン、フィジカル・アップ、マイティ・アーム。
続いて、ルシアとミア、最上潮音たちに、クリア・マインドとスマート・オペレイション。
なお今回も、志木さんはクリア・マインドを嫌がった。
ほんとこのひと、マゾだな!
「じゃあ、いきましょうか」
志木さんが、ゆっくりと手すりまで歩いていく。
広場の男たちが、ざわめく。
って、あれ?
なんか、彼らのざわめきが、妙な感じ……。
ぼくは好奇心に駆られて、給水塔の陰からこっそりと広場を覗く。
高等部の男子たちは、皆、こちらではなく、山の上の方を見ていた。
なんだろう。
ぼくの視線もそちらに向く。
山の頂上の、さらに上。
そして、発見した。
島があった。
ちいさな島がひとつ、宙に浮いて、いましも山を越えようとしている。
「らぴゅた?」
ミアの声にも、ちからがない。
呆気にとられているのか。
いや、それよりも……。
ぼくは、そばで震えているルシアを見る。
彼女の手を握る。
ルシアは、はっとぼくに向き直る。
端正なその顔が、ひどく青ざめていた。
「あれは、なんだ」
「魔王には、四人の幹部がいるといわれています。これを四天王、と呼称します」
ルシアはいう。
「浮遊要塞。あれは、魔王軍の幹部のひとり、鬼将ザガーラズィナーの居城です」
そして、と彼女は続けた。
「わたくしの国は、あの浮遊要塞によって滅ぼされました」