作品タイトル不明
第112話 育芸館の様子
さて、格好つけたところで。
外の連中をどうするか、方針を定めなければならない。
ぼくひとりで決定するのではなく、志木さんとも話し合う必要があるだろう。
そんなことを考えて、志木さんがいる部屋に赴く。
二階の会議室のなかを覗く。
志木さんのそばで、不安そうにしている数名の少女たちが、ぼくらに気づき、ひどく驚いた表情になった。
ぼくは、悪戯っぽく口もとに人差し指を当てて、静まるよう頼み込み……。
志木さんに小声で呼びかける。
窓のところにいた志木さんは、ちらりとこちらを振りかえる。
懸命な委員長様は、ちいさくうなずいてみせた。
まわりの子たちの態度で、ぼくが声をかける前から、ぼくたちの帰還を悟っていたのだろう。
一見、なにごともなかったかのように、ふたたび外に振り向く。
尋常な胆力ではない。
「あなたたちの要求はわかったわ。一度、相談させてちょうだい。覚悟を決める時間くらい、もらってもいいでしょう」
しおらしくそんなことをいったあと、窓を閉める。
ツカツカとおおきく足音を立てながら、入り口付近にいるぼくらの方へやってきた。
ぼくを睨む。
えー、なんで睨まれるかなあ。
「どうやって、いつの間に……それと、そちらの方は……。そもそも、言葉は通じるの?」
立て続けに質問してくる。
えーと、もう、せっかちな。
いや、気持ちはわかるけどさ。
「さっき、ワープしてきた。そこの子は、ルシア。魔法で言葉の問題は解決。で、状況を整理しよう。やつらはなんで、いまさら?」
志木さんはちらりとルシアを見たあと、ため息をついて「まあいいわ」と肩を落とした。
そう、いま重要なのは、この事態にどう立ち向かうかだ。
実力で排除するのか、言葉を使うのか、それとも……。
そのためには、ぼくたちが正確に状況を把握する必要がある。
「馬鹿げた話よ。今朝から昼にかけて、高等部では、大規模な組織の再編が起こったわ。ミア、あなたのお兄さんである 田上宮結城(たがみや・ゆうき) 先輩が中心になってね」
志木さんが聞いた話によれば、その結果、結城先輩は五十人前後の組織をつくりあげた。
生き残った高等部の生徒のうち、これまではどちらかというと弱者に属していた者たちがその中心となった。
だが、そういった動きに反発する者もいる。
望んでもその組織に入れなかった者も多かった。
端的にいって、反発していた者も、結城先輩に拒絶された者も、シバの配下で好き勝手にやっていたやつらだ。
結城先輩は、昨夜まで、こっそりと生き残りの生徒たちの動向を調べ上げていた。
誰がどんな思想を持ち、この世紀末ひゃっはー的な状況でどう行動したのか、詳細な調査を行っていた。
ゆえに、一見、同じシバの組織に組み入れられた者たちでも、嫌々行動していた者とそうでない者をはっきりと区別できたのだ。
結城先輩は、自ら罪人を選別した。
彼は、見捨てるべき者は見捨てると、冷酷に宣言したという。
ただし、それは弱者を見捨てるということではない。
弱者を見捨てず、虐げていた者たちを切り捨てるという決断であると。
結城先輩の言葉は、おおいに支持された。
それはきっと、彼の地味で細々とした行動が受け入れられた結果でもあるのだろう。
彼自身は指導者になりたがらなかったけれど、でも彼こそが指導者にもっともふさわしい人物であると、誰もが認めた。
そういうわけで、ニンジャは影の存在になれなかった。
日なたに出て、脚光を浴びる羽目になった。
さぞや不本意だったことだろう。
でも結城先輩は、それが必要だと理解していた。
なまじ頭がいいだけに、皆のため、己のため、そして中等部にいる妹のために、己ができる最大限の努力をせざるを得なかった。
結果的に、彼の試みは上手くいった。
上手くいきすぎたのかもしれない、と志木さんはいう。
彼はきっと、最終的に組織が固まる前に、一度くらいはいざこざが起き、それによって切り捨てた「かつての強者」たちの勢いをおおきく削ぐことができると計算していたに違いないと。
「でもそれって……。高等部のひとたちで旧シバ派の人間を殺す、ってこと、だよね」
「そうよ。じゃないと、禍根を残すもの。たぶん、みんなで団結して、協力して、ある意味で通過儀礼にするつもりだったんだと思う」
平然と、怖いことをいう。
無論、その有用性についてわからないわけじゃないけれど……。
こういう果断な決断を下せるからこそ、志木さんや結城先輩は指導者向きなんだろう。
「あら、当然のことよ。文化祭の準備で、クラス一体となってがんばったりすると、みんな仲良くなれるでしょう」
「いってることはとても正しいけどね」
どん引きですわ、お祭りと人殺しを一緒にするとか……。
いや、そういう平時の感覚がダメなんだろうけどさ。
ぼくはきっと、苦虫をかみつぶしたような顔をしていたのだろう。
志木さんが、してやったりという顔をする。
こいつ本当に性格が悪いな!
「ごめんなさいね。あなたはボッチだったから、クラスと一体感なんてなかったかしら」
「こんちくしょう!」
ああもう、このひとはーっ!
ぼくをいじって、そんなに楽しいか!
楽しいだろうなあ、ちくしょうめ。
ちなみに、志木さんのまわりにいる女の子たちはきょとんとしている。
彼女たちに聞かせてどうするつもりだ!
あとで適当にごまかすのかもしれないけど。
なにもかも平常運転で、ほんと、育芸館に戻ってきたんだなあって気分でいっぱいだよ。
涙が出そうだ。
泣くぞコラ。
「ま、カズくんいじめはこのくらいにしておいて……。真面目な話、わたしたちに手段を選んでいる余裕なんてない。そうでしょう?」
ああ、それはわかっている。
ぼくには志木さんが持っていない情報もあるから、なおさらだ。
さすがに、ほかの子たちの耳があるいまこの場では伝えられないけど……。
下手したら、この大陸は、この世界は、明日終わる。
こんなショッキングな情報を辺り構わず触れまわるのは、さすがにヤバい。
「そうね、なんせ下手したら、明日、世界が滅ぶかもしれないし」
たまきがいった。
あっさりといった。
あう。
しまった、こいつはこういう奴だった。
きちんと口止めしないと、やらかすやつだった。
ミアとルシアが額を手で押さえている。
アリスはきょとんとしていた。
志木さんは苦虫をかみつぶしたような表情で、ぼくを睨んでくる。
はい、ぼくの監督不行き届きです。
ごめんなさい。
「え、あれ、マズかった?」
「まあ……いずれみんなにも話すことだから……」
周囲で話を聞いていた数名の少女たちに、志木さんが箝口令をいいわたした。
彼女たちは、意味がよくわからず、コクコクうなずいている。
憶測だけが勝手に広まるのは困るから、当然の判断といえる。
「いろいろ情報を手に入れてきたみたいだけど、すぐにわたしが聞く必要はあるかしら」
「あとでいい。それより、こっちの問題をさっさと片づけよう」
結局のところ、ぼくたちが迷って悩んでいるのは、彼ら高等部の男子を、まだ少しでも同胞だと感じているからだ。
人殺しにはなりたくないと。
モンスターと戦うことはできても、同じ人間を殺すことには強いためらいを覚えている。
もちろん、覚悟完了しているひとはいるだろうし、ぼくはすでにひとり、ひとを殺めている。
……って、そういえば、覚悟完了してるだろうひとが、ほかにもいたな。
彼女はいま、どうしているんだろう。
「桜さん……長月桜さんは?」
「彼女はいま、縛って三階の部屋に放り込まれているわね」
志木さんは、こともなげにいう。
おいおい。
「なにがあった」
「高等部の男子が集まってきたとき、槍を持って飛び出そうとしたのよ。なにをいっても聞かなさそうだから、とりあえず 潮音(しお) ちゃんにフレイム・バインドをかけてもらったあと、縛って放置」
お、おおう……。
フレイム・バインドは火魔法ランク5、炎の輪を対象の周囲に呼び出し、それをロープのように用いて拘束する魔法だ。
潮音というのは、育芸館残留組の火魔法の使い手で、 最上潮音(もがみ・しお) 。
一日目に育芸館でたまきたちと籠城していたうちのひとりで、中等部の二年生だ。
最初は火魔法と槍を上げていたはずだが、途中から火魔法一本に絞っていると聞く。
「桜ちゃんは、自暴自棄になっているから。破滅型の彼女を追いこむようなことは、したくないの」
「お優しいことで」
「あら、わたしはいつだって、優しいのよ。カズくんには、わからないかしら」
志木さんは、そういって笑う。
腕組みして堂々と胸を張る。
わかってますけどね。
きみは、汚れ役をひとに押しつけたくないんだろう。
だからこそ、長月桜が汚れ役を一手に引き受けようとしたとき、とっさにそれを阻止した。
「みんなにやさしくして、ぼくをいじめるんだな」
「いじめてなんかないわ。いじっているだけ」
小生意気な少女は、これみよがしに肩をすくめてみせる。
「しかし、そういうことになると……。あー、志木さん、ふたりだけで密会、いい?」
「あら、ふたりきりでなにをしたいの?」
「悪だくみ」
正直、ここから先は、アリスたちにあまり聞かせたくない話になる。
あ、いや、待てよ。
「やっぱり、ルシア、きみも来て」
「構いませんが……。わたくしで、よろしいのですか」
「むしろルシアだから、いい。志木さんとふたりで、ブラックパワーを解放して欲しい」
ルシアが怪訝そうな目でぼくを見る。
志木さんが半眼でぼくを睨む。
ついでにいえば、アリスもジト目で、頬をふくらませている。
「いやほんと、ルシアには期待している」
「カズくん、あなたねえ……。まあいいわ、よろしく、ルシアさん」
「はい、こちらこそ、志木……さん?」
あ、距離感を測りかねてるな。
志木さんは、ほがらかに笑う。
「呼び捨てでいいわよ」
「では、志木、と呼ばせていただきますね」
ルシアは微笑む。
あ、本当に嬉しいっぽい。
やはり、腹黒い人は、腹黒い人と惹かれあうのか。
「カズくん、いやらしい笑いしてるわ」
「気のせいデスヨ?」
「なんでカタコトなのよ」
また、志木さんにジトーッと睨まれた。