作品タイトル不明
第111話 育芸館への帰還
さらに三十分ほど、打ち合わせを重ねた。
ぼくが特に知りたかったのは、使い魔との専従契約についてだ。
「はい、わたくしも百二十八体の鷹と専従契約を結んでおりますよ」
リーンさんは、あっさりとそういった。
聞けば、鷹たちは彼女の一族に伝わる百二十八体の使い魔なのだという。
あー、だからぼくのカラスより賢そうだったり、いろいろ便利なリンクができたりするのかな。
「わかりました。一族に伝わる儀式書をお貸しいたしましょう。一族にだけ伝わる特殊な文字で書かれておりますが……」
「リード・ランゲージで、そういったものも解読できる……はずです」
「よろしい」
リーンさんが、ぱん、と手を叩く。
従者の猫耳の女性が、古びた木簡の巻物を持ってきた。
数珠つなぎになった木簡には、びっしりと見らぬ記号が彫刻されている。
これが文字なのだろう。
木簡に刻んだのは、それがもっとも長持ちするからなのだろうか。
あるいはこの『本』そのものに魔法がかかっている可能性もある。
ぼくは許可を得た上で木簡に触れ、リード・ランゲージを使った。
はたして……。
文字は、読めた。
「あの。門外不出、って書いてありますけど」
「世界の滅亡の瀬戸際に、一族の秘もなにもなかろうと、わたくしはそう考えます」
あ、はい。
もっともな話ですね。
じつに助かります。
「じゃあこれは、白い部屋で読みますね」
時間は有限だ。
なるべく有効に使いたい。
なんなら育芸館に戻ったあと、適当な低レベルのメンバーとパーティを組み、適当なオークをぬっ殺せばいい。
「でしたら、これも」
もうひとつ、木簡の巻物を渡された。
「わたくしでは契約できなかった、非常に高位の使い魔です。もしカズが使いこなせるようでしたら、契約してみてください」
その木簡もありがたく頂いた。
うーん、先に高額の報酬を渡されてしまったなあ。
※
そうこうするうち、アリスとたまきもリーンさんの部屋にやってきた。
彼女たちは和平派に襲われるようなこともなく、無事にここまで来られたようだ。
ふたりとも、ハガンさんの死を聞いて悲痛な顔になる。
「わたしが、ついていれば……」
「でも、かわりにアリスは、たくさんの人の怪我を治して、たくさんの命を救ったんだろう」
ぼくはアリスの頭を軽く撫でてやる。
誰だって、ひとりですべてをこなすことはできない。
ぼくたちは、ぼくたちにできることをやるしかない。
さて、まだ太陽は、だいぶ高い……。
と思って腕時計に目をやってみれば、すでに午後五時前だった。
あれー? と首をかしげる。
昨日の感覚だと、この時間、そろそろ夕焼けなんだけども。
「カズっち、カズっち。ここって、きっと、学校の山よりずっと西だよ?」
あ、そうか。
ぼくはようやく理解する。
時差が発生しているのだ。
ってことは、学校じゃ、あと一時間もしないうちに日が暮れるのか。
時差は……一時間くらいはあるんじゃないかなあ。
「ところで、山のどのあたりに転移門を開くのがよろしいでしょうか」
リーンさんが訊ねてくる。
あー、そうか。
ワープするなら……育芸館の一室が安全かなあ。
けど、どの建物のどこ、と口で説明するのはなかなか難しそうだ。
リーンさんとは文化の差がありすぎる。
「では、使い魔の視覚と同調いたしますか」
「ぼくが、ですか。そんなこと、できるんですか」
「可能です。こちらへ」
いわれるまま、リーンさんのそばに寄る。
リーンさんは、そっとぼくの手を取り……。
唇を重ねてきた。
やわらかい感触と、熱い吐息。
そして、リーンさんの甘い体臭。
背後で「ひゃあ」というたまきの声。
「わっ、わわっ、わあっ」というアリスの声。
「ん。むうっ」というミアの声。
次の瞬間、ぼくの視界が、赤く染まる。
いや、そうじゃない。
これは、夕焼けに染まった空だ。
ぼくは気づく。
いま、ぼくはリーンさんの使い魔の視点でものを見ている。
なるほど、こうして……視野を共有するのか。
やわらかい唇の感触がなくなる。
思わず、ぼくは喘ぐような声をあげてしまう。
あと、なぜか背後から威圧的な気配を感じる。
どうしてだろう、アリスとたまきとミアが睨んでいる気がする。
……うん、いまぼくは鳥だ。
あいきゃんふらい。
余計なことは考えないようにしよう。
「パスを繋ぎました。指示をお願いしますね」
耳もとで、リーンさんの冷静な声。
同時に熱い吐息が耳たぶをくすぐる。
同時に、鳥が急降下を始めた。
茜色に染まる空を背景として、森が見えた。
それは間違いなく、ぼくたちの知る、学校の山だった。
「リーンさん、もうすこし左です。はい、まっすぐ、そのまま」
ぼくは彼女に指示を出して、使い魔を動かしてもらう。
フライトシミュレーターのように視界がおおきく左旋回し、次いでクイッと落下する。
中等部の校舎やその周辺の建物が見えてくる。
その左手、手前。
少しほかの建物から離れたところに、三階建ての建造物がある。
育芸館だ。
ここを出たのは今朝のこと。
いまは夕方。
まだ十二時間も経っていないのに、ずいぶん懐かしく覚える。
その育芸館前の広場に、ひとが集まっていた。
じつに五十人前後。
全員、男性だった。
高等部の男子だ。
大部分が、オークから奪ったものだろう錆びた斧やら剣やらを握っている。
彼らは険呑な雰囲気で、育芸館と対峙していた。
よくよく見れば、二階の窓からひとりの女性が顔を出し、激しい身ぶりでなにか叫んでいる。
育芸館の二階にいるのは、志木さんだった。
ぼくの留守を預かる少女は、堂々と胸を張り、毅然とした態度で広場に集まる高等部の男子たちを睨んでいた。
これは……つまり、そういうこと、なのか。
「カズ」
耳もとでリーンさんの声がする。
吐息が耳たぶをくすぐる。
だがその声は、少し緊張しているようだった。
「あなたがたは、仲間割れをしているのですか」
「ええ、まあ、恥ずかしながら。あの建物のなかにいる女性が、ぼくたちのリーダーです」
「では、広場の男性たちは」
どう伝えるべきだろうか。
ぼくは少し迷ったすえ、正直に伝えることにした。
できるだけ、リーンさんの嫌悪感を煽るように。
「おそらくは高等部の生き残り……少し離れた場所で、女性を奴隷のように扱っていたグループです。ぼくたちとは相いれず、結果的に彼らのリーダーを殺す羽目になりました。向こうはぼくたちに遺恨を持っているかもしれません」
アリスとたまきが驚きの声をあげる。
どういう事態が起こっているのか、会話から悟ったのだろう。
ああ、ちょっと待ってくれよ。
たぶん、交渉はすぐにすむ。
「ぼくたちが加勢に赴く必要があります。建物のなかに飛び込んで、転移門を開いてください」
※
十分ほどのち。
ぼくたちは、二階の空き部屋の一室に現れた。
茶室だ。
ぼくとアリス、たまき、ミアは顔を見合わせる。
ルシアは物珍しそうにきょろきょろしている。
転移門をひらいたリーンさんの使い魔である鷹は、翼を軽くはためかせて、ルシアの頭の上に飛び乗った。
なつかしい育芸館のなかだ。
無人の畳部屋は、初日、オークに占拠されていた。
志木さんを助けた部屋である。
畳はすべて、倉庫にあった予備のものに貼りかえられているため、惨劇の跡は残っていない。
感慨に浸る雰囲気ではなかった。
窓の外から、男たちの怒号が、耳を塞ぎたくなるような下品な罵声が聞こえてくる。
それに反論する志木さんの声も。
ぼくたちは、開け放たれていたドアから廊下に出た。
そこで、その場を通りかかった少女と鉢合わせする。
杉之宮(すぎのみや) すみれ。
アリスやたまきの親友である、ちょっとぽっちゃり気味の少女だ。
「アリス、たまきちゃん! え、なに、どういうこと? いつ帰ったの?」
「すみれちゃん、ただいま! わたしたち、さっき帰ってきたのよ!」
「ただいまです、ええと、その……」
アリスが困ったようにぼくを見る。
うん、そりゃ説明しようにも、いろいろありすぎてなあ。
「って、あれ、そちらのかたは? 銀髪の外人さん……え、ええと、ぐーてんたーく?」
「なぜドイツ語……。ん、これが天然系の萌えぢから」
ミアがどうでもいいツッコミをする。
ルシアはやさしい笑顔を見せた。
ぼくにはわかるけど、完全につくりものの、外行きの笑顔だ。
「初めまして。わたくしはルシア、アリスやたまきの友人をさせていただいております」
優雅な動作で、腰を落とす。
兵士と同じ皮鎧の服装なのに、まるでドレスを着ているかのようだった。
こういうところ、ルシアは本当にお姫さまなんだなあ。
「え、ごめんなさい、わたしドイツ語は……」
まだ慌てているすみれ。
だからドイツ人じゃなくて。
って、あ、そうか。
ぼくはルシアにメニー・タンズをかけた。
そう、すみれはルシアの言葉がわからなかったのだ。
ルシアはもう一度、すみれに対して同じ挨拶をする。
「あ、ご丁寧にどうも。わたし、杉之宮すみれと申します」
ぺこぺこお辞儀するすみれ。
「え、ええと、日本語、お上手ですね。それと、銀の髪、とても綺麗です……。あれ、耳が……」
「これはわたくしの種族の特徴です」
「種族?」
「ん。ルシアはエルフで……」
こらこら、呑気に話をしている場合じゃない。
特にミア、きみは余計なこといわない。
「それより、いまの状況を説明してくれ」
「あ、そうです! カズさん、たいへんなんです。高等部のひとたちが、その、自分たちも仲間に入れて欲しいって、押しかけてきて……」
外の怒号に耳を澄ませる。
女性に関する下品な冗談が聞こえてきた。
すみれが赤面する。
やー、あれを「仲間に入れて欲しい」というのはかなりの婉曲表現じゃないのかなあ。
「すみれちゃん……。あの、相手を悪くいわないのは、すごく正しい行いだと思うんですけど、こういうときは……」
アリスすら苦笑いしていた。
うん、人のいいアリスにこんなこといわれるのって、相当たいしたもんだぞコレ。
「ねえ、すみれちゃん。つまり、外の先輩たちは、女が欲しいってこと?」
たまきが腕まくりする。
お、やる気まんまんだな。
いや、今回たぶん、きみは出番ないと思うけど……。
「ほんっと、失礼しちゃうわね。軍門に下っておとなしく性奴隷になれって?」
「せいどっ、あの、その」
「わかったわ、わたしがちょっといって、ぶっ倒してくる!」
「まあ、待て」
ぼくは出ていこうとするたまきの手を掴んだ。
たまきは「カズさんは黙ってて!」とおかんむりだ。
うわあ、そうとう頭に血が昇ってる。
「相手がどれくらいレベルアップしているか、わからないぞ。そりゃ、きみに敵うやつはいないだろうけど、十人とかから魔法を使われたら……」
「あ、そか。魔法は……むう」
こと近接戦闘に限っていえば、剣術がランク9になったたまきは、無敵だ。
外にいる高等部の男たちは、よくて10レベルかそこいら、おそらくはずっと下のレベルだろう。
高く見積もっても、せいぜいランク4か5。
たぶん、ランク3程度だと思う。
はっきりいって、雑魚だ。
だが魔法攻撃ともなると、話は異なる。
なまじ幾多の戦いを経験してきているだけに、脳筋のたまきとて、複数の魔法使いが連携してきたときのおそろしさは身にしみて理解している。
「それにさ。きみが出ていって、叩きのめすとして……下手したら、同じ人間を、同じ学校の生徒を殺すことになる」
「そ、そんなの、平気だわ! カズさんだって、シバを殺したじゃない。だったら、わたしだって……」
「違うよ。ぼくが、きみにそんなことをして欲しくないだけだ。もちろん、どうしても必要だと思えば、命じるけどね」
そういいながら、ぼくはかつての志木さんの言葉を思い出す。
この育芸館に百体からのオークが押し寄せてきたときのことだ。
彼女は、ぼくに「すべてはわたしの命令、指揮官が命じたことと思って、仲間を死地に送れ」といった。
「きみがひとを殺すときは、ぼくの命令で殺すんだ。その責任も権利も、すべてぼくのものだ。……いいね」
ぼくは、強い口調で、そういってのける。
たまきは少し緊張した面持ちでぼくの言葉を聞いたあと、生唾を飲み込む。
「でも、カズさん。それじゃ、カズさんだけ……辛いよ」
「アリスやたまきの痛みを分かち合えるなら、ぼくはその方が嬉しい」
そういって、ぼくは笑った。
心からの言葉だった。
心からの笑顔ができたと思う。