作品タイトル不明
第108話 ランク9
白い部屋で。
ぼくたちは、互いの無事と勝利を喜び合う。
アリスとたまきが、ふらふらのルシアに抱きついていた。
ミアがここぞとばかりに、ルシアの耳を引っ張っている。
ぼくは、ミアをルシアから引き離した。
「やめとけ。さっき亜人の子にやって、嫌がられてただろう」
「エルフならだいじょうぶかも?」
そうかもしれないけど、せめて相手の了解をとってからやって欲しい。
ルシアはもう、だいじな仲間なんだから。
「構いませんよ、ミア。どうぞ、耳を触ってください」
意識がはっきりしてきたらしいルシアは、そういって微笑む。
じゃあ、とミアが左の耳を、ぼくが右の耳をモミモミする。
あ、やわらかい。
「あの……カズ、あなたまで?」
「いや、その。生物学的に、ちょっと気になって」
戸惑うルシアに、いいわけする。
アリスが「うー」とジト目で睨んできた。
「手つきが嫌らしいです」
「気のせいじゃないかと思いますです、はい」
「カズさんの口調が、嘘をついてるときのものです」
よくわかりましたね、アリスさん。
ぼくは両手を挙げて全面降伏の意を表明する。
アリスは、ひとつため息をつき、それからぼくを見上げて、少し頬を染めた。
「あ、あの。わたしの耳も……触ってください」
「ええと、なんで?」
「わたしの耳、あんまり触ってもらってないです」
そうだろうか。
そうかもしれない。
じゃあ、ということで、ぼくはアリスの耳たぶをやさしく撫でた。
アリスは目をつぶり、色気のある声を出す。
あのー、そういうの、やめてもらえませんかね。
横を見れば、やっぱり、たまきとルシアとミアがジト目だった。
「カズさんのえっちー」
「それは否定しないけど、これは違う」
「それがみなさんの文化でしたら、許容いたしますが」
「誤解しないでくれ、ルシア」
「ん。カズっちー。触るのはいいけどさー、時間と場所をわきまえなよー」
「お前がいうな、ミア!」
ぼくたちは、ひとしきり騒いだ。
その後、ようやく頭が働くようになったというルシアを含め、全員で車座になって床に腰を下ろす。
いまのうちに、今回の戦いの反省点をまとめておく。
ついでに、今後のことについても話をする。
ルシアは「よろしければ、みなさんと共にどこまでも戦い抜きたいと考えております」といった。
「ぼくたちは、別にどこまでも戦いたいなんて思っていないよ。できれば戦いから逃げて、もとの世界に戻るか……それができなければ、安全なところで暮らしたい」
「それはおそらく……無理でしょう。ことに、リーンの語っていた話にもある通り、明日、世界の危機があるというのなら」
うん、わかってた……。
「でも、明日の危機を乗り越えたらさ、そのあとは……」
「もっとはっきりいってしまえば、この戦い、われわれ人類が滅ぶか、それともモンスターたちの王、すなわち魔王を倒せるか、です。みなさんが平穏に暮らしたいとするなら、魔王を倒す必要があります。それはわたくしの目的と一致いたします」
「もとの世界に帰る手段が見つかったら?」
「その場合は、止めようがありませんね。ですが、みなさんがもとの世界に戻るまで、おつき合いいたしましょう。どのみち、みなさんと共にいればいるだけ、わたくしのレベルも上がります」
ああ、それはたしかに。
もとの世界に戻るため動くにしろ、モンスターの軍勢を相手取るにしろ、とにかくぼくたちの行く手には戦いが待っている。
ぼくたちに必要なのは情報で、そしてぼくたちがリーンさんに払える対価など、この武力しかないのだ。
ルシアからすれば、これほど好都合なことはないだろう。
「ん。ルシアっち、それだけじゃダメ」
「身体で支払え、ということですか」
ルシアはミアに顔を近づけ、片耳を差し出した。
ミアは「ん」と偉そうにうなずき、耳を揉む。
馴染んでるなあ。
いや、違うか。
彼女はつとめて、ぼくたちに馴染もうと努力しているのか。
「カズ、あなたも耳を触りますか。それとも、もっとほかの部分がよろしいですか」
「あ、いいです。アリスとたまきが睨んでるし」
「ち、違います、睨んでません! ただ、その。わたし……ルシアさんみたいな綺麗な耳が、ないですし」
どこで張り合おうっていうんですかねえこの子は。
せめておっぱいで張り合ってくれると、ぼくとしては嬉しい。
こんなこと口には出さないけど。
でもなぜか、アリスとたまきはぼくを上目遣いに見つめてくる。
「ね、ねえ、カズさん。やっぱり、男のひとって切れ長の耳がいいの?」
「ちょっと待って。どこからツッコミを入れればいいのかわからない」
ぼくは天井を仰ぐ。
※
ぼくたちは、互いのことをいろいろ話した。
もとの世界のこと、学校のこと、この世界に来てからの戦いのこと。
ルシアは、この世界のことをいろいろ教えてくれた。
大陸の状況、そこに住む種族のこと、そして失われたルシアの国のこと。
この世界における、さまざまな常識。
相互理解を深めていく。
話し合いに疲れたら、サモン・フィーストで豪華な料理を呼び出し、お腹一杯に食べた。
お酒もちょっとだけ呑んだ。
酔っぱらったアリスとたまきが、けらけらと笑う。
ルシアは平然と、ワインの瓶を空けていた。
ミアは意外にも、まったくお酒を飲まなかった。
「ん。他人の痴態を眺めるには、シラフじゃないと」
「きみは普段から酔っぱらってるような感じだしな」
「脳内麻薬を自由に生成するくらい、真のオタクにとってはなにほどのこともなし」
すげぇな、真のオタク。
酔いが醒めたアリスとたまきが、赤面して寝たふりをしている。
ミアがそれをからかう。
使い魔の専従契約について、ルシアに訊ねた。
わかるとは思っていなかったが、当たれば儲けもの、程度の認識である。
「聞いたことがあります」
意外にも、ルシアはそう答えた。
ただ、具体的な方法などは知らないという。
「リーンならば、なにか知っているかもしれません。光の民は、古の知識を集約しているのです」
人間から亜人と呼ばれているっていうのに、光の民の方がよっぽど知的っぽいなあ。
ともあれ、朗報だ。
戻ったときに聞いてみよう。
「あ、それともうひとつ。モンスターを倒すと出てくる赤い石や青い石……きみたちがいうマナ・ストーンって、モンスターをつくり出す以外にどんな役に立つんだ」
「マナ・ストーンの本来の役割は、儀式の補助です。普通の魔術師では不可能な高度な儀式を達成するために、消耗品として用います。さきほどのトレントも、マナ・ストーンを用いて召喚していたはずです」
あーなるほどなあ。
ちぇ、残念。
もし不要なら、残らずぼくたちが貰おうと思ってたのに。
そうすれば、3000ポイントもすぐだ。
マナ・ストーンの供給が充分にあるなら、いろいろと欲しいものも……ないこともない。
とはいえ、不要物ってことはないよなあ。
仕方がない。
いままで通り、地道に集めていくしかないか。
あるいはリーンさんに話を通して、多少なりとも融通してもらうか……。
※
たっぷりと休息をとったところで。
さて、スキルを上げよう。
今回のレベルアップで、たまきはスキルポイントが9になった。
ついに剣術スキルをランク9にできるということだ。
ミアもスキルポイントが8になった。
風魔法を8にできる。
「ついに9ねー。なんだか、感慨深いわ」
たまきが笑う。
うん、ぼくも感慨深い。
最初はお漏らししていたきみが、たったの一日とちょっとでなあ。
「はっ、カズさんが失礼なこと考えてる顔してる!」
「キノセイダヨ」
「どーせ、お漏らしがどーとかでしょう!」
びしっと人差し指を突きつけてくるたまき。
「キノセイダヨ」
「いいもん、事実だし。別にいまさら、このメンバーに対して恥ずかしがっても……」
たまきの視線が泳ぎ、ルシアのところで固定される。
「詳しい事情は存じませんが、初陣の兵士が粗相をするのはよくあることだと聞きます」
「そういうフォロー、いらないわ!」
たまきは顔を真っ赤にして、後ろを向いて走り出す。
あ、逃げた。
この教室サイズの部屋で、逃走もなにもないんだけど。
あ、角っこでしゃがみこんで、膝をかかえた。
どうするかなこれ。
「あ、あの。わたくし、謝ってきます」
「気にしなくていい。自爆だから。たまきのことだから、すぐ忘れて、十分後にはケロリとしてるよ」
「聞こえるとこでそういうこといわないで!」
たまきはこちらを振り返り、涙目で叫ぶ。
「あー、すまん。……じゃあ、そうだな、ルシア」
「あ、はい」
「きみも初陣だっただろう。お漏らしした、ってことでいいか」
ルシアは小首をかしげた。
ちょっと意味がわからない、という様子である。
うん、ぼくも自分で自分がなにをいってるのか、よくわからない。
「あの……お漏らし、した方がいいのでしょうか」
「ん。お姫さまのお漏らし、とても興奮する」
ミアの鼻息が荒い。
おまえは黙ってろ。
「ぼくにはそういう性癖はないから。気にしないでくれ。……ほら、たまき。そろそろ戻るぞ」
「うーっ」
「たまきがそうしてスネるところも可愛いけど、これからやらなきゃいけないこともあるだろ。タイミングを合わせたいから」
「やらなきゃいけないこと? それって、なに?」
「あー、オマケの人助け、かな」
きょとんとするたまきに、この先のことを説明する。
たまきは笑って「それは最高ね」と親指を立てた。
どうやら機嫌は戻ったらしい。
たまき:レベル23 剣術8→9/肉体1 スキルポイント9→0
ミア:レベル23 地魔法4/風魔法7→8 スキルポイント8→0
かくしてぼくたちは、綿密な打ち合わせののち、もとの場所に戻る。
※
戦場に戻った直後。
アリスが、瀕死の男に駆け寄る。
さきほど、無謀にもレジェンドに攻撃を仕掛け、一瞬の隙をつくってくれた男だ。
「サステナンス」
アリスの手が男の胸に触れる。
治療魔法のランク5、サステナンスは、死亡級の傷を負った対象の生命をわずかな間、保全する。
即死を防ぎ、直後の治癒魔法をかける時間を稼ぐという魔法である。
いましも息絶えるはずだったその男は、サステナンスと、それに続くアリスの数度の治癒魔法により、傷ひとつない綺麗な身体になった。
皮鎧はぼろぼろで、血まみれだけど。
ぼくはきょとんとする男に手を貸して、立ち上がらせる。
「お、おれは……なんで、生きて」
「いや、よく考えたらさ。好き勝手いったくせに、最後だけ恰好よく死ぬ感じだったんで……それじゃ不公平だなと」
ぼくの理屈に、ますます呆気にとられている。
いやまあ、実際のところ……。
「それはそれとして、だ。あなたのおかげで、レジェンドに勝てた。ありがとう」
「ば、馬鹿をいうな! おれはただ、モンスターが憎かっただけだ! なのに、こいつらを倒すだけのちからもなかった! この程度のことしかできなくてだな」
「でも、あなたのその手助けのおかげで、アリスとたまきが追いついた」
実際のところ、別にしつこく恨んでるわけじゃない。
ただ、恨みをもって復讐に専念するような人たちが、皆、満足して死んでいくというのは……。
なんか、嫌だった。
「あと、男のツンデレはキツいです」
兵士はきょとんとする。
あ、またスラングが翻訳できなかった。
男は、苦笑いする。
やれやれと首を振る。
「助けてくれたことには、礼をいう。さっきの悪態は……すまなかった。おれが間違っていた」
そういったあとで、暗い顔になり、肩を落とす。
ため息をつく。
「でも、生きていたとしても、おれは、どうせ、もう」
ああ、とぼくは声をあげてしまう。
彼はいっていた。
妻と娘の仇だ、と。
彼はもう、大切なものを失ってしまったのだ。
それは、たとえ復讐を遂げたとしても、けして戻ってこない。
あのとき死んでしまった方が幸せだったのにと……彼がそう考えていても、おかしくはない、か。
「そういうことじゃ、ないんです」
でもぼくは、首を振る。
「ぼくの仲間が……ここじゃなくて、ぼくたちが朝までいた山で待っている仲間が、あなたみたいな目をしていました。モンスターをたくさん殺せるなら、それだけでいい、自分なんて死んでもいいって、そういってます。でも、ぼくは彼女に生きて欲しい。ぼくだけじゃない。みんなが、そう思ってます。なのに……どうすれば、ぼくたちの想いが届くのか、わからない」
「だから、おれを実験台にしたのか」
「ダメですかね」
男は笑った。
「ここまでしてもらって、恩を仇で返すほど腐っちゃいない。おれは誇り高きハザの一族の戦士だ」
見れば、レジェンドが倒されたところを見たアラクネたちが一斉に逃げ出していた。
そこに、熊や狼といった森の動物たち、それにトレントの群れが襲いかかる。
掃討戦が始まっていた。
「なあ。あんたたちは、自分のために戦っているんじゃないのか」
「もちろん自分のためです。それと、あと……」
ぼくはアリスたちを一度見て、男に視線を戻す。
「仲間の、ためです」
はっきりと、そう宣言する。
いまとなっては、てらいなくそういえた。
「ぼくは、たったひとりで生きる道と、仲間と共に生きる道を天秤にかけて……仲間を選びました。だからもう、迷いません」
そういって、笑ってみせる。