軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第107話 レジェンド・アラクネ

アラクネたちの吐き出す糸が炎に弱いのは、すでに明らかだ。

よってこの戦い、鍵となるのは、ルシアのMPである。

彼女のMPは、一度カラになったあと、多少回復して、いまはおそらく40程度。

いや、ファイア・ボールで5点使ったから、35くらいか。

このMPを効率的に使う。

ルシアの身体を限界まで酷使する。

ぼくはディフレクション・スペルからのヘイストをかける。

全員の身体が赤く輝く。

「いくわ、カズさん!」

たまきが爆炎のなかに突入していく。

一見、ひどく危険に思えるが、レジェンドとの戦いでは、炎のなかが一番の安全地帯なのだ。

無論、火耐性を付与されているという前提での話だけど。

ルシアの身体が、ぐらりと揺れる。

ぼくは銀髪の少女の肩を抱き、崩れ落ちそうな彼女を支える。

「申し訳……ありません」

ルシアは滝のように汗を流している。

少し休憩したというのに、たった一発で、これか。

ひょっとしたら、ぼくたちよりかなり身体が弱いのか。

まだレベル14だからか。

一気にレベルが上がったからか。

それとも、異世界人だからか。

理由はわからないが、とにかく事実としてそうなのだ。

根性論なんてぼくは嫌いだ。

彼女がいま弱っているなら、それに応じて作戦を立てる。

そのうえで、限界以上のものを引き出してみせよう。

どのみち、そうじゃなきゃ、この戦いには勝てない。

「カズさん、わたし、たまきちゃんのフォローに……」

「ダメだ。アリス、きみはここで待機。ミア!」

「ん。いってくる」

たまきに続き、ミアが土煙のあがるなかに突入する。

今回、ミアは、たまきのサポート役だ。

レジェンドの動きをなるべく封じるのが彼女の役割である。

雑魚アラクネたちは、上空のぼくらを見つけ、一斉に矢を放ってくる。

アリスがぼくの前に立ち、飛来する矢を、槍の柄で薙ぎ払っている。

自分たちに来る矢だけを槍で弾き続ける。

なんかもう、三国志の漫画の武将もかくやになってきているなあ。

動体視力とかどうなっているんだろう。

スキルだから、で全部の説明がつくんだろうけど。

「ルシア、周囲が見えているか。レジェンドのまわりに雑魚を近寄らせるな。ぼくが指差す方向に……」

「はい、いけます。……フレイム・ゲイザー」

前線で突出しているレジェンドと雑魚アラクネの間を遮るように、炎の壁が地面から吹きあがる。

火魔法ランク6のフレイム・ゲイザー。

いまのルシアなら、最低でも三分半の間、この壁を持続させることができる。

それだけあれば、レジェンドとの戦いには決着がつく。

勝つにしても、負けるにしても。

レジェンドも、アラクネの仲間と自分を分断させるというぼくたちの作戦に気づいたのだろう。

しつこくまとわりついてくるたまきから距離を取り、跳躍しようとする。

炎の壁を飛び越えて、光の民と交戦中の雑魚アラクネと合流しようというのだ。

「させない。グラビティ」

ミアの重力魔法によって、レジェンド・アラクネが叩き落とされる。

不完全な体勢で着地したところに、たまきが裂帛の気合のもと、一刀を振りおろす。

だがこれは、レジェンドの槍によって防がれる。

くそっ、やっぱり単純な武器のとりまわしでは向こうに一日の長があるか。

たまきは、すでにあちこちにかすり傷を受けていた。

いつもならすぐ駆け寄って治療するアリスだが、いまはぼくの護衛にまわっているため、レンジド・ヒールの射程外である。

「カズさん、お願いです。わたしを……」

「ダメだ。作戦通りにしろ」

アリスはぼくを睨んで、唇をぎゅっと噛む。

ぼくはアリスから視線をそらし、敵の動向に神経を集中させる。

タイミングがすべてなのだ。

レジェンドの持つ能力のうち、特に厄介なのが、軽快なジャンプと多種多様な蜘蛛の糸による妨害。

守りにまわったレジェンドを仕留めるのは、容易ではない。

メキシュ・グラウがスーパーロボットだとしたら、レジェンド・アラクネはリアルロボットだ。

いや、なんでスパロボの話をしているかって感じだけど……。

とにかく、あの機動力が厄介すぎる。

なんとかして、不意を討たねばならない。

チャンスはきっと、一度きり。

「ルシア。次はあっちに」

「はい。フレイム・ゲイザー」

その後、さらに二回、この魔法を使わせた。

そのたびに、ルシアは衰弱していく。

彼女の献身のおかげで、なんとかレジェンドの四方を炎で囲むことに成功した。

炎の壁で囲まれたリングのなかで、たまきとレジェンドが激しく刃を交えている。

ミアが何度も介入して、レジェンドがたまきに対して決定打を放つことをかろうじて阻止している。

いつまでも凌げはしないだろうが、どのみちぼくたちも、このままでいるつもりはない。

ぼくはルシアに肩をかしたまま、アリスとともに炎壁の外の地面に着地する。

ルシアが、火魔法で近くの乾燥した植物を燃え上がらせる。

目の前の草木が、キャンプ・ファイアのようになった。

火の粉が飛び散り、頬を叩く。

熱気は、しかしレジストのおかげでたいしたこともない。

「ミア、準備ができた!」

ぼくは、炎の壁の向こうにいるミアに向かって叫ぶ。

ミアが「了解」と叫び返してくる。

そして、数秒後。

「いま」

ミアの声。

ぼくはアリスの左手を握る。

ルシアが最後のちからを振り絞って、魔法を使う。

「フレイム・テレポート」

それは火魔法のランク7だ。

燃え盛る炎から別の炎のなかへと瞬間移動する魔法である。

距離はランクにつき10メートル。

ぼくたちの視界が、瞬時に切り替わる。

目の前に、赤黒い肌のひとまわり大柄なアラクネがいる。

レジェンドだ。

レジェンドは、ぼくたちに背中を向けていた。

たまきと相対し、激しく槍を突き出していた。

ぼくたちが出現したその瞬間、たまきはにやりとして、レジェンドに渾身の一撃を見舞う。

赤黒い穂先の槍と刃を交え……。

それを、おおきく打ち払う。

たまきのちから任せの行動に、レジェンドがおおきくのけぞる。

その一撃は、たまきにも隙をつくっていた。

レジェンドの吐きだした鋼糸をまともに浴びて、たまきの身体が串刺しにされる。

ハリネズミのように全身から鋼糸を生やし、しかし忠犬少女は不敵に笑い……。

「いまよ、アリス!」

「うん、たまきちゃん!」

アリスが飛びだす。

無防備になったレジェンドの背中に、刺突を見舞う。

レジェンドは、突如として現れたぼくたちに振り向き、驚愕の表情を浮かべる。

それでもなお、悪あがきする。

身をひねってアリスの刺突から逃れようとする。

とっさの動きだったのだろう。

レジェンドの持つ槍の柄が、グンと伸びる。

槍の反対側、石突と呼ばれる部分が、アリスに迫る。

なるほど、やはりこの銀の柄、特殊能力持ちか。

レジェンドは槍の後ろでアリスの刺突を弾こうとしていた。

だがアリスは、咄嗟にその動きに反応する。

アリスは正確に、己の握る槍を動かす。

レジェンドの槍の後端を突く。

かん高い音。

二本の槍が、共に持ち主の手から離れて宙を舞う。

アリスが、空中の槍に向かって手を伸ばす。

ここまで予期しての一撃なのだ、彼女の方が初動がはやい。

アリスが手に入れようとしているのは、レジェンドの持っていた赤黒い穂先の槍。

ジェネラル・オークのとき、たまきがやったことを再現しようとしている。

だがレジェンドも、すぐアリスの狙いに気づいた。

口をおおきく開ける。

まずい、鋼糸が来る。

でもいまのアリスは、無防備。

彼女の全身が、たまきのように鋼糸で串刺しになってしまったら……。

させない。

ぼくは、ルシアの身体を放り出して、前に出る。

アリスの盾になろうとするかのように、その身を無防備にさらす。

レジェンドが鋼糸を吐き出す、その瞬間が、スローモーションのように見えた。

アリスが驚く顔を横目にしつつ、ぼくは右手を突き出す。

「リフレクション」

無数の鋼糸が、ぼくの掲げたバリアに反射される。

レジェンドのもとに戻っていく鋼糸はしかし、敵の身体に触れる直前、柔らかく曲がった。

くそっ、イチかバチかの賭けに出たってのに、きかないのかよ!

まあ、いい。

ぼくは地面を蹴って下がる。

背後のルシアを見る。

「ファイア・ボム」

ルシアの放ったランク3魔法が、レジェンドの頭部で炸裂する。

吐きだしたばかりの蜘蛛の糸が、激しく燃え上がる。

レジェンドの全身が炎に包まれた。

そこに、赤黒い穂先の槍を構えたアリスが突進する。

裂帛の気合のもと、一撃を放つ。

レジェンドのあけた口のなかに、脈動する穂先を叩きこむ。

レジェンド・アラクネの絶叫があがる。

おおきく悶えるレジェンド。

暴れるこの怪物に、アリスは一度、下がる。

「たまきちゃん! レンジド・ヒール」

たまきの身体を癒やしつつ、また突撃する。

ミアがそれをエレクトリック・スタンで援護する。

まだ全回復とはいかないたまきも、アリスとの挟み撃ちを狙いつつ、レジェンドの脚を中心に攻撃する。

何度も、何度もレジェンドは絶叫する。

悲鳴をあげ、悶え苦しみながら、それでも反撃を続ける。

一瞬の隙をついて、跳躍する。

高い、高いジャンプだった。

ミアが慌てて、グラビティを使う。

その直前、レジェンドのジャンプの軌道が変化する。

「あう」

ミアが呻く。

ぼくもすぐに気づいた。

レジェンドは口から吐き出した糸を近くの樹に巻きつけ、強引に動きを変化させたのだ。

グラビティの効果範囲から巧妙に逃れる、絶妙の一手だった。

まずい。

レジェンドが炎の輪の外に着地する。

このまま、こいつを逃がしては……。

ぼくはアリス、たまきと共に舞い上がる。

そして、見た。

レジェンドの着地の瞬間、その頭上に人影が落下する。

ひとりの光の民だった。

剣を逆手に持って、落下の勢いのまま、レジェンドの胴体に剣を突き立てる。

「どうだ、ざまぁみろ!」

その光の民が、叫ぶ。

炎に照らされたその顔は。

数時間前、皆の面前でぼくを激しく罵った、あの若い男だった。

彼が、嗤っている。

狂気をはらんだ表情で、高らかに勝利を宣言している。

「仇だ!」

男は叫ぶ。

「妻と娘の仇だ! やったぞ、おれはやったぞ! おれは……っ」

次の瞬間、男はレジェンドの口から吐き出された鋼糸によってハリネズミのようになる。

至近距離からのその一撃は、間違いなく致命傷だ。

男は吐血し……しかし、満足した表情を浮かべた。

無謀な攻撃だった。

無茶苦茶な一撃だった。

でもそれは、アリスとたまきがレジェンドに追いつくためのほんの数秒を稼ぐのに充分だった。

「いくわよ、アリス」

「はい、たまきちゃん」

ふたりの少女が、上空からレジェンドに襲いかかる。

満身創痍の赤黒い肌のアラクネには、もはやその攻撃を避けるちからが残っていなかった。

アリスの刺突が、レジェンドの心臓を貫く。

たまきの一閃が、その首を刎ねる。

青白い鮮血。

ひとまわりおおきなアラクネは、その身体を地面に横たえた。

黄色い宝石に変化する。

ぼくたちの、勝利だ。

白い部屋に転移する。

どうやら、ぼく以外の全員がレベルアップしたようだった。