軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第105話 世界樹の森の戦い9

もとの場所に戻ってすぐ。

アリスはたまきにレンジド・ヒールをかけたあと、チャンピオン・アラクネに突きかかる。

蜘蛛の前脚を、しつこく狙う。

敵の動きを止め、注意を自分に惹きつけるためだろう。

ぼくの使い魔が攻撃する隙をつくっているのだ。

その二体のエレメンタルは、なるべく敵の背後を取るように心掛けている。

チャンピオンは、アリスに集中することすらできず、次第に傷が増えていく。

さらに……。

「エレクトリック・スタン」

ミアの放った電撃魔法が、チャンピオンの身体の動きをわずかに止める。

それにあわせて、アリスがチャンピオンの胸に刺突を入れた。

ひときわ気合の入った一撃だ。

チャンピオンの胸もとから、青い血が噴水のように出る。

アリスとエレメンタルたちが、さらに前のめりに攻撃する。

これで勝てるか、と思ったが……。

チャンピオンは、硬直が解けた直後、跳躍した。

しまった、アラクネはジャンプもあるんだった!

チャンピオンは、アリスとエレメンタルたちのはるか頭上を越え、たまきと戦うレジェンドのもとへ。

レジェンドに守ってもらうつもりなのだろう。

そもそも、こうしてレジェンドとチャンピオンが引き離されるということ自体、異例なのだろう。

そこらへんは、ぼくたちの作戦勝ちだったのだが……。

このまま着地されると、まずい。

ぼくは咄嗟に叫ぶ。

「ミア、潰せ!」

「ん。グラビティ」

アドリブだった。

でもミアは、ぼくの考えを瞬時に理解してくれた。

風魔法ランク7、グラビティによって、空中のチャンピオン周辺で重力異常が起こる。

敵は、なにをされたのか、まったくわからなかっただろう。

結果として、リーダーたるチャンピオン・アラクネの身体は、上からの圧力に押しつぶされた。

期待したほどの距離を稼げず、地面にぐしゃりと倒れる。

脚が何本か、折れたようだ。

立ちあがれないでいる。

それでも、迫るアリスたちに対して蜘蛛の糸を吹きかける。

アリスは、顔から蜘蛛の糸を浴びる。

全身が、ねばねばした糸に覆われる。

直後、アリスの身体が燃え上がる。

後方のファイア・エレメンタルが、アリスごと、魔法の炎で蜘蛛の糸を焼き払ったのだ。

最初から、ファイア・エレメンタルと打ち合わせしていたコンボだった。

メニー・タンズのおかげで、細かい指示も可能になっている。

紅蓮の炎のなかから、アリスが飛び出る。

身動きできないチャンピオンの喉に、アリスの槍が深々と突き刺さる。

チャンピオンは、断末魔の悲鳴をあげて倒れる。

その身が消える。

青い宝石四個がドロップする。

四個か……。

そうとうな強敵だったってことだけど、こちらがそれ以上に強くなったからか、あまり実感がないなあ。

とはいえ、宝石を拾う暇もない。

ぼくたちは、すぐ次の行動に移る必要がある。

「撤退だ!」

ぼくは叫ぶ。

そう、チャンピオンを倒したことで、アラクネたちはリーダーを失った。

レジェンドはリーダーではない。

あえてこいつまで倒す必要はないし、敵のただなかでそんな悠長に戦闘をしている暇はない。

混乱しているいまこそが、撤退のチャンスだ。

「エレクトリック・スタン」

ミアが、レジェンドに魔法を放つ。

レジェンドの身体の動きが止まる。

その麻痺の一瞬で、たまきがレジェンドの攻撃範囲から離脱する。

アリスとたまきが、まだ持続していたフライで空に舞い上がる。

二体のエレメンタルがそれに続く。

脱出方向は、敵軍から見て前方。

光の民とアラクネたちが戦闘している、その正面を突破する。

味方の流れ矢は、いまのぼくたちのレベルだと、あまり怖くない。

上空二十メートルほど、森の木々のすぐ上。

ぼくたちは、ぼくを先頭に、飛んで逃げる。

アラクネたちが矢を射かけてくるが、いずれも狙いはだいぶ外れている。

二十メートルという高度は、この世界の粗末な弓矢では、いささか高度が高すぎるのだ。

前を見れば、前線のアラクネたちが巨大な樹の使い魔、トレントと壮絶な戦いを繰り広げていた。

四肢、すなわち樹の枝である腕と根っこである足を振りみだし、トレントはアラクネたちを蹂躙している。

蜘蛛人間たちの吐き出す糸は、あまりにもちから不足で、まったく通じていなかった。

だからアラクネたちは、なるべく遠巻きにして、火のついた矢を射かけている。

運よくトレントの身体に当たると、矢を中心として燃え上がっている。

そういう魔法をかけているのか、それとも矢がそういうものなのか。

すかさず、光の民の魔術師が水の魔法を使用する。

トレントの全身に、滝のような水が降り注ぐ。

だが、それによって、光の民の魔術師が無防備な状態で敵前に晒されてしまう。

アラクネたちの本当の狙いは、そちらだったのだろう。

魔術師たちに、一斉に矢を浴びせかける。

光の民の側は、大盾を持った男たちが寄り集まって、魔術師を守ろうとするが……。

その甲斐もなく、魔術師は無数の矢を浴びて、ハリネズミのようになる。

激しい戦いが繰り広げられるそのなかに、ぼくたちが突っ込んでいく。

アラクネたちも光の民も、一瞬、慌てふためく。

攻撃が途切れる。

よし、チャンスだ。

ぼくたちは皆を振りかえり……。

そして、気づく。

すぐ後ろに、レジェンドが迫っていた。

跳躍したのだ。

とてつもなく高く、かつ鋭い跳躍によって、レジェンドはぼくたちに追いついてきた。

最後尾であるファイア・エレメンタルのすぐ後ろに、張りついている。

「ちょ……まっ」

なにか叫ぶ前に、ことは起こった。

レジェンドが赤黒い穂先の槍を構える。

刺突を放つ。

銀の柄が、鋭く伸びたような錯覚を覚えた。

いや、あるいは赤黒く脈動する穂先が伸長したのか。

到達しないはずの一撃が、ファイア・エレメンタルを背中から貫く。

使い魔の、断末魔の悲鳴。

ぼくのなかで、ファイア・エレメンタルとのリンクが切れる。

一撃。

たったの一撃で、ランク8の使い魔が殺された。

たまきは、よくもこんなやつを相手に……。

生唾を飲み込む。

ためらったのは、一瞬だった。

「ウィンド・エレメンタル、レジェンドに攻撃だ。立ちふさがれ」

体勢を立て直すためにも、時間を稼がなくてはならない。

ここは捨て駒を使う。

使い魔を切り捨てる。

「ミア、魔法で足止めしろ」

「ん。グラビティ」

ミアの重力魔法によって、空を飛ぶレジェンドが地面に叩き落とされた。

だが、地上二十メートルから落下するということは、その間にグラビティのフィールド外へ離脱するということでもある。

地面と衝突する直前、レジェンドは絶妙なタイミングで地面に向かって蜘蛛の糸を吐き出す。

蜘蛛の糸が、綿あめのように広がる。

それはまるでクッションのようにレジェンド・アラクネの身体を支え……。

レジェンドが、跳躍する。

ウィンド・エレメンタルは、その前に立ちはだかる。

ふたたび槍が伸び、刺突が繰り出される。

ウィンド・エレメンタルの悲鳴。

腹部を貫かれ、一撃で殺された。

ぼくは前方に向き直る。

でも、最低限の時間は稼げたのだ。

ぼくたちは光の民のなかに逃げ込む。

光の民の弓手数百名が、同時にレジェンド・アラクネに狙いをつける。

号令のもと、一斉発射。

さすがのレジェンドも、雨のごとく降り注ぐこの矢の群れにはどうしようもないと思われたが……。

また後ろを振り向けば、レジェンドが、大口をあけていた。

蜘蛛の糸を吐き出す。

白い糸が、まるで泡のように膨張する。

バリアだ、と気づく。

レジェンドのもとに飛来した矢は、すべてこの白いバリアに防がれてしまう。

そして。

着地したレジェンドが、咆哮した。

怒号が大地を震わせる。

次の矢をつがえようとしていた光の民の動きが止まる。

いや。

そこかしこで、悲鳴があがる。

あれほど誇り高かった男たちが、武器を捨てて敵に背を向け、走り出す。

しまった、とぼくはいまさらのように、自分のミスに気づく。

忘れていた。

圧倒的強者の咆哮とは、こういうものだったことをすっかり失念していた。

どうする。

一瞬、ためらう。

このまま光の民に混ざって逃げてしまうべきか。

それとも、ここで踏みとどまり、せめてレジェンドだけでも討ちとるか。

ぼくはきつく唇を噛む。

「ん。カズっち、初志貫徹」

ミアが、ぽんとぼくの肩を叩く。

その言葉に、彼女のなにげない口調に、はっとする。

ミアと見つめ合う。

ミアが、不器用に笑う。

もうこれだからカズっちはダメだなあ、とばかりに苦笑してみせる。

「思い出して。一番大切なもの」

「そうか。……そうだな」

ぼくはうなずき、皆を見る。

「撤退だ! このまま距離を取る!」

敵に背を向け、逃げ出す。

空を飛ぶのではなく、着地して走る。

その方が目立たずすむ。

ぼくにとって大切なもの。

それは、もちろん、アリス、たまき、ミア。

仲間たちだ。

あ、一応ルシアも入れておこう。

彼女はいま、ぼくの背中でぐったりしているけど。

そう、満身創痍だ。

ぼくのMPは枯渇寸前。

ルシアもグロッキー。

こんな状態で、メキシュ・グラウに匹敵するような化け物を相手にするわけにはいかない。

そのためなら、光の民なんて、いくらでも犠牲にしてみせよう。

彼らの命程度でぼくの仲間が助かるなら、それは素晴らしいことだ。

背後で、悲鳴が聞こえる。

レジェンドが殺戮を繰り広げているのか。

リーダーを殺されたアラクネたちは、どうしているのだろう。

だがそんなことは、知ったことじゃない。

ぼくたちは、森の木々が密な方面へ走る。

物音が、だんだん遠ざかっていく。

「ここらで、いいか」

荒い息をついて、ぼくは立ち止まり、その場にへたりこむ。

憔悴したままのルシアを木陰にもたれかけさせる。

あー疲れたなあもう。

顔をあげると、アリスとたまきが、心配そうに周囲を見渡していた。

ミアもその場にぺたんと尻餅をついて、喘いでいた。

「ん。カズっち、気づいた?」

「なにをだ」

「最後、わたしたち、逃げるとき。レジェンドが、口から大量の糸を吐いて、逃げ道を塞ごうとしてた」

それは気づかなかった。

ぼくは、はっとしてミアを見る。

「だいじょうぶ。阻止、してくれた」

「誰が?」

「光の民の兵士さんたち。みんなでレジェンドを邪魔して、わたしたちに『逃げろ』っていってた」

気づかなかった。

ぼくは首を振る。

どういうことだ、いったい。

「カズっち。彼らは、希望を持ったんだよ」

「希望?」

「カズっちに。わたしたちに。彼らは、わたしたちが敵のなかで大暴れしたこと、気づいてる。レジェンドから逃げてきて、光の民になすりつけたことも。でもそれは、あくまで次の作戦のためってことも」

「自分たちが犠牲になるってことも……わかっていた、っていうのか」

ミアは「そう」とうなずく。

「きっと、彼らも、見てた。ルシアちんのあげた爆発。わたしたちが敵のなかに突入して、大暴れしたこと、わかってたと思う」

ああ、そうか。

ルシアの魔力解放からの攻撃魔法は、とてつもなく強烈だった。

あの大爆発は、さぞ遠くからでも目立ったことだろう。

「でも……なんで、そんなこと」

「あの町の、領主と同じ。メキシュ=グラウ相手に反撃して、時間を稼いだ彼らと同じ」

「時間を……ぼくたちのために、稼いだ」

「結果、どうなった?」

「それは……」

ぼくはアリスとたまきを見上げる。

そのあたりの事情をよく理解していないふたりが、きょとんとする。

「そうだな。あの貴重な時間があったから、ぼくたちはメキシュ・グラウに勝てた。あのときは、アリスとたまきを呼び出す時間、態勢を立て直す時間が必要だったんだ。喉から手が出るほど欲しかったその二十分を、彼らは命を張って稼いでくれた」

そうか、とぼくはうなずく。

「希望、か。ぼくたちが」

「ん、希望。彼らが勝手に抱いた想い。でもそれは、カズっち」

ミアは真剣な顔で、ぼくと視線を合わせる。

「どうする? 覚悟を、決める? わたしたち、彼らにとっての英雄になる?」

ミアは選択を突きつける。

仲間の命と、英雄への道と、そのふたつを天秤にかけろ。

最年少の少女はそういっているのだ。