軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第102話 世界樹の森の戦い6

インヴィジブル・スカウトが先行して飛び、ぼくらがそれを追跡する。

本隊からはぐれた敵とは遭遇しなかった。

これは運がよかったのか、それともアラクネたちの統率が行きとどいているのか。

ルシアに訊ねると、「アラクネは森を得意とするモンスターですから」という答えが返ってきた。

なるほど。

はぐれるような余地もないってことか。

アラクネの軍が向かった方向は明らかだった。

たくさんの足跡がある。

進軍方向は、軍用転移門ではなく、一般にも解放されている方の転移門だ。

逃げる民間人を追っているのだろう。

時折、死体が転がっている。

光の民の兵士や、子供や、老人の死体だ。

弱い者、足が遅い者から餌食となっているのだろう。

「正直、オークみたいにパンピーをレイプしてくれた方が、やりやすい」

ミアが鬼畜なことをいいだす。

いやまあ、たしかにその通りなんだけどさ……。

「そうですね。好き勝手に動くオークのようなモンスターは、いかに数が多くとも、御しやすい相手といえます。わたくしの国の軍も、村のひとつふたつを犠牲にすることで敵を分断し、戦果を挙げることに成功しておりました」

ルシアさんが平然と応じる。

わーさすが権力者、視点が違うわー。

ファッキンくそくらえ。

いや、それくらいしなきゃ生き延びられなかった、ってことなんだろうけど。

実際にそのあと、ルシアさんの国は滅びたわけだし。

ぼくたちくらい手軽にレベルやスキルが手に入るなら、この世界の住人も苦労はしないだろう。

ある意味でチートをしているぼくたちが、彼らの必死の戦いかたにケチをつけるべきじゃない。

弱者には、弱者の戦いかたがある。

二十分ほど飛ぶと、戦いの音が聞こえてくるようになる。

戦いが続いているということは、少なくともまだ光の民による抵抗の努力が潰えたわけではないのだろう。

軍用転移門から応援にかけつけた部隊が、アラクネの軍隊を懸命に押しとどめているに違いない。

ぼくを馬鹿にしたあいつは、まだ生きているだろうか。

生きていて欲しいと思う。

少なくとも彼は、故郷のため、真剣に戦おうとしていたのだから。

だからこそ、ふがいなく見える援軍、すなわちぼくたちに腹を立てたのだろうから。

戦場から少し離れたところに着地して、ぼくはインヴィジブル・スカウトにリモート・ビューイングをかける。

その後、インヴィジブル・スカウトを偵察に送り出す。

彼女の眼で見た映像が、ぼくに送られてくる。

インヴィジブル・スカウトは器用に飛び、用心のため一度敵軍の側面まで移動してから、アラクネたちの頭上を飛び越え、敵軍の中心部に肉薄する。

モンスターの軍は、全部で四百体ぐらいだろうか。

アラクネ以外に、さきほどヘシュ・レシュ・ナシュの町で戦った灰色の狼の姿も見える。

ルシアに狼の外見と、青白く輝いて突進してくるという戦い方を説明したところ、「ライトニング・ウルフですね」という返答があった。

「全身に雷をまとい、紫電のごとく動くといいます」

なるほど、やっぱり風属性の狼なのか。

あのときは、たまたまウィンド・エレメンタルがいたから攻撃を防げたけど……。

あれが五体も六体も出てきたら、とても厄介だろう。

なにより逃げることができない。

空を飛べばなんとかなる気がするけれど、そうすると今度は遠隔攻撃のいい的だ。

アラクネの弓矢の餌食になってしまうだろう。

アラクネを中心とした軍勢を前に、光の民は苦戦を強いられている様子だった。

光の民は、基本的に樹の上などの高所に陣取り矢を射かけているのだが、アラクネたちも物陰から応射し、さらに敏捷に樹の上に登って樹上から樹上へ粘り気のある糸でジャンプ、強襲をしかけたりしている。

地上に降りれば、ライトニング・ウルフが肉薄し、乱闘になる。

狼にのしかかられ、喉をえぐられ、断末魔の悲鳴をあげる兵士たち。

阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

光の民も、ただやられているだけではない。

魔術師とおぼしきローブの者たちが魔法を使うと、太い樹が動き出す。

樹の根が足のように動き、枝が手のように蠢き、アラクネたちを打ちのめす。

「トレント……」

思わず、ぼくは呟いていた。

ロード・オヴ・ザ・リングの映画で見た、動く樹だ。

映画のなかでは善良な性格だったが、こちらの世界のトレントは、ただ凶暴に暴れるだけの使い魔であるようだ。

それでも身体のおおきさは絶大で、アラクネたちはそうとうな苦戦を強いられている。

そんなトレントが、全部で十体近く。

こいつらが頑張っているうちは、だいじょうぶかもしれない。

インヴィジブル・スカウトは、さらに敵陣奥深くに入る。

ローブをかぶったメイジ・アラクネが、全部で八体、後方に固まっていた。

あれを倒すだけでも、だいぶ楽になる気がするな……。

そのさらに先に、指揮官らしき、ひとまわりおおきなアラクネがいる。

そして、そのアラクネのそばに。

赤黒い肌を持つ、ひときわ目を惹くアラクネがいた。

そのアラクネは、その肌と同様、不気味に赤黒い穂先を持つ槍を握っていた。

よく見れば、その穂先は、ときに紅蓮に、ときに漆黒に、鈍く脈動しているようにも思える。

柄の部分は透き通るような銀色で、その対比がまた一種、異様に思えた。

インヴィジブル・スカウトが接近する。

まずい、やめろ、いますぐ逃げろ。

ぼくの五感が、そう叫んでいた。

だがぼくの声は、インヴィジブル・スカウトに聞こえない。

透明な使い魔は、己の特性を最大限に利用し、よりおおくの情報を集めようと指揮官との距離を詰める。

赤黒い肌を持つアラクネが、なにげなく振り向いた。

インヴィジブル・スカウトと視線が交わる。

その奥にいるぼくが睨まれているような、ひどくぞっとする感覚を覚える。

赤黒い肌のアラクネは、自然な動作で槍を構え、軽い動作でひょいと投げた。

赤黒い穂先を持つ槍が、一直線に飛んでくる。

ぼくは胴体を槍に射抜かれた。

いや、違う。

インヴィジブル・スカウトの胴体に槍が突き刺さっただけだ。

リンクが切れる。

視界が戻って、ぼくは荒い息をつき、胸を押さえて地面に膝をつく。

痛みはないけど……ただ、驚いただけだ。

なにごとかと、アリスが駆け寄り、肩を抱く。

「だいじょうぶ。……インヴィジブル・スカウトが殺された」

「え、まさか。だってあいつ、すぐ近くにいても、わたしですら気づけないわ」

たまきがいう。

そうか、きみが気づかないとしたら、あの赤黒い肌のアラクネはきみより腕ききなのか。

あるいはなんらかの特殊能力があるのか。

どちらにしても、あれの実力はほかの比ではない。

あいつこそ、ルシアがいっていた……。

「いったい、どんなモンスターに殺されたの」

「レジェンドだ」

ぼくは、きっぱりと断言する。

「あのメキシュ=グラウに匹敵する威圧感は、間違いない。インヴィジブル・スカウトは、レジェンド・アラクネに殺されたんだ」

敵軍にレジェンド・アラクネがいたとしても、やることの大筋は変わりない。

敵の上級モンスターを潰す。

その後、包囲網を突破して光の民の軍隊に逃げ込む。

もし可能なら、彼らの撤退を支援する。

そのためには、第一段階が一番重要だ。

幸いにして、インヴィジブル・スカウトは、敵の本陣に突入する前に一度、側面にまわりこんでいた。

アラクネたちも警戒はするだろうが、こちらがどこから攻めてくるかまではわからないだろう。

「部隊をふたつに分割しようと思う」

ぼくはいった。

敵が偵察に気づいた以上、対応は迅速と見るべきだ。

ならば、初手で潰せるだけの敵を潰す。

「わけるといっても、初手だけだ。まずミアとルシアで、後衛のメイジ・アラクネに範囲攻撃をぶつけてもらう。ルシアは魔力解放を最大で。とにかく最速でメイジを潰して欲しい。同時にぼくの使い魔二体とアリス、たまきが指揮官……チャンピオンとレジェンドに攻撃。たまきがレジェンドを足止めしているうちに、アリスとぼくの使い魔でチャンピオンを潰す。その後、迅速に撤退する」

「レジェンドを倒さないの?」

「メキシュ=グラウに匹敵する相手だっていうなら……戦っているうちに、雑魚に囲まれると思う。かけていい時間はせいぜい十秒か二十秒。そんな短時間じゃ、とうていレジェンドを潰せないだろう?」

たまきは、腕組みしてうーんと唸った。

唸っても、どうしようもないものはどうしようもないと思う。

「メイジとチャンピオンさえ潰せれば、敵軍の統率は間違いなく乱れる。問題はレジェンドが、怒ってぼくたちを追ってくるか、どうか。とりあえず追って来るという前提で作戦を立てるとして」

「レジェンドから逃げきれるでしょうか」

ルシアがいった。

うん、それが一番の不安要素ではあるんだよなあ。

「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応で、ひとつ」

「ん。カズっち、この状況でそれはシャレになってない」

ミアに怒られてしまった。

いまのはぼくが悪いか。

ミア以外の全員が、きょとんとしている。

「耳あたりのいい言葉を並べただけであることはわかるのですが、みなさんの国のことわざですか」

あ、ルシアに至っては、そりゃそうだよな。

今後はネタを口にするとき、気をつけないと。

簡単に、まあそんな感じと説明する。

「いざとなったら、ミア、きみがグラビティでレジェンドを押さえこむんだ。ちから任せに解呪されそうだが、多少の時間は稼げるだろう」

「最初からそういえばいい」

ミアは無駄に偉そうに、ぺったんこの胸を張る。

コンチクショウ。

まあいいけど。

「あとは敵の雑魚を混乱させる方法だけど……」

いくつか戦術オプションを伝える。

ミアとルシアの魔法頼りだ。

ルシアが加わってくれたのは、本当におおきい。

攻撃魔法を使える仲間がひとり増え、しかもその仲間が魔力解放などという特殊能力を持っているおかげで、「まず範囲攻撃をぶちこんでメイジを潰す」という選択肢が増えたからだ。

「ん。カズっち。わかってると思うけど、この作戦、かなり危険」

「怖気づいたか、ミア」

ミアは首を振る。

「カズっちが無理をしているなら、やめた方がいい。わたしは、仲間に犠牲を出してまで英雄になんてなりたくない」

「そうじゃない。こうするのが一番、合理的だからやるんだ」

実際のところ、ぼくたち以外の誰も、あのトレントでさえも、チャンピオンやレジェンドには敵わないだろう。

メイジたちが本気になってかかれば、全軍に対する脅威だろう。

アラクネの軍は、まだ本気を出していない。

だからこそ、いまぼくたちが出撃する。

アラクネたちが様子見であるとおぼしきいまのうちに、そのあたりを潰しておく。

さもなくば、光の民には勝ち目がなくなるに違いない。

最悪の場合。

リーンさんは、ぼくたちに構っているどころじゃなくなるかもしれない。

ぼくたちは山に帰れなくなるかもしれない。

そう、ぼくたちはいま、リーンさんに試されているのである。

相応の戦果が必要なのだ。

「うーん、でも、ミアが反対するなら、外縁部でちまちまアラクネの数を削る作戦に変更してもいいよ」

「それは、ダメ。レベルアップはするだろうけど、敵に対応する余裕を与える。たぶん、すぐにレジェンドが出てくる。雑魚とレジェンドを同時に相手にするのは、キツい」

「じゃあ、どうしろっていうんだ」

「さっきのカズっちの作戦か、でなきゃこのまま逃げて、ここの戦いには関わらないか。情報アドは重要」

情報アドいうな。

いや、実際、重要なんだけどさ。

それにしても、うん、敵に情報を与えないために、あえて撤退か。

それはそれで正しいように思える。

明日は大規模な戦いがある、とリーンさんは示唆しているのだから、いまは敵に対して情報を秘匿することに徹するというのも、それはとても正しいことであろう。

結果的に、リーンさんが学校のある山の探索を一時的にストップするかもしれないが、どのみち決戦が明日なら……。

でも、それは。

「ない、よな」

「ん。だよね」

ぼくとミアは視線を交わし、互いににやりとする。

「時間リソースも考えると、レベルアップのタイミングは逃しちゃダメ。昨日もそうだった。カズっちが思いきって前に進むことで、わたしたちみんなが生き残れた。きっと今日も、そう」

そう、だからこそぼくたちは、思いきって前に進むべきだ。

ぼくはアリス、たまき、ルシアを順に見る。

皆、うなずいてくれる。

「ミア、そういうわけだ。いいな」

「カズっちが覚悟を決めてくれるなら、問題ない」

そういってミアは、ぼくの胸板をちいさな拳で軽く叩く。

「いこう、カズっち。英雄になりたくてなるんじゃない。なってしまうのが英雄、だよ?」

そこで、そういう余計な台詞をいわなければ、もうちょっと締まるんだけどなあ。

つくづく残念なヤツだと思う。