作品タイトル不明
第101話 世界樹の森の戦い5
考え抜いたすえ、ぼくはサモン・インヴィジブル・スカウトを呼び出す。
透明の使い魔が目の前に現れた……はずだ。
見えない。
仕方がないな。
付与魔法ランク3のシー・インヴィジビリティを使う。
これは自分自身にしか使えない魔法だ。
そのかわり、長く効果が続く。
いまのぼくなら、最低でも二時間半時間以上、透明になった存在を看破できるようになる。
透明なものを見られるようになったぼくの目の前に、全身真っ黒い猫背の人型生物が出現する。
いや、もともといたインヴィジブル・スカウトが見えるようになったのだ。
シー・インヴィジビリティを使っているにもかかわらず、その輪郭は薄ぼんやりとしていて、顔の表情もよくわからない。
たぶん、最初からそういう生物なのだろう。
「この村のまわりに敵がいないかどうか、見てまわってきてくれ」
「かしこまりました、主君」
インヴィジブル・スカウトは女性の声でそういって、走り出す。
ものすごいスピードで目の前から消える。
うーん、あれで女の使い魔なのかー。
いやまあ、別に男でも女でも関係ないけどさ。
ちなみにこのインヴィジブル・スカウト、戦闘ではまったく役に立たないらしい。
偵察だけのために64点ものMP消費は……うーん、どうなのかなあ。
今回は、敵がどこに散らばっているかまったくわからないから使うけど。
光の民から、せめて偵察役のひとたちくらいは借りてくるべきだったかもしれない。
その折衝を面倒がって、逃げるように飛びだしたんだから、自業自得なんだけど。
グロブスターがいた木のうろに戻る。
肉塊のなかから助け出された女性たちが、一糸まとわぬ姿で、ぐったりと壁面に身体をもたせかけていた。
目をそらす。
グロブスターの姿は、すでにない。
アリスたちが倒したのだろう。
たしか、黄色い宝石一個になるんだっけか。
トークン100個分。
けっこういい儲けだ。
でもグロブスターのやつ、経験値はゼロなんだよな。
まあ、戦闘能力はいっさいなさそうだから、そのせいかもしれないけど。
いろいろ謎が多い。
「グロブスターに取り込まれていた八人全員、命が助かりました」
アリスが報告する。
「ルシアさんがいうには、グロブスターに取り込まれてからあまり時間が経たないうちに解放したおかげだ、とのことです」
「それは……よかった。そうか、そうだよな。ぼくたちがあの山の子たちを助け出したのは、三日目の午前中だもんな」
「はい。半日以内なら、狂うことも少ないそうです。転移のエネルギーを貯め込むためには、最低でも一日以上、生け贄を取り込み続ける必要があるって。それ以上のちからを使うには、さらに日数がかかるみたいですよ」
なるほど、だからこそ敵も、迂闊にグロブスターを召喚するわけにはいかないのか。
一日以上も、弱点を晒すことになる。
ぼくたちがグロブスターを倒したときは、まだまる二日経っていなかった。
実は結構、やばいところだったのかもしれない。
今回は、敵が完全に勝った、と思いこんでいた。
モンスターたちは、ぼくたちの奇襲を想定していなかった。
今回、ぼくたちは敵の油断を突くことができた。
当然かもしれない。
この地を守っていたアラクネたちを倒すには、光の民の兵士がいったい何人必要となるのだろう。
そして、大軍で移動していれば、アラクネの本隊がその存在に気づいてしまう。
数百人が、うまく隠密して、この地を奇襲できる可能性は……まず、ないだろうなあ。
ぼくたちが少人数で、かつ圧倒的な戦力を有するがゆえに、敵の裏をかけた。
いま、モンスターたちは、ぼくたちという飛び抜けた存在を想定していない。
ならば……次にぼくたちは、どういう行動に出るべきか。
「いまごろ、光の民の本隊は、敵の主力とぶつかっているだろうか」
ルシアに訊ねる。
銀髪紅眼の少女は、おとがいに手を当て少し考え込んだあと、「さきほどの様子からしますと、一度は戦わなければ、不満が爆発してしまうでしょう」と答える。
「つまり、指揮官は戦いたくないけど、一戦交えるはずだと?」
「できれば、明日の作戦のために戦力を温存したいでしょうから」
血気盛んな兵士たち。
さっきぼくたちは、そんなやつらに絡まれた。
鬱陶しいなと思ったけど……そりゃ、故郷に攻め込まれているんだ、怒りもするよな……。
そうだ、ぼくたちの敵を間違っちゃいけない。
光の民の兵士たちは、ちょっとばかりぼくたちを冷たい目線で見た。
でもそれは、彼らが故郷を守りたいと強く願うがゆえの、ちょっとした暴走にすぎない。
彼らは、まだ利用できる。
ならぼくたちがするべきことは、ひとつだ。
ぼくは顔をあげる。
「これからとって返して、光の民と交戦しているだろうアラクネの本隊を強襲する。光の民と挟み撃ちにすることで、敵を打ち破る」
ぼくは今後の方針を定め、一同を見渡す。
アリスとたまきは無条件の信頼でもってうなずいた。
ミアは少し考えたすえ「ん。敵の数次第?」と小首をかしげる。
「ルシア。アラクネたちの数はわかるか」
「グロブスターから助けた方々に訊ねた限りですと……多くとも五百体前後、といったところでしょう」
五百か……。
事前にリーンさんが予想した最大値だ。
雑魚ばかりならともかく、ぼくたちも戦ったメイジや、ルシアも噂でしか知らないチャンピオン、レジェンドといった個体がいることも考えると……ぼくたちだけで敵のなかに飛びこむのは無謀だろうか。
いや、逆に考えよう。
ぼくたちは、メイジ、チャンピオン、レジェンドといった光の民では手に負えないだろう上位個体だけを潰してまわるのだ。
そうであればこそ、インヴィジブル・スカウトを呼び出した意味が出てくる。
まずはインヴィジブル・スカウトが敵中を偵察し、アラクネの群れが光の民と戦うのに夢中なうちに、ボスの居所を突き止める。
ぼくたちはボスをスナイプして、最速で離脱する。
それを繰り返す。
基本方針は、こんな感じでいいだろう。
ぼくは自分の考えを、簡単に皆に話した。
「なるほど、悪くない作戦だと考えます」
ルシアが冷静にいう。
そのうえで亡国の王女は、「ですが」とひとことつけ加える。
「リスクが高い方法です。だいいち、光の民が、そこまでアラクネ相手に善戦できるかどうかわかりません」
「じゃあ、どうするべきだ」
「光の民の軍隊が壊滅状態に陥り、アラクネたちが残党狩りを始めたタイミングで介入するべきです。一般人の光の民が逃げまどっているのであれば、なお敵の戦力は分散されるでしょう」
うわーすげー、えげつない。
でも、たしかにその方が安全かもしれない。
モンスターたちは、勝利した、と思ったその瞬間にリーダーを殺されるのだ。
うまくいけば、敵の混乱が続く間に多くのアラクネを始末できる。
ある程度囲まれたとしても、いまのぼくたちなら、対処の方法はいくらでもある。
ボスクラスさえ先に始末してしまえば、という話ではあるが……。
ならなおさら、敵が一番、油断しているところを突くべきだ。
ルシアの作戦は正しい。
まるで志木さんのように、正しい意見だと思う。
でも。
「却下だ」
ぼくはそういって、首を振る。
「そのやりかたじゃ、光の民の信頼は得られない。今日の戦いには勝てても、明日にはつながらないよ。それに、ボスを倒した方が効率よく経験値を稼げる」
ルシアは、そんなぼくを見て、微笑んだ。
「その通りだと思います」
「きみはぼくを試したね」
「はい」
ああこいつ、これっぽっちも悪びれてねーっ。
こんなところまで志木さんっぽいよこのひと。
ま、いいけどさ……。
「それで、ぼくの回答は何点?」
「百点満点で六十五点といったところでしょうか」
「参考までに、なにがまずかったかな」
「方針がブレているように感じます。経験値を稼ぐか、光の民を守るのか、あるいは光の民にわたくしたちの強さを見せつけるのか、方針を決めた上で、一貫した行動をとるべきでしょう。またこの経験値システムならば、雑魚をたくさん倒した方がレベルアップは容易いはずです。ボスを倒すことがレベルアップへの近道、というのはいささか詭弁であると考えます」
あーもーその通りだよちくしょう。
彼女の言葉は、いちいち正しい。
ほんとに志木さんみたいだ。
「じゃあ、ぼくの提案を叩き台にしたうえで、どうすればいいと思う」
「光の民にわたくしたちの強さを見せつけ、発言力の強化を第一に狙うべきです。グレーター・インヴィジビリティで全員そろって敵集団のリーダーに接近、一斉攻撃でこれを倒したあと、残る敵から迅速に離脱、以後は周辺の雑魚を掃討しつつ光の民と合流、ころあいを見て撤退いたしましょう。光の民の軍が充分に賢明ならば、わたくしたちにあわせて戦場から離脱するはずです」
う、うぐぐ。
見事な作戦だと感嘆するが特に問題はなにもないな。
思わずブロント語になってしまうほど、文句のつけようがない計画だった。
なにより素晴らしいのは、これならぼくたちの危険が最小限になるだろう、ということだ。
いざとなれば光の民に敵をなすりつけてしまえる。
っていうか、ルシアは絶対、そっちを狙っている。
こいつ、光の民にいじめられてたんじゃないか。
そんなことを考えてルシアを睨む。
ルシアは平然と、ぼくの視線を受け止め、じっと見つめ返してくる。
まるで、まだぼくのことを試しているかのようだった。
いや、実際にそうなのかもしれない。
ルシアにとって、ぼくは信頼に値する指揮官なのか。
彼女はこうして、ぼくの資質を計っているような気がしてならない。
うう、プレッシャーだなあ。
「わかった、きみの献策を採用しよう。これからも頼む」
そういうと、ルシアは口もとで微笑む。
いつもより、少しだけ自然な笑みに見えた。
ちょうどそのタイミングで、インヴィジブル・スカウトが帰ってくる。
「主君、敵の姿は見当たりません」
「わかった。じゃあ、移動しよう」
なにもないところから女性の声が聞こえたことに、ぼくとミア以外の一同がびっくりする。
ぼくはインヴィジブル・スカウトを召喚し、周囲を調べさせていたことを告げる。
「助けた女のひとたちは……ここに隠れていれば、いいかな」
「できれば、別の木のうろに隠れるべきですね。モンスターたちが撤退する際、ここのグロブスターを利用する可能性が非常に高いです。彼女たちには、そう申し伝えておきます」
「わかった、そのあたりはルシア、きみに任せる」
対外折衝能力に関しては、この世界の住人であり、王女として相応の教育を受けてきたであろう彼女が最適だ。
この仕事のためだけでも、彼女を連れてきた価値があるというものなのだけれど……それ以上にはるかに役だってくれているのは、嬉しいことだ。
うん、嬉しいことのはず……なんだけどなあ。
いまのうちに、とぼくたちは軽く打ち合わせを行う。
数分で全員の準備が整った。
ぼくはカラスたちを送還する。
この先は、インヴィジブル・スカウトがいれば充分だろう。
ディフレクション・スペルがかかったミアのフライにより、ぼくたちはまたも宙に舞い上がる。