軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

◇045 授業と訓練

「いいですか、お嬢様。天上には 数多(あまた) の神々がおられますが、その中でも重要な神々が何人かおられます」

そう言って家庭教師である御年配のアーウェン・ストラム先生が、神々の名前を目の前の黒板に書き出していく。

これは私でも知っている。この世界を創世したと言われる九柱の女神たちだ。

未来を見通すという審判の女神、ユミナリア。

天命を紡ぐ運命の女神、リンゼヴェール。

武を尊ぶ勇気の女神、エルゼヴェール。

嵐を纏う剣刃の女神、ヤエーテ。

慈悲深き豊穣の地母神、ルーリエット。

万物の命を慈しむ生命の女神、スゥティアラ。

全ての魔法を司る知識の女神、リーンベルテ。

誇り高き高潔な正義の女神、ヒルダルテ。

音楽と歌の守護女神、サクラクレリア。

教会に伝わる『創世記』と言われる聖書に記載された原初の神々のことである。まとめて『創世の九女神』と呼ばれていた。

この九 柱(にん) の女神たちは『ギフト』を授けてくれる神々とは一線を画している。

この世界はまずこの女神たちによって創造され、そこから他の神々が興味を示し、この世界の人々に生きていく特別な力、『ギフト』を授けたのだと言われている。

「しかしこの九柱の女神たちだけは人々に『ギフト』を授けることはないと言われています。それは『創世の女神』たちのお力は、人々にではなくこの世界に向けられているからだと神殿の者たちは解釈しています」

この世界では神々は不確かな存在ではなく、確かに実在する存在である。

そりゃあ『ギフト』なんてものがあるんだから神様の存在を認めるしかないだろう。

しかし、この世界がゲームの世界かもしれないと思っている私にとっては、神=ゲームクリエイターという考えがどうにも。

いや、この世界の神々でさえ、ゲームクリエイターに作られた存在なのかもしれないんだけどね。

この世界がゲームの世界なのではなく、ゲームに似た異世界である方が私としては望ましいのだけれども。

この世界がゲーム内だとしたら、すでに乙女ゲームとしては破綻し始めている。 神々(スタッフ) がこれを見ていたらかなり焦っているかもしれないからなあ。

さしずめ、私はゲーム内に入り込んだバグというところだろうか。お願いだから排除したりしないでほしい……。

そんな理由もあって、この世界がゲームの世界ではなく、異世界だと私は信じたいのだが。

「この九女神にあやかって、自分の娘に名前の一部をつける親も多いです。サクラリエル様もそうですね」

「えーっと、サクラクレリア様?」

「そうですね。サクラクレリア様は音楽と歌を司り、また猫の守護神でもありまして、二本足で立つ猫を守護獣としているといわれています」

二本足で立つ猫? それって長靴を履いた猫みたいなやつかな?

虎ならまだわかるけど、猫を守護獣にして身を守れるのかしら。まあ、神様の守護獣なんだからめちゃくちゃ強いんだろうけども。

「おや、もうお昼ですね。では今日の勉強はここまでに致しましょう」

「はい。ありがとうございました」

ストラム先生が資料として持ってきた本をまとめて部屋を出ていく。

ストラム先生はもともと『学院』で教鞭を取っていたれっきとした教育者で、『学院』を退職するにあたり、お父様がスカウトしてきた人物だ。

さすが本職というか、教え方がうまい。私の興味のあることを絡めて、貴族に必要な知識や歴史などをわかりやすく教えてくれる。

ストラム先生のおかげで前世は嫌いだった勉強も楽しく覚えることができる。ありがたやありがたや。

「サクラリエル様のお名前は九女神から取られたのですね」

「普通にサクラの花にも絡めてるみたいだけどね」

一緒に授業を受けていたエステルの言葉に私は苦笑いで答える。この世界じゃ『リエル』って『花』って意味だし。

ゲーム内でヒロインのエステルも『星』って意味がある。これはゲームのタイトルである『スターライト・シンフォニー』にかかっているんだろうなあ。

授業を終えた私たちは中庭へと連れ立って赴く。そこではいつものようにビアンカがユリアさんと訓練に明け暮れていた。

魔剣を作ってもらえると決まってから、さらに訓練の苛烈さが増した。

ちょっと鬼気迫るものを感じるくらい。適度に休憩をしなさいって言ってるのに聞きやしない。私の目を盗んでは訓練に没頭している。

このままだとビアンカが脳筋になりそうで心配である。

「ぐっ!?」

ユリアさんの木剣を手首に受けたビアンカが持っていた木剣を取り落とす。

予想外の出来事だったらしく、ユリアさんが慌ててビアンカに駆け寄る。

その様子を見て私たちもビアンカに駆け寄ると、ビアンカの右腕は青黒く変色し、打ち身の痕がくっきりと浮き出ていた。これは酷い。

ビアンカも脂汗を流して右手を押さえている。

「エステル、頼めるかしら?」

「うん! 任せて!」

お母さんであるユリアさんに言われて、エステルがビアンカの右腕に手を翳す。

「【聖なる奇跡】!」

ぱあっ、と光の粒がエステルの手から溢れて弾ける。

青黒かった打ち身の痕が、みるみる間に元通りになっていく。相変わらずすごい『ギフト』だ。

ビアンカは元通りになった右手をぐっぐっと握ったり開いたりしている。もう痛みはないようだ。

「ありがとう、エステル。これでまた訓練を続けることができる」

怪我が治ったのをよしとしてまた訓練を続けようとするビアンカに私はにっこりと笑いながらも睨みをきかせる。

「ビアンカ? 適度に休憩をしろって、私言ったわよね?」

「さっ、サクラリエル様っ!? で、ですが、グロリアとの戦いに備えて……!」

「朝からずっとぶっ続けでやってるのを私が知らないとでも思ってる? ユリア先生が来る前から何時間も素振りとかやってたわよね?」

「えっ、と、それは……」

ビアンカが気まずそうに口籠もる。ユリア先生も呆れたと言わんばかりにため息をひとつついた。

明らかにオーバーワークである。そりゃ手首にいい一撃ももらうよ。

ユリア先生もいつものビアンカなら躱せると思って打ち込んだのだろう。疲れがたまってたビアンカはそれが躱せずまともに受けてしまったと見た。

「どうりでいつもより動きが鈍いと思ったわ」

「すみません……」

ユリア先生の呆れたような声にビアンカが小さくなる。

何事も過ぎたるは及ばざるが如し。やり過ぎはいけない。ただでさえ子供なんだから、無理な負担は成長に影響するでしょうが。

「というわけで、ビアンカは休む! ちょうどいいからユリア先生も一緒にお昼を食べましょう! 【店舗召喚】!」

ドン! と訓練場にキッチンカーが現れる。今日のお昼はエステルからのリクエストでホットドッグを食べることに決めていた。ビアンカやユリア先生にも差し入れをするつもりだったけど、ここで一緒に食べることにしよう。

天気もいいので芝生に質屋で買ったレジャーシートを敷いて、みんなで座って食べることにした。

「おいし~い。やっぱりフライドポテトは最高ですね! 毎日でも食べたいです!」

エステルは最近お気に入りのフライドポテトを頬張りながら幸せそうに叫ぶ。毎日はやめといた方がいいと思うなあ。それLサイズでしょ……?

「毎日食べてたら太るよ。これけっこう油使ってるし……」

根菜類だから糖質も高いしね。

私の言葉にフライドポテトへと伸ばしたエステルの手がピタリと止まる。

わずかな逡巡のあと、再びフライドポテトがエステルの口に放り込まれた。聖女も食欲には負けたか。

「次からはSサイズにします……」

うん、そうした方がいいね。まあ、エステルも毎日食べているわけじゃないし、私とダンスや剣の訓練もしているから、そんな簡単に太るとは思えないんだけど、油断は禁物だ。

脂肪(あいつら) は気付かないうちにまとわりついてくるからね……。

ビアンカは最近過剰なほど運動しているから太ることはないと思う。逆にぶっ倒れたりしないか心配だよ。

「おお、サクラリエル! ここにいたのか! お、美味そうなものを食べてるな」

「お祖父様?」

ホットドッグを食べていると屋敷の向こうから辺境伯のお祖父様がやってきた。

私が言うことでもないんだけれど、お祖父様って辺境伯だよね? 辺境伯ってのは隣国の侵攻に備えて、なるべく領地にいた方がいいと思うんだけど、こんなに王都にいて大丈夫なんだろうか。

お祖父様の領地が接地する国はうちと仲の悪いアレグレット帝国だからさ。お祖父様が睨みを利かせてないといけないんじゃないの?

私たちと同じようにレジャーシートに座り、ホットドッグを食べ始めたお祖父様にそこらへんどうなのよと伺うと、

「心配いらん。そっちは息子がうまくやっとる。何かあったらすぐに連絡が来る手筈になっとるし、こいつがあれば一日とかからず戻れるんだろう?」

そう言ってお祖父様がキッチンカーを軽く叩いた。いやまあ確かにそうなんだけども。

ちなみにお祖父様の息子ってのは、私のお母様の兄上にあたる方だ。私の伯父様だね。会ったことはないのだけれど、文武両道のなかなかの人物で、『皇国の獅子』と呼ばれるお祖父様に対して、『皇国の若獅子』と呼ばれてるんだとか。

ジーンも成長したら『皇国の若虎』とか呼ばれるんだろうか。

「あの! 辺境伯様! よろしければ一手御指南いただけないでしょうか!」

昼食が終わるとビアンカがお祖父様にそんなことを言い出した。まだやる気だよ、この子……。本当に脳筋ルートに入ってしまったんじゃなかろうか……。

一度グロリアに負けているから焦る気持ちもわかるんだけれども……。

「うむ、かまわんぞ。サクラリエルの側仕えならば強くならんとな。ユリア殿とも中央騎士とも違う、辺境に生きる騎士の技を教えてやろう」

「はい! ありがとうございます!」

お祖父様の言葉に目をキラキラさせてビアンカが頭を下げる。

それからまたぶっ続けでビアンカの特訓が始まった。倒れる前に無理矢理にでも休憩させねばと私はため息とともに決意を新たにした。