軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

◇022 狙われし者

「エステルはおらんのか?」

「エステルはお母さんが倒れたから領地に戻ったんだよ」

「大丈夫、なの?」

「あ、うん。大丈夫。元気になったってさ」

心配そうにしていたルカがホッとしたように息を小さく吐いた。一度しか会ったことのないエステルを心配してくれるとは、やっぱりいい子だな。

「その方はサクラリエルの護衛か?」

ティファがお祖父様の方を見上げる。お祖父様はその場で膝をつこうとしたが、ティファが止めた。そんなことをすれば素性がバレると言いたいのだろう。

「初めまして、ティファーニア殿下、ルカリオラ殿下。ザルバック・オン・アインザッツと申します。サクラリエルの祖父になります」

「おお! ではそなたが『皇国の獅子』か! その武勇はわらわも聞き及んでおるぞ!」

うん、ティファ。興奮するのはわかるけど、いまお祖父様の素性が周りにバレたから。まあ、ちらほらと視線を送ってくるだけで近づいては来ないけど。祭り限定の暗黙の了解みたいなものがあるのかな? 貴族とわかっても騒ぎ立てたりしない、みたいな。

ただ単に関わりあいになりたくないってだけなのかもしれないけれどね。貴族に睨まれたら面倒くさいし。

「サクラリエル、よかったら一緒に回ろ?」

「おう、それはよいの。案内してくれ」

「え、ルカたちと?」

王女様たちと回ってもいいのかな? お祖父様を見上げると、微笑みながら小さく頷いてくれた。

ただ、私も初めてでこの祭りには詳しくないんだよね……。

「なんじゃそうなのか?」

「サクラリエルは今まで体が弱く、王都より離れて療養していたものですから。案内ならこの老骨めが致しましょうぞ」

「おお、それはありがたい」

お祖父様の助け船にティファが破顔する。女王国は女性上位の国だが、強さを尊ぶ国でもある。『皇国の獅子』とまで呼ばれたお祖父様にはティファも一目置いているのか態度が柔らかいな。

ひょっとして強くなればエリオットにもティファを落とすチャンスがあるんじゃないかしら。お祖父様レベルになるのは大変そうだけども。

ティファとルカ、それに女王国に王国の護衛さんたちを加えた私たち一行は、お祖父様の案内のもと、祭りを楽しんだ。

いろんな露店や屋台、大道芸人の出し物なんかがあり、人形劇はなかなかに面白かった。ティファやルカも楽しんでいるようで安心したよ。

しかし人が集まるところには犯罪も多く、二度ほど騎士団の連中に連行されていく男たちを見た。

スリや掻っ払いの 類(たぐい) らしいが、私も気をつけよう。まあ、私はお金を持たされてはいないのだけれど。

「屋台のものはなかなか美味いものもあるが、菓子はサクラリエルのくれたものに敵わんな」

「うん。あれは別格。特に小さなもちもちしたお菓子が絶品。あれはいい……」

小さなもちもちしたお菓子? ああ、あの正方形のカラフルなやつが並んで入っているやつね。甘くてもちもちしてて美味しいよね。

「うん。美味しい。美味し過ぎて、お土産に持ち帰るやつまで食べちゃった……」

ルカがしょぼんと落ち込む。え、確かけっこうな量を届けたと思ったけど……。

「じゃあ明日の朝にでもそのお菓子だけまた届けるよ。今度は多めにしとくから……」

「っ! サクラリエルは優しい! 大好き!」

ルカに抱きつかれる。なんだかなあ。お菓子で懐かれても微妙なんですけれど……。お祖父様は『友達ができてよかったな』みたいな目で見ているし。いや、悪い気はしないけどね?

「む?」

「ティファ? どうしたの?」

ティファが何かを見つけたようで立ち止まっていた。視線の先には人がたくさんいてよくわからないが、知り合いでもいたのかな?

「あそこにエリオット皇太子がおる」

「え?」

ティファが指し示した先に確かにエリオットがいた。もちろん護衛らしき人たちも二人付いている。

そしてその横には見覚えのある顔が一人。

「取り巻きA……」

「取り巻き?」

「あ、いえ。なんでもないわ」

エリオットの横でうろちょろとしてるのは取り巻きAこと……あ、私あの子の名前知らないや。

えーっと、とにかくラグタイム侯爵家令嬢である。

エリオットが地味な服装で目立たないようにしているにもかかわらず、ラグタイム侯爵家令嬢は……長いな、やっぱり取り巻きAでいいや。

取り巻きAは真っ赤なよそ行きのドレスで、派手な格好をしていた。どこのパーティーに行くのやら。

もちろん目立ちまくっている。しかし取り巻きAはエリオットに話しかけることに夢中で、周りのことなど見えていないようだった。

この祭りは貴族が主役じゃない。都民に気を遣わせることのないようにと、地味な恰好をするのが貴族参加の習わしなはずだが。お祖父様が言ってた、それをしない馬鹿貴族ってこれか……。

迫られているエリオットは心底ゲンナリした顔で歩いている。あの顔をされて、なお話しかける取り巻きAのメンタルの強さにはちょっと感心するな。

あ、やば。エリオットと目があった。いや、やばくはないけどね。

エリオットは私たちを見つけると、途端に笑顔になってこちらへとやってくる。

『嬉しい!』というより、『助かった!』という笑顔だな、あれは。

「ルカリオラ王女にティファーニア王女! 探しましたよ! サクラリエルと一緒にいたんですね」

「うむ。王都を案内してもらっていた」

エリオットの後ろで取り巻きAが、ムスッとした顔をして立っている。あー、はいはい。エリオットとのデートを邪魔されてイラついているんですね。デートだったかどうかは怪しいが。

「皇太子殿下っ! 向こうに素敵な小物を売っている店がありましたの! 一緒に行きましょう!」

取り巻きAがエリオットの腕を掴んでぐいぐいと引き出した。

おっとこれはいただけない。仮にも他国の王女二人を無視して話に割り込んでくるとは。礼儀がなってないと相手から非難されても仕方がないぞ。

けれど、無視された王女二人はそんなことまったく気にしていないようだった。なんならエリオット共々早くどっか行ってくれないかなー、という心の声が聞こえてくるようである。

「ア、アンネマリー嬢、私はこちらのお二人をエスコートするように父上から仰せつかっている。だから……」

「サクラリエルと辺境伯に案内してもらうから別にいいよ? 二人で好きなところに行けば?」

ルカにズバンと断られて、エリオットが苦い顔になる。ルカ……もうちょっと言い方ってものをさ……。

しかし、取り巻きAはアンネマリーというのか。奇しくも名前はAだったわけだ。

「ほら、お二人もこう言っているわけですし、向こうへ行きましょう!」

「そ、そういうわけにはいかない! 父上の命には従わなければ! ねえ、サクラリエル!」

必死だな、エリオットよ……。嫌なら嫌とはっきり断ればいいものを。仕方ない、助け船を出すか。

「そうね。皇太子として皇王陛下の命に背くわけにはいかないでしょう。言ってみればこれは公務。エリオットが勝手に放棄するわけにはいかないわね」

「そ、そう! 公務なんだ! 皇太子としてその任を全うしなくては!」

我が意を得たりとエリオットが喜色満面の笑顔で力説する。反対にルカとティファは『面倒くさいなあ』という顔をしていた。うん、少しは隠せ。

「そういうわけなのでエリオットはこっちで……」

「ちょっと! さっきから皇太子殿下に対して馴れ馴れしいけど、あなた誰よ!?」

おっと噛みつかれた。あれ、名乗ってなかったか。

「これは失礼。サクラリエル・ラ・フィルハーモニーよ。皇太子殿下とは 従兄妹(いとこ) に当たるもので、つい、ね」

「フィルハーモニー……フィルハーモニー公爵家……! ってことはあなた皇弟殿下の……!」

「娘ですが、なにか?」

アンネマリー嬢の顔が苦々しく変化する。こんなにエリオットに好き好きと迫っているこの子と、エリオットの婚約者だったゲーム内の私がつるんでいた理由がいまいちわからないな。

そういやゲーム内で私とエリオットが婚約したのっていつなんだろう? 例の誘拐事件がすぐに解決したとして、皇王陛下がお父様に気を利かせたのかしら?

出会った時すでに皇太子の婚約者だったのなら、取り入ろうと取り巻きAになってもおかしくはないか。

「公爵の娘がなによ! 私はエリオット様の婚約者なんだからね!」

「え、そうなの……?」

私はエリオットの方に残念な視線を向けた。いや、文句を言うつもりはないけどさあ、この子が皇后になったら苦労すると思うよ? この国、傾くんじゃなかろうか。

ゲームの時みたいに非難はエリオットに全部押しつけて、すたこら他国に逃げたりするんじゃないの?

「えーと、おめでとう?」

「ち、違うよ!? 確かに候補の一人にあげられてはいたみたいだけど、決まってはいないからね!?」

あ、違うのか。なんだ。

エリオットが誰とくっつこうが勝手なんだけど、一応この国の次期国王だからさ。相手はよく選んで欲しいよね。少なくとも正妻はさ。

この世界は一夫多妻が認められている。全ての妻を養っていける甲斐性があるならば、だが。

お父様にはいないが、その兄である皇王陛下には皇后様の他に側妃が二人いるんだよね、確か。つまり三人の奥さんがいるってことだ。

今のところ子供は正妃の子であるエリオットだけなので、王位継承問題はないんだけど、それだけにエリオットの婚約者は慎重にならざるを得ないところがあるわけで。

ゲームの印象が強いからか、この子にはあまり好感を持てないんだよね、私。嫁にするならエステルの方がいいと思うよ?

「今は候補だけど、それも時間の問題よ! 運命は必ず二人を結びつけるんだから!」

「だ、そうだけど?」

私が目を向けるとエリオットは、知らない、知らないとばかりに首をぶんぶんと横に振っていた。

運命ねえ……。この世界にゲームでいうシナリオというものがあるのなら、運命の相手ってのが決まっていてもおかしくはない……のかしら?

ま、私の場合はそれを阻止していかないといけないんだけどさ。シナリオ通りになんてなってたまるか。

「さ、皇太子殿下。向こうに辻占いがいましたの! 私たちの未来を占ってもらいませんこと!?」

「い、いや、だから僕は王女たちのエスコートを……!」

エリオットと取り巻きAがまた揉め始めた。はたから見るとイチャイチャしているように見える。エリオットが、なんとかして! と目で訴えてくるが、知らんがな。

「……皇太子様から離れろ、クソ女」

「なんですって!?」

突然浴びせられた罵声に取り巻きAが憤怒の形相を見せる。向けられた視線の先は私。

「え!? ちがっ、私じゃないよ!?」

「じゃあ誰が言ったのよ!?」

いや、知らんて! 今の声は私の後ろから聞こえたけど、振り返っても町行く人たちがいっぱいで誰が言ったのかわからない。逆に言うと誰が言ってもおかしくないわけだけど。

これだけ騒げば周囲の人たちもエリオットの存在に気がつく。どう見てもエリオットに迷惑をかけている取り巻きAに、善良な市民の皆さんが文句の一つを放っても仕方のないことかもしれない。文句というか罵声だったが。

「むっ!?」

ふいにお祖父様が腰を低くし、剣の柄に手をやる。え? なに?

私が周囲をキョロキョロと見回すと、いつの間にか辺りに黒い霧のようなものがうっすらと漂っていた。なにこれ!?

突然周囲のあらゆるところから間欠泉のように黒い闇が吹き出して、そのひとつひとつが獣の形を作っていく。

狼、虎、獅子、馬、犀、熊……。様々な獣の姿を形取った影が私たちの周囲にたくさん現れた。ざっと見ても五十匹以上はいる。

「皇太子殿下を守れ! 襲撃者だ!」

お祖父様の言葉に一瞬驚いた顔をしたエリオットの護衛さんたちだったが、すぐに気を取り直し、エリオットを中心にしてすばやく剣を抜いた。

エリオットの誕生日パーティーで彼を襲った黒い犬。間違いない。これはあの時と同じやつだ。

あの時は確信が持てなかったが、今なら断言できる。これは【獣魔召喚】だ。

ゲームの悪役令嬢であるサクラリエルが本来持っていた凶悪な『ギフト』。しかもこの数……! 暴走状態じゃないか!

これってちょっとマズくない……?