作品タイトル不明
◇136 新年のご挨拶
宮廷楽団の音楽に酔いしれるフリをしながら、話しかけようとしてくる貴族子息たちに『話しかけんなオーラ』を放って頑張っていると、向こうからお祖父様がやってきた。どうやら辺境伯まで挨拶は進んだみたいだ。お祖父様の後ろに何人か連れてきているみたいだけど……?
「サクラリエル、新年おめでとう」
「お祖父様、新年おめでとうございます。あの、そちらの方は……?」
「ああ、サクラリエルは小さかったから覚えていないか。息子のギルフォードだ。アシュレイの兄になる」
おお、この人が『皇国の若獅子』と呼ばれる伯父さんか。
お祖父様と同じく鍛えられた肉体に高い身長。年齢は三十前半ってところか。お母様とだいぶ離れているな。間に他国に嫁に行った伯母が一人いるらしいから、十歳くらいの差はそうでもないのか。
どうやら私は小さい頃に会ったことがあるようだ。全く記憶にないのだけれども。
「サクラリエル・ラ・フィルハーモニーです。伯父様に会えて喜ばしく思います」
「やあ、ギルフォード・オン・アインザッツだ。気安くギル伯父さんと呼んでくれ。父上の言う通り、賢そうな子だね」
お祖父様なに言ったんだろ……? けっして賢くはないんだが。前世の知識があるだけで。
「紹介しよう。妻のミルファと息子のルークだ」
「ミルファよ。私もミル伯母さんって呼んでね?」
「ルークだ。よろしくな、小さな 従兄妹(いとこ) 殿」
「サクラリエルです。よろしくお願い致します」
ミル伯母様は三十半ほどのおっとりした御婦人だった。私の 従兄妹(いとこ) に当たるルークさんは中肉中背、特にこれといった特徴もなく、お祖父様とギル伯父さんと比べると圧倒的に筋肉が少ない。文系なのかな?
「ルークさんは学院生ですか?」
「うん、今年の春で卒業」
ってことは、十八歳か。卒業後はお祖父様について辺境伯の仕事を手伝うのかな?
「ああ、皇弟殿下にも話してきたのだがな、先ほど陛下に隠居を申し出た。で、ギルフォードが辺境伯を正式に継いだ」
「え!? お祖父様、辺境伯を辞めたんですか!?」
まだ隠居する年じゃ……って、この世界じゃ珍しくもないのか。だって孫が成人しているんだもの。
いつまでも家督を譲らないと、あの跡継ぎは何か問題があるんじゃ……なんて、噂が立ったりするからね。
「これからタウンハウスで気ままな皇都暮らしじゃ。サクラリエルにも頻繁に会いに行けるぞ」
ワハハと笑っているが、それが目的で隠居したんじゃないよね? しょっちゅう皇都に来ていて大丈夫かなとは思っていたけどさ。
それから少し話して、辺境伯一家は挨拶回りに戻っていった。
お祖父様が隠居かあ。まあ会いに行きやすくなったのはいいことなのかな? 暇ならビアンカの訓練とかもしてくれそうだし。
エリオットがリーシャと婚約したことで、帝国への警戒を緩めてもよくなったからかもしれない。いざとなったら私のキッチンカーですぐに戻ることもできるしね。
一歩間違えれば戦争が起き、お祖父様は亡くなっていたという、女神様から聞いた恐ろしい未来。
回避できて本当によかったと思う。だが、未だ私の破滅ルートは消えてはいないのだ。油断はできない。
それから小一時間ほど、私に声をかけようとしているらしい貴族子息たちを無視していると、やっとビアンカがやってきて、ぼっちから解放された。
私の周りをうろうろとしていた坊っちゃんたちも、さすがに女同士の話に割って入るほど不躾ではないようだ。
「というか琥珀さん、助けてよ……」
『知らぬよ。もちろん危害を与えられそうなら動くが。我の役目は「ぼでぃがぁど」だからして』
琥珀さんは我関せずと、壁際のソファーの上で皿に盛られたローストビーフに食らいついている。
本当にボディガードの仕事をしてくれるんだろうか……。いまいち不安だ。
まあ、皇王家主催のパーティーで、危害を加えたり、暴れたりなんかする馬鹿はそうそういないと思うけども。……いや、まあ、いたけどね……。カイゼル髭の馬鹿が……。
ビアンカと話をしながらさらにまた待つことしばし。
「サクラリエル様、エステルが来ましたよ」
「サクラリエル様、ビアンカさん! 新年おめでとうございます!」
「おめでとう、エステル」
「おめでとう」
エステルは秋涼会で来た時のような、私のドレスに似たようなデザインのドレスを着ていた。
ちなみにビアンカのも同じようなドレスである。三人お揃いという感じだ。
色は私は白黒、ビアンカは青、エステルは桜色とバラバラだけどね。
エステルの家は男爵家で、今年できたばかりの家だから皇王陛下への挨拶は最後の方だ。今年はいくつかの貴族家が潰れたから、その代わりに叙爵した者も結構いる。
そろそろ 皇王陛下(おいたん) の挨拶も終わりか。三時間近くも『おめでとうございます』『うむ、めでたい』を繰り返して、相当疲れたんじゃないかな……。
お父様経由でコンビニにあったスタミナドリンクとエナジードリンクを渡しといたけど、効果はあっただろうか。あれって、あまり飲み過ぎるのもダメなんだけども。
ふと、楽団の方を見ると、パメラ先生がいない。休憩取るのに交代したのかな? ずっと弾きっぱなしはキツいからな。
リヒャルト・ワーグナーの『ニーベルングの指環』なんかは演奏時間が十五時間あるとか聞いたことがある。何日かかけて演奏するらしいけど、演奏者も大変だわ……。体力勝負なところがあるよね。
「ビアンカにエステル嬢、新年おめでとう」
私が音楽家に尊敬の念を抱いていた時、向こうからエリオットがやってきた。後ろにはジーンとリオンの姿もある。
ビアンカもそうだが、ジーンもさすがに今日は帯剣はしていない。
ジーンたちが来て、エリオットもやっと御令嬢たちから解放されたようだ。
エリオットに挨拶されたビアンカとエステルが同じように新年のご挨拶をする。次いでジーンとリオンにも。こっちはざっくばらんな感じだったが。
「去年の『新年の宴』に比べると、今年は賑やかだな。料理や飲み物も美味いし」
ジーンの言う通り、置かれている料理を貴族の人たちが口にすると、驚いたり、友人に勧めたりと賑やかだ。
主に男性貴族だな。女性の方は秋涼会で少しは免疫があるから。
それでもスイーツコーナーは女性貴族に占領されているけども。……あれは正月太りまっしぐらだね……。
正月といえば私の呼び出したコンビニ『セブンスヘブン』は冬のコンビニだったので、なんとお餅も売っていた。
お正月まで食べないでいたけど、帰ったら食べようっと。
磯部焼き、きな粉餅、納豆餅、コンビニに枝豆もあるからずんだ餅もいけるね。お雑煮とかもいけるかな? あずきの缶詰もあったからお汁粉もいけると思う。
これは気をつけないと、私も正月太りまっしぐらだな……。
私がお餅に思いを馳せていると、不意に会場の入口からざわざわとした騒めきが聞こえ始めた。出席者の驚くような声がいくつも聞こえてくる。
何事かと視線を向けてみると、そこには二十代後半にしか見えなくなった若々しいコンチェルト女公爵様が。
あー…… 大叔母(おおおば) 様か。そりゃびっくりするよね……。
会場の御婦人方の反応は 悲喜交々(ひきこもごも) といったところだ。
同派閥の人たちはその効果に喜び憧れ、敵対派閥の人たちは悔しくて仕方ないといった感じ?
実際、この会場には他にも上級化粧水の恩恵にあずかっている人が何人かいる。
それでもお 祖母(ばあ) 様や 大叔母(おおおば) 様ほどの大きな変化はない。
あの化粧水はその人の体内の魔力に反応して変化を起こすみたいで、ぶっちゃけた話、魔力の質がいい人ほど若々しい肌になる。
つまり個人差はあるけれど、比較的上級貴族とかの方が効果が高いのだ。
もともと皇王家の生まれである大叔母様である。その魔力の質はかなり高いと見た。そりゃそうなるわ……。
あ、大叔母様の後ろからお 祖母(ばあ) 様も入場してきた。二人して一気に注目の的だ。
お 祖母(ばあ) 様が若返った(正確には違うのだが)という話を、奥さんや娘、秋涼会に出席した女性の家族から聞いていても、その目にするとよほどの衝撃だったのだろう。男性貴族も目と口を大きく開けてポカンとしている。
「やはりすごい効果ですね……」
「おかげで我が家では『促成の鉢』がフル稼働ですよ。しばらく自分の研究に使えないのが痛いです……」
エリオットの呟きに、リオンがため息と共に肩を落としてそんなことを口にする。
ううむ、うちとの共同事業だからねえ。なんかすまん。
植物の成長を促進するトロイメライ子爵家の秘宝『促成の鉢』も、連続で使用することはできなくて、ある程度のインターバルと毎回の土の入れ替えなどが必要なんだそうだ。
そりゃ、何回も生やしてたら土の栄養も無くなるよね。
そんな理由もあって、上級化粧水はそこまでの量産はできないのだ。
なにせ一度限りの使い捨てではなく、これからも使い続けるものである。
あの効果を知ってしまうと、常に常備していたいと思うのが女心というものだろう。
なので迂闊に販売する相手を増やすわけにもいかないのだ。需要と供給のバランスが取れていないと商売は破綻する。
大叔母様の分くらいはなんとかなるけどね。ストックはいくつかあるし。
トロイメライ家では原液を薄めて効果を抑え、その代わり量を増やせないかといったことを研究中なのだそうだ。量産化計画だね。
まあ、こういったパーティーの時だけ使う『とっておき』としていれば、ずいぶんと長く持つとは思うけど。
売り上げとかに関しては両親に任せているので詳しくは知らない。でもかなり大きく儲けているみたいだ。いったいいくらで売ってるのか……。
これの売り上げの何%かも、私の資産に回しているんだそうだ。私は焼酎しか提供してないんだけどねぇ……。
やがてエリオットたちは他の知り合いを見つけて離れていった。
会場もたくさんの貴族で賑わってきたな。いつの間にか他国の大使などもやってきていたようで、お父様たちが挨拶をしている。
ん? 誰か一人こっちに来るけど……げ、あの祭服は……!
「サクラリエル様、神獣・琥珀様。新しき年明けの喜ばしきこの日にお会いできましたこと、大変嬉しく存じます」
「ルーレットさん……。福音王国に帰ったんじゃ?」
私の目の前には秋涼会で出会った福音王国の聖女、ルーレットさんがいた。