作品タイトル不明
◇133 家族の絆
明日はお城での『新年の宴』。つまり今日は大晦日だ。こっちでは『 年越日(ジルヴェスタ) 』というらしい。
とはいっても、この世界では大晦日に何かをするというイベントはない。
だけども豪勢な料理を用意し、家族でまったりと過ごしたりはするのがお約束みたい。
なので我が家は朝から厨房がフル回転である。私のお店の料理も並ぶが、いわゆる年の暮れに食べる定番料理という物もあるらしい。お節料理みたいな物かな? 年末だけども。
お節料理は年末に作っておいて、お正月に料理しないでもいいようにって食べる物だったからね。
さすがに今日は淑女教育やレッスンもなく、ゆっくりと過ごすことができそうだ。
と、思っていたんですが。
「うん、いいわね。これも採用しましょう。こっちのデザインのものはもうちょっと華やかさを出してもらえるかしら?」
「華やかさ……袖や襟にレースをつけてみます?」
「いいと思うわ。それでやってみてくれる?」
お母様のお眼鏡にかなったやつを選り分けて、イマイチだったやつに修正点を書いておく。
テーブルの上には私がデザインしたドレスのイラストが何枚も重なっていた。
これらはお母様が創立した『サクラブランド』で発売するドレスのデザイン画である。
なんかいつの間にか私はブランドのデザイナーとして登録されていたのよね……。
まあ、前世では元々デザイナー志望だったから、絵を描いたり、デザインするのは嫌いじゃないんだけど……ただ、私はファッションデザイナーを目指していたわけじゃなくて、どっちかというと広告とかの方のグラフィックデザイナーだったんだけども。
秋涼会での私やエステルのドレスを見て、貴族のお嬢様方から問い合わせがけっこうきたらしい。あのなんちゃってゴスロリ服がそんなに評判がいいとは……。異世界のセンスはわからん……。
今回は大人でも着られるようなゴシック風ドレスのデザインをしている。
この世界の貴婦人方は、赤や青、緑や紫といった、原色系の目立つ色合いが好まれているようだが、私が指定した色合いはシャーベットカラーのような淡いものだ。
このような、スカートが淡いグラデーションを描き、透明感のあるドレスは他になく、お母様はいろんなバリエーションを注文してきた。
まさか大晦日の日まで、デザインする羽目になろうとは……。
「春の春陽会では、『サクラブランド』のドレスが溢れかえるわよ、きっと」
ううん……それは嬉しいような、恥ずかしいような……。
「それと下着ね。これは可及的速やかに広めないと」
「そんなにですか?」
「そんなにです」
この世界の貴族女性は全員ドロワーズだが、私の店で売っている下着を穿いた貴族女性は、もうドロワーズには戻れないと言っている。
これは男性も一緒で、皇王陛下もボクサーパンツを穿いているらしいし、エリオットも子供用ブリーフを愛用しているらしい。想像するとちょっと笑える。
これに目をつけたお母様は、オシャレな下着の開発に乗り出した。
私の店にある下着を参考に、公爵家独自のルートであらゆる素材を集め、商品化に突き進んでいるらしい。
ゴム糸とかどうするんだろ、と思っていたのだけれど、魔獣の素材でなんとか代用できそうなんだって。なんか蜘蛛の魔獣から取れる貴重な糸を使うとか……。大丈夫なんか、それ……?
「これは革命よ! やがて皇国だけじゃなく、他の国にもどんどん輸出して、充分に戦っていけるものよ! そして『サクラブランド』が世界を席巻するの! ああ、なんて素晴らしいのかしら!」
ううむ、なんか知らんがお母様に火がついてしまったようだ。お母様って商人気質があるよね……。というか、女性の地位向上に関心があるっていうか。
地球に生まれていたら、バリバリのキャリアウーマン、あるいは女社長になってたかもしれない。
まあ、今も女社長のようなものなんだけれども。『サクラブランド』とはいうが、実権を握っているのはお母様だしね。
ちなみに明日の『新年の宴』に出るためのドレスはすでに出来上がっている。
お母様はできたばかりのシャーベットカラーのドレスであるが、わたしは白と黒のゴシックドレス2である。
前回のドレスと似たような感じであるが、下はコルセットスカートのようにして、動きやすさを重要視している。
だけど、お城でいろんな料理を食べるのならコルセットスカートは失敗したかな……とも思ったり。
まあ、ほぼ私の店の料理だと思うけど……。いつでも食べられるから我慢するか。
その他にも、お母様はぬいぐるみの販売も考えているらしい。手を広げすぎなんじゃない?
詰まるところ『サクラブランド』とは、私の喚び出した店の商品を、この世界の物だけで再現して販売してしまおうというメーカーなのだ。
この世界には魔法や地球にはない魔物の素材などがあるため、なんとか再現できる物も多い。
ただ、コストが見合わなかったり、どうしても製造方法がわからないって物もあるから、全てを作れるわけではないのだが。
ギターはできてもエレキギターとかは無理だしね。ドライヤーみたいなのも魔導具として作れなくはないそうなのだが、馬鹿みたいに高くなっちゃうらしい。ままならないもんだね。
皇王陛下や宰相さんたちなんかは、なんとかキッチンカーのような自動車を作れないかと考えているらしいけど、残念ながらキッチンカーは 分解(バラ) せないからねえ。
少しでも参考になるかと、模型店の車のプラモデルを渡したが、ますます謎が深まったらしい。
そのうちカーショップか、中古車販売店を 喚(よ) び出せるようになったら、研究してみるといいよ。
いや、 喚(よ) べるようになったら買った方が早いのか。まあ買ったところでガソリンがなきゃすぐに動かなくなるんだけれども。
ガソリンスタンドも 喚(よ) べるようにならないと意味ないよね。
だけど、ガソリンスタンドなんか危険極まりないからな……。
「奥様、サクラリエル様。お食事のご用意ができました」
律の言葉に、私とお母様が同時に顔を上げる。ブランドの販売戦略を話し合っているうちに、夕食の時間になってしまったようだ。
テーブルの上の書類を片付けて、私とお母様は連れ立って食堂へ向かう。
ソファーで寝ていた琥珀さんもむくりと起き上がり、トコトコと後からついてきた。
食堂に入ると、いつもよりも豪勢な食事がテーブルに並んでいた。私の知らない料理もいくつかある。これが大晦日に食べる縁起物の料理なのかしら。
すでにお父様も席に着いていて、給仕からワインを注いでもらっていた。あれって私の店で売ってる高いワインだよね……。ううむ、飲めないこの身が恨めしい。
席に着くと、お父様が両手を胸の前に組み、祈るように目を瞑る。私たちも同じように手を組んで目を瞑った。
「今年一年、家族全員無事に過ごせたことを、創世の九女神に感謝します。来年も無事に過ごせますように、家族で苦難を乗り越えられますように。九女神に歳末の祈りを捧げます」
三十秒ほど沈黙の時間が続き、やがてお父様が、パン! と手を打った。
「さあ、食事にしよう! 『 年越日(ジルヴェスタ) 』をこうして家族揃って……!」
と、言いかけたお父様が急に目元を押さえて顔を伏せてしまった。え? 泣いてる!?
気がつくと隣に座っていたお母様も口元を押さえて、嗚咽を堪えているようだった。ど、どうしたの、二人とも……!
「ごめんなさいね……。この三年間、ずっと二人きりの『 年越日(ジルヴェスタ) 』だったから……。今年はサクラちゃんがいてくれて、本当に嬉しくて……!」
「ああ……」
そうか。家族で過ごすこの日は、二人にとって失った娘を思い出す日だったんだ。
本来なら一緒にいるはずの自分たちの子供がいない。生きているのか死んでいるのかすら、それさえもわからなかったのだ。
逆に死んでいるという確証があれば、立ち直るのに時間はかかっただろうが、気持ちを整理し、前を向いて人生を歩めたのかもしれない。
だが、生きているかもしれない。その可能性がある限り、二人は諦めなかった。だから今、ここにこうして私がいる。
私は涙を流すお母様の手を握る。
「来年の『 年越日(ジルヴェスタ) 』も一緒に過ごしましょう。その次の年も、その次も。ずっと一緒です。家族なんですから」
「サクラ、ちゃん……っ!」
お母様にぎゅっと抱きしめられる。いつの間にか背後にお父様も来て、私たち二人を抱きしめてくれた。
二人とも泣いていたが、私は嬉しい気持ちでいっぱいだった。この二人の娘で本当によかった。
『良い家族だな』
私の隣の椅子に座る琥珀さんがそんなことを呟く。
「琥珀さんも家族だからね」
『……そうか』
琥珀さんは照れたように前脚で顔をこしこしと擦った。
そうだ。この優しい両親を、大切な家族を二度と悲しませてはならない。絶対に全ての破滅ルートを叩き潰す。そのためには『ギフト』だろうと【聖剣】だろうと、使えるものはなんだって使ってやる。
私はこの世界で生き残るために、できることを全てやってやろうと決意を新たにした。