軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

90 : 君と僕と―― - 01 -

「オリアナが、もう僕を好きではないのに、笑いかけてくる」

「どうしたヴィンセント。そんなどこぞのルシアン・コルテスみたいな事言って」

「屈辱だ……」

ルシアンが聞いていたら泣いて怒りそうな言葉を呟いて、ヴィンセントは窓枠にもたれかかった。

ミゲルとヴィンセントの部屋の窓から覗く月は細く、薄い雲から出たり隠れたりしている。

窓辺に椅子を寄せ、空を眺めていたヴィンセントは、すでにベッドで横になっているミゲルに愚痴をこぼす。

「女子は何故、好きでも無い男に笑いかけてくるんだ?」

ミゲルが気を利かせて、オリアナと交代した薬草畑からの帰り道。何故か突然、ヴィンセントの汗が染み込んだタオルを嗅ぎ始めたオリアナは、その後ヴィンセントを見上げて笑ったのだ。

あの笑顔があれからずっと、頭から離れない。

「やなの?」

「嫌なはずが無い」

食い気味で否定したヴィンセントは、窓枠に肘をつくと顔を覆った。

「だが、どれだけ可愛くても手も繋げない」

(何故なら、オリアナがもう、僕を好きではないからだ)

自分のモノローグに自分で落ち込んだヴィンセントは、窓枠を掴んでぷるぷると震えた。

「……止めよう。この遊びは、心に傷を作りすぎる」

「そうだな」

呆れた声がベッドから聞こえてくる。

また彼女と話せるようになって、嬉しかった。

(だが、僕を好きじゃないオリアナに、慣れてない)

姿を見かける度に、飛びついてきて欲しいというわけじゃない。もちろんそんなことになれば嬉しいが、そこまで多くを望んでいるわけではない。

敬語を使われ続けることも、心底苦々しく思っているが、耐えられないわけじゃない。

二巡目の時、ヴィンセントはオリアナと話す時に緊張したことがなかった。

話を聞いてもらえないかも、と怯えることもなかった。オリアナはずっと、ヴィンセントを受け入れているよと合図を送ってくれていた。

何を話しても、嫌われるかもだなんて、呆れられるかもしれないなんて、考えたことも無かった。

「ただの女の子と、どうにか仲良くなりたいだなんて」

こんな自分がいることを気付かせるのは、何度世界中を探しても、きっとオリアナだけだ。

「大体、第二は仲が良すぎないか? あれでは親同士に勝手に婚姻を進められても文句は言えない」

「庶民ならあんなもんだろ」

「特にコルテスはオリアナに近すぎる。簡単に触れすぎだ。フェラーはフェラーで、顔が綺麗すぎる。オリアナはああいう、顔の美しい男に弱いんだ……」

「ヴィンセント、本当に面倒臭くなったなあ」

オリアナから友人を紹介され、彼女の住む世界に、居場所を作ってもらった気になった。だけれどまだ、それだけだ。明日ヴィンセントが消えても、オリアナは驚きこそすれ、悲しみ、泣き叫ぶことは無いだろう。

(だから、驚いた。――僕の言葉に動かされて、君が勉強を頑張ろうと言ってくれたことに)

『私ももうちょっとくらい、勉強頑張ろうかな』

畑からの帰り道、オリアナが何気なくぽつりと呟いた言葉。彼女にとって重い意味など無いだろうに、まだ、オリアナになんの影響も与えられない人間だと思っていたヴィンセントは、心が揺さぶられて仕方が無かった。

(第二で楽しそうに囲まれて笑う君を見るたびに、君がどれほどの覚悟で僕を守ろうとしてくれたのかを知る)

彼らは、二巡目のオリアナが持っていなかったものだ。ヴィンセントの傍にいるために――ヴィンセントを守るために、オリアナが切り捨てたもの。それほど必死にならなければ、オリアナは特待クラスを維持することが出来無かった。

だから今度は、僕が君の周りごと守りたい。

君の大切にしていたものを、僕も守りたい。

(――そう思っているのに、心が狭くて面倒臭い 僕(・) が焦る。一秒でも、一瞬でも、彼らよりも僕を思っていて欲しいと、くだらない嫉妬をしてしまう)

「ま、先は長いし。のんびり行けば?」

長いと言えるほど、自分に時間が残されているかはわからなかったが、ヴィンセントは頷くことにした。

(焦っていてもしょうがない)

だがわかっていればいるほど焦るのが、恋だった。

***

ラーゲン魔法学校に入学して、すぐの頃。

ヴィンセントはかねてより考えていた相手と接触を図った。

魔法薬学の教師、ハインツ先生だ。

授業後、ヴィンセントは一枚のレポートをわざと置いて行った。

他の生徒の目には触れないが、ハインツ先生の目には入る場所に置いたそのレポートを、忘れ物の振りをして、ヴィンセントは放課後に取りに戻った。

「すみません。忘れ物をしたようで」

「おー」

ヴィンセントの置いていったレポート用紙を見ていたハインツ先生は、レポートから視線を剥がすと、咥えていた煙草をぷらぷらと揺らしながらヴィンセントを見た。

「これ、タンザインのか。ほらよ。授業に関係無いものは、あんま持ってくんなよ」

「はい。すみませんでした」

ハインツ先生が差し出したレポート用紙を受け取る。

「……あの、先生」

「あん?」

「質問したいことがあるんですが」

「お前な……告白しにくる女子みたいなことすんなよ。授業でわからないことがあれば、普通に聞きに来ればいいだろ」

ハインツ先生は、ヴィンセントがレポートを忘れたのでは無く、置いて行ったのだと気付いていた。ヴィンセントはにこりと笑う。

「先生っていつも、こんな風に告白されてるんですね。勉強になります」

「……で、何?」

否定しなかったことを内心で面白がりつつ、ヴィンセントはハインツ先生の目を見つめながら言った。

「竜木で、人を殺すことは出来ますか?」

「出来るわけねえだろ」

即答だった。まだ入学して間も無い一年生が、こんな突拍子も無いことを聞いてきても、訝しむ事無く答えたというのは、元々答えを用意していたからだろう。

ヴィンセントは手に持っているレポートを意識した。

このレポートには、三巡目のヴィンセントが禁書を読み漁り、必死に調べた竜木について書いていた。

―― それ(・・) に深く関わっていく内に、人は頭がおかしくなり、いずれ死に至る。

要約するとそういった内容だが、レポートの中には「竜木」という単語を使っていない。

しかしハインツ先生はこれを読み、単語の一つも書かれていない竜木だと理解した。

それはハインツ先生が、世間には出回らない、竜木に関する裏の事情を知っているということだ。

「なら、人生を巻き戻すことは?」

ヴィンセントの真剣な顔を見て、ハインツ先生は煙草を口から落とした。

「うあっち」

落ちた煙草を慌てて靴の裏で踏み潰したハインツ先生が「あーもったいねぇ」と言いつつ、顔を上げる。

「……お前、やり直してんのか」

たかだか一年生に向けるには不釣り合いな、低く鋭い声だった。

「一般的にはやり直しと言うんですね。彼女が巻き戻しといっていたので、自分もその方向で考えていました」

ハインツ先生はボサボサの髪をガシガシと掻いた。

「さすがに、当事者に会うのは初めてだ」

「竜木のことを教えていただきたいんです。僕一人では、限界で」

「……ったくよー。こんなもん、置いてくなよな」

「真正面から聞いても、答えていただけるとは思えなかったので」

その通りだったからか、ハインツ先生は観念したような唸り声を上げた。

「お前、竜木を折ったのか?」

「いえ。……ですが、竜木を折ると死ぬんですか?」

竜木からの恵みは、必ず地面に落ちているものしか受け取ってはならない決まりがある。

「いや、流石に折っただけで祟られたって話は聞かない」

「そうなんですね……でももしかしたら、あれは折られた物だったのかもしれません」

燃えていた竜木の枝は、切り口面がひどく荒かった。今思えば、折れる時にしなったせいだろう。

「お前が折ったんじゃないなら、なんで竜木に目ぇ付けた」

「暖炉で竜木が燃えていました」

ハインツ先生の目が見開かれる。

杖は魔法使いにとって、命と同等に大切なものだ。その材料となる竜木を燃やすなんて、本来ならば信じられないことである。

「明らかに普通の燃え方じゃありませんでした。それに、酩酊しそうな甘い香りも。そして竜木の枝が燃えている時に……僕と――彼女が……」

どうなったかを、人に説明するのは辛かった。

現実と受け止めてはいるものの、まだ自分が死んだと――彼女が死んだと、声に出して言うのは怖かった。

「そこまで知ってるって事は、本当にやり直してるんだな」

「?」

「竜木は必ず、二人殺す。それも男女でだ」

ヴィンセントは顔を歪めた。これまで魔力を賜る木として、悪感情など抱いたことすら無かったのに、竜木を心から憎いと感じた。

ヴィンセントの胸に巣くった怒りを感じ取ったのだろう。ハインツ先生は教師の顔をして、まだ十三歳のヴィンセントの頭をぽんぽんと叩いた。

「お前、魔法道具作れ。畑を耕すやつ」

「はい?」

毒気を抜かれるとはこのことだ。全く予期していなかった言葉に、ヴィンセントは眉根を寄せた。

「最近腰が痛くてな、畑耕すの苦になってたんだよ。交換条件だ。その代わり、竜木のことを調べてやる」

だから、泣くな。

続けられた言葉に、息が止まった。

泣いてはいなかった。

けれど今、泣きたいほどにホッとしている。

(オリアナは、たった一人で頑張っていた)

だから自分も、一人で頑張らなければならないような気がしていた。けれど大人の、それも薬学の専門家が味方に付いてくれた。心強いなんていう言葉では、到底言い表せなかった。

「――っありがとうございます」

「おー」

ハインツ先生がひらひらと手を振る。頭をこれほど深く下げたことは、ヴィンセントの二度の人生でも一度も無かった。

(君を生かすためなら、僕はなんだってしよう)