軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49 : 星の守護者 - 05 -

護衛に打ち勝った者の妻になる――貴族ですら恋愛結婚をする者も出て来た昨今、時代錯誤だと言ってしまえばそれまでだ。

だが、ヤナはこの五年間、その試練に挑み続けてきた。

誰よりも信頼できる、アズラクとともに。

そして今日――アズラクが負けた。

オリアナは試合を見ていなかったが、アズラクはミゲルに負けた。

五年も挑み続けてきた試練が終えたというのに、アズラクもヤナも、声を荒らげることも、取り乱すことも無かった。

それが不自然で、切なかった。

「ヤナ!」

途中から小走りになっていたヤナに追いつけたのは、竜木のそばまで来た時だった。

オリアナが追いかけていることに、気付いてもいなかったのだろう。自身の肩を抱きしめて震えていたヤナは、オリアナに名を呼ばれ、びくりと体を震わせた。

ゆっくりとヤナが振り返る。吸い込まれそうなほど見開かれたヤナの瞳に、オリアナが映る。

「ヤナ」

ヤナはいつものように笑おうとしたのか、口角を上げた。だが、笑みを形作る前に唇が震え出した。弱音を漏らしてなるものかと思っているのかも知れない。唇が白くなるほど、強く引き結ばれた。

深呼吸を二つ繰り返したところで、ヤナがなんとか声の調子を整えて言った。

「恥ずかしいところを見せたわ」

「恥ずかしいところなんて、一つも無かった」

ヤナは懸命に自分の役目を全うした。

誰の前でも取り乱さなかった。負けたアズラクを詰ることもなく、勝ったミゲルを罵倒することも無かった。

誰に八つ当たりをすることも出来ないから、こんな森の奥深くまで来て、一人で肩を抱きしめていたのだ。

恐る恐るオリアナが、ヤナの両肩を抱きしめた。棒のように硬直しているヤナは、オリアナのぬくもりにどう対応していいのかわからないようだった。

オリアナの腕の中で、ヤナの呼吸が荒くなる。

「――いつか、来るかもと思ってた」

ぽつりとヤナが呟いた。オリアナの肩に、ヤナの呼吸が当たる。

「ずっと思ってた。毎晩考えたわ。毎朝気にしていた。今日こそは、アズラクが負けるかもしれないと――」

ヤナの声が震え出す。呼吸がどんどん速さを増していった。

「試練を望んだのは私だわ。私はアズラクの五年を、独り占めした。その報いを受けるだけ。ねえ、でもお願いオリアナ――」

ヤナがオリアナの肩にそっと額を載せた。体はまだ硬いままだ。体の力全てを使って、声を絞り出すように言った。

「アズラクは全力で戦ったと……どうか、そう言ってちょうだい」

オリアナはぎゅっとヤナを抱きしめた。ヤナの硬い体が、びくりと震えた。

二人が対面している姿を見た時、オリアナが感じた違和感はそれだった。

ミゲルは立派な体躯をしている。アズラクと同じほど長身の男子は、この学校ではそれほど多くない。腕の太さも、同年代の男子に比べれば随分とたくましいだろう。

けれどなお、アズラクと戦って勝てるとは、思えない。

オリアナと比べるまでも無く、ヤナはアズラクの強さを知っている。無類の強さを誇った砂漠の星の守護者は、エテ・カリマ国一の戦士と言われるほどの強者だ。

アズラクが本気で戦って、ミゲルに負けるとは到底思えなかった。

――ということは、アズラクは手を抜いたのだ。

アズラクが、ミゲルにならヤナを任せられると判断した。

そしてアズラクは――彼の判断で、ヤナをミゲルに譲り渡したのだ。

それは、アズラクに恋をするヤナにとって、どれほど残酷な仕打ちだっただろう。

「全力だったよ」

言葉に詰まっていたオリアナは、びくりと肩を揺らした。

後ろからやってきたのは、ミゲルだった。

オリアナはぎゅっとヤナを抱きしめた。彼女をミゲルから守ろうとしたわけではない。ただ、試合に勝った相手に、動揺しているヤナを見せるのは――真実がどうであれ――得策とは思えなかった。

ヤナと、そしてミゲルのために、オリアナはヤナを隠した。

「ザレナは全力だった。戦った俺が保証する」

オリアナの腕の中で、ヤナがぶるりと震えた。ミゲルの声はどこまでも真摯で、いつもの茶目っ気など一つも覗かせなかった。

「……ミゲル、どうして」

「びっくりしたよな。俺も親父を黙らせるための記念受験みたいなもんだと思ったんだけど――」

それが、こんな事態になるなんて、きっと誰も想像していなかった――アズラク以外は。

「――まさかの俺が、めちゃくちゃ強すぎた」

にっと笑うミゲルの口元に、先ほどまで咥えていた飴は無い。

ミゲルはアズラクは全力で戦い、ミゲルが打ち勝ったと断言した。誰が見ても、アズラクが手を抜いたとわかる試合だったのに、ミゲルは自分の主張を通す気のようだ。

きっと彼は、それがヤナの心を守ることになると、知っている。

「ミゲル……あっちは、大丈夫だった?」

「ああ。アズラクもすぐにはけてたよ。生徒達は騒いでたけど……まぁしばらくは何処行っても大騒ぎだろ。みんなは授業に戻るように言ってきた。ありがとな、オリアナ。追いかけてくれて」

その言葉に驚いた。

ミゲルはもう、ヤナを自分の守るものの中に入れたのだ。

自分が――ヒドランジア伯爵家が背負うものの一つとして数えたからこそ、オリアナに任せたことに、わざわざ感謝を述べた。

それはオリアナにとって、予想外の言葉だった。

ミゲルはもしかしたら――ヤナのために断りにきたんじゃないかと思っていたからだ。

ミゲルはオリアナの胸に抱かれるヤナに視線を向けた。

「ヤナ。ごめんな。辞退しないよ――俺は、フェルベイラの長男だから」

浮かぶ表情は笑みをかたどっていたが、申し訳なさそうな声色は隠せなかった。

「……もちろんよ」

オリアナの胸から、ヤナが顔を出す。その顔はいつも通りとは言わなかったが、最低限の威厳は残されていた。

「貴方を讃えもせずに立ち去ってごめんなさい、ミゲル。よく無事に、試練に打ち勝ったわね。おめでとう。勝ったのが貴方で、嬉しいわ」

ヤナはこの言葉を、きっと五年間、ずっと練習してきたのだろう。

何処の誰が勝ったとしても、アズラクを失った失意を見せぬよう、笑顔で言えるように。

ヤナとミゲルの、義務で塗りたくった会話が交差する。

その様を、泣きそうな顔で見ていたオリアナを、ヤナが振り返った。

「オリアナ、ありがとう。貴方はもう戻って。授業が始まるわ」

オリアナは口を開いて――閉じた。今は素直に立ち去った方が、ヤナのためになると信じて頷く。

「ミゲル、私からも。おめでとう」

「ありがとな」

ミゲルはオリアナの頭をくしゃりと撫でた。

その手の優しさが、どうかヤナを癒やしてくれるようにと、ただただ祈りながら、オリアナは校舎へと向かった。